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1-078)夢みたいな話と、夢から覚める瞬間

「おおぉぉ、これはまたファンタジー色のなんて強い……」


 目の前にある、神の木よりは細いけど、初見では声が出るほどに太い、扉のついた木の幹の前で、私は今日何度目かの驚きの声を上げた。


 だってそれは、大きな切り株をそのまま家にしたものだから。前世の首都近郊一軒家くらいのでかさ、そういえば伝わるだろうか……とにかくデカい切り株の家、なのだ。



 家は、深い森のど真ん中にあった。



 開けたところにはおうちがあって、その周りにはガラス張りの温室のような建物に、うちの畑のうん十倍はある広さの畑、その真ん中には光をはじいてきらきら光る私より少し背の高い感じの……不思議な木が立っている。


 畑とその木が気になって、アル君から手を放してもらい、ミレハから降りた私はそっちの方に向かおうとしたが、ミレハから鞍を外したアル君に呼ばれた。


「フィラン、ついでだから、師匠を紹介するよ。 どうぞ、中に入って。 師匠、帰りました。」


「え? あ、アル君あの木」


「ん? あぁ、後で見せてあげるよ。 お茶淹れるから入って。」


 おいでおいでと手招きされたので、後ろ髪をひかれながらも私はアル君の後を追った。


「お、お邪魔します~。」


「どうぞ、いらっしゃい。」


 にこにこしながら扉を開けて中に入り、あれ? 師匠~っと大きな声を出しているアル君の後をついて入りながら、なんでこんなことになったんだっけ? と、首を傾げて思い出す。


 が、完全に自分のせいでした。


 お昼過ぎまで優雅な飛竜による空中散歩を堪能した私はつい


「そういえば通学の時は全力疾走って言ってたけど、どんな感じ? 面白い? いいな、私も一回全力で飛んでるミレハに乗ってみたいな。」 


 などと口にしてしまった。 危機管理ないよね。今までそれでどれだけ問題に巻き込まれてきたかっていうか飛び込んできたかっていうか……案の定ですよ。


『ルルンッ!』という可愛く高い鳴き声と「あ! ミレハ! まって!」とちょっと鬼気迫ったアル君の声が聞こえた時にはもう遅かった。


 いやさ、竜族の知能を馬鹿にしちゃいけないよね。


 そして、でっかいけれどもまだ幼い竜族の好奇心も。


 私のつぶやきを理解したミレハは私を喜ばせるためにそうしたようで、気が付いたら大喜びで歌うミレハの全力の羽ばたき後の、何にもよく見えない勢いよく流れる景色にも目が追いつかないという状況下にいたのだ。


「ミレ、ミレハ、待って!」


 と頑張って口にしてみたが、ご機嫌な竜の耳には全く届かない。


 そのまま残像が流れるだけの風景を、その空気抵抗も重力も感じないミレハの背中の上でただ見ているだけになった。


 あ、いや、違うな。


 片手に手綱、片手に私のお腹を抱えたアル君から、ミレハはこんなにおっきくても子供だから、あんまり気軽に言っちゃうと調子に乗って行動しちゃうから気を付けてね、あとフィランは基本的に危機管理が全くないと思うんだけど、それって生きていく上で本当に危ない。学園や庶民層、貴族層ならまだしも、交易層とか王都外では騙されないように本当に気を付けてね。というか一人で行動しないようにね。等、一部かなり心外な内容のお小言をいただきました。


 はい、ごめんなさい。


 反省しています。


 というわけで、全力疾走のミレハにアル君の自宅まで連れてこられたわけで……うん、次からは気を付けよう!


 自分でも忘れていたけれど、私、中身はアラフォー、落ち着きのある四十路の女なんですよ。身も心も快適すぎてそんな当初の設定とんと忘れていたけどね!


 同級生のアル君にまで言われたんだから、よっぽどなんだろう……心外だけど……心外だけど!。


 よし、ここはもう一度心を入れ替えて、思慮深い行動をしよう!


 一つ、深呼吸して入った家の中を見て見れば、家の中はいたって普通……普通か?


