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1-080)スローライフがどんどん遠ざかる現実

☆誤字脱字報告、ありがとうございます!

本当に本当に! 申し訳ありません!


 昔、遠い昔。


 世界にその存在を知られた美しい魔女がいた。


 細身の体には、体のラインがよくわかる、翼を出す部分以外の肌を出すことのない、飾りひとつないマーメードラインの黒いドレスを身にまとい、常闇色の大きな翼を夜空のように広げ、その背には天の川のようにきらめく乳白色の髪を流した高名な、そして悪名も高かった魔女。


 鳥人としても珍しい、大きな鷲の姿と、細身で美しい人、その二つの姿を使い分ける彼女は『星降る魔女』と呼ばれていたと記録されている。


 何年生きているかはわからない。


 長命な種族の中でもさらに長命を極めたものが、子供の頃に見た姿と、死の3か月前にみた姿は少しも変わらなかった、と証言している例もある。


 その魔女は指一本で人を殺し、血の一滴で人を生き返らせ、微笑みひとつで一つの王国を滅ぼし、涙ひとつで賢き聖者を導き国を作ったともいわれる。



 星降る魔女・マリアリア。



 彼女に出会ったのはほんの偶然。


 アケロスと、いつもの幼馴染仲間の一人である現ルフォート・フォーマ宰相補佐は、斥候として向かった森の先で彼女と出会った。


 始まりはただの隠れ里だったそこは、侵略から守るたびになぜか倍々に大きくなり、さらに近隣の町や村から狙われるようになっていた森の隠れ里(この時点ですでに隠れている規模ではなくなったのだが、彼らの認識はまだ隠れ里であった)に届いた不穏な便り。


 隠れ里を侵略者から守るために現皇帝ラージュの精霊が張り巡らせている罠にかかった()()()を確認するために跳んだ先だった。


 村に害成すものならば殺して晒す。


 村に婀娜成すものならば殺して吊るす。


 しかし戦火から逃げおおせた善良な者や、捨てられた哀れな子なら保護し連れ帰る。


 それが自分たちの役割だった。


 匂いを頼りに森を走り、罠の先端へ近づくにつれ近づく焼け焦げた匂い。


 ざわついた、ざらついた感覚にそこに行きたくないと直感が告げる。


 そしてそれは、正しかった。


 ついた先で二人が見つけたものは、あたり一帯の焼け野原と、焼けて転がるオークたちの群れの残骸、そうしてそこに立つ美しい魔女だった。


 圧倒的な魔力の残滓に吐きそうになりながら、彼らはそれでも確認の言葉を彼女に投げかけた。


 あなたは敵か、味方か、と。


 魔女は微笑んだ。


 そうして手を差し伸べてきた。


 自分たちの問いかけに答えずに、彼女はうっとりするような笑顔で二人を誘った。


 貴方達は可愛いから、強いから、強くなれるから、力を貸してあげる。


 そのときは、断った。


 それはあまりにも異質だと感じたから。


 この世界でもあまりにも異質な力と存在だと。


 それでよかったのだと、自分たちが最も信頼している者達も言った。


 無事で帰ってきてくれてよかった、と。


 自分たちもそう思った。


 しかし、時間がたてばたつほど、思い出せば思い出すほど。


 あの力があれば自分たちはもっと自分を、村を、大切な親友達を守れるのではないかと考えた。


 それは、あの時共に誘われた彼も一緒だった。


 意思を確認しあった二人は、彼女を探し、頭を下げたのだ。


 弟子に、してほしいと。




「しかし()()()()……われらの師匠はかなり気まぐれな方で、そうやって教えを乞いに行った時、私たちの事をすっかり忘れていたんだ。」


 深い深いため息をついたのは、すべての羽が逆立って、横幅がいつもの二倍の大きさになっているアケロス師匠(見た目だけ! 人の体は大きくなってないから! 羽が膨らんでるの! 威嚇!? 威嚇のポーズ!?)


