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ワールド・スイーパー  作者: 秋谷イル
一章【災禍操るポンコツ娘】
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覚醒(1)

 チャンス! 単に不安から彼を見ただけだったのだが、ふと思いついたおかげでアイムの視線を辿りビサックの位置を探り当てられた。すかさず走り出すニャーン。直後、何も無いように見える空間から矢が放たれる。けれど攻撃が来る方向さえわかっていれば対処は難しくない。

「えいっ!」

 前方に怪塵(ユビダス)の盾を形成。攻撃を弾いてさらに間合いを詰める。アイムが訓練用にと昨夜のうちに買って来てくれたツルツルスベスベの不思議な生地を用いた緑色の服。泥を浴びてもすぐに滑り落ちるため、昨日のように服が重くて動きにくいなんてこともない。そもそも造りからして僧服より軽く動きやすくできている。

 盾を少しだけ横にずらし視界を確保する。たとえばこれを全方向に常に展開しておけば矢を全て防ぐことも容易い。けれどアイムの出した課題はビサックを見つけ捕まえること。怪塵は赤く、その集合体の盾も向こうを見通すことはできない。だから全周囲防御という選択肢は取れなかった。

 でも見つけた。位置さえわかれば捕まえることも難しくない。たった今、矢が放たれた場所。そこを周囲の空間ごと怪塵の壁で覆ってしまえばいい。閉じ込められれば捕まえたことになるはず。


 しかし一瞬遅かった。


「つ、捕まえたっ!」

 前方の空間を怪塵の壁で閉ざし、宣言する。ところがアイムは認めない。

「まだじゃ!」

「えっ」


 驚いた彼女の耳に微かにだが枯れ枝を踏む音が届いた。たしかにビサックは怪塵の包囲を逃れて移動している。


「そんな!?」

 間に合わなかった。おそらくそうだと理解して再び警戒。同時にアイムの方へも視線を走らせたが、彼の姿も消えて無くなってしまっていた。

 声だけがどこからか聴こえて来る。

『公平を期すため今後はワシも姿を見せん』

「うううっ」

 たしかに自分の力を試すための訓練で彼の力をアテにしたのはずるいやり方だったかもしれない。でも、こっちは素人なのだ。少しくらい手を貸してくれたっていいのに。汗を流しながら周囲を見回す。もう完全にどちらの姿も気配も感じ取れない。

「ハァ……ハァ……」

 全力で走ったため息が切れた。アイムに対する怒りと、いつどこから攻撃されるかわからない恐怖も焦燥を駆り立てる。

 そして、それらは共に感覚を鈍らせた。窮地にこそ落ち着いて対処しなければならないのに今のニャーンにはそれができない。

 当然──


「はうっ!?」


 泥玉付きの矢が、またしても背中にぶち当たった。




「やっぱり無理です……私なんか……」

「卑屈なやっちゃのう」

 訓練終了後、またしても落ち込んでしまったニャーンの言にこちらも苛立ちを募らせるアイム。少女はまだ泥だらけ。さっさと温泉に行けと言っているのに膝を抱えて座り込み、その場から動こうとしない。

「さっきの機転は悪くなかったと言っとろう」

 本来ならもっと能力を活用して欲しかったところだが、ビサックを後一歩のところまで追い詰めたのは事実。知恵も生き抜く上で重要な力だ。あそこで彼を捕えられていたなら合格を言い渡しても良かった。


 無論、正すべき部分もある。


「お主、あの場面で躊躇したな?」

「……」

 完全にビサックの位置を掴んでいた。なのに取り逃がした。ビサックがニャーンの予想を超えて素早く逃れたからではない。むしろ座り込む彼女を心配そうに見つめるこの男は、わかるかわからないかギリギリの範囲で手を抜いた。捕まえやすいよう動いたのだ。

 なのにニャーンは失敗した。それは彼女がためらったせい。

「攻撃ではなく捕獲だ。それでも駄目か?」

「……」

 無言のままさらに沈み込むニャーン。やはりそういうことか。この娘は他者を傷付ける可能性を恐れている。極端に。

 アイムは目の前に屈んだ。優れた嗅覚を持つ彼にはたまらない悪臭が鼻をつく。しかし今はどうでもいい。大事な話の最中である。

「敵を倒せねば、自分が死ぬぞ」

「……」


 初めて見つけた時もそうだった。怪塵狂いの獣に襲われ、盾を作って必死に身を守っていた。この娘は怪塵を自在に操る。同じように剣なり槍なりを形成して攻撃すれば簡単に倒せたはずなのにそうしなかった。

