1-063)セディ兄さまは社交下手だと思う(繕うのへたくそ)
ルフォート・フォーマに住んで1か月 (くらい)。
やっと気が付いたことは、貴族層の石畳は庶民層に比べて凹凸がさらに少なくて、ところどころにはまっている青い石の数も多いことです。
「そういえば、おち……一番最初に来た時にも思ったんですけどね?」
「うん?」
逃走防止及び迷子防止にと、兄さまと手をつないで歩く貴族層の通称アカデミー街! (そのまんま)
庶民層からゲートで貴族層へ送ってもらい、そのまま神の木の周りの大きな道をてくてく歩いて第五区画まで行ってみる。
ちなみに各区画にゲートはあるんだけど、私の住んでいる区画が第二区画で、第二区画のゲートに飛んだから、第五区画とは正反対の場所。 なので時計回り、反時計回り、どっち周りに動いてもほぼ一緒の距離です。
本当は馬車とかあって、アカデミーまで馬車で行こうって兄さまも言ってくれたんだけど……早く着いちゃうの嫌だから、「たまには貴族層をよく見て見たいので歩いていきましょう!」と言いました。
そしたら迷子逃走防止に手をつながれました。
はたから見たら、とんでもなく過保護な兄妹に見えるんだろうな……というか、連れ去られる宇宙人的な……いや、これ以上は考えないようにしよう。
「で、来た時に何を思ったって?」
「あ、えっと、この青い石がね、何だろうなぁって。 モザイクみたいに模様になってるのはわかるけど、なんか不思議だな、綺麗だなぁって。」
「あぁ、フィランはまだ知らなかったのか。 そういえば夜に出ることはあまりないもんなぁ。」
兄さまは手をつないだまま、空いた手で顎を触って、こっちを見て笑った。
「今日の帰り、少し暗くなってから帰る予定だから、楽しみにしてなさい。 多分フィランは大好きだと思うよ。」
「光るとか?」
「そうだね、光るには光るけど、それだけじゃないよ。」
ニコニコしながら歩く兄さま、ほんと、破壊力抜群のイケメンの笑顔!
ほら、行きかうお嬢さんたちめっちゃ振り返ってるよ。
ついでに私のこと二度見したり、にらみつけてきてるけど全然気にしない。
だって手をつないでるのは兄さまからだもん!
相変わらず、イケメンに対しての免疫や耐性はできないけど、それで私に投げられるやっかみにこれっぽっちも動じなくなってきましたよ、私、えらい!
そんなこんなで、てくてく歩いていると、さすが貴族層だけあって、馬車がよく通ったり、素敵な騎士様が小型の騎乗竜にのって闊歩したりしていて、やっぱり庶民層よりもあふれかえるセレブ感? 派手感? があったりするわけですよ、私完全にどっから迷い込んじゃったの感が否めない。
兄さまに言われて、強引に押し付けられ……じゃなくて、贈っていただいた素敵なワンピースと靴を履いて、髪も綺麗に編み込んでもらったんだけど、そんなものには負けない、あふれる私の庶民臭がとっても申し訳ない……。
ちなみに兄さまは、鮮やかな青の、丈の長いジャケット……って言っていいのかな? に、細身のパンツにブーツです。
綺麗です、イケメンです、かっこいいです。 供給過多です、ありがとうございます!
勲章とかはついていないから、あれかな? 騎士とかの服じゃなくって、フォーマルな普段着って感じなのかな? って思ってたんですけどね。
「イトラ卿! イトラ卿ではございませんか!」
後ろから聞こえてきた、少し弾んだ声。
イトラって兄さまの名前だったよね? 呼ばれてるのかな? 顔見知りなのかなって思うけど、兄さまは少し歩く速度を落としただけで、止まる気配はない。
「兄さま?」
ちらっと顔をのぞき見ると、……う、う~ん、何とも言えないけど、いつもの素敵なお顔だけど、初めて見る……好きな雰囲気じゃない目元。
きっと兄さまにとって声を掛けられるのは予定外というか、嫌だったんだろうなって思ってたら、それに気が付いたのか、いつものお顔でニコッと笑ってくれた兄さま。
もう一度呼ばれたところで、ため息をつきながら足を止めると、小さく「しゃべらなくていいからね」と言ってくれた。
絶対口を開くなってことね! 了解! と目で合図して頷くと、兄さまは振り返った。
「どちら様でしょうか?」
「お忘れですか! トゴシ・スカイープア。 男爵位を賜っておりまして、一度王宮でお会いしました!」
振り返った先にいるのは、アブラギッシュな……豚? いや、豚さんに失礼だわ。
なんというか、とってもアブラギッシュで、泥色のバーコード頭に鼻の下にちょび髭の……オーク? ってくらいご立派な肉体の……しかも恰好がもう、成金! 完全に成金! 家にあった装飾品全部つけてんのかい! って思うくらいゴテゴテの貴金属を付けた成金!
