1-070)合格祝いと、新しい出会い。
「まぁぁぁ! さすがフィランちゃんね! お疲れ様会だったけど、合格のお祝いにしなきゃいけないわ! 今から手配するけど、フィランちゃん、何か食べたい物とか欲しいものあるかしら!? あ、入学に必要な物はすべて私がしっかり選別してプレゼントさせてもらうわよ!」
「くるひぃ……くる、ひぃで……ふ……」
ぎゅうぎゅうと再びヒュパムさんに抱きしめられて、わたしの脆弱な背骨と肋骨が悲鳴を上げているんですよ、誰か助けてください。
兄さま……と、視線をやって絶望した。
「よかった、よかった! 頑張った甲斐があった……しかもフィラン、入学試験二位でのSクラス決定だ。 本当によく頑張ったね、フィラン。」
あ~あ、視線の先の兄さまは、なんか涙ぐんじゃってる。
私の視線に気が付いて、ヒュパムさんに少し力を緩めてあげてって言ってくれないかなぁ。
と失いそうな意識に必死にしがみついて、ぺしぺしとヒュパムさんの腕を叩いていたら、やっと気が付いたのか、ごめんね、と解放してくれた。
あぁもう、ヒュパムさんも兄さまも体裁を忘れるくらい合格の便箋を見て大喜びです。
「ほんと、試験順位は二位! 二位よ! フィランちゃん優秀だわっ!」
「ありがとうございます、頑張ったかいがありました。」
手放しで喜んでくれるヒュパムさんにお礼を言いながら、便箋とにらめっこしている涙目の兄さまに声をかける。
「兄さま、合格通知以外に何か入ってました?」
「指定日に入学の事前説明に保護者と共に来なさいという連絡だよ。 次の月の精霊日の午後と指定してあるから一緒に行こう。 入学に必要な書類の署名と、制服の採寸、事前授業の説明。 それから庶民層から好成績の入学で、前年の経済状況も考慮されて特待生として入学金授業料各種諸費用はSクラスの間は全額免除になるようだ。 その書類手続きも一緒に行うと書いてある。 フィランがいろいろ心配していた学費問題は解決したね。」
「あ、そうなんですね?」
兄さまから受け取って見て見れば、確かに便箋にはそれらしきことが書かれている。
「この成績だし、昨年のお店の収入だけではまだアカデミーの学費を賄える金額ではなかったし、特待生入りは妥当よ。 まぁ、入学できたときはうちの商会の奨学生にするつもりだったけれど、その必要はなかったわね。 あ、うちの奨学金は商会の社会貢献の一環だからフィランちゃんだけを特別扱いするわけじゃないのよ。 いまも10人の奨学生がいるわ。」
にこにこしながらそう言ったヒュパムさんに、そういえば向こうにもそういうのあったなぁと思いだした。
優秀な子が卒業した後の囲い込みも兼ねてんだっけ? 大企業の社会貢献も大変だ……。
それにしても。
兄さまに説明を受けながら、入学受験用の書類を書いてた時にわかってたこと。
私はこの世界に落ちてきたばかりで、お店の収入がこの半年で安定してきたとはいえ、めちゃくちゃに稼いでいるわけではなく(兄さま経由でどこかに納品されているポーションの代金は表向き私の口座には入っていないので加算されてなくて、そこはヒュパムさんにも内緒らしい。)その前年はこの世界にすらいなかったから、申請時は納税義務のないゼロ所得の子供という立場だった。
セディ兄さまの立場は一緒に住んでいるけれど、書類上は別戸籍・別住所の人で、書類上もただの身元保証人(兄さまの正体はいまだわからないよ!)というらしく、結果私はとぉっても低収入な平民の家庭からSクラス特待生っていう形の入学になった。
これは目立つよね、あぁ、目立つの嫌だなぁ……。
なんてこの場で言えるわけもなく、私は笑顔でお礼を言う。
「とってもありがたい環境ってことですよね。私、きちんと勉強頑張らなきゃ!」
そんな私に、暖かい目でうんうんとうなづいてくれる二人。
よし、ここは私の反応、間違ってなかった。
ご機嫌の兄さまとヒュパムさんは二人でにこにこと書類を見ては、あれがいる、これがいると必要な物をお高いはずの紙にメモしていて、正直もったいないなと思いながら軽食を食べる。
と、選択した受講学科の紙を見てヒュパムさんはあら? と顔を上げた。
「フィランちゃん、薬学と錬金学だけじゃなくて風土病学や民族薬学も取ったの?」
「はい。 薬屋として将来必要だと思って。」
眠り姫のセス姉さまのためとは言えないのでそう答えると、となりで兄さまは困ったように笑っていた。
その単位を取るのを兄さまは渋っていた。
まぁ、ちゃんと考えてから、ラージュ陛下とアケロス様にも許可とったから文句は言わせないけどね!
