1-062) アカデミー見学攻防戦!(負け戦!)
「兄さま、お昼ご飯出来たよ~」
でっかい瓶をごろっと部屋の真ん中に置いたまま、おなべで煮るのは細くて薄い乾麺。
お肉屋さんからもらったコカトリスの骨を煮込んで作ったスープをスパイスで味を調えたところで、ゆであがった麺をぶっこみ、フライパンで薬草と一緒に焼いたお肉を乗っけた物を作ると、二階にいる兄さまをでっかい声で呼んでみた。
すぐに扉を開く音と、とんとん、と階段を下りてくる音が聞こえて、お店を通って水場のほうに向かってくる足音がするのだが……そういえば兄さま、最初は足音しなくて悲鳴を上げたこと数回あった。
足音なく歩くのは本当に怖いからやめてくれと抗議したんだった。と思い出しながら兄さまが入ってくるのを待っていると……。
「うわ! どうしてこんなところに?」
扉が開いてびっくりする兄さま。
そりゃそうですよね。通り道にでっかい瓶で、しかもキラッキラの大量のポーションが置いてあるんだもん。
「……作ったはいいけど、動かせません、ごめんなさい。」
「なるほど。」
笑った兄さまはそれを「ん? ちょっと重いな。」と言いながら持ち上げましたが、何してるんですかね、馬鹿力ですか? 化け物ですか? あ、人間じゃなくって花樹人でした。
「……花樹人って力持ちなんですか?」
端っこにそれを置いて席に着いた兄さまといただきますをしてから聞いてみる。
「力持ち?」
「さっきの瓶がね?」
「フィランが力がないんじゃないかな?」
「それは絶対違うと思います。」
200ml×50本+ガラス瓶の重さだよ? 何キロなの? 持てないの当たり前じゃない?
「まぁ、鍛え方は違うとは思うけれどね。 もともとは騎士をしていたし、武器を振り回すこともあったからね。」
「あ、この間のかっこいい双剣ですね。あれかっこいかったです。」
「あれは、セスのなんだよ。 私のはもう少し重みがあるんだけど、時折使ってやらないとだめかと思ってね。」
「へぇ~、セス姉さまの。」
なるほど、と、麺をすすりながらそういえば、と思う。
「私も何か武器、使えると戦えるのかな?」
とたん、麺をすすってた兄さまがむせましたよ。そんなむせるほど変なこと言った?
「と、突然どうした?」
「え? モンスターとか倒すときに必要でしょ?」
目を見開いてこっち見てるけど、本当にそんなに変なこと言った?
剣と魔法の世界だよね? 当たり前じゃないの? って思うんだけど、兄さまには私がそんなことを言うなんて晴天の霹靂かなんか見た位だったようで、箸を持つ手が止まってる。
ちなみに兄さまは箸が使えるんだよ。ラージュ陛下に習ったんだって。
後、ラーメンが食べたいって試行錯誤したことがあったらしく、陛下と一緒に育っているから麺もすすれるんだって。
だからうちではこうして汁物の麺類が出せるんですよ。こっちの世界ではこんな食べ方はあんまりしないらしいくって、そういう料理はお店で見たりしない。 麺はスパゲッティや焼きそばみたいな食べ方しかしないし、すすったりする人はいないから……外ではできない食べ方なんだって。
っと、話がそれちゃった。
「兄さま、麺伸びちゃうよ?」
「あ、あぁ。」
思い出したように箸を動かし始めた兄さま。
食事が終わって私が食器洗い、兄さまは食後のお茶を入れてもう一度席に着いた時に口を開いた。
「フィランには武器はいらないと思うよ、アケロスから杖ももらっていたし。」
「でも、師匠も槍使いなんでしょう? 私も何かつかってみたい!」
あの磔人形のついた杖、変形するらしいもんね。 そういうのもいいなぁ!
「そうだけど。 まずこの世界には、戦うすべ……スキルを持たない人のほうが多い。 というか、ほとんどの人は持っていないね。 だから、生まれた王都から出ないで終わる人もいるくらいだ。」
「王都から?」
それってつまんなくない?
そりゃ王都は広いけど、一歩も出ないで終わるとか、なんじゃそりゃ。 あっちで言うところの市内から出ないとかそういうことと一緒でしょ? おかしくない? 自由って何よ?
「旅行に行ったり、遊びに行ったりとかしないの? 城壁の中だけで生きてるって、与えられた環境だけって、つまらなくないの?」
そう言った私の顔を真面目にみた兄さまが、ひとつ、ため息をついた。
「戦うすべがない人間が城壁外に出ることは、よっぽどの必要性がない限りはデメリットの方が多いとは思わないかい?」
「デメリット?」
首を傾げた私に、そうか、そこからか……とマグカップを傾ける。
「城塞内は騎士もいるし、第一階層の交易層には冒険者もいる。 それに様々な魔法や仕掛けが掛けられているから魔物が入り込んでくることはない。 つまり魔物に襲われる可能性がないということだ。 だけど外に一歩出れば、そこからは自分の責任、自分の身は自分で守るんだ。 護衛に冒険者を雇うのには金もいる。 護衛を受けられるのは冒険者としてはAからでね、それは最低でも一人一日金貨一枚の報酬。それとは別に最低限の飲食費・宿泊代が必要となる。 名のあるものを頼めば報酬額はもっと上がる。 家族全員で旅行となると、何人の冒険者を雇うことになるかな?」
う~ん想像がつかない。
前回、嘆きの洞窟でSランク3人連れてた私。 自腹だったらいくら払うことになってたんだろう??
