1-067)アケロス様の授業・後編
「さて、次は精霊と魔法の話だが……フィラン嬢は、七精霊と契約していましたね?」
地図をくるくる巻いて、空間のひずみにポイっと投げ込んだ師匠は、今度は別のものを取り出しながら言う。
契約、契約かぁ……。
「はい、まぁ、不本意ながら……。」
押しかけ女房みたいな感じだったで、ちょっと脅しも入ってたような気がするもんなぁ、と思い出していると、感情に乏しい師匠がとても分かりやすく眉間にしわを寄せた。
「そういう風に言うものではありません。 どんな状況であれ、七つの精霊に愛されるものはまさしく神の恩恵であり、幸運以外の何物でもない。 愛されていること、契約できたことに感謝し、自信を持ちなさい。 そのためにも、これを見てもらいましょう。」
机の上に広げられたのは、先ほどまで広がっていた地図と同じくらいの大きな絵巻物のようなものだった。
右半分は精霊のもので、向こうの五芒星のようなマーク、それから外れた二つのマーク。
左半分には七つの魔法属性が書かれているようだ。
「基本的な魔法の知識などは、知識の泉で勉強しましたか?」
「最初の頃に、簡単な相関図くらいですけど。」
「まぁ、今までならそれくらいで十分です。 その相関図を絵にするとこのようになります。 フィラン嬢がもし、以前の世界で風水や陰陽道の本を読んだことがあるのであれば、ここは簡単ですよ。 こちらの風の精霊は金に属すると思ってもらって結構です。」
「あ、やっぱりそうなんですね。」
感じたことは当たってたんだなぁと思いながら絵巻物を見ると、火は燃えて土を生じ、土は金を産出し、金は水を生み、水は木を育て、木は燃えて火を生む、という五行相生と、その逆の五行相剋の一連の流れが書いてある。
これはとてもわかりやすい!
「これで行くと、風が水を流す、でいいんですよね?」
「そう、土は大気の流れを生み、風を起こして水を流す、ととらえてもらって構いません。」
指でなぞりながらその流れを教えてくれるアケロス様の手元を見ていると、孤立して書かれている二つの属性が見えた。
日と、月だ。
「師匠、この二つはどうとらえればいいですか?」
「勾玉を重ねたような、あの陰陽の図を思い浮かべるといいでしょう。 もしくは他国の神話のように夜の女神と太陽の男神を想像してもいい。 こちらの世界では、日は母であり、月は父であるようにとらえられていますから、そのまま一日の流れとして考えてください。」
ふむ、それはだいぶなじみやすい。
「精霊が生まれた順に、日の精霊を第一位、月の精霊を第二位と数えますが、本来は第三以降の順番はありません。 便宜上の順位はありますが、実際には五精霊はその流れを滞りなく回すために全員同時に誕生されたようです。 日が生まれ、月が生まれ、それを循環させるため五精霊が生まれた、ということです。」
なるほど、これもわかりやすい。 そう思いながら聞いていく。
「曜日感覚はこちらに元々あり、精霊で日を数えます。 これが便宜上つけられた精霊の生まれた順だと言われています。 すなわち、日、月、火、水、木、金、土です。 そのうえで、名を冠して実を与えられた、すなわち、火曜日から土曜日の精霊たちは初めに名を与えられ、その名に引きずられて力を強く発することができるようになったということです。 ただしその力は有限であるために、精霊たちの休息の日として、日と月が安息日となった……ということのようですね。」
「そこまで解明されているんですねぇ……」
魔法とか精霊が超常現象ではなく、ちゃんと理論として説明がつく位置づけなんだと感心していると、そうです、と頷いてくれた。
「先ほど言ったとおり、精霊に好かれやすい『人間』たちが精霊たちから聞いた話を集め、整えてわかったことです。 近年では非公式ですが、皇帝と皇妃が精霊の番となったために調べることが大変に容易になったことで、急速に解明されたのです。」
あぁ、あのお二方か。
やっぱり何気にすごい人たちなんだよなぁ……えらく天然というか、子供っぽいところがあるけど。
と思ってそういえば? と首をかしげる。
「あの、アケロス様、精霊の番って何ですか?」
先日から何度も聞いているその単語。
『番』の意味はもちろん古のヲタクだからそのままの文面で理解しているけど、それが人間と精霊だと、そういう意味でとってもいいのか悩んでいたのだ。 だが流石に今まで突っ込んでこなかったのは、流石に相手が相手だけに、誰にそれを聞いてもいいかわからず放置していたわけだ。 しかし今日は勉学の場だから聞いても許されるだろうと思ったので言葉にしてみた。