気持ち悪い! あ、でも男爵! 男爵って何だっけ? ジャガイモ? じゃなくって地球と一緒なら、下の方の爵位の貴族だっけ? 兄さまお知り合いですか? と見上げてみると……
ヒッッて、なっちゃったよ、私。
こんなブリザード兄さま、初めて見ました。
あんな見られただけで凍えて死んじゃいそうな目、出来るんですね……フィランちゃん、ガクブルってやつですよ! ぎゅっと手を握ると、表情も何も変えないまま、それでも優しく握り返してくれたけど、それでも兄さまは感情のこもらない、なんならとても棘であふれかえった言葉をはいた。
「誰でしょうか。 覚えがありませんね。 そもそも男爵でありながらこのようなところで、直に、私に、声をかけるとは、最低限の礼儀すらご存じないのですか?」
おおお、めっちゃ怖い。 私ドン引き。
ここまで拒絶されたら、普通ここで一瞬ひるむと思わない?
だけど相手はもう全然動じずに、にやにやした笑いを浮かべている。
「おぉ、それはそれは、このようなところでお目にかかるなどめったにありませんので気が逸ってしまい、突然お声がけをしてしまいました。誠に申し訳ございません! それにしても、横にいらっしゃるのは、妹君であらせられますか? これはずいぶんとかわいらしいご令嬢だ! 実は私にも似た年頃の息子がおりましてな! 実にお似合いだと思うのですが、お嬢さん、お名前を伺っても?」
アブラギッシュでにやけた顔をにゅうっと近づけてくる男に、逃げ腰の私。
それを察する前に、すっとあからさまに私を自分の背後に隠した兄さま。
牽制てやつですね!
「私は声をかけることも、名を呼ぶことも一切許していない。 そのうえ、紹介すらしていない私の連れに勝手に声をかけるとは礼儀以前の問題だ。 今一度、貴族としての礼儀を一から学んでくるがいい。 失礼する。 二度と私たちに声を掛けないでくれ。 次同じことをした時には、貴族院を通して抗議させていただく。」
それだけ言ってくるっと踵を返すと、私ににっこり笑って兄さまは歩き出した。
「兄さま、まだ何か言ってますけど?」
足早にそこから歩き出した私たちの後ろで、さっきのアブラギッシュ男爵が叫んでいるけれど、ちらっと後ろを見たら騎士様に宥められていた。
いつ来た、騎士様! しかしナイスアシスト! いい足止めですよー! アブラギッシュ男爵、私は貴族だぞ! 失礼な! って喚き散らしてるけどね!
「騎士様、お仕事早いですね。」
にこにこしながら騎士様を見る私に、兄さまは深いため息交じりに私に謝ってくる。
「すまない、私が迂闊だった。この時間だから大丈夫かと思ったけれど、やはり認識阻害の魔法はかけないとだめだ。 帰りはきちんとかけて帰ろう。」
「そんなものですか?」
「そんなものだよ。」
疲れたように笑う兄さまですが、さっきのやり取りで分かったことがあります!
身分制度は詳しくないけれど、ちょこっとだけそんな感じの漫画や小説を読んだことがあるから、なんとなくわかります! なので聞いてみたいと思います!
「ねえ兄さま?」
「喉が渇いたな……アカデミーはもうすぐだけど、カフェに入るかい?」
「……」
少し首元を緩めながら、ごく自然といった感じでそう言った兄さまですが、今絶対に話そらしませんでした?
ぎゅうっと手を握って、にっこり笑いましたよ、私。
「兄さま、もしかして貴族様ですか? しかも子爵より上の。 庭師で騎士様で貴族様ってどれが本当の兄さまですか?」
ぎくりっ
って、こういう動きにつける音なんだろうなぁ、という顔をした兄さま、本当によく顔に出ますね。ポーカーフェイスとか無理なのでは? 兄さまあれですね、社交とかうまくいかないタイプでしょ? よく知らんけど。
「フィランは時折、しっかり観察しているのか、核心をついてくるな。」
「いや、兄さまが隠すの下手なだけだと思いますよ、絶対。」
そんなことはないはずだとか何とか、ぶつぶつ言っている兄さまだけど、顔色と目が口ほどにモノ言ってます。
ダメだって、バレバレだってば。
「……兄さまは隠し事がとっても多いから、そんな風になってしまうのでは?」
って言ってみたら黙り込みました。 責めてるわけじゃないって、ちゃんと伝えなきゃダメなやつかな?
「えっと、責めてないですよ? 兄さまには兄さまの事情があるので、教えていいって思う時に、教えようと思う分だけ教えてくれたらいいと思います。 お仕事の事なんか、しゃべっていいことと悪いことがありますしね。」
うんうん、わかるわかる。プライバシーな問題だったり、仕事上知ったことは話しちゃいけないとか、倫理観の問題とかいろいろあったしね、私も! と言ってみたものの、渋い顔をしている兄さま。
う~ん、どうやったら治るだろうか。
「どれが兄さまでもまぁいいですけど、フィランの遠縁のお兄ちゃんっていうところだけは! 間違わずに末永くよろしくお願いしますね。」
にこって、自分が考える最高のハニースマイルを浮かべて言ったところ、兄さま、その場に足を止めて額を抑えて天を仰ぎましたよ……。
「だ、大丈夫? 兄さま。」
「大丈夫じゃないけど大丈夫だ」
それから深~いため息ひとつ。
「フィラン、それは他の人間には絶対にやらないように!」
え? なんで?
何やら先ほどとは違う意味で困った表情になりながらも、そう私を諭し始めた兄さまに頷きながら、アカデミーに到着したのは10分後の事でした。