 ログハウス的な全体に柱や壁の少ない、私的にはとてもくつろげる空間。


 丸い室内の高い天井まで壁に沿ったものすごい数の本と、それに沿ってぐる~っとつけられた階段。それから、張られた紐でぶら下げられた薬草や不思議な道具たち。


 ……本とか紙ってすごく高価なはずなのに、この蔵書数すごい。


 一番近い本棚に近づいて背表紙を見る。


 皮張りの本にはものすごく繊細な装飾の施されたものがあったり、ボロボロでタイトルも読めない本があったりしている。


 使用言語も普段使っているモノから、見たことがない象形文字のようなものまで様々だ。


 ちょっと中が見て見たい。


 そっと手を伸ばそうとした時、奥まで行っていたアル君が帰ってきた。


「師匠どこいったのかな……。 フィラン、申し訳ないんだけど師匠見つけたらお茶を淹れるから、そこの椅子に座って待っててくれるかな? 師匠を探してくるよ。 ……そうだ、本とか気になるだろうけど、危ないものもあるから触らないようにね。」


「え? わかった、大丈夫だよ。」


 階段のほうに向かったアル君に、私は本に伸ばそうとしていた手を慌てて引っ込めて笑った。


 いってらっしゃい~と手を振ると、きゅっと眉根をひそめたアル君は一度、私の目の前まで戻ってきた。


「どうしたの?」


「絶対、開いたり触ったりはしないでね」


 あれ? ものすごく念を押されました。


「はい、大丈夫です。」


 絶対だからね、と、何度も言いながら階段を上がっていくアル君を見送って、言われたとおりに椅子に座る。


 待って、アル君まで兄さまっぽくなってない?


 なんでだろう。 首をかしげながら私は言われた通り椅子に向かう。


『あらあら、珍しい。 こんな辺鄙な家にお客様?』


 味わいのある大きな椅子に座ると、テーブルの上に開いて置いてある本……触らなきゃいいんだよね? と、絶対に触らないようにしながら内容を読もうとすると、上から声が降ってきた。


 顔を上げると手のひらサイズの小さなハチドリような鳥が目の前ではばたいている。


 虹色の不思議な羽を動かして目の前で浮遊飛行している小鳥の声?


「……いまの、貴方?」


『そうよ?』


 くちばしが開いても出てくるのはさえずりじゃなくて人語で、かなりびっくりする。


「鳥人、ですか?」


 一応確認してみる。


『違うわよ、私は……そうね、精霊っていうことにしておいて頂戴な。』


 精霊、精霊……おぉ、アルムヘイムやヴィゾヴニルたちといっしょかぁ!


 それにしても小さくてかわいい姿だし、人型じゃないんだけど……。


 前世でも本やテレビでしか知らないけれど、本当のハチドリもこんな感じなのかな?


「精霊って人の形じゃないんだ……ったい!」


 まじまじといろんな角度から見ていると、ブスッと鼻先をくちばしでつつかれた。


 鼻先にかなりの痛みが走り、慌てて両手で鼻を抑える。


『レディをそんなにまじまじ見るなんて失礼よ、お嬢ちゃ……。』


「いたた……」


 謝りながらつつかれた鼻に意識を集中すると、両手にはぬるりっとした感覚と、少しの鉄の匂い。


 手のひらを見て見ると、ほんの少しだけ血が出ているようだ。 ハンカチで押さえようと鞄の中から『猫の手印の傷薬』とハンカチを出そうとした時、目の前の小鳥が土下座のように机に突っ伏しているのが見えた。


「え? どうしたの!? 私さっき手が当たっちゃった!? ごめんね!」


『ちが、違うんです、申し訳ありません、申し訳ありません! あのお二人の大切だったのですね! なにとぞこのことは……!』


 小鳥さん、めちゃくちゃ焦ってるけど、どうしたんかな?


