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ワールド・スイーパー  作者: 秋谷イル
外伝・箒神新話
140/142

風を継ぐ者

 ――惑星ズワルタに平和が訪れてから三十年。生き残った者たちはそれぞれの道を歩み続けている。

 彼女たちも、やはりそうだ。


「ヌール、久しぶり」

「メェピン!? どうしたんだよ、珍しい」


 茶髪で琥珀色の瞳、褐色の肌。そんな特徴を持つ女が声をかけると、同世代の青髪の剣士が振り返った。

 第四大陸の王都。訪ねてきた前者は第三大陸の英雄の孫メェピンで、後者は第二大陸の『回遊魚』の一族に生まれたヌール。二人とも年齢はとうに四十を過ぎたが、三十年前のあの戦いを生き延びた貴重な生存者であり、友情は今なお続いている。

 友を驚かすことに成功したメェピンは、第三大陸から来たとは思えないほどの軽装で笑う。


「ちょっと顔を見たくなったのよ。私の祝福は知ってるでしょ」

「ああそっか、アンタ飛べるもんね」


 だったらもっと頻繁に顔を見せなさいと言って肩を小突くヌール。メェピンは十年ほど前に第三大陸の生き残りを二十名ほど連れて故郷へ戻った。今は向こうで復興作業に従事している。


「そっちはどう?」

「少人数だからね、十年やそこらじゃ大して変わらないよ。やっとこさ小さな村が一つできたって感じ。人口が増えるのもこれからかな。息子たちの世代がやっと子供を作り始めたからね」

「まあそうか。こっちもそんなに増えてないもんなあ」

「そう? 私からしたら、王都はずいぶん賑やかになったなって思ったけど」

「多少はね」


 三十年前の戦いを生き延びたのは、わずかに五千人程度。そこからゆるやかに人口を増やしつつあるものの、まだ世界全体で二万にも届いていないと聞く。


「ま、お互いこれからよ、これから」

「そうねえ」


 なんてことを話しつつ、再会した街角から移動してヌールの家までやって来た。二人で椅子に座って思い出話や近況報告に花を咲かせていると、すぐにヌールの息子がお茶を持ってやって来る。


「どうぞ」

「ありがとう。カイザンは気が利くね」

「母さんが厳しいので」

「別に厳しかないだろう。剣以外では」


 自分の茶を手に取り、ふんと鼻息を吹くヌール。息子カイザンは「はいはい」と肩を竦めながら踵を返した。メェピンは呼び止める。


「ちょっとカイザン、あんたも座りなさい」

「ごめんおばさん。そろそろ門下生たちが来るから」

「ああ、そういうこと。ならいいわ、ごめんなさいね」

「気にしないで。じゃあ、また」


 爽やかな笑顔で今度こそ立ち去るカイザン。ヌールよりも父親似だが、あの男とも似てないなと改めて思う。


「いい子だ。ザンバさんから二文字もらった割に、全く似てないね」

「当たり前だろ、血の繋がりは無いんだから」


 苦笑しながら、遠い少女時代、共に戦った『英雄』を思い出すヌール。

 波斬りザンバは『凶星』の六度目の侵攻で死んだ。大津波から人々を救った後、とてつもなく大きな怪物に一人で立ち向かい、刺し違えて消滅した。

 文字通りの消滅。敵の光線で跡形も無く消し飛び、愛刀『オヅノ』も失われてしまった。


「風みたいな人だったね……」

「なんにも言わずに消えるところもね」


 飄々として掴みどころが無く、時に騒乱を巻き起こし、場をしっちゃかめっちゃかにして吹きすぎる。別れを惜しむ間も与えずに。

 何度思い返してもとんでもないやつだ。でも、そのとんでもない剣士に自分たちは救われた。

 だからヌールは剣士になった。

 そんな彼女にメェピンは問う。


「遺せそうかい? あの人の技」

「わからないよ、まだまだ届きそうにない」


 一生、あの男に並び立つことなど無理だと思う。記憶に焼き付いたザンバの剣技を再現しようと試みて二十数年。独学なりともそれなりの腕前にはなれたと思っているが、上達すればするほど離れていくようにすら思える。

