1-079)師匠のお説教と、理解厳しい壮大なお話
「勝手に一人で突っ走らない、何かあったら相談をする、新しいことを始めるときはヒュパムさんか兄さまに連絡、報告、相談をする。」
「はい、よくできました。」
昔々にした約束を口にする私(詳しくは4章9でね!)。
どうもこんばんは、魂はアラフォー(そろそろアラフィフになりそうな微妙な年齢でしたよ、オホホ)、体は15歳の美少女、心は大人だったはずなんだけど、がっつり子供だったことを自覚しました、ソロビー・フィラン15歳です。
そして今、私は……。
「それで今日、フィラン嬢は『アカデミーが休みであること』『友人の家に行くこと』の二点について、コルトサニア商会の会長かセディに、ホウレンソウしたのかを確認したいのだが?」
「……え……えへ?」
少し考えたふりをしてから、可愛い女の子ならやって許されるらしいちょっと舌を出して斜め上方向を仰ぐというしぐさをやってみたのだが、目の前の人は変わらないどころかその視線は一気に冷え込んだし、私自身がの己の気持ち悪さに震えがきたため、すぐに三つ指ついて頭を下げた。
「連絡するのをすっかり忘れておりました。心から大変ごめんなさい。」
現在、私がいるのは『薬屋・猫の手』の二階にある客室である。
冷たい床は女の子にはよくないからと、お情けで置かれた大きめのクッションの上に正座をさせられたまま、圧倒的絶対零度のブリザードの前でガクブルしておりますです、はい。
その、圧倒的絶対零度ブリザードを放っているのはもちろん目の前にいらっしゃる、本日もいつもの宮廷魔術師長の証である黒衣に身を包み、ソファに深く座って長い足を放り出すように組み、同じく長い腕は胸の前で組んでいらっしゃる宮廷魔導士長であり担任教師であり、私の魔術の師匠であるアケロウス・クゥ様で、目の下の隈は健在のまま、私を絶対零度のまなざしで見ています……。
前世に見たホラー映画の呪いのまなざしみたいで本当に怖いです、誰か助けて……。
と思ってさまようように室内に視線を漂わせましたが、にこやかに氷点下ブリザードを吹き荒らすセディ兄さまこと、センダントディ・イトラとしか目が合いませんでした。どこにも逃げ道がないよ!
だれか助けてぇ~。
「あ、あのね、師匠……」
「なんだい、わが愛弟子よ。」
なんで愛弟子っていう言葉が 『後でおぼえてろよ?』 っていう風に聞こえたのかな?
恐怖と寒さのせいかな? よくわからない……。
もう視線をさまよわせることもやめて両膝の上に置いている自分の手を見ると、きらきらと光を弾い……いえ、小さな火花を散らしている精霊たちと契約の腕輪……おおぉぉこちらも怒ってる、今晩怖い、本当に怖い。
今日が木の精霊日でよかったです。実際怒られるのは日の精霊日である3日後……いや、よくないな、3日後に積もりに積もった怒りをアルムヘイムとヴィゾヴニルにお説教いただくんでしょう?
これって地獄しかないのでは?
四面楚歌とか、こういうことを言うのかもしれないと、冗談ではなく怖くなり始めたころです。
え? 今まで怖くなかったのか?
いえ、すっごい怖いですよ、現在進行形で!
「い、言い訳をさせてください!」
「いいだろう、私も鬼ではない。」
意を決して顔を上げた私に、アケロス様はニコッと笑ってくれた。
口元だけ。
ひぃぃぃ、こわいよぉ!
「えっとですね、今日学校に向かう時に、ゲートでアル君……アルフレッド君に会いました!」
「アルフレッド・サンキエス・モルガンだな。」
「はい! その時に、交易層からのゲートのほうからやってきたので、なんで? と聞きました。 なぜならば私は、彼も私と一緒で庶民層の下宿屋さんか、アカデミーの寮に住んでいると思ったからです。」
さあ驚いて、それは仕方ないなぁって私の事を許して!
と説明してみたが、反応は淡泊だった。
「あぁ、彼は外から通ってきているからな。」
しれっとそんなことを言うアケロス師匠と、頷いている兄さま。
「え? まって? なんで師匠も、兄さままで知ってるの?」
「アカデミーを通じて、交易層の厩舎使用許可証が出ていたからな。 担任として決裁した。」
「私はその決裁書の管理をしている兵士から聞いたかな?」
こともなげにそんなことを二人で言うが、ちょっとまって、一人発言がおかしくない?