「……なるほど……。」
そうか、とりあえずは魔物もいない、なんなら治安もよかった平和なジャパンに住んでいた私。これってかなり平和ボケしてたんだな……そりゃそうか……。
「だったら余計に私、戦うすべが欲しいな!」
ぐっとこぶしを握って兄さまに言ってみる。
「なんでそうなる?」
「え? だって冒険者ランクAでしょ? それに素材集めに外に出るんだったらやっぱりほしい! 師匠から杖はもらったけど、何かあった時のために物理攻撃もできるようになりたい! 何かあった時に他の人も守ってあげられるでしょ? ほら、いいこと尽くし!」
「……フィラン……」
「なぁに?」
ひく~い、ひく~い兄さまの声。
「どうしてそういう考え方になるのかよくわからないけど、フィランには私も、アケロスも、ロギイもいるから大丈夫。 あと多分だけどヒュパム殿も戦うすべは持っていると思うから、本当に必要がない。 魔法も使えるし、そもそもフィランは危険な事とかはしたくないんだろう?」
「そうなんだけどね……って、なんで兄さまが知ってるの?」
「……ラージュが言っていたから。」
「そっかぁ」
ふぅ~っと深い息をはいて、もう陛下のこと呼び捨てにしちゃった兄さまを見る。
「ラージュ陛下って何者なの?」
「空来種で、ルフォート・フォーマの皇帝。 それから彼だけしか持っていない、とんでもない規格外のスキルを多種持っている。 まぁ、特別だな。」
「じゃあ、私はなんでその特別様に、ここまで目を付けられているの?」
「……似てるから、じゃないかな。」
目を伏せて笑った兄さまは、さて、と顔を上げた。
「ラージュの件は置いておいて、ここまで聞いても、まだ、フィランは戦うすべが欲しいかい?」
兄さま、真剣な顔して聞いてきました。
う~ん、ここまで聞いて、確かに私には必要ないかもなぁって思ったけど。でも、いつか陛下の興味がなくなって、兄さまが私の護衛じゃなくなったら。一人でお店を切り盛りすることになったら……
やっぱり必要じゃない?
うん、必要だろう!
「率先して戦ったりするのはやりたくないとは思うけど、やっぱり素材集めとか、手に職を付ける? みたいな……すべはあった方がいいかなっとおもいます!」
「そうか~、ちゃんと忠告したんだけど……フィランは戦うすべが欲しいのか。」
仕方ないなって言いながらうんうん頷いた兄さまの笑顔。
あれ? いやな予感がする。
「あ、でも、兄さまが守ってく……」
「こんなに説明したうえで、それでも戦うすべが欲しいなら、フィラン、お昼からアカデミーの見学に行こう。」
言い終わる前に、兄さまが言いました。
言いました。
なんかきたー!
「え!? なんで!?」
どうしてそうなった!? 意味が解らない!?
どうやって行かなくていいように話をしよう! と考えてると、兄さまは私の手の中の空になったマグカップを手に取って立ち上がった。
「私も一緒に行くから、フィランは着替えをして……一時間後に出かけよう。 貴族層に行くならポーションの納品もしようかな。 そうだ、明日もお店は休みだから少し遅くなっても問題はないし、夕食は外食しよう。」
にこにこしながらマグカップを洗って片付けながら、兄さまはそれがいい、と、例の籠に午前中に用意していたポーションとか全部入れていく。
「いや、そうじゃなくて兄さま! わたし、戦うすべが欲しいとは言ったけど、アカデミーに行くなんて言ってないよう!」
必死の抵抗をしてみる。
が、よく考えなくても、かなうわけないんですよ、兄さまに。
「アカデミーでは、魔法の適性がある人間は魔法の実践授業があるから、フィランももちろん実践魔法の授業を受けられるよ。 生活魔法だけじゃなくてアケロスに習ってたような簡単な物から上級まで、本人に合わせたレベルで様々な魔法を授業として受けられるのは、身を守る術、戦う術としては最高じゃないかな? それにアカデミーには身分の高い家の子もいるから、基本的な護身術の授業が必須項目としてある。 基礎から応用、それに適正武器の鑑定までしっかりと指導してくれる。 ほら、フィランの願い通りだろう?」
そう言ってにっこり笑った兄さま。
うわぁぁぁぁぁぁ、ほらド正論きたぁ!
見事な返り討ちに遭いました!
そうですよね、そういえばそんなことも書いてありましたよ。それに師匠とロギイさんと兄さま、確か講師として行くって言ってましたもんね! 裏から手をまわしすぎ!
「さて、どうする?」
ううぅ……もう、これは、墓穴を掘ったうえで阿波踊り踊ったようなものですよね、私……。
「行きます……。 ついてきてください」
満足げに笑う兄さまを見て、私は自分のおバカ加減を呪ったのでした。