閑話15-1)セディ兄さまを見返したい!(子ども扱いすんな、馬鹿!)前
王都要塞ルフォート・フォーマの二階層、通称『庶民層』の二区画目にある『薬屋・猫の手』は本日は定休日。
定休日には店の裏にある畑で、店主である女の子の、ちょっと音階の外れたどこかの国のものであろう聞きなれない鼻歌が聞こえていたり、兄と呼ばれる青年との楽しそうな会話が聞こえたりするのだが、今日は通り沿いの窓にも布が掛けられたまま、とても静かである。
外からのぞいた限り、だが。
バァン!
扉を叩きつけるように開けた音とともに、ダスダスダスッ! と、地鳴りでも起こしそうな階段を上る大きな足音。
再びバァン! と力いっぱい扉を開けて閉めた音が家の中に響いた。
「むかつくむかつくむかつく!!!」
きー!
金な切り声を上げがら、ポーションと傷軟膏の詰められた商品展示用の手籠をテーブルに置き、クローゼットの中に入れていた見た目とは裏腹に大量の収納機能を持ついつもの買い物かごを取り出す。
「いつまでも子ども扱いすんな――!」
叫び声と共に、買い物かごの中に台所から持ってきた焼き菓子に干し肉、固めに焼かれた黒パンを食べやすいように切った物と、黒パンに野菜とハムとチーズを挟んだサンドイッチを包んだお弁当、それからいろんなポーションをたくさん詰め込むと、階下にいる大空猫のコタロウを呼び寄せた。
「絶対にっ! 見返してやるんだから!」
私室の扉を開けコタロウを招き入れると、そのまま扉の外に貼ってあるセディとの伝言用の黒板に、『兄さまは出入り禁止!』 とチョークが折れそうな勢いで殴り書きをしたフィランは、ふんっ! と、力いっぱい扉を閉めて鍵をかけ、椅子の背もたれにかけていたローブを身に着けて部屋の窓を開けた。
「絶対に兄さまより先に採集を終わらせて、見直したよって言わせてみせる!」
ぐっと握りこぶしに力を込めて叫ぶと、コタロウを外に出し、その背に落ちないように乗った。
「よろしくね! コタロウっ!」
『にゃぁーん!』
鳴いたコタロウの喉元を摩りながら、そのまま騎士団駐屯地のゲートも使わず一階層へ降りたつと、そのまま三区画目にある要塞と外界をつなぐ東門に向かう。
「腕輪を。」
要塞の外に出るための転移門の騎士が、外に出ようと並ぶ人に腕輪の確認を促している。
フィランの順番になった時、騎士は思い切り眉間にしわを寄せて小馬鹿にしたように笑った。
「おやおやお嬢ちゃん、君一人では要塞の外にはでれないよ?」
「……はぁ?」
普段であれば絶対にこんないい方しないのだが、はなから『無理だ』と行った騎士を睨みつけながら、フィランは二本の腕輪のついた左手を、騎士の鼻先へ殴るような勢いで突き出した。
「ソロビー・フィラン。 素材採集に出ます!」
「ぷっ。 いやいや、お嬢ちゃんには東門は早いって。まぁ一応確認はしてあげるけどさ。」
城門の騎士が馬鹿にするように笑いながら水晶を近づけると、通行可能の青い光と、彼女の冒険者ランクが浮かび上がる。
「ほら、お嬢ちゃんじゃ無理……って、え、Aランク……っ! 大変失礼しました! どうぞ通過してください、ご武運を!」
慌てて通してくれた騎士にあっかんべをしてから、コタロウに乗って要塞の外行きの転移門のある通過門をくぐった。
要塞外へ転移する赤い光から抜けると視界は一気に広がり、後ろに先程までいた要塞の外壁、前には赤レンガの街道がながくつづいている。
「よぉし! 私にだってやれば出来るんだもん! 目にもの見せてやるんだからね! おーっ!」
ぐっとこぶしを握りあげて、フィランは大きく声を上げていた。
さかのぼること一時間前。
一週間後にアカデミー入学を控え、必要書類を提出したときに受け取った制服や教科書を、フィランとセディは検品を兼ねて住居スペースに広げて最終確認をしていた。
必要な物リストをセディが読み、フィランが現物を確認するわけだが……
「研究用拡大鏡。」
「はい。」
「個人研究用・絶叫草用の鉢。 人食い薔薇の鉢。 それから、人食い薔薇専用・銀の如雨露(小)」
「ありま~す。」
「魔法薬草大全、ルフォート・フォーマ冒険者用洞窟薬草採取事典、美味しい薬草大全。」
「ありま~す。」
フィランの手にある分厚い本三冊は少し古ぼけていて、持った時に良く手の当たる部分でる背表紙の装飾がはがれている。
ご機嫌で本を用意しているフィランをみて、セディは眉を寄せた。
「フィラン、本当に新品じゃなくてもよかったのかい?」
「も~、兄さまはそればっかり。 いいですか? 本は高いんですよ? アカデミー指定の古本屋さんで買ってもいいってそれにも書いてあるでしょ?」
「それは、そうなんだけれども……」
まだ何か言いたそうなセディにため息をつきながらも、フィランはご機嫌で転送用の箱の中に入れていく。