「よくわからないけど大丈夫だよ、こっちこそまじまじ見ちゃってごめんね。」


『いえ、いえ、本当に申し訳ありません~!』


 なんで小鳥にこんなに平謝りされてるんだろう、私。


 首をひねりながら、ハンカチで血を抑えてから傷薬を塗っていると上の方から階段を下りてくる足音二つ。


「……っていつも言っているでしょう? 師匠。」


「あぁ、はいはい。 それより女の子を連れて帰ってくるなんて、私、もしかしたら娘ができるのかしら?」


「なんでそう飛躍するんですか。アカデミーの同級生ですよ……。」


 振り返れば、階段を下りてくるアル君と、小柄で細身、大きな翼を持った女性。


「あ、アルく……」


『ごしゅじ~ん!』


 私の顔の横を、小鳥が勢いよく飛んでいくと、女性の周りを必死に飛び回っている。


「あぁ、はいはい。 あらあら、嫉妬って怖いわねぇ……。」


 ものすごく小鳥に飛び回られている女性は、どうやら笑っているようだ。


「フィラン、お待たせ。 こっちは僕の師匠。 師匠、この子はアカデミーでクラスメイトの……」


「ソロビー・フィラン嬢ね。 私はアルフレッドの師匠で養い親のマリアリアよ。 マリアと呼んで頂戴。」


 アルフレッド君の頭半分くらい低い(私よりは高いんだよ?)の、乳白色の波打つ髪に、琥珀色の瞳のその人は、にっこりわらって長い爪が印象的な手を差し出してきた。


 握手、かな?


 そっと手を握る。


「はじめまして、ソロビー・フィランです。 今日はお土産も持たずに突然来てしまって申し訳ありません。」


 手をきゅっとやさしく握ってくれたマリアさんは、アルフレッド君と私を交互に見て笑った。


「ふふ、いつもアルフレッドから聞いているわ、今日の事情もね。 あのミレハにも気に入られたんですってね。 仲良くしてやって頂戴、アカデミーでも、その後でも。」


「……? はい。」


 ちょっと違和感を感じながら返事をした私は、アル君の淹れてくれたお茶と軽食、それからお菓子にその違和感をすっかり忘れて、夕暮れになるまでいっぱいおしゃべりをした。


 本の事や、薬草の事、それから真ん中にある不思議な木は水を生む水晶樹であることなどたくさん。


 たくさんお話してたくさん教えてもらった後、ミレハとアル君に送ってもらい、お日様が地平線の向こうに沈む前には王都についた。





 突然のお休みだったけれど、この一日、すごく楽しすぎて時間がたつのがあっという間だった。


 アル君には二階層騎士団駐屯地まで送ってもらい、そこから自宅に戻るまでの道も、なんだか夢に浮かされたみたいにわくわく落ち着かない感じだった。


 またあのおうちに行きたいなぁ、とか、マリアさんとお話したいなぁとか。


 またいつでもいらっしゃい、とマリアさんに額にキスされたときは、心臓飛び上がるかと思ったなぁ、なんて、本当に浮足立ってたんだと思う。


 夢から覚めたのは、私のおうち『薬屋・猫の手』の玄関を開けた時、だった。


「ただいまぁ!」


「おかえり、フィラン。」


 店じまいもしてある店内の奥から出てきた兄さまは、怒ったような、あきれたような、困ったような……複雑な顔をして私の顔を見て、それから二階を指さした。


「客が昼前からずっと来て待ってるよ。 アカデミーお休みだったみたいだけど、どこに行ってたんだい? 何かをするときはホウ・レン・ソウ、が約束じゃなかったかい?」


 あ、そういえば連絡するの忘れてた……。


「ごめんなさい……アカデミーが自習になってたから、クラスメイトのおうちに行くことになっ……っ!」


「やぁ、フィラン嬢。」


「お、客様って!?」


 言い訳しようとした所で、階段から降りてきた人影。


 いや、声を聞いたらわかるけど、絶対零度氷点下……あぁ、逃げだしたい!


「Sクラスは自宅で自習にしてあったはずなんだけど、私の記憶違いだろうか?」


「……お、お友達のおうちで、勉強してました……。」


 さっきまでふわふわ浮足立った足は、一気に地面にきっちりついた(めり込んだかも)のは言うまでもない。


 黒衣に身を包んだアケロス師匠こと担任教師がにっこり笑って手招きされたのだから。


「さぁ、少し話を聞こうかな? わが弟子よ。」


「……ふぁぁい……。」





 うぇん、だって竜に会ったり、空飛んだり楽しかったんだもんーっ!

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