0-005)王様、大盤振る舞いすぎて困ります!
「この世界に住まうことは、お前には向いてるよ。 気楽に頑張るんだな。」
ラージュ陛下はお菓子を貪る私の姿を堪能するように見ていたが、ほどなく椅子に座りなおし、チリンと傍にあった鈴を鳴らした。
「お呼びでしょうか、陛下。」
みたび、綺麗で不思議な頭の形の青年が一人やってくると腰を折った。
「新たなる空来種の客人だ。 いつも通りに。」
「かしこまりました。」
綺麗な所作で踵を返して下がった彼は、ほどなく銀色のトレイの上に綺麗な色の布袋を乗せて帰ってきた。
「どうぞ。」
「あぁ」
ずしっとした、重さのありそうな袋をラージュ陛下は受け取ると、真ん中に置かれていた菓子の皿をずらしてテーブルの上に置いた。
「下がってよい、また呼ぶ。」
「かしこまりました。」
は~、綺麗~。
さらっと綺麗に礼を取って去っていく彼の綺麗な動きにぼけ~っと見惚れていた私は、コンコン、とテーブルを爪先で叩く音がして、慌てて顔を向けると頬杖をついてにやにやしているラージュ陛下の顔が目に入った。
「な、なんですか?」
「お前はああいうイケメンが好きなのか?」
「いえ、いえいえいえいえいえ!」
首と両手を力いっぱい振って否定する。
確かに見とれてしまうくらいにお綺麗な顔であったし、黄色い瞳も、先の赤から根元の黄緑色に変化したグラデーションの不思議な形にした髪?もとっても素敵だけれども。
「観賞用としては最高でしたけど、好きか嫌いかといわれると……好みとはちょっと違いますね」
「そうか?」
ふぅんと笑って聞いてくる。
「最初にあったケンタウロス、次に会った天使、さっきの男、どれが好みだ?」
「え? そうですねぇ」
あの中で言うのなら私の好みは。
「最初のケンタウロス様ですね! 精悍な顔つきに、男性の色っぽさ、美しく無駄のない筋肉のお体に、さらに素敵な馬の体!」
ぐっとこぶしを握る。
「私的に大絶賛しちゃうくらい完璧です!」
「そうか、じゃあ護衛につけてやろう。」
「……」
一瞬の間。
「は?」
敬意を払うのを忘れたのは許してほしい。
だってこの人なに言った?
「なんだ?」
「つけてやろうって何ですか? なにをですか? 何の話ですか?」
そういうとラージュ陛下は『なにが不満なんだ?』みたいな顔で私を見る。
「知らない世界にその身一つで来たんだ、護衛も兼ねて家臣をひとり付けてやる。」
価値観が違いすぎます、意味がわかりません。
何言ってるの? 付けてやろうか? じゃないです。
俺、今すごく良いこと言ったみたいな顔してるけど、あんなイケメンが四六時中傍にいたら、供給過多で死んじゃいます。
主に、心が、イケメン成分で。
死因・イケメン成分過剰摂取とか笑えない。
「心からご遠慮いたします。 確かにイケメン好きですが! 大好きですが! あくまでも観賞用として遠くから眺めていたいんです、眺めて妄想したいんです! 護衛だろうが何であろうが、あんな素敵イケメンと一緒にいたら私の心が死んでしまいます!」
「そんなもんか?」
「そんなもんです!」
「でも好きなんだろう?」
水掛け論の泥沼試合になりそうだ。
あぁ! 好きさ! 大好きさ!
だがしかし、ここで負けるわけにはいかぬ!
「観賞用としてです! それにつけていただいても、私無一文なので騎士様に対してお給料なんか払えません!」
よし、完璧なお断り! と勝利を確信したが……。
「賃金はこちらで払うさ、王宮の兵士が王の命令で護衛につくのに自己負担など求めん。 それにそばに置いたら鑑賞し放題じゃないか?」
あー正論キター!
くそ! 負けるもんか!