フィランの持っているこの三冊のほかにも、細々したものは、実は第二階層の一区画にあるアカデミー用品専門の古物商で購入したものが多い。
文房具や鞄などはちょっと女の子が持つには場違いな黒地に金細工の施された立派なものをルフォート・フォーマ皇妃より送られているのだが、今読み合わせている物は各学科別で入学前に必要とされているものだ。
高価な物が多いくせに在学中の四年間しか使わないものも多いので、中古でも可と明記の上、さらにご丁寧に販売店の場所まで書かれていた。
庶民層からの入学者や、裕福ではない貴族の子供たちが購入するのだろうと思う。
で、もちろん庶民であるフィランも、その言葉に従ってそのお店でさっさと買ってきたわけであるが、どうやら目の前の過保護で面倒くさいお兄様はそれが気に入らないようだ。
「やっぱり兄さまが新しいのを買ってあげ……。」
「無駄遣い禁止。」
ビシッと言い切ると、これ以上めんどくさい方に話が行かないよう話をそらすために、フィランはからっぽの植木鉢を手に取った。
「ねぇねぇ、兄さま。 人食い薔薇って怖くない?」
「……開発した奴を知っているけれど、かなりお気に入りらしい……あと、生体エネルギー吸収系アイテムを作るのに必須なんだよ。」
「……ドレイン系アイテム……。」
そんなものを作ることもあるのか……と考えて、いや、そういえばダンジョンとかで自分の魔力切れた時に魔物から奪えたら楽だもんな、そうだな、と納得する。
「兄さま、これで全部?」
「そうみたいだな……」
パラパラと概要の書類を見直しているセディをよそに、フィランは今チェックしたものを箱の中に入れていく。
アカデミーには自分専用のロッカーがあり、白衣や魔術着、剣技等の訓練着のほか、辞典などの基本はそこに全部入れておくことができるとのことで、そこに搬入する荷物を作っている訳であるが、これが全部入るロッカーって、もはやウォークインクローゼット(前世日本人脳計算約2畳)じゃないだろうか、と首をかしげたところだった。
「あ、しまった。 見落としがあった。」
「え? なに?」
「……『ジャイアントダンデリオンの苗』」
チェック漏れの項目は、小さく下の方に書いてあった。
う~ん、とフィランが首をかしげる。
「それ、お庭にあるけど、苗じゃないとダメかな?」
だめだねぇ、と笑うセディ。
「これは成長が早いから成長過程を研究するのに使うんだよ。 庭のはもう成長しきってるから駄目だね。」
朝顔の観察日記かよ……とつぶやきながら、フィランは椅子に掛けていたローブを羽織った。
「そっかぁ、じゃあ今から買ってくる。」
まって、と、セディが出ていこうとするフィランを止める。
「ジャイアントダンデリオンの野生種と書いてあるからお店にあるのは駄目だ。 しかし、あれの野生種になると要塞外の採集になるな……。 よし、私が今から採りに行ってくるよ。」
「え? 要塞外?」
フィランのアメジストの目がきらきら! っと輝いた。
「私も行きた「駄目だ、フィランは用事がたくさんあるんだから、それをやっていなさい。 これくらいならすぐに帰ってこれるから。 フィランは絶対に! 別の準備をしておくように。」」
食い気味に兄さまに言葉を遮られたフィランは、むっとした顔をして自分のローブを手に取った。
「あのね! 私の入学準……「ポーションの納品分も作らなきゃいけないだろう? いいから待っていなさい。 要塞の外は危ないんだ。 今度護衛も呼んで連れて行ってあげるから今日は留守番していなさい。 じゃ、行ってくるね。」
私のローブを取り上げると椅子に引っ掛けた兄さま。 代わりに自分のローブをつかんで、店の玄関に向かっていく。
「大丈夫だよ、だってわた……「それで何度面倒に巻き込まれてきているんだ。 今日は急だから何も対策できていないんだぞ。 危ないから許可できない。」
「まってまって! 危ないって言っても自分から何かしたわけじゃ……「いいから絶対に、家で待っていること! わかったね。」」
「ちょっとまって、にいさ……っ!」
お店の扉が閉まり、魔方陣の鍵がかかった音が聞こえた。
何にも言わせてもらえないまま、彼は一人で出て行ってしまったのだ。
「言い分が全然聞いてもらえなかった……。」
セディの出ていった扉を見ていたフィラン、顔を真っ赤にしてぎゅうっと握った両手の拳を天井につきあげた。
「子ども扱いされた! まじでムカつく! いいもん! 私も採集に行って、それで兄様より先に帰って、びっくりさせて、見直してもらうんだから! 首洗って待ってろよ!」
で、冒頭に戻るわけである。
意気揚々と、知識の泉でジャイアントダンデリオンの生息地を確認しながらコタロウを使って空をかけていく。
さて、無事にジャイアントダンデリオンの苗を取って帰ることは出来るのか!
待て! 次回!