 優しさは美徳である。それを持たぬ人間は大抵ろくでもない最期を迎えるものだ。この千年、そんな場面は腐るほど見て来た。

 が、過ぎた優しさも毒になる。自分より他人を優先してしまう人間は少なくない。そのような人間も幸せになれる者は稀である。

 世の大半の人間はどこかで折り合いをつける。ここまでは許容し、そこから先は許さぬものだと。そうでなければ生きられぬのだ、この世界では。本能がそれを知っている。


「……でも」

 ニャーンは静かに涙をこぼした。今まで誰にも言えなかった心情を吐露する。

「もし、もしもこの力で人を傷付けてしまったら……それこそ、私は怪物です」

「まあな」

 それもわかる。まさしくその通りだ。怪塵という人類の天敵を操る呪われた力。それで人に害を為すなら、その身は怪物という謗りを免れなくなる。恐れる気持ちは当然だろう。だからこそ今回の試練も「捕獲」を達成条件にした。ニャーンならばビサックを傷付けず捕えることが可能なはずなのだ。

 けれど、いざ他者に向かって力を振るおうとすると躊躇ってしまう。それではいつまで経ってもこの試練を突破できない。

「嬢ちゃん、オイラのことなら心配いらねえ。見ての通りでかくて丈夫だ。多少荒っぽいやり方でも怪我一つしねえよ」

 ビサック自身がそう声をかけても、ニャーンは首を横に振るばかり。どうしても自信を持てないらしい。

 アイムも問う。どんな言葉をかければいいのかと自分に問う。

 何も無い。結局はニャーン自身が答えを見つけ、乗り越えなければならない問題なのだ。そう結論付ける。

(焦るな、まだ二日目じゃ)

 立ち上がり背中を向けた。一応、言葉はかける。

「今日はこれで終わる。風呂に入って汚れを落としてこい。その後で昼飯にしよう」




 しばらくして、今度はビサックに付き添ってもらい温泉を訪れるニャーン。彼は近くにいると言って昨日アイムがいた岩陰へ移動する。

「すまねえな、オイラがいちゃ落ち着かんだろうけど、この森は危なくて一人にゃさせてやれねえ。絶対そっちを見ねえと約束する。だからここにいさせてくれな」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

 返事をしつつ反省。

(心配してくれてる……多分、ユニティもそうだったんだ)

 野生動物に怪塵狂いの獣。たしかに、よく考えたら一人でのんびり湯に浸かれるような環境じゃない。変態なんて言って悪いことをしてしまった。だから今日はビサックが同行したのだろうか?

(謝った方がいいよね……でも昨日からずっとひどい態度を続けてたし、訓練だってまた失敗しちゃったし……)

 正直言って合わせる顔が無い。彼女は今まで誰からも期待をかけられなかった。だから期待してくれる人を失望させてしまうと人一倍申し訳なく感じる。

(……とりあえず、お洗濯)

 モヤモヤした気持ちのまま作業開始。まずは湯舟の外でタライに汲んだお湯をかけ泥を洗い流す。表面がツルツルな上、水を弾く性質を持っており、それだけですっかり綺麗になった。不思議な素材だ。

「大きなカエルの皮だって言ってたっけ……」

 これのおかげで体にはほとんど泥がついていない。なにせ全身をすっぽり覆うサイズである。こんな大きな服を作れるほど大きなカエルがいるという事実は衝撃的だ。第六大陸やアイムと出会った第四大陸では見たこともない。

「どこから買って来てくれたんだろう?」

 今朝、訓練を始める前に渡された。昨夜のうちに買って来たという説明も受けたけれど、どこでとまでは聞かされていない。そもそも深夜に営業している服屋なんて本当にあるのだろうか?

「まさか……他の大陸?」

 一度経験したからわかる。アイムは狼の姿になると瞬く間に大陸を縦断し海すら走って渡ってしまえる。彼なら別の大陸まで行っていてもおかしくない。

 わざわざ自分のために一夜の内に海を越えて、これを?

 だとしたら、また情けなくて涙が出る。


「ごめんなさい……」


 どうしたら期待に応えられるのだろう? もっと器用で賢い子に生まれたかった。

 彼から世界を救える可能性を持つと言われた時は嬉しかった。親に捨てられ、教会でもドジなみそっかす。挙句に呪われた力に覚醒して行き場を失った。あてどなく彷徨い流れ着いた先でアイムに拾われ、初めて希望を見出した。

 でも現実は厳しい。思い知った。結局、自分は呪われた力を持つだけの無能な小娘なのだと。いっそ獣に襲われて死んでしまえとさえ思う。

 夢なんて見るべきじゃなかった。

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