「税金の無駄遣い反対! まだ税金も払ったこともない、何の役に立つかもわからない転生者に大事な血税を使ってはいけません! それに傍に置いたら供給過多で死にます! 限界オタクは供給過多になれてないんです!」
「推しとやらが傍にいる……幼馴染属性と思えばいいだけじゃないのか?」
「地雷です!」
推しと自分がくっつくのは想定外なんですよ!
壁! 壁になりたいんです、見守り隊希望なんです!
「推しと一緒の生活、だめ! 絶対!」
「駄目かぁ。」
「神様からは陛下も太鼓判を押すような素敵なスキルをもらっていますし、まずは自力で頑張りたいと思いますので過保護ノーサンキューでお願いします!」
「欲がないな。」
面白くなさそうに言うの、本当にやめてくれませんか?
「そんなことありません! この食べきれなかったお菓子は是非! もらって行きたいと思っています。 あんな奴もいたなぁなんて陛下が私を思い出したときに、このお菓子送ってくださると本当に嬉しいです。 でも人材はだめです、王様の命令なんて、相手の意志を無視するのも税金の無駄遣いもだめです!」
「せっかく面白……心配で言っているというのに。 お前は本当に欲がない」
「面白いって言った! そもそも突然お前の好みの男連れて行っていいぞって言われて誰が喜びますか!」
「結構喜ぶ奴いたぞ。 護衛と言ってるのに手を出そうとした奴はその時点で護衛終了だったが。」
ん?
……あれ? それってもしかして。
ラージュ陛下の発言に、首をかしげて考えた。
なるほど、私の人となりを確認するためのドッキリの類か!?
なんかかなりイラッとした。
「……人間性のテストってことですね?」
「いやいや、ただの親心さ、先輩としてな。」
いや、絶対なんかのテストだろ。
「悪かった悪かった。 ほら、それを見ろ。」
ジト目でラージュ陛下を見ていると、頬杖をやめ、私たちの間ちょうどテーブルの真ん中に置かれた袋を指さした。
「これ、なんですか?」
「開けてみろ。」
目の前のティーセットとお菓子をずらしてから、巾着むすびにされたその袋の端をつかむと、やはりずしりと重さを感じた。
ぐるぐるにまかれた糸を解いて口を開くと、中には様々な色と形の平べったいモノ……多分この世界のお金であろうものと、シンプルな銀色の腕輪が入っている。
「後はこれだな」
手の中に現れた紙に、同じく現れた羽ペンでさらさらと何かを書いている。
「ギルドに提出する書類だ。 まずはこれをもってギルドに行き、自分を登録しろ。 あちらの世界で言うところの市役所兼職業安定所だ。 それから同じ建物の中にある住居管理の窓口に行け。 一階層か二階層の庭と店舗のある家をいくつか紹介されるから、好みの家を探すといい。 二階層の南がおすすめだな。」
「口利きはうれしいですが、このお金はちょっと……この量は、たぶん目ん玉飛び出る金額ですよね? 何もしてないのにお金をもらうわけにはいきません。 それに装飾品もちょっと。」
「いや、必要なものだ。」
ずいっと突き返そうとするのを止められる。
「これらは転生者に最初に支給されるものだ。 腕輪はこの世界の民が生まれた時に与えられる身分証明書みたいな物で必ず左の手首につける決まりがある。 腕輪の付加機能については今日中に知識の泉で必ず確認しろ。 それから金は、贅沢しなければ家を借りて、一か月は暮らせるくらいの金額が入っている。 これは国家の予算案の中にもしっかり組み込まれているものでお前だからと特別に支給したものではないから受け取れ。」
ラージュ陛下の手の中に、今度は6枚のコインが現れた。
「この世界共通の金だ。 銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨の六種類がある。 銅貨100枚で大銅貨、それ以降は大銅貨10枚で銀貨、銀貨10枚で大銀貨って感じで、大金貨が一番高額な貨幣だ。 この国の庶民の1ヶ月の稼ぎが平均で金貨3枚。 その中には金貨5枚分の金が銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨で入っている。収入が安定するまで大事に使え。」