「忘れていた上に殺されかけた。 思いっきり、渾身の魔法を二人で打ち付けたら思い出したようで、コロッと表情を変えて『いらっしゃい、待っていたわ、かわいい子達』と、抱きしめてきたんだ。」


 ちょっと聞き逃してはいけない言葉があった気がして聞いてみた。


「二人で渾身の力で魔法を打った……?」


 私の言葉にアケロス師匠の片眉が少しだけ上がった。


「フィラン嬢に誤解がないように言っておくが、私たちが放ったのは相手が打ってきた魔法に対する反撃の魔法だ。 そしてその上で付け加えるが、それでも相手は無傷だった。 髪の毛の一本切るどころか、当たる前に握りつぶされたんだ。」


 そう言いながら、師匠の羽はまた膨らんだ。


 普段は冷めたような表情の方が多いアケロス師匠の、怖いという感情が滲み出ている呆れ顔はものすごく珍しい。


 よっぽど怖かったんだなぁ……。


 ってか、魔法って握りつぶせるのか……。


 規格外の話にしみじみと、スローライフからどんどん遠のいているなぁとお茶をすする私は、アル君の師匠を思い出す。


 そうかぁ、あんな綺麗で可愛らしい人がそんなに強いし、そんなに有名な人なんだぁ……と思い起し、ふと気づいた。


「とりあえず、すごい魔法使いの人の弟子ってことですよね、師匠も、アル君も。」


「まぁ、そうだが。」


 なんだか煮え切らない返事だけど、気にしない。


「じゃあ、私、そんなすごい魔女さんの孫弟子ってことですね。 ちょっと自慢できますね。」


 ふふっと笑うと、アケロス師匠がますます膨れ上がった。


「フィラン嬢は……怖いもの知らずというか……。」


 ため息をついてお茶をすする師匠は、カップを置いて腕を組んだ。


「あの人は、人の心が皆無と言って差し支えない。 生まれたての赤子と一緒だ。 その瞬間の好き嫌い、やりたいかやりたくないか、そんな己の感情を最優先で判断する。 そこには、私たちの善悪やこの世界の法律などは全く関係ない。 私たちを弟子としたのもあの人の気まぐれだった。次に会ったときには忘れて攻撃してきたり、突然現れて面倒ごとを言ってくるくらいなのだ。」


「法に縛られないんですか?」


「師匠に連れられて修行中、とんでもない理由から目の前で集落を一つ壊滅させたことがあってな……さすがに法が、と苦言を呈したら、彼女は本当にキョトンとした顔で『なぜ人が自分勝手に作った理に従わなければならないの? 私は世界の理に従ったまでよ。』と本当に言いきったんだ。 流石のわたしもあっけにとられて何も言えなかった。」


「……わぁ……。」


 あのご尊顔をきょとんとさせて言われたら、ソウデスネって言っちゃうかもしれない。


 師匠の話から言っても、とっても自由奔放な人のようだが、あんな瞳をキラキラさせている大人っていないから、すごく納得した。


 そして思う。


「でも、師匠も似てますよね?」


 とたん、ものすごく嫌そうな顔になった師匠だけど、アル君の師匠マリアリアさんとアケロス師匠、たぶん根本がすごく一緒。


 たぶん師匠も同じことを言ったりしちゃったりするタイプなんじゃないかなぁ。


「……フィラン嬢にはそう見えるのか?」


 師匠がすごくジト目で私を見てます……うぅ、怖い。


「えっと、怒らないでくださいね? 師匠と半年以上一緒にお勉強しましたけど、たぶん……マリアリアさんの言った『世界の理』が、師匠の言う『ラージュ陛下のため』とおんなじなんじゃないかなって……。 『世界の理』が文字になってない分あいまいだから、マリアリアさんの行動が奔放に見えるだけじゃないかと。 師匠の場合は『ラージュ陛下』が『皇帝』だから、世界の法律とか、皇帝としての何とか、っていうのが多いし明確だから、行動や言動も制限が多くて……師匠がすごく常識的に見えるだけなんだろうなって。」


