1-069)試験当日に合格発表だと!?
歩くたびに、淡い光を放ち、音が鳴る青い石畳。
貴族層の大通りの街並みの、あの青い石畳は夜になると光、音を出す。
流れるのは優雅なオルゴールの音で、ひとつからはごく小さな音しか出ないけれども、モザイクのようにたくさん埋め込まれているからか、耳障りにならない程度のやわらかなBGMになっている。
この音楽には、心をリラックスさせ、魔力や体力の回復を促す効果があるらしい。
だから、魔力含有量の高い貴族層にはモザイクが多く、魔力含有層の少ない庶民層にはモザイクは少な目に埋め込まれているらしい。
ちなみに第一階層の交易層には埋まっていなかった。
この力は国民のために作り出されたものだからという説と、交易層でリラックスしてしまうと冒険者が戦意喪失して困るからという説があるみたいだけど、事の真偽は偉い人でもないとどっちかはわからないと思う。
で、なんでこんな話をしているかというと、今、私は貴族層第5区画にそびえたつアカデミーの敷地内をてくてくと歩いているからです。
しかも一仕事終えて疲れているところなので、この音楽が耳に心地いいというか、ちょっと悩むことがあるというか。
「フィラン。」
名前を呼ばれて顔を上げると、大きな白い門のところに立っていた兄さまを見つけた。
「兄さま、お迎えに来てくれたんですか?」
「フィランの一大事だから、気になってお店も開けていられなかったんだよ。 どうだった?」
「……えっとぉ……。」
言い淀む私に、隣を歩く兄さまは困ったような、不安そうな、どう声をかけていいかわからない顔をしながら私の顔色を窺っているんですが……。
いや~、周りにたくさん人もいるし、なんだか泣いちゃってる人もいるから、ここではちょっと言いにくいんですよねぇ。
とここまでのやり取りでお察しの通り、ついさっきまでアカデミーの試験でした。
入学試験です。
受けると決めてからは必死に勉強した私ですが、本日のアカデミー入学試験は『正気か!?』と疑うような、早朝から日暮れまでの長丁場!
世界共通言語学、大陸史学、大陸地理学、精霊学、魔法学、算術、薬術・錬金術学とまあ、七教科の膨大なペーパーテストと面接、魔力測定検査、魔法実地試験とあったわけですよ。
しかも! この世界の試験は過酷で、昼休憩時間がないのです。
ご飯や水分補給は、試験と試験の間の空き時間でとってね、っていうスタンスだからほかの人が面接を待っている間に待機席で食べましたよ。お貴族様らしき方々もそうしてたから問題なし!
っていうか、そうしないと空腹のまま試験を受けるという最悪の状況になるから、周囲を気にせず食べましたよ!?
セディ兄さま謹製! ドラゴン肉のカツサンド。
夜明け前から起きて頑張って作ってくれたんでしょう。試験会場まで送ってくれた兄さま、別れるときにそっと渡されたと思ったら、言った一言が「試験に勝つ!」だよ! だったんですけど、それって絶対にラージュ陛下の入れ知恵なんだろうなと思うわけです。 だってこっちにそんなゲン担ぎないでしょ? あの空来種の皇帝めっ!
まぁ私も私で、胃がもたれて試験どころではないのでは? と思いながらも、あまりのおいしさにモリモリ食べちゃったわけですが、激重カツサンド、しっかり食べても胃もたれしない私の若いストマック!
若いって素敵! 転生本当にありがとう!
とまぁ、いろいろと現在ハイテンションなわけですが、このハードなスケジュールで脳みそは疲労困憊なので、来年からは二日に分けたほうが絶対いいですよ! って後日、師匠に提言させていただきたい!
「絶対それがいい!」
「フィラン?」
オロオロしている兄さまを前に、拳を握り締めて叫んでしまった私。
困惑した表情の兄さまと、その周りの人。 興奮のアカデミーの門の真ん前で奇行を取ってしまいました、すみません。
「大丈夫かい? フィラン。」
「……は、はい、ちょっと気持ちが荒ぶってしまっただけなので。」
ここではちょっと言いにくいんですよ、試験結果の感想……。
ようやく察した兄さま、ニコッと笑って手を差し出してくれた。
「何にせよ、お疲れさま。 今日はこのまま、ちょっと行くところがあるから行こうか。」
つなごうとしていた手が止まる。
「え? またあのお店だったら絶対遠慮したいんですけど……」
「いや、違うから大丈夫だよ。」
「じゃあ、いいです。」
手をつないで門を出れば、モザイクからの音が少し大きくなって、青い石畳の部分が少し明るくなる。
足元を明るくする役割もあるその上を歩きながら、兄さまの行く道をついていくと、第二区画の神の木に近い大通りのでっかい屋敷みたいなお店の前につきました。
何の店? また兄さまのセレブな食事か買い物にお付き合いするの? と彫られた文字をよくよく見て見れば……
「コルトサニア商会……?」
「あれ? 来たことがなかったのかい? ここが商会の本店なんだよ。」
コルトサニア……ってあぁ! これ、ヒュパムさんのお店か―!
