1-064)アカデミー見学……推しを添えて!
「見学希望のソロビー・フィラン嬢と後見人のセンダントディ・イトラ……様、ですね。 どうぞこちらへ。」
アカデミーの門のところで、白銀の鎧を身にまとった獣人の騎士様に、兄さまが何かを伝えて何かを見せるとすぐに中に通してもらえました。
いつでもどこでも腕輪のチェックは必須ですよ。
あと、ちょっと門番さんが兄さまの敬称ですこし悩んでたのは突っ込まない方向でいてあげます。
本当は何て呼ばれているのか、ものすご~く気になりますけどね。
ちなみにアカデミー、わたしの想像よりもはるかに大規模な物であることが分かりました……胃が痛い。
確かに五区画に入ったあたりから、大通りを道なりに歩いてるだけなのに、中も見えない白くて高い壁しかないなぁとは思ってたけど、その壁の向こうが全部アカデミーって……こっちの世界の規模意味不明!
兄さまの話だと、貴族層の第五区画の半分以上はアカデミーの敷地、らしい。
日本との規模の違いったら……。
「ふわぁぁぁぁ……。 おっきい……。」
「フィラン、あまり上を見すぎてそのままひっくり返らないようにね。」
「うん……」
びっくりしつつも大きな門をくぐって中に入ると、視界に飛び込んでくるのはシンメトリーな庭園のようなバスターミナル……ならぬ、馬車ターミナル。
大通りと同じ、綺麗な真っ白い石で整地されたエントランスには、高貴な身分の方たちが馬車とか乗り付ける専用の大きな校門……? なんて表現したらいいのかわからないくらい、ちょっと規模の大きなエントランスで、それだけで私の想像をはるかに超えて硬直してしまうのには十分だった。
私、こんなところに毎日通えないよ? わざと落ちていい? と、本気でビビ……もとい、困惑している私に、まずは騎士団の詰所に行って正式な見学申請をだすんだよ、と、兄さまに教えてもらったので、一緒にそこ向かったわけですよ。
アカデミーの敷地内にも騎士団詰所ってあるんですって、何か所も。 そんな風に強固に騎士団に守られる必要があるってことは、国にとっては重要拠点ってこと? と騎士団詰所の中を見ていると、蹄の音が聞こえてきました。
蹄?
足音じゃなくて蹄? と思ってそっちを振り返ると……。
「本日、このアカデミーの案内をさせていただきます、オーネスト・ボルハンと申します。」
本日というか、こちらの世界に来て最大の衝撃! キター!
私の目の前に立つのは、赤と黒の騎士服に身を包んだ上半身に、美しい骨格! 美しい筋肉! 美しい純白の翼のある白馬のお背中には赤い鞍を付けた美しいシルエットの!
もう完璧!美しいそのお姿。
「オ、オーネスト……様……。」
震えて何とか声を出せた私、卒倒寸前。
そんな卒倒寸前の私を支える兄さま、ナイスアシストですよ。
「えぇ、フィラン嬢とお会いするのは二度目ですね。 またお会いできて光栄です。 あの時の空中散歩は楽しんでいただけまでしょうか? 早速ですが、こちらの腕章を左の腕におつけください。 正式な申し込みのあった見学者の身分証明となるものです。」
「……オーネスト様が、案内……!?」
「えぇ。」
にっこり微笑まれるそのお顔ったら!
そう! 突然この世界にやってきたとき、何の予告も、準備も、予備動作も、予備行動もなく! 唐突に始まったスカイダイビングから助けてくださった第一異世界人のブレイブ・ボルハン様の弟君の! 王宮から出たわたしに、この王都のつくりを丁寧に教えてくださって、なおかつギルドまで送り届けてくださった羽ケンタウロス様のっ!
オーネスト・ボルハン様ですよ!
この世界の最推しの!
推しキター!
何のいたずら、何の嫌がらせですかー!
推しの視界に入るどころか、推しに手を取られて、学校案内をさせる日が来るなんて思ってみませんでしたよー!