「しっかり将来を見据えているのは偉いわ! もし必要な本とかあったら遠慮なく言ってちょうだい。 私が世界中から集めた蔵書があるのよ。その分野では王立図書館にも引けを取らないから一緒に行きましょう。」
「わ! ありがとうございます! 知識の泉で調べたりはするんですけど、やっぱり目で見た方が解りやすい事もあるので嬉しいです。」
「えぇ、遠慮なく言ってちょうだいね。」
実はヒュパムさんの図書館は、医療系の文献や所見がすごいって知識の泉で聞いて知っていたから、使用許可が出るの嬉しい。
そのわくわくした感じが伝わったのだろう、ヒュパムさんがにこにこしながら冷たくなってしまったお茶を淹れなおして渡してくれた。
「フィランちゃんの制服姿、楽しみねぇ。 アカデミーの制服はとても可愛いから、フィランちゃんに絶対似合うと思うわ。 学年はリボンの色、クラスはリボンにつける石の色で見分けるのよ。 黒地に赤いラインのリボンで紫色の石が付いていたら1年生のSクラス、黒地に青いラインのリボンで赤い石が付いていたら2年生のAクラス、という感じなのよ。」
「あ、あれそういう。 見学の時、色が違うと思いましたけど、只の好みかと思っていました。」
妙にきらきらしてたなぁと思いだすと、ヒュパムさんは困ったように笑った。
「私とトーマもSクラスだったのよ。 ただあれ、クラスや学年が一目瞭然でしょ? それで絡んでくるおバカも多いの。 とりあえず最初のうちはSクラスエリアからはあんまり出ないようにね。」
「うわ、めんどくさい。」
気を付けてね! と言い聞かせるように言われ、アカデミー行きたくないって言いそうになった。
「そうなの。 そんなに悔しかったら自己研鑽しろって話なんだけど、そういうのに限って勉強もせずにやっかみを言いにわざわざやって来るの。 特にフィランちゃんは庶民だからって絡まれると思うわ。 一人にならないように絶対気を付けなさいね。 あ、もしもの時の裏技を教えてあげるわ。」
はぁ~っとため息をつきながら私に軽食をお皿に乗せて渡しつつ、その撃退法や困った時の裏技という「それは絶対使いたくない」ってつい言ってしまった脱出方法を教えてくれた。
「お貴族様のひがみ、めんどくさい。」
「まぁね。 でもたぶん最初のうちはフィランちゃんには目もくれず、他のSクラスのクラスメイト一直線だとは思うけれど。むしろ気を付けるのはその後! 誰にも相手にされなかったことに対するやっかみ攻撃! それからは絶対に逃げなさいね!」
「……うぅ、はぁい……」
同学年に高位貴族様とか偉い魔術師のお子さん多いから取り入りたい人たちがいるんだろうけど、めんどくさい。
ほんと、行きたくなくなったな……と学園行きの元凶の顔を頭に浮かべて思い出した。
「その書類に入学生の名前は書いてありますか?」
わかれば近づかない! と思ったのだが。
「ないよ。 高位貴族は入学時の配属クラスによっては入学しないという選択をするから、入学式まで非公開になっているんだ。」
「は?」
「ほらほら、フィランちゃん、お顔が怖いわよ」
せっかく入学できても下のクラスだったら世間体が悪いから入学させないってこと? 莫迦莫迦(馬鹿馬鹿)しい! と思ったら、それが顔に出たみたい。
