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閑話14)ルフォート・フォーマ城の優雅で退屈なひと時、その2

 北の大国、王都要塞ルフォート・フォーマは建国記念日が近づいていた。


 例年のその日は、一年の始まりの月の、最初の日の精霊日と決められていて、この日からこの国は一週間にわたりお祭り騒ぎになる。


 国内外の賓客を迎えるために、華やかで上品に飾られるのは三階層であるが、国民の大半が住んでいる二階層と一階層はパレードのための道以外は屋台に露店にと様々な店が並んで飲めや歌えのお祭りになる。


 特にそれが際立つのは交易層で、国外からこの祭りのためにと希少品や珍品を携えた商人たちが所狭しと露店を開くので、それを目的に身分を隠した貴人が潜んでいることもあるのだ。


 その初日に行われるのが、空を飛ぶことのできる空挺団が撒く色とりどりの花びらと、楽団が奏でる音楽、そして大勢の歓声が要塞の中に響く中、皇帝陛下と皇妃殿下を乗せた六頭の騎乗竜で引かれる白地に金の装飾の施された馬車が、三階層から一階層をめぐり王宮に戻るという皇帝夫妻のパレードである。


 これは皇帝の姿を民に見せ、神の祝福は本当にあるのだと知らしめるべく始まった物である。


 パレードを見てひときわ大きく声を上げるのは、過去にこの国を訪れたことのある商人や冒険者たちで、その視線と歓声の先にあるのは、馬車から優雅に手を振る皇帝夫妻。


 太陽の輝きを集めて作られたかのような、万物の王のような黄金の獅子竜をも彷彿とさせる威厳を備えた皇帝陛下と、夜の闇を凝って作ったかのような美しい皇妃殿下。


 はるか昔に拝見したそのままのお姿だ、と感涙する年老いた者達。


 容姿の変わらぬまま平穏で穏やかな生活を与えてくれる皇帝夫妻を百年にわたり見てきた、国内外の民に信じられている逸話があり、今日も街角で、家の中で、年老いた者は年若いものに言い伝えるのだ。


 すなわち――


「長い圧制、苦悩を民に与えた愚王を廃し、虐げられてきた我々国民に、心からの安寧と繁栄をもたらしてくださった皇帝ご夫妻があの若くてお美しい姿でおられる限り、この国は神の木の根元におられる創世の神様に愛されておるのだ。 その証として、皇帝ご夫妻と、皇帝陛下がこの国を統治するために傍にいてほしい、必要だと願った者は、後宮にある神の木の中でも神の幹に最も近く尊い枝から不老長寿の祝福が与えられるんだよ。」






「と、どこの家でも年若い者達に年配者が言い聞かせる日が今年も近づいてきている訳なのだが。」


 頬に手を当てとんとん、と人差し指でこめかみを叩きながら、深く深くため息をついた長身痩躯に目の下のクマは本日もくっきり健在である宮廷筆頭魔術師のアケロウス・クゥはちらりとある一点を見た。


 ここはルフォート・フォーマの後宮のそのまた最奥にあるティサロンである。


 ルフォート・フォーマ王宮の後宮と呼ばれる皇帝夫妻の私的な空間ではあるが、私的なお客様をお呼びすることもあり、私的パブリックスペースが半分ほどを占め、その奥、筆頭宮廷魔導士によって堅固な結界に守られた『本当の後宮』と言わしめる完全な私的空間なのであるが、ここには不文律がある。


 この話は二回目なので、一言で説明しよう。




『後宮で見聞きしたことを外部に漏らすな、何人たりとも漏らせば本人はおろか家族も殺す。』




 で、ある。


 そんな物騒な完全プライベート空間の中の一室であるティサロンは、しっとりと落ち着いた色合いで統一され、機能美を重視した美しい家具が絶妙に配置されているのだが、その広い室内の暖炉の前には現在、厚めの敷物が敷かれた上に、美しいたたずまいの男女が二人正座をさせられていた。


「言いたいことがあれば聞いてやる。」


 そんな二人に背を向けた形で大きなソファに身を預けながら、足を組んでため息をついたのは、白銀の髪の毛を緩やかに背でひとつにまとめている獣人の宰相補佐であるストレンミル・フォトン。


「まぁまぁ、3位と4位でも十分じゃないか。」


 そう言って二人をなだめようとするのは大きな体に本日は騎士団の最礼装の、ジャケットだけを脱いでいるルフォート・フォーマの守護神とも常勝将軍とも呼ばれる虎の獣人であるロギンティイ・フェリオであるのだが……。


「「脳筋は黙って茶でも淹れてろ。」」


 黒と銀の男たちの口で一刀両断である。


「お茶は、セディが来てから淹れてもらおうぜ。 それよりほら、ラージュもルナークも謝って謝って!」


 事前に用意されているティセットのポットの湯を魔法で沸かしながら、暖炉の前に座る二人に笑いかける、が。


「謝って済む問題ではない。」


 やっぱり一刀両断である。


「お前たちは皇帝に皇妃だろう? しかも即位から何年たってると思っているんだ。」


「九十年だったかなぁ。」


「正確には九十七年です。 とうとうぼけたのか、バカ皇帝。」


 顔を上げてそう答えたのは、賢王と名高いルフォート・フォーマ皇帝ラージュ・オクロービレ・ルフォートであるが、すぐにアケロスにため息をつかれる。


「私はそんなにたってないわ!」


「うるさい、次の年には婚姻して皇妃になっているだろうが。」


 正座させられているラージュの横にいたこちらは、賢妃と名高いルナック・マルス・オクロービレ・ルフォートが、はい! っと勢い良く手を上げるが、こちらもスールにため息をつかれる。