アケロス様なら、兄さまみたいに困った顔をして考えこまず、聞いて駄目な事だ、教えられないとはっきり言うだろうという思いもある。
そしてやはり、アケロス様ははっきりと答えをくれる。
「番とはすなわち、自分の全てをささげる相手、この世界の理の上の『魂の結婚』とでも言いましょうか。 一般的に精霊との関係は、名を授け魔力をやり取りする『協力的契約』関係にあります。 これは基本、精霊からが多いですが、関係を断つこともできます。 しかし皇帝・皇妃は共に精霊と『魂の結婚』という番契約を行っているために、命数は精霊に支配されます。 だから即位百年以上というあちらでは考えられない状況を生み出すことができます。」
「精霊と命を共有している状態なんだ。」
「それは正しい表現でしょう。 ちなみに、精霊は人と違って生涯一人と決めているから浮気もしないし、とても執着心が強い。 そして彼らの番は二人が皇帝・皇妃である限りは王都を精霊の安住の地と定めたため、ついでと言いますが、二人が動きやすいようにと言う意味でしょう、私たち側近も年をも長命にと操られる事になりました。」
ん? それって『私の番のためにお前たちもキリキリ働いてほしい! だからそのために同じく長生きしろよ!(事後承諾)』ってこと?
「……精霊、こわっ!」
「さすがの私も最初にそう聞かされた時は引きましたよ。 まぁ、50年もすれば慣れましたが。」
そういったアケロス様は私を見た。
「いや、慣れないでください、おかしいです、めちゃくちゃ人生いじくられてますよ?」
「完全にもらい事故状態ですが、よく考えてください。あれらと共にいる間は不老不死です。 一人ではありませんし、その間好き勝手に実験し放題、研究対象の生から死まで見届けることもできるんですよ? こんなに私的に美味しいことはありませんね。 まぁ、面白いことが多いのでいいと思っています。」
わぉ、師匠、完全に狂研究者的発想だわ、それ。
私本当にとんでもない人たちとお付き合いしているのでは? と悩んでいると、とんとん、と指で机をたたく音が聞こえて顔を上げた。
「さて、ここまでわかったところで、次は魔法と精霊の違いですが。」
「はい?」
あぁ、そういえば同じくくりにされてない理由って事かな?
「魔法とはすなわち、『スキル』です。 生まれ持った才能で、努力などではどうしようもありません。 血統や遺伝、突然変異、先祖返り、様々な要因があります。 そして実はすべての人間が何かしらの属性を持って生まれ、何かしらの魔法が使えることがわかっています。」
「へぇ、すごい!」
あれ? でも街にいる人が魔法使ってるの見たことないよね? と、不思議に思うと答えはすぐにアケロス様がくれた。
「この世界に生まれた人間には全員、魔力の器があります。 その容量は人によって異なり、薬杯のように小さかったり、水瓶のように大きいかったりします。 どんなに優れた魔法スキルを持っていたとしても、魔力の量が少なければそれは使えません。 需要と供給があっていませんからね。 そしてこの器の大きさは、例外はあれど生涯変わることはありません。 ここまでは理解できましたか?」
「後天的な例外って何ですか?」
「いろいろ報告は上がっていますが、一番多いのは黄泉地を見る、番になるですね。」
う~わ、理論上よほどじゃないと無理なやつだ、聞かなきゃよかったとげんなりする。
「すみません、よくわかりました。」
「よろしい。 次に精霊です。 人間が精霊に好かれやすいと話をしましたが、精霊は神の木から生まれるこの世界の自然の魔力が凝縮されたことで具現化し、自我を得たものと考えるといいでしょう。」
「……魔力の具現化?」
「先ほど魔力を水瓶で例えましたが、今度は神の木をダム、精霊を各家庭の蛇口、としましょう。 蛇口を持つものは、その蛇口である精霊を使うと魔力を大量に得ることができます。 使える力は蛇口である精霊の個体差にもよりますけどね。」
ほうほう、なるほど。 と、言うことは……。
「蛇口である精霊さえ傍に持っていれば、神の木にたまってる魔力を使い放題ってことですか? 自分の魔力がなくても。」
「そうなります。」
「わぉ。便利!」