「そんな顔しないの。 高位の貴族は何よりも外聞を気にするのよ。 アカデミー入学前はまだ社交界にデビューしていない子達だから病弱とか外遊を理由に家庭教師を付けて、しっかり勉強させて一年後に受験しなおすの。 面倒くさいけれどアカデミー入学もステータスの一つだからしょうがないのよ。」
「……貴族じゃなくって良かったって心から思いました。」
美味しいケーキを味わいながらも、げんなりして言う私にヒュパムさんは笑った。
「フィランちゃんは爵位に興味はないの? 以前も男爵位をお断りしているわよね?」
「あぁ、あの時お断りしたのって男爵だったんですね~。」
「本当に興味ないのね。」
あきれたように笑ったヒュパムさんに、えへっと笑いかけるが、そんなの今初めて知りましたもん。
男爵って、爵位の中で一番下だっけ? まぁ庶民から貴族になるっていう大きなハードルを越えるから妥当なのかな?
それがどれくらいのハードルかなんて、今も昔も、生まれも育ちも庶民なわたしには想像つかないけどね。
「社交界とか茶会や舞踏会? そんな面倒くさいことしたくないです。 愛想笑いしながら水面下での足の引っ張り合いや腹の探り合いなんて私にはできません。」
「まぁ、フィランはすぐに顔に出るし、向いてはいないけどね。」
笑った兄さまに、ヒュパムさんもそれもそうねと笑うが、今までの話を総合して思うに、この二人はたぶん爵位持ちなんだと思うんだけど……あぁ、お貴族様怖い。
そのままいろんな話をして、アカデミーに必要なものはお祝いとしてヒュパムさんがそろえること、私の父兄として入学式は同伴する事を(泣いて頼まれたので)約束してお店を後にした。
お日様もすっかり沈んでしまったので、貴族街にあるコルトサニア商会から庶民層の薬屋・猫の手のある通りの入り口までは馬車で送ってもらい、家に着くとそのままお風呂にいかされた。
「兄さま? どうしました?」
お風呂を出ると、窓辺で兄さまが黒い烏さんを外に放ったところだった。
「あちらの二人も受かったという連絡がきたから、こちらからもフィランの合格の連絡をしたんだ。」
「あー、あの二人、やっぱり合格されたんですね?」
アルムヘイムとヴィゾヴニルとの夜中の話合いから二度寝をして目が覚めたところで、皇妃様のところに精霊のイーフリートが戻ってきた連絡と、非公式ではあるが皇妃様より改めて丁寧な謝罪のお手紙とお菓子をいただき、ラージュ陛下からは美味しいお菓子と、とても貴重な錬金術の素材と共に、
『皇妃もフィランと友達になりたいそうだ。 皇妃になって100年目のご褒美として、フィランが許せば入学することとなった。 絶対にフィランを困らせる事などしない。アカデミーでは身分も対等なので何を言ってもかまわない。何なら手で止めてもいいからアカデミーに行ってもいいか?(かなり要約)』
という、それはそれは、とても丁寧だがぶっ飛んだ内容のお手紙をもらった。
どうしたらそうなったんだろう?? なんて悩んでしまったけど、精霊の拘束(しかもかなり痛みと苦しさを伴う)なんてことをしてしまったし、二度とうちの精霊を怒らせるような行動・言動はしないということも書いてあったし、そういうことになった場合は皇妃様は即退学のうえ蟄居することも明記されていたため了承した。
正直、実害はなかったのに、そんな罰をくらわせていたのは心苦しかったから、逆にありがたかったともいうけどね……罪悪感なくなったしね!
