閑話8)薔薇の砦と後始末(軽度残酷描写あり)
残酷な表現? があるかも? しれませんので、苦手な方は今回はお控えください
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「もう! なんなのよ!」
女性は大きな声を張り上げた。
連れてこられた先は、高い塀、その塀の全体に隙間なく張り付いた太い棘が無数に飛び出した枝がのび、ところどころに美しい真っ赤な薔薇が咲いている。
が、女にはそんなことは関係なかった。
理不尽にこんなところに連行された、と思っているのだ。
「なんで私がこんなところに連れてこられなきゃいけないのよ!」
たわわな乳が半分はみ出したようなドレスは薄汚れてしまっているし、屈強な騎士たちに押さえつけられた腕や肩には内出血の痕ができている。
「それもこれも、あの小生意気なガキのせいよ! なんなのよ! 大人の恋愛を邪魔するなっていうのよ! まったく!」
「恋愛というより付きまといだな。」
背後から聞こえた、ぞっとする冷たい声に振り返ると、真っ黒なマントを頭からすっぽりとかぶったモノがそこにいる。
「貴方は児童虐待の現行犯、犯罪者ですよ。 何なら長期にわたる付きまとい行為も付け加えたいくらいです。」
「はぁ!? 私は何もしてないわよ! あの人に会いに行っていただけよ!」
「それは、買い物に行くのをついて回って、わざとらしく声を掛けたり、閉店後に押し掛ける行為の事ですか? 犯罪です。 それから児童虐待については見ていたものがたくさんいましたからね。 言い逃れはできません。 それに、今までのあの少女に対してわざとぶつかったり、転倒そうとしたり、店の物を壊したりしていますね。」
「そ、そんなの!」
してないわよ! と言いかけたところで、口が開かなくなった。
うぐ、うっぐう! と、うめき声をあげるが口は開かず、爪紅がはがれた手で口元を触ったりするが全く動かない。
「無駄口をたたくので、少し閉じさせていただきました。 さて犯罪者となったあなたの仕事ですが、本来、児童虐待であれば死ぬまで修道院に入れられるのですが……」
修道院、と言ったところで女は目を見開いて黒づくめの男につかみかかった。
「っ! んぐぅううっん~~~~っ!」
すんでのところですっと身をそらされたせいで、つかみかかった時のままの勢いで棘を持つ花の咲く壁へと激突
し、一瞬黙ったかと思ったら大きなうめき声をあげた。
壁にぶつかった右半分。 顔や腕、体や足に花の棘が深く突き刺さる。
「……愚かな女ですねぇ。 あぁ、その薔薇は僕のお気に入りでね。 棘にかえしが付いているんですよ。 だから力いっぱい引っ張ると……」
痛みに足掻いて壁から逃げる勢いで、深く刺さった棘に皮膚や肉片を残して引きちぎれる。
声にならないくぐもった叫びをあげて、女は地面に転がった。
「そんな風に、皮膚が裂けるんですよねぇ……。 まったく、人の話は聞かなければいけませんよ? 親からそう習いませんでしたか? そういう態度をとるから、修道院にも預けられないんですよ。 僕もいい迷惑です。」
そんな声も聞こえないのか、裂けた顔の、肩の皮膚を抑えて激しくうめき声をあげて転がる女の傍に近づくと、しゃがみこんだマントの男は髪の毛をわしづかみにして顔を上げる。
「あぁ、元々醜悪だとは思っていましたが、ずいぶん醜く……それではろくに仕事もできない。 仕方がないので直してあげますが、黙って仕事をすると誓いなさい。」
なおも大きくうめく女の髪を捩じ上げると、涙と血で汚れた女の目が開いた。
「従順に、犯罪者らしく、黙って仕事をするならその傷を治してやると言っているんですよ、どうしますか?」
髪をつかまれたまま、頷くように頭を動かした女に、よろしい、と言うと反対の手でポーションの瓶を開け、閉じられていた口が開けられるようにすると喚き声をあげる前にそのまま突っ込んだ。