「……フィランはたまにものすごいことを言うよね。」


 ため息をついた師匠から突き出された空になったティカップを受け取る兄さまは、口の中で笑いをかみ殺すようにしながら私のティカップにも、師匠のティカップにも温かいお茶を注いでいく。


「私は師匠とは違う。私は仕えるべき人を持つからね。」


 湯気の立つティカップを手に、師匠は憮然としているが、わたしからしてみれば()()()()()()()ですよ、と……は、まぁ言わない方がいいだろうな。


 お茶を飲みながら、師匠と兄さまを横目に見る。


「兄さまも会った事あるんですか?」


「いや、ないよ。」


「会いたくて会えるような人じゃないのだよ。」


 私の兄さまへの問いかけに対して、はぁっと、今日何度目かのため息をつくアケロス師匠。


「あのラージュすら、願っても一度も会えたことはないんだ。 あの人の物を鑑定すればたどり着けるかとラージュが鑑定スキルを行使したが何も見えず、何を考えているか、何を企んでいるのか、真意が何かすらわからない。 あの人は、ラージュ以上に『神に愛されている人間』なんだ。 運命や偶然などは関係なく、会う人間すらも選べるんだよ。 会いたくなければ会えないように仕向けてくるし、自分が会いたければ相手が会いたくなくても連れてくるようなひとだ……。 あぁ、帰ったか。」


 お茶を半分ほどすすったところで、師匠の下に風蜥蜴が一匹帰ってきた。


 ひとつ、大きく口を開けてから、形を崩して消えた風蜥蜴に師匠は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「舌の根も乾かぬうちに、だ。 フィラン嬢は今日モルガンの家に行ったんだったな。」


「はい。」


 わたしがセディ兄さまの作ったお菓子に手を伸ばしながら答えると、アケロス師匠はますます苦虫を噛み潰した上に咀嚼までしちゃったような顔になっている。


「そして私たちは会うこともたどることもできない、か。」


「? どうしたんですか? 師匠。」


 ため息をついたアケロス師匠の下に、もう二匹も帰ってくる。


「あの人が関わっているんだ。 やはりと言うか。 学園長でも、かの家にたどり着けないようだな。」


「へ?」


「彼の家に向かった学園長が、教会でかなり待たされているらしい。」


「教会?」


「彼の入学時の書類では、彼は王都に一番近い町の教会に住んでいることになっているからね。 ……そして私と同じく今まで待たされていたが、学園長が別件でそこを離れるため、私にそちらに向かえと連絡がきた。」


 額に手を当ててため息をついたアケロス師匠は、立ち上がった。


「フィラン嬢、申し訳ないが私はあちらに向かう。 セディには話してあるが、国の政や力関係の安定、それ以上に二人の身の安全を考えて強い後見をつけさせてもらう。 君にはすでにコルトサニア商会のヒュパム・コルトサニアが付いているが、彼は貴族ではあるが今回の後ろ盾としては()()()()。 あくまでも君たちを守るためだが、もっと強い後見を付けさせてもらう。 あちらが終わったらもう一度来るので待っていてほしい。」


 手の中に現れた大きな杖を持ち、コンコン、と床を叩いた師匠の足元に魔方陣が現れると、すぐに跡形もなく消えてしまった。


 あっけないとはこのことだけど、またなんだか大ごとになってきた……入学式からまだ三日なんだけどな。


「……どうしてスローライフからどんどん遠ざかっていくんだろう……。」


 ため息をついた私に、セディ兄さまは片眉尻を下げて頭をなでてくれた。


「それは、フィランが本当に規格外……神様に愛されているからだろうね。」


「せめて兄さまと出会ったころ当たりの生活にまで時間を戻したい……。」


 深い深いため息をついて、私は天井を仰いだのでした。


 神様! 神様ーーー!


 いい加減、最初にお願いしたような、のんびり丁寧に日々を暮らすスローライフを私に頂戴!


 私は心の奥底から、大きな声で叫びたいのを、お菓子をかみ砕くことで何とか我慢した。

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