「それで、お二人はクラスはどうなったんですか?」
「うん、ルナークは三位、ラージュは四位でのSクラス入学だ。」
「あれ? 三位と四位? 主席は?」
三位と四位でいいの? 師匠がめっちゃくちゃ怒ってない? と思いながら聞くと苦笑いする兄さま。
「主席入学者の事は何も書いてないけれど、ただいま現在進行形で皇帝、皇妃の癖になぜ主席が取れなかったのかという話し合いが行われているらしくて呼び出されたから、少しでてくるよ。 フィランはちゃんと戸締りして寝るんだよ。」
やっぱりなぁという顔をしたら、あははと兄さまはすごく乾いた笑いを漏らしてた。
「お説教はほどほどにしてあげてくださいね。」
「みんなアカデミーを卒業どころか入学すらしていないから、それくらいはいいと思うんだけど……すまない。 結界はちゃんと張っていくから、安心して眠りなさい。」
「はぁい。」
頭をうんと撫でてくれて、ぎゅうっとハグまでしてくれてから出て行った兄さまを窓越しに見送って(家屋から出てはいけないって見送りすら出してもらえませんでした。)私はベッドに入った。
くるくると順番にお祝いにの言葉をかけてくれる精霊の声が、いつしか子守歌のようになって聞こえていた。
「Sクラス。 ビオラネッタ・ガトランマサザー公爵令嬢、アザリア・ナーゼルガンド伯爵令嬢……」
成績の下の順から呼ばれ、アカデミーの名誉学園長のおじいちゃんに礼をとる紳士淑女の卵たち。
性別にかかわらず、ゆっくりと頭を下げて挨拶をするのがアカデミーでは通常だということで、一人ずつ名前を呼ばれると足がプルプルするあの正式な礼を取っている。
「フェンディス・ジュラ・カレンセン侯爵令息」
少し離れた貴賓席に座っていた小ラージュ陛下ことカレンセン侯爵令息が頭を下げる。
兄さま曰く、南国の王国の王家続きの侯爵令息ってことにしているらしい。 今回もうまく化けてるなぁって思ってみていたら、その横にとても愛らしい大きな黒い瞳が印象的な凛とした少女が座っているのが見えた。
もしかして……?
「ナーナクル・ザマーフエ公爵令嬢」
礼を取った後、目が合うとニコッと笑ってくれた美しい令嬢。
うんあれ、たぶん皇妃様ですね! なんでそんなに嬉しそうなんですか、かわいいです! ギャップ萌えってやつですかね!? と思っていると私の名を呼ばれた。
「ソロビー・フィラン嬢。」
一度深呼吸をしてから、席から立って丁寧に頭を下げてから座りなおす。
最後の一人ってどの子だろうなって気になってきょろきょろすると、名前が呼ばれた。
「アルフレッド・サンキエス・モルガン君。」
白銀の髪に明るくてキラキラの天の空の瞳を持つ背の高い男の子は、優雅に立ち上がり、頭を下げた。
椅子に座ったところで、じっと見ていた私と目が合うとニコッと笑ってくれる。
あの子が主席入学者かぁ、とっても綺麗な子だなぁ、なんて思いながら式典を終えたところで、並んで教室に戻るときに彼と隣になった。
「やぁ、君がソロビー・フィラン嬢だね、僕はアルフレッド……アルって呼んで。 庶民同士よろしく。」
色白の彼が、ひきつったような皮膚の色をした左手を出してきた。
古傷かもしれないその手が痛くないように加減して握手をする。
「こちらこそ! ソロビー・フィラン。 フィランって呼んでね。」
これが、アカデミーの生活の中で、改めて、この世界の様々な問題や、いびつに歪んでしまった部分を知ることになるきっかけになった彼との出会い、だった。