 波斬りザンバは駄目なオッサンだったが、剣の腕だけは本当に次元の異なる達人だった。あのグレンですら純粋な技では勝てないと認めたほどに。

 でも、遺したい。そんな彼の技を後世にも伝えていきたい。それが三十年前から現在へ続くヌールの目標。生涯をかけて成し遂げたいこと。


「ま、アタシが並ぶ必要は無いんだけどね。ようは技さえ伝えられりゃいいのさ。それには理合、仕組みを理解していくことが重要なんだよ」


 無論、それもまた難しい。何故ならザンバに教えを請うたわけではないのだ。見様見真似で技を再現してみて、その動きにどんな意味があるのか、どのような状況を想定しているのかなどを考え、解釈し、納得できたら次へ移る。その繰り返し。


「ニャーン姉に手伝ってもらえばいいのに。意地っ張り」

「そうだよ、アタシは意地っ張りだ」


 怪塵には記憶を留める力があり、ザンバと戦った記憶も保存されているそうだ。それを元に本物と違わない能力を持ったザンバの複製を作れるとも聞いた。

 しかし、ヌールは断った。なんだかそれでは負けた気がするからと。

 なにより、これ以上ザンバに借りを作りたくない。


「返したいんだよ、自分の手で。あのオッサンからの借りをさ」

「ほんと、強情っぱり」


 クスクス笑うメェピン。だが直後、あっと慌てふためく。カイザンがお茶と一緒に持ってきてくれたミルク入りの瓶に手を当てて倒してしまった。瞬く間に中身がテーブルの上へぶち撒けられる。


「ごめんっ」

「いいって、このくらい」


 そう言うと、ヌールはこぼれたミルクを操って瓶の中に戻した。メェピンは目を丸くする。


「あんた、使わないんじゃなかったの?」

「いいでしょ、このくらい」


 水を操る『回遊魚』の力だ。ザンバの剣技を受け継ぐと決めた時、甘えを断つためにもう使わないと誓った。

 ――が、あれから三十年も経っている。日常生活で役立てるくらいなら別にいいだろうと、そう考えられる程度には頭の固さを改善できた。

 回遊魚の初代当主も三十年前の戦いの最中に死んで、一度は力が失われてしまった。けれど、結局水の精霊は一族の中の別の若者を新たな契約者として選び、彼もまた初代と同じ契約を結んだため、回遊魚たちはまだこの力を使える。

 きっと、こっちの力もこうして代々受け継がれていくことになるだろう。でもザンバの剣技はそうもいかない。少なくとも、今この時代では彼の戦いを最も間近で見てきた自分が努力しなければならない。

 自分から息子へ。息子から門下生たちへ。技を知る者が増えていけば、きっと千年後にもまだザンバの名と技は遺っている。彼女はそうしたい。

 だから自分は、こういうちょっとした場面以外ではもう回遊魚の力を使わない。


「志は変わってないよ。アタシは『水』じゃなく『風』を継ぐ者だ」

「そっか」


 答えを聞いて、メェピンは少し不安になった。この友人がいつかザンバのように突然消えていなくなるのではないかと。

 でも、そんな彼女の頭の中でザンバの記憶が笑いかける。共に戦って死んだ祖父たちの記憶も。


 大丈夫だ、と。


「……そっか」

「どうしたの? 二回も同じこと言って」

「いや、あんたは大丈夫だろうなって。よくできた息子がいるし、旦那との関係も良好でしょ? なにより、平和だからね」

「よくわかんないけど、そういやそっちの旦那は? 浮気癖治った?」

「次にやったら殺すって言ってある」

「ほんとに殺りそうねアンタは。ま、せっかく増えた人口がまた減らないように祈ってるわ」

「余計なお世話よ」


 軽口を叩き合ってまた笑う。こんな平和があと何年続くのかはわからないが、ニャーンたち上の人がきっと長続きさせてくれるだろう。

 だから自分たちはやりたいことをやる。それがきっと、未来へ希望を繋いでくれた戦士たちへの恩返しになるから。

 かつて少女だった二人は、それからも長々と茶飲み話を続けるのだった。










「あ、メェピンちゃん! ほんとに遊びに来てる!」


 なんか、ニャーンまでやって来た。

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