「ちょっと想像と規模が違……なんでここに?」
「じつは、先ほど頼まれてね。」
にこっと笑った兄さまが扉に足を向けると、気づいたらしい男性が、中から丁寧に開けてくれた。
「これはこれは、お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」
兄さまと私を見たその人は、すぐに傍にいた黒いロングワンピース姿の花樹人の女の人に案内を命じて、奥についていくと、お店専用のゲートでどっかにとばされました。
目の前にそびえるでっかい扉、しかも護衛の騎士さんが立っていますよ!
「こちらでございます。 この扉はノックを三回していただきましたら開きますので、私がゲートで転移し終わりましたらどうぞ、ノックなさってくださいませ。 それでは、失礼いたします。」
そう言って頭を下げた女性がゲートで戻ってしまった後、私は言われたとおりにこんこんこん、と三つノックする。
扉は勝手に開いた。
「こんばん…「フィランちゃん、お疲れさまぁぁぁぁぁ―――――――!」…わぁ!」
入った瞬間にめちゃくちゃいい香りがする、でっかいヒュパムさんに抱きしめられて、ぎゅうぎゅう抱きしめられて、ほおずりされている私の運命や、いかに!
「お疲れさま! 大丈夫だった!? しっかりできた? 今日は本当に心配で仕事に手が付かなかくって、もう、どうしても会いたくなっちゃったからお兄様にお願いして連れてきてもらったの!」
もう、相変わらず可愛いわねっ! と抱きしめてくれていますが。
背骨折れるんと違うか、私。 肋骨はマジヤバイ。
「……だいじょ……うぶ……ですが、くるし……いた……」
「あ、あらあら、ごめんなさいね!」
慌てて私を抱きしめる手を緩めてくれたヒュパムさんは、そのままお部屋の端に用意された、この部屋には不釣り合いな可愛らしい桜色の一人掛けソファを中央に置いてある応接セットのテーブルの近くに動かしてくれた。
「ささ、フィランちゃんはこのソファに座って頂戴。 可愛いでしょ? フィランちゃんのために特注しちゃったの! さぁさぁ、今日はもう遅いし、試験中はろくに息抜きもできなかったでしょう? フィランちゃんのために軽いお夕食を用意してあるのよ。 あ、お兄さんもゆっくりして頂戴。」
そう、にこにこしながら、私と、それから兄さまを一人かけの大きくゆったりとしたソファに促してくれるヒュパムさんは、本日も大変麗しいお姿で……よく目立つ赤い百合の髪もキラキラです。
やっぱり兄さまの髪とは違うんだよなぁ。
なんて思いながら、促されるままにとても品の良いソファにすわると、扉が二つノックされる。
「ご用意が出来ました。」
「あぁ、お願いする。」
私の出迎えの時とは打って変わって冷静で静かなヒュパムさんの返答で扉が開くと、先ほどの女性と同じ格好をした数人が、ワゴンを押して入ってきた。
目の前のテーブルの上に皺ひとつないクロスが掛けられ、その上にたくさんのお菓子や軽食が並べられると、全員が一糸乱れぬ動きで一礼し、出て行ってしまった。
「……すごいですね……」
風のようにあらわれて、さっと完璧な仕事をして、また風のように出て行ってしまった人たちを見送りながらびっくりして言うと、ヒュパムさんが笑う。
「ごめんなさいね、普段この部屋にはトーマ以外入れないようにしていてね。こういったものもトーマが手配してくれるのだけれども、今日は彼も娘さんの受験でお休みだから、用意だけお願いしておいたのよ。 さて、外に護衛が立つ以外には今日はもう誰もこの階に呼ばない限り来ないから、ゆっくりお話ししましょう?」
にこにこしながらお茶を入れるヒュパムさん。 お手伝いをしようとしたら、いいから座ってて、と、言われてしまって座りなおす。
「フィランちゃん、受験はどうだったの? 今年は倍率がいつもの倍の三十倍だったんでしょ? 人多くて大変だったわね。」
やっぱりティタイムの茶葉はこれが一番なのよね、と言いながらにこにこと笑顔で自ら丁寧に入れてくれた紅茶を差し出されたところでそう聞かれ、ちょっと返答に躊躇した私の代わりに兄さまは苦笑いをした。
「私も聞いたんですけど答えてくれなくて。」
「あら、よくなかったの?」
ソファに座って私の方を心配そうにみてくるヒュパムさん。
兄さまもすごく心配そうだ。 が、心配されるようなことではないなぁと思う。
「いや、そういうのじゃなくってですね……。」
紅茶を一口飲んでお皿に戻すと、恐る恐る言ってみた。
「簡単すぎて、私がおかしいんじゃないかと不安だったんです……」
私を見てきょとんとしている二人。
次の瞬間にヒュパムさんはお腹を抱えて大笑いをはじめ、兄さまは良かった良かった……と心から安堵したように、うんうんと何度もうなずいている。