「師匠は担任だから書類の決裁するのはわかるけど、兄様のはちょっとわからないです。 ……厩舎管理の書類をなんで兄さまが見れるの?」
「それより続きだよ、フィラン。 彼から話を聞いて?」
「え? あ、えっと。 あぁ、それで、要塞の外から来てるんだよ? って言うから、通学大変じゃない? って聞いたら、飛竜だから早いんだよって言われたところでアカデミーに到着したんだけど、学校が休講って書いてあったから、そのまま飛竜を見に厩舎に行ったら、ミレハ……アル君の飛竜が私の事を気に入ってくれて、空のお散歩連れて行ってくれたの。 だけどミレハ……飛竜がご機嫌すぎて空中散歩だけだったはずが、アル君のおうちまで行っちゃいました。」
正々堂々怒られましょう! もう! 仕方ない!
どの辺のレベルまで怒られるか、戦々恐々、いう事を全部言ったら、悪かったのは自分だから甘んじて怒られようじゃないかと、うつ向いたまま一気にまくしたて、反応を待っていた。
わけだが……
あれ?
怒られない?
そぉっと顔を上げて、そおっと師匠と兄さまの顔を見て見ると……
「え? なんで?」
師匠と兄さまががっくりと頭を抱えていました。
「師匠? 兄さま? そんなに頭抱える事した?」
慌ててそう声をかけた私に、顔を上げた二人は本当に疲れた顔をしてため息をついた。
「フィラン嬢は……というか、フィラン嬢のいろんなものを引っかけてくる能力は相変わらずの規格外だな……」
あきれたように師匠が言う。
「フィラン……だからあれほど一人で何でも首を突っ込むなとか、行動する前にちゃんと考えてホウレンソウを……って約束したのに……」
そして、あからさまに肩を落とした兄さま。
私、そんなに駄目なこと言った気がしないんだけど……?
「アル君のミレハに乗ってお散歩しただけだよ?」
「まずそこからだな。 とりあえず長くなるからソファに座りなさい。」
師匠に顎で隣にあるソファに座るように促され、私はちょっとしびれた足に泣きそうになりながらもソファに座る。
「今日、フィラン嬢のところに話に来たのは昨日の結果の事もあったんだが……」
「……結果?」
「やっただろう? 属性適性検査。」
そういえば昨日やったなぁ、もうずいぶん前の様な気になってたけど……と思いながら頷くと、アケロス様がため息をついた。
「フィラン嬢、モルガンの家にはいま、学園長が向かっているはずだったのだが、その様子では会わなかったようだな。」
誰にも会わなかったから、素直に頷く。
だろうな、と、ため息をついた師匠は、兄さまに茶を淹れてくれ、と唸るように言った。
苦笑いしながら向かっていく兄さまを見送ったわたしに、一枚の羊皮紙を広げて見せてくれた。
「フィラン嬢が日、月属性。 モルガンが無属性と昨日結果が出たのは覚えているな? 正直フィラン嬢の件は想定範囲内だったのだが、彼のほうが問題でな……」
「問題?」
「そうだ。」
ここを見てほしい。
言われて見た羊皮紙には、家系図のような枝分かれしたものが書かれている。
「なんですか? これ。」
「これは、古くこの世界に今まで存在していた王家の系図らしい。 これはルフォート・フォーマの持ち出し禁止の宝物などが安置されている宝物庫の中にあったものだ。 昔、ラージュが見つけ出した。」
「そんな大層な物を今日ここに持ってきてよかったんですか? ここは庶民街のしがない薬屋ですけれど?」
「王が良いと言っているからいいんだろう。 それに、持ち出し不可だからと声を掛けたら、フィラン嬢は王宮に出向いてくれるのか?」
王宮に出向く?
私が?
またあの窮屈な格好をして?
「それは絶対に嫌ですね。」
「だろう?」
ため息をついた師匠、実は目がかなり本気でしたよ。王宮に引っ張り出されるところでした。怖い怖い。
背すじに嫌な寒気を感じながら、下から戻ってきた兄さまの淹れてくれた温かいハーブティに、添えられていたハニーアントの甘蜜をたっぷり入れる。
「おいしい~。」
のどかかなり乾いていたんだろう、とっても美味しくそれを飲みながら、師匠の方を見る。
「で、それが私とアル君の検査の結果に何の関係があるんですか?」
そこだよ、そこ!