「そういうことでしたら、ありがとうございます。」
袋の中の貨幣を指でつかんでみる。 確かに無一文、身一つで来た身であるから、ありがたい。
「それと住むところだが、家はこの国に戸籍を置くものは、この世界の生まれでも空来種でも国から貸すことになっている。 不平が出たら困るからな。 まぁ、資産として買うとなると別だがそれはここでの生活が軌道に乗ってから考えろ。 家を借りるには戸籍が必要になるが、空来種は最初に訪れた国の戸籍が与えられ、民になることを勧められる。 断ることも可能だが、現実的には、金や住居の問題があるから断るやつはほとんど居ない。 お前はここに落ちてきたから、この国の戸籍が与えられるわけだが……」
ラージュ陛下が首をひねるので、私も首をかしげる。
「私がこの国に戸籍を持つことに、何か不都合が?」
「いや、そんなことじゃないが、今のままじゃ戸籍が作れない」
「へ?」
「腕輪と書類に記す名がない。 どうする、転生前の名前にするか?」
そういえばそんなこと言われてましたね! 自分の事ながら忘れてましたよ。
名前、名前か~……。
名前負けしてるってさんざん言われて、嫌いなんだよね、前の名前。
「皆さんはどうしてたんですか?」
「前の名前を使う者も、自分の思うかっこいい名前を付ける者もいたな。 ただ後で名前は替えられないからちゃんと考えろ。」
なるほど、黒歴史になっちゃったら恥ずかしいですもんね、絶対。
う~ん、と首をひねっても、何にも浮かばない。
で、目に入ったのは、当たり前だけどラージュ陛下。
「陛下、名前つけてください。」
「は?」
本当に、は? という表現しかない顔をしたラージュ陛下。
……あれ? 王様に名前もらうのって失礼!? おじいちゃんたちが神社とかお寺とか、えらい人に名前もらってたイメージなんだけど?
「だめですか? あ、もしかして不敬ですか!? すみません!」
「いや、そんなこと言うやつがいなかったから吃驚しただけだ。 名前は護りであり、とても大切なものだからな。 そうだな、しっかり考えてやろう。」
すまんとわらい、それから真剣な顔で少し思案した後、先ほどの紙に彼はさらっと書き加えた。
「それでは王都要塞ルフォート・フォーマの王ラージュ・オクロービレ・ルフォートより、新たなる空来種の娘に名の祝福をやろう。 汝の名は」
ぽっと、私の体と、左に嵌めた腕輪がぽっと光った。
「ソロビー・フィラン」
ラージュ陛下の手の中で紙も白く光って、みんな同時に消えた。
「ソロビー……」
「ソロビー・フィラン。 そうだな、慣例ではないがお前はフィランと名乗るといい。 ソロビーは見守りだ。」
にっと笑う。
「名は祝福だ。 さて、これで伝えるべきこと、聞くべきこと、与えるべきものはお前に贈ったから、街に出るといい。 俺もそろそろ公務に戻るとしよう。」
立ち上がったラージュ陛下はまた、ポンポンと私の頭をなでた。
「可愛いお前に祝福を。 この世界で幸せになれ。」
ぱちんと彼は指を鳴らした。
「わわ!」
私の体が今後は金色の光に包まれてふわりと浮かぶ。
つん、と左の中指にはめた指輪に彼は触れると、石の色が金に変わった。
「我が眷属の末席についた愛し子よ、いつかまた会える日を待っている。 さらば。」
「え? ちょっと、お礼を……わたし……。」
「おかえりなさい、フィラン嬢。」
気が付くと、お城の前にいた。
目の前には最初にあったケンタウロスの騎士様が、変わらず素敵な笑顔で背に乗れ、と言わんばかりに、足を折ってくれている。
さっきまでの出来事は、夢ではないか、と思うほど、ここについた時と何も変わっていなかった。
歩いていた人たちも、空にある太陽も。
違うのは、肩から柔らかな飴色の革の大きなカバンをかけ、左の中指には指輪、左の手首には腕輪がはまっていることだ。
夢じゃなかったんだと、納得したところで顔を上げた。
「王命により、ギルドまでご案内させていただきます。」
声をかけてくれた翼の生えたケンタウロスに、はい、と頷いた。
「よろしくお願いします!」