声を出そうとしたところで喉の奥まで無理に瓶を突っ込まれ、そのまま流れ込んできたポーションを目を見開いて溺れないように慌てて飲んだ女の体の傷は、見る見るうちに治っていく。
それを確認して満足げに頷くと、男は女の髪を振り投げ捨てるように手を離した。
「手間のかかる。 手まで汚れてしまった。 しかしやっぱりあの子のポーションの出来は素晴らしい。 下級ポーションなのに一瞬だ。」
魔法で手を綺麗にしながら女の方を見ると、先ほどの傷はおろか、騎士によってつかまれた青あざすらなくなっていた。
ただし、むせて鼻から溢れたポーションと、先ほどまで流していた血と、涙と鼻水で顔は化粧も溶け落ちぐちゃぐちゃで、それがマントの主の機嫌を損ねたらしい。
「醜悪な。 そんな顔でよくあの子に暴力をふるおうとしたものだ。 さっさと立ちなさい。」
深くため息をつきながら傷の治った女に立つように告げるが、先ほどまでの痛みと恐怖からか、なかなか立たない(立てない)女にもう一つ、ため息をつく。
「立てと言っているんです。 それとも、もう一度壁と仲良くしますか? 僕としてはそれでも全くかまいませんが。 何なら正面から行きますか? その顔面や醜い贅肉がずたずたになるのは私も見てみたいですね。」
嬉しそうに言う男に、大粒の涙を流しながら首を振り、なんとかよろよろと立ち上がった女は睨むようにマントの男を見る。
「傷を治してもらったのなら、礼を言うのが人として当たり前でしょうに。 まぁいいでしょう。」
ぱちん、と、指を鳴らした。
「ひっ! い、いや!!」
ぶつけた右の首筋から勢いよく飛び出した木の枝が、そのほそい首に巻き付いた。
「いや、いや! とって、とって!」
手をかけると棘によって指先が傷つき、それによって半狂乱になった女。
「少し黙りなさい。 また口を縫い付けられたいですか?」
そう言われ、涙を流しながら首を振る女は、これを取ってほしいと哀願する。
「できない相談ですね。 それはここからあなたが逃げられないようにするための監視の薔薇です。 綺麗でしょう? あなたのように醜悪な輩からは、より美しい花が咲くようにと長年にわたり品種改良されたものですよ。 その薔薇の壁を許可なく潜った瞬間に、その薔薇の枝で首をくくることになりますから気を付けてくださいね。」
くすくすと笑うと、女は絶望的な顔をした。
「い、いや……許して、許してください。 もう、あんなことは二度と……」
「醜悪な顔で許しを乞うても遅いんですよ。 貴女は犯罪者なんです。 それでは今日から貴女が働く持ち場へと案内しますからついてきなさい。」
そう告げて、男はマントをひるがえし背を向けた。
一歩、足を出したとき。
後ろで肉がつぶれる音がした。
視線だけを自分の足元に動かすと、大量の血液と肉片に混ざって真紅の花びらが流れてきた。
はぁ~っと、深いため息をはく。
「まったく、誰が掃除すると思っているのだろうか……」
「私の可愛い作品たちかな?」
ばさり、と羽音がして、翼をもった黒衣の男が降り立つ。
「派手に散らかしたな。」
黒マントの男の後ろをにやにやしながら見て、とん、と杖を地面に軽くつける。
背後では何かを引きずる音や、すする音、固いものを砕く音が聞こえ始め、片付けが始まったことが分かった。
「相変わらず悪趣味だな。」
「おや、おほめにあずかり光栄だ。」
「褒めてない……。 仕事は終わった、帰る。」
ため息をついてゲートに向かおうとしたマントの男に、黒衣の鳥人は杖を向けた。
「スキル展開・火魔法『滅焼却』 水魔法『清浄』」
足元から巻き上がるように立ち上った火がマントの男にかかった血やにおいのついたマントが焼き消され、そこには黒い仮面をつけた赤髪の男が立っている。
「雑だ。 なにもマントまで焼く必要はないだろう。」
「衣類の洗浄は繊維の奥とか結構面倒くさいから、焼いて消すのが一番簡単なんだ。 おかげで綺麗になっただろう? せいぜい気を付けて帰れ。」
「あぁ」
ゲートの光に飲み込まれた男を、黒衣の鳥人は落ちた薔薇を小さく振りながら見送った。