口をパクパクさせて、呆然としていたのだろう。私の左腕に腕章をつけてくださったオーネスト様、にっこり笑ってくださいました。
「ご緊張なさらずに。 びっくりなさったでしょうが、貴族層の主要施設の案内をしながら、その方の警護をするのが私たちの仕事なのです。 なので何かありましたら気軽に質問してくださいね。」
「……へゃぁい……」
情けない声しか出なかったのは、もう許してください。
「フィラン、落ち着こう、深呼吸しなさい。」
過換気をおこしそうな私の背中をさすりながら笑った兄さまは、オーネスト様をみた。
「ボルハン兄弟の弟の方だね。 なるほど、試験の一環か。 今日はよろしく頼むよ。」
「おひさしぶりでございます、イトラ卿。 まさかイトラ卿をご案内する名誉を与えられるとは思いませんでした。 本日はよろしくお願いいたします。」
大人が何か話をしていますが(私も中身は大人だけど)、そんなことは関係ありません!
推しと半日過ごすとか何の拷問ですか、ご褒美ですか、今日は私の命日になるんですか!?
「ありがたやありがたや……」
つい拝んじゃった。鞍つきになってますます私好みにおなりあそばされたオーネスト様、拝んじゃった。
これでお兄様のブレイブさんが一緒にいたりなんかしたら、私、本当尊死する! しちゃう、出来ちゃう! 語彙力も死亡!
「さぁ、フィラン嬢、行きましょう! ……フィラン嬢?」
「……ボルハン、すまない。 ちょっと発作のようなものだから……ちょっと待っててやってくれるか……。」
そっと私を連れてオーネスト様から離れた兄さま。
私の両肩をしっかりつかんで、真剣なお顔です。
うん、兄さまも素敵。でもごめんね、オーネスト様最推しなの……。
「兄さま、推しがいる、死んじゃう……帰りたい……推しに案内させるって私何事、死んじゃう……。」
「フィラン、死なないから大丈夫。 ほら、みてごらん、オーネスト・ボルハンがフィランの行動にとても困ってるよ。 推しに迷惑を掛けちゃいけないんだろ? それにフィランの推しは今、人生の一大転機となる試験だ。 推しが鞍を付けて仕事できるかはフィランにかかってるんだよ。 いいかい? 騎乗をすることのできる体躯を持った騎士に鞍が付くというのは、大変にとても名誉なことなんだ。 だから推しのために淑女として頑張れ、フィラン。」
「推しのために……っ!」
本気で拝みだした私を兄さまが背中をなでながらなだめてくれます、ありがとう兄さま!
そして推し様の一大事、私の案内ごときが、オーネスト様が鞍を付けるかつけないかの大切な試験ですって!
それは大変! あんまりにも衝撃すぎて気付け薬を飲みたいけど、そんなものここにはないので、頑張ります!
「私、オーネスト様の試験が受かるように、頑張りますね!」
「まるでフィラン嬢の試験のようですね、ありがとうございます。」
急いでオーネスト様の元に戻り、にこっと笑うと、差し出してくださったオーネスト様の手を右に、兄さまの手を左に取った私。オーネスト様、馬のお体に人の体なんで私、本当に連れ去られたエイリアンみたいになっちゃってるけど気にしない!
オーネスト様が試験に合格できるように私、すごく素敵にエスコートされる人間になる!
ニコニコ笑顔の私と、何とかなった安堵顔の兄さま。
一瞬困惑気味だったけど、すぐに素敵な笑顔に戻られたオーネスト様のエスコートで、アカデミー見学出発です!