「そうですね。 ただし水道の使用基本料金のように、精霊を自分につなぎとめるために、自分の魔力での支払いが必要となります。 なので持ち合わせの魔力が少ないと一つか二つしか蛇口は持てませんし、その使用量も少なくなります。 しかも契約は蛇口側からの申し出によるもので、使用者には決定権はあっても交渉権はありません。」
「つまり、七つに気に入られちゃって、そのまま流されて契約しちゃったから、私には蛇口が七個もある、と。」
「しかもかなり高性能な、排出力の高い蛇口です。 巨大な工場用の蛇口、もしくはダムから直接流れ込んできていると思っていいでしょう。 ……とくに日と月の精霊に関しては。」
「へ?」
アルムヘイムとヴィゾヴニルのこと? と思っていると精霊の図を指し示された。
「同じ精霊の中にも階級があるのは御存じですか? ラージュとルナックから許可を得ているので、例えとして出しますが、ラージュは木の精霊でも神の次に当たる精霊神に最も近い『ドリアード』という精霊に愛されています。 ルナックは火の精霊神に最も近いと言われる精霊『イーフリート』です。 精霊との『魂の結婚』で番と呼ばれているあの二人は、この国を治めるのにいろいろな人の事情から書類上の夫婦でありますが、実際は精霊と番です。 これを結ぶことによってより強力な関係となるので、お互いに得る力は数倍にも跳ね上がります。」
「そういえば、嘆きの洞窟に行ったときにドリアードさんを見たけれど、とっても美人さんだったから覚えてますよ! でも、そんな上級の精霊さんと一緒にいられるってすごいですね!」
彼女は本当に美人さんでしたよねぇ! と鼻息も荒く頷くと、そんな私を残念なものを見るような目で見て、ため息をつく師匠。
「え? なんですか? その反応。」
「……フィラン嬢は、自分の事を客観視して見たり、自己評価をするのが苦手ですか? それとも完全に抜けているのでしょうか……?」
「ひど!」
苦虫をかみつぶしたような顔になった師匠が、あんまりな言い方をしたので反論する。
「師匠、言い方考えてください。それじゃあ私があほの子みたいじゃないですか。」
「あほの子、あぁ、いい表現ですね。 わが弟子はあほの子です。」
「失礼な! なんであほの子なんですか!」
畳みかけてきた師匠にキーっと言い返すと、冷静な師匠は私にわかりやすいように盛大なため息をついた。
「君の精霊たちが、皇妃に怒ってペナルティを科したのを、覚えていないのですか?」
……へ? と首をかしげると、あぁ、そこからか……と眉間に深い皺を刻み込んだ。
「ルナックの発言に、君の日の精霊と月の精霊が怒り狂ったと聞いていますが。」
「あ、あ~……はい、うん。 そうですね……。」
「その時、ルナック皇妃の精霊が君の日と月の精霊に拘束された話は聞いていますね?」
そうそう、なんかラージュ陛下がそんな事いってたかもしれない。 と思ったことが顔に出たのだろう、アケロス様は精霊図の一番上を指し示した。
「イフリートは火の精霊神に一番近い精霊です。 そもそも最も力が強い精霊神はこの世界に出てくることはないシンボル的な存在のため、この世界に顕現出来る上位精霊のイーフリートやドリアードを精霊男神・精霊女神と精霊たちが呼ぶくらいなのです。 いくら第一位の日、第二位の月の精霊二人がかりでも拘束するのは難しいほどの力を持つ精霊たちなのですよ。 しかも番の契約後の力に溢れた精霊です。 それを踏まえ、イフリートを拘束した貴方の日と月の精霊は……」
拘束できるほどの力を持っていた。つまり同等かそれ以上の存在であるということ。
「……うわ~……またなんでこんなことに……。」
しかも確か思い出したけど、当分拘束されたままとか言ってたような……よしこれ以上は憶測で考えず、本人たちに直接確認しよう。
「えっと、二人に確認しておきます……。」
「きみは本当に今まで何も知らなかったのか?」
「えぇと……今晩にでもちょっと話し合いたいと思います……」
「知らぬとはいえ随分とのんきなものだ……まぁ、きちんと自分の持つ力を知る機会になったと思うしかないだろう。 いまこの会話もすべて聞かれているだろうから、意図して隠していたわけでもなさそうだ。 話し合いの時にはせいぜい精霊たちの機嫌を損ねないようにしなさい。」
「……心します。」
そういったところで兄さまが迎えに来たという知らせの鳥が部屋に入ってきて、今日の授業はおしまいとなったのだけれど……。
私、無知の上に無自覚で、いったい何してるの? と、自問自答して泣きそうになるのをこらえるのに必死だった。