私が聞くと、師匠はとん、と、赤い線で消された一つの家名を指さした。
「この王家は三百年前に消滅した王家だ。 東の王国と南の王国、それから魔界。この三国が交じり合わないような形で存在していた王国だったそうだ。 王家と言っても国土も領民も少なく、国外とのやり取りも全くなかった国だったそうだが、異質な力があって、この国には手を出してはいけないという不文律があったそうだ。」
歴史の試験にも出てこなかった話だなぁ。
と思ってその王家の名前を見るが、微妙に赤文字で消されているために読むことすらできない。
「線を引くのへたくそですね、もうちょっと綺麗に消してくれたらいいのに。 でもそれが私たちの検査結果に関係あるんですか?」
「あるな。」
くるくるっと羊皮紙を丸めるとシュッとどこかへしまい込んだ師匠は、腕を組んだ。
「この、三百年も前に消えた王家の血をひくものには特徴がある。 この王家は人としては異例の、魔族を始祖としている。 そのため精霊は彼らが嫌いらしい。 嫌いな血族には力を分け与えたくない、ということなのだそうだ。 そのためこの王家に生まれたものは無属性、しかし魔力の回路的には神の木からではなく根本の魔族の魔力があるために魔法も使えるのだと。」
……えっとぉ……。
「……師匠、話が壮大すぎてついていけないんですが、要約してもらえますか?」
頭の中に、はてなマークが飛びまくってるよ。さっぱり意味が解らないよ?
「フィラン、彼は……アルフレッド君は無属性だったんだよね?」
「うん。」
兄さまがお菓子の入ったお皿を渡してくれながら、聞いてくる。
「彼が、その王国の末裔ということはありえないだろうか?」
「え? だって三百年も前に途絶えた王家なんでしょう? 彼は十五歳だよ?」
なにいってるんだかわかんないけど頭大丈夫? と、ちょっとあっけにとられて話をするが、兄さまたちは真剣だ。
「彼は何か言っていなかったかい? それか家に何か変わったものがあったとか。」
「え? そんなの何にも言ってなかったけどな。 本はいっぱいあったけど……あ、師匠と一緒に住んでるみたいだったけど。」
そう伝えると、アケロス師匠は首を傾げた。
「彼の師匠といっしょにくらしている? アカデミーへの提出書類の居住地と身元保証人の欄には教会の名しかなかったはずだが? フィラン嬢、君は彼の家に行ったと言ったけれど、その師匠にも会ったのか?」
うん、と何度か頷く。
「すっごい美人さんでね、ものすごく真っ白な綺麗な髪に、綺麗な金色の瞳で、魔術工学をやっているって言ってたような。 えっとね……そうだ、マリアリアさんって名前だった。 ここにね、お守りよって、ちゅってしてくれた。」
おでこを出してここ、と指を指し示したとき、カップが床に落ちてお茶がぶちまけられた音がした。
カップを落としたのは、アケロス師匠で。
「し、師匠? 大丈夫? やけど?」
顔色が悪くて声をかけると、お腹の底に響くような唸り声が聞こえた。
「……あの女鷲め……」
「え? 師匠?」
立ち上がった師匠は、盛大な溜息をつきながら手の中に師匠の大きな杖をどこからか引っ張り出した。
「百年ぶりに顔を出したって聞いていたが、やはり面倒しか連れてこないな!」
力いっぱい床に杖の先を叩きつけた師匠の周りに、目に鮮やかな若葉色の風蜥蜴が三匹現れ、師匠のつぶやきに頷くと、壁を、窓をすり抜けてどこかへ行ってしまった。
「え? え? 師匠? どうしたの?」
ざわざわっと背中の羽や髪の毛が逆立っていく師匠に慌てていると、兄さまがそっと手招きしてくれて、私の頭をなでた。
「よしよし、あれはアケロスがちょっと我を忘れているだけだから見なくていいよ。 それにしてもフィラン、本当に、ホウレンソウを忘れないように。」
はぁ、とため息をついた兄さまは、私の顔を見ていった。
「フィランにその口づけの呪いを授けてくれたクラスメイトの師匠というその人……ハクトウワシの魔女は、アケロスの師匠だ。」