「なんで自国のアカデミーの入学試験で間違えるんですかね?」


 ため息混じりに聞かれた二人のうち、皇妃であるルナークがえ~と首をかしげながら笑った。


「難しかったから?」


「馬鹿か。」


 えへ、とかわいらしく首を傾げたルナークの頭に、高価だと言われる紙を厚手にしっかり重ねた上に、ヤマオリ・タニオリ・ヤマオリ……、と、何度かジグザグに折り重ね、持ち手を布でぐるぐると巻いた大きな扇のようなもので  スパーン! と容赦なくアケロスはキメて問う。


「しかも間違えた問題が自国の問題……これが他国の問題ならまだいいんです、えぇ、よくないけれどいいでしょう。 しかし自国の、しかも貴族議会の歴史問題なんですよ、えぇ、なんで二人とも同じところを間違えているんですか。」


 え? とお互いの顔を見合わせたラージュとルナークは、アケロスを見た。


「難しかったから?」


「そんなわけあるか。」


 スパパーン!


 今度は二連発である。


 余談ではあるが、音の割には痛くないけれど、なんとなく心に地味にダメージを食らう武器『ハリセン』は、実践武器としてどうだ? と皇帝が若い頃に考案したものだが、小鬼族の屍の山の上で『全く役に立たなかった』とロギイが言って没になったモノであるが、ここでは大活躍である。


 そのハリセンを手の内でパンパンっ! と鳴らすアケロスは実はこの武器が大変お気に入りだ。


「ちなみに、どんな問題なの?」


「貴族議会の議員選挙は何年に一度行われているか、という問題だった。」


「……え? 去年やったじゃん、選挙。」


「えぇ、そうです。 昨年やったばかりなんですよ、選挙。」


 ロギイの質問にはスールが答えるが、アケロスはその暢気な声にイラっとしたようで舌打ちをし、懐からどう手に入れたのか、目の前に座る二人がやった本日終わったばかりのアカデミーの入学試験解答用紙を、ロギイとスールに見せる。


「「あ、ほんとだ。 馬鹿じゃん!」」


 するとその2枚の解答用紙を比べ見た二人が笑いだし、その笑い声がまたアケロスの『イライラボタン』を連打したようで、彼は黒い瞳でぎりっと皇帝夫妻を睨みつけた。


「貴方達も出席している貴族議会の議員選出のための大切な選挙ですよ? 二年に一度行い、選出された議員たちの前で毎回ちゃんと働けと叱咤激励しているのはお前達でしょう?  こんなのはライフワークの延長上の問題ですよっ!」


「え~!」


 はいはい、と手を上げてアケロスに向かってルナークは叫んだ。


「私たちに選挙権がないからわかりません。」


 ぶち。


「そぉんなわけあるかぁっ!!」


 スパーンッ!


 会心の一撃がルナークの左側頭部にお見舞い(クリティカルヒット)される。


「いやいや、自分たちは選挙権ないんだから、解らなくてあたりま……。」


「じゃあ今覚えたな、次は絶対に間違わないんだろうな? 来年の今日聞いてやる、その時に答えられなかったらお前たちは即退学させるから覚えておくんですよ。」


 そこまで言い切ってなお、ぶつぶつと文句を言うアケロスをよそに、スールが別の解答用紙を持っている。


「なぁ、ラージュ、ルナーク。」


「なんだ……よっ!?」


「なんです……のっ!?」


 うん?と声をかけてきたスールのほうを見た二人は動きを止めた。


 マイナス何度か、南国の食べ物であるバナーヌや、堅牢な外皮をもつコーツナの木の実で建築物にくさびを打ち込むのに使えるのでは? と心配になるくらいの冷気がただ漏れだったのである。


「お前ら、この国の歴史問題でも間違ってるじゃねぇか……これしきの問題で間違えることは皇帝夫妻として許されないな。馬鹿も大概にして今日から公務執務の時間以外はずっと勉強しろ、成績を落とすな、首位を目指せ。 いい加減にしていると入学取り消すぞ、馬鹿野郎。」


 冷気の陽炎が見えるのではないかと思うくらいに冷え込んだ視線に、皇帝は白けたような顔をし、皇妃は泣く真似を始める。 が、そんなものは関係ない。


「アケロスが言うとおり、来年の同じ日に同じ試験問題をやる、この程度、しかも二回目の試験内容で一問でも間違ったらお前ら……退学な。」


「「はいっ!」」


 冷え込んだ空気に、死を一瞬なりと意識してしまった二人はしっかり背すじを伸ばして大きく短く返事をした。


「うん? 話は終わったところなのか?」


 せっかく来たのになぁ……


 ようやく暖炉の前の炙り正座の刑から解放されて、しびれる足を摩りながら二人がソファに座ったところで、転移門を使ってやってきたセンダントディ・イトラがのんびりした口調で室内に入ってきた。


「セディ、お茶を淹れて頂戴……。」


 半泣きのルナークが、ソファに座ろうとしたセディに用意されているお茶の道具を扇で指し示した。


「……はいはい……」


 ため息をつきながら沸いているポットのお湯を茶葉を入れたティポットへ注ぎ、ゆっくり蒸らしてカップへ注ぎながら、セディはそういえば、とラージュとルナークを見ていった。


「二人とも合格おめでとう。」


 そう言われ、また顔を見合わせた二人は、淹れたてのお茶を配るセディと、それからいまだに解答を見ながら笑ったり怒ったりしているロギイ、アケロス、スールににっこりと笑った。


「「我がままを聞いてくれてありがとう、みんな。」」


「「「「どういたしまして。」」」」


 そうして、夜は更けていくのである。

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