「まずこちらは、フィラン嬢が受験する予定のアカデミーの本校舎となります。 赤い屋根が一年棟、緑の屋根が二年棟、黄色い屋根が三年棟、青い屋根が四年棟となります。」
「……は?」
一番最初に案内されたのは、例のバスターミナルのような馬車ターミナルだったわけですが……あのでっかい建物は一年生専用の建物だったそうです。日本とは本当に! 規模が違いすぎます。
「なんでこんなに大きいんですか? すごく入学人数が多い、とか?」
「いえ。 フィラン嬢は入学案内は御覧になりましたか?」
「……まぁ、一応は……。」
しどろもどろになっちゃった私。
そんな私の頭を笑顔でなでてくださったオーネスト様、ちゃんとは見てないって完全にばれましたね。
「入学人数は毎年十五人を六クラス分で百人となります。 成績順にクラス分けがされ、A、B、C、D、Eが各十八人と、優秀な者の入るSクラス十人です。」
「は~……でもでも、たった百人のためにこの建物って広くありませんか?」
転生前で言うところの、大きな大学の主要棟一棟分ですよ? 全学年四百人でも十分使えるんじゃないのかな? と思っていると、一年棟の入棟許可がおりたのか、こちらへ、とエスコートされる。
「まずは一階ですね。 一階は交友・実験棟になります。中央にエントランス、階段、予約制のサロン、食堂、それから錬金術などの特殊授業のための実験室があります。 二階、三階は通常のクラス棟です。 成績順に分けられたクラスの中で、二階は左にB、C、右にD、Eクラスの方の教室が、三階には左にSクラス、右にAクラスの教室と、それぞれ専用のサロン、食堂があります。 S、Aクラスとなると、要人または将来有望な方が大変に多いため、このようなつくりになっています。 四階は遠方からくる学生のための寮になっています。 王都だけでなく、ルフォート・フォーマの統治内外より様々な方がいらっしゃるためです。 もちろん、他国へのアカデミーの交換留学などもあります。 これは各学年等が変わっても同じですよ。」
「は~……そうなんですねぇ……。」
建物や設備自体にはクラスでの差はまぁないんだけど、サロンと食堂は別なのか……まぁ、なんとなくわかる気がする。
「えっと、身分じゃなくて成績順なんですよね?」
「そうです。 Sクラスでも庶民層から通っている方もいらっしゃいますよ。 また、一定の収入以下と認められた生徒のSクラスに関しては、入学金、授業料とも心置きなく勉学に励んでもらうという皇帝陛下の計らいで、無償になります。」
爵位の有り無しとかじゃなくて年収で考えるのか。
やっぱり、入学案内に書いてあった通り、その点はすごく平等です。
裕福な庶民とか、お金のない貴族様とかもありそうですもんね。
中に入ってみないと分からないけど、転生前に本で見たお貴族様の平民いじめ、とか、下位貴族いじめとか有りそうだもん。 なんて考えながら学舎を後にし、その後は、大型実験棟や、騎士団との練習・鍛錬に使う運動場、魔法練習のために結界の張られた魔術師棟なども見せていただき、生徒さん達も見たけど、相手は見学者だからか穏やかな感じで、感触は良好……受かりたいかって言われたらやっぱり悩んじゃうけど。
「今日は本当にありがとうございました。」
一通りの見学を終えて、アカデミーの門をくぐるころにはもう夕暮れだった。
「いえ、フィラン嬢の入学を心からお待ちしておりますよ。 それでは、フィラン嬢、イトラ卿、本日はお疲れさまでした。」
「あぁ、ありがとう。 君も頑張って。」
「オーネスト様、頑張ってくださいね!」
ぎゅうっと手を握ってから、オーネスト様とお別れをした。
今日の、たった半日でしたけど、一緒にいても本当にお美しくって素敵でしたよー!
「オーネスト様、本当に素敵です! 推し! かっこいい! ご兄弟のポスターとかあったらお部屋に飾りたい!」
「フィランはボルハン兄弟のような人が好きなのだね?」
微妙なお顔の兄さま。 また間違ってますよ。
「違います、兄さま。 好きじゃないんです、推しなんです! ポスター、この世界にないですよね?」
「そのぽすたーって何かな? フィラン。」
「お姿を映した写真……おおきな壁に飾る姿絵です。」
「なら、絵師に書かせればいいんじゃないだろうか……。」
「絵師さんにお願いするってことは一点物!? 何ですか、それ! 贅沢品です、いくらするんですか!?」
兄さまに聞くと、すごく困った顔をしていた。
そうか、兄さま絵師さんにお仕事頼んだことがないんだな。 夜にでも知識の泉に聞こう。
「じゃあフィラン、帰りがてら、夕飯を食べていこう。 何が食べたい?」
「たまにしか食べられないような、うんと美味しいものが食べたいです!」
「たまにしか食べられない、か……じゃあ、私の行きつけの店に……」
じっと私の事を見た兄さまは、うん、と何か勝手に頷いてから、夕食を食べるために、私の手を引いてくれた。