「……なんですか、その反応……本気で悩んでいたのに。」
すねるように私が言うと、涙をぬぐうヒュパムさん。
「ごめんなさい、本当に心配したんだけど、そんなに簡単だったのね、安心したわ。」
泣くまで笑います? と、むっとしてしまう。
「いえ、笑い事じゃないですって。 教えていただいた精霊学や魔術学なんかは、初級の教科書に載っている、基礎の基礎しか出ていなくって、もしかしたら高度なひっかけ問題なんじゃないかって、すっごく悩んじゃって。 錬金術も筆記試験だけで実地はなかったから、薬草なんかもう、家で育ててるものばっかりで目新しいものもなくって抜けてるかな? ってすごく考えて。 魔法実地試験も嘆きの洞窟で教えていただいたのと一緒だったので全然……というか……」
「というか?」
「あぁ、そうか。」
ヒュパムさんが首をかしげたのに対し、兄さまが思い出したように頭を押さえた。
「やりすぎたね、フィラン?」
こくん、と頷いて思い出すのは先ほどまでの試験、である。
――得意な魔法をあの的に当ててください。 回復魔法しか使えないものはこちらの回復等試験を受けてください。
なんて黒服の試験官から試験概要が伝えられ、自分の順番まで黙って待ち、順番になったら示された円の中に入って呪文を唱えるという試験。
自分が得意な属性がわからなかったので、今日は木曜日だから木の魔法~! と、軽く考えて杖を出した。
――スキル展開・木の魔法『若芽の一矢』
師匠にもらった杖を使って「新しい若い枝を使った矢でアーチェリー! 一矢的中!」と雑なイメージして唱えたら、出るには出た若芽の一矢は当たった瞬間、的が四散した。
もうそれは見事に粉々。
消えたなぁ……と一瞬、遠い目になってしまったけれど、ここで騒ぐのもよくないと、横で開始の指示を出す仕事をしていた呆然とする試験官にむかって頭を下げ、すました顔をして待つ場所に戻ったのだ。
「先生たちは的が霧散しちゃってたから新しい的を用意するのにバタバタしてたし、ほかの受験生からはなんかこう、たくさん視線をいただいたというか、針の筵というか……やっかみとかも聞こえて疲れました。」
「まぁ、それはびっくりするけれど、やっかみは嫌よねぇ。 陰で文句言うくらいなら、お前もやってみろって言ってやりたいわね。」
ちょっと過激なヒュパムさん。
「まぁ、出来る方には落とされることはないんじゃないかな?」
それくらいで済んだのか、とあからさまにほっとする兄さま。
「そんな落ち着いてないで考えてくださいよ……学校の、しかも試験の備品壊すなんて前代未聞! ってなってたらどうしよう!」
「ならないわよ。私も試験の時に壊したもの。」
あ、合格したわよ、と、けろっとして答えるヒュパムさん。
「な、なにを壊したんですか?」
「試験用の木製の剣。」
「へ?」
「あれを?」
こんどキョトンとするのは私と兄さま。 特に兄さまはその剣について何か知っているんだろう、すごくびっくりしている。
「あら、お兄様はあの剣ご存知なのね? あれねぇ、脆いのよ。 騎士を目指して試験をうけたから、フィランちゃんと違って魔法試験じゃなくて剣技の試験があったの。 先生から一本取るみたいなものだったけれど、魔法付与したら折れたのよねぇ。 もう、びっくりしたわ。」
付与魔法?
「なんの魔法をかけたんですか?」
「木の属性付与よ、それから強靭ね。 開始後に試験官の持つ模擬剣に私の模擬剣が当たった時、試験官もろとも吹っ飛んだわ。」
「……え?」
試験官なのに気絶するとかある? と腕を組んでぷんすかしているヒュパムさんだが、額を抑える兄さまと呆然とする私。
「私、受かる気がしてきました。」
「うん、まぁ……大丈夫だと思うよ。」
と、言ったところで、窓をコンコン、と叩く音がした。
「来たわね。」
嬉しそうに立ち上がって窓の方に行くヒュパムさんが窓を開けると、鳥は私めがけて一目散に飛んできた。
「きゃ! なに!?」
「なにってその鳥が試験結果通知よ。 試験の二時間後にはこうして魔法の鳥を使って結果が届くって書いてなかった?」
「そう、でした。」
しまった、ちゃんと見てなかった。
後日、合格発表を見に行くものだと思ってた。
目の前でパタパタとホバリングしている魔法の鳥に手を伸ばすと、ぽて、と私の掌に降りてすぐ、ばらばらっと形を変えて一通の封書になる。
「ここであける? それともおうちで開ける?」
「いや、先延ばしにしても落ち着かないので、ここで開けます。」
「そう? じゃあ、これ。」
ヒュパムさんに渡された細身のナイフで封をきって、いざ、合格発表ですよっ!