1-060)美味しいものは世界(と私の心)を救う!
離れないようにね、と言われ、セディ兄さまとぎゅっと手を握ったままアケロス様所有の個人ゲートに入ると、そこから貴族層騎士団駐屯地のゲートへ転送された。
ついたところで、兄さまがゲート管理をしている騎士様と話をして、私たちの腕輪のチェック、それが終わったらゲートを動かしてくれたのですぐに二階層に帰ることができた。
ちなみに相乗りになることも多々あるので、ここは譲り合い精神が必要なんだけど、今回は貸切だった。
「兄さま、最初のゲートから直接、二階層ゲートに行くことは出来ないんですか?」
「出来ないね。」
手を握ったまま騎士団駐屯地を出てのんびり家に向かって歩き出したところで聞いてみると、セディ兄さまは断言してから教えてくれた。
「ゲートには魔方陣を使うのは知っているだろう?」
「うん。」
だってそこに乗っかることで目的のゲートまで飛ぶからね。
頷いた私に兄さまはそれじゃあ、と聞いてくる。
「その魔方陣を、よく見たことはあるかな?」
「そういわれればないなぁ。」
改めて聞かれると、ないことに気がついた。
毎回、綺麗だなぁとか、不思議だなぁとは思っていたけれど、まじまじ見たことはなかった。
「魔方陣自体の術式は全部一緒なんだ。 古代の魔方陣を改良して作られたものらしいんだけど、詳しくは……私は専門外でよく知らないから、興味があるならアケロスに聞くと熱心に教えてくれるよ。」
「……うん、大丈夫……」
すっごい長くなりそうなんだもん。一晩中でも話してそうじゃない?
首を振った私に笑いながら、兄さまはそれがいい、と笑って続ける。
「じゃあ転移門の魔方陣は世界共通なのに、なんでちゃんと目的地に着くのかなんだけど。その理由は魔法石を使うからなんだ。 大銅貨くらいの大きさの真ん丸な魔法石にまず刻印を入れる。 これは全て違う紋章を入れるんだけど、それを二つに割って目的の転移門に埋め込むことで、ゲートの回路をつないでいるらしい。 但し、防衛上の都合から、王都や国の重要拠点に位置する転移門は階層を飛び越えてはいけない、階層内にあっても順序を踏むこと、と決められているんだよ。」
「……ん?」
「ん?」
ちょっと意味わかんなかった。
「わからなかったかい?」
「うん。」
「そうだなぁ……。 アケロスとスールのゲートはお互いがお互いの部屋に魔方陣をつなげているんだけど、そのほかに王宮の皇帝私室の隣室や王の執務室、温室や三階層騎士団駐屯地と、三階層の王立施設総てにつながっている。 だけど、他の階層や、要塞の外には一部例外を除き出入りすることは出来ない。 他の階層に行くには、必ず三階層騎士団駐屯地を経由するんだ。 これは一階層、二階層も一緒で、三階層から一階層に行くことも、二階層から城門を超えた外ゲートへ出ることもできない。 外から侵入者を拒んだり、中から犯罪者を出さないためという意味でもあるね。」
ふむふむ、なるほど。
移動するときには腕輪のチェックも必ずされるし、犯罪や侵略防止って事か……。
鳥人さんたちは空飛んじゃうし、空大猫みたいな飛行騎獣なんか使って外壁を飛んで超えられない限りは確かに有効だね、なるほど。
でもこれって出入口が少ない分、侵略防衛や天災時に逃げ道が少ないのでは?
向こうでもニュースになったの見たことある。
狭い空間から逃げるときに出口が少なくて将棋崩しみたいになって被害者を出してしまう事故……そういうのになったりしないのかな?
それから、鳥人ならまだしも、一応、人間の王様とかなんかあった時どうやって逃亡するの?
「ねぇ兄さま。」
「何かわかりにくかったか?」
「そうじゃなくて、非常時に住人が避難するときや、もし何かあってが王宮から逃げるときって、このままの仕組みだとすごく困らない?」
というと、ははっと笑った兄さま。
しかも笑っただけで、答えはくれません。
なるほど、ここは大人の事情があるのか。じゃあそこは聞きませんよ、私、いい子!
「二階層での移動でしか使えないなら、ゲートが家にあってもあんまり意味ないですね。」
自宅から歩いて十分とかのところを、ゲート使ってわざわざ移送するのも、荷物が多いときはありがたいかもしれないけど、腕輪のチェックもあるからいちいち面倒くさい。
「だろう? 設置費用もかなり高額になるしね。 王都内では国営ゲートだけで事足りるんだ。」
そういえば、最初にお会いした羽ケンタウロスの騎士様は一階層に住んでるって言ってたな……今日はお会いできなかったなぁ……自分で断ったんだけど。
「騎士様たちも、王宮にお仕事に通うのにゲートを使っているの?」
「そうだよ。 一階層や二階層に居住する騎士たちは、居住区画でも優先的に駐屯地の近くに住めるんだ。 緊急招集の時に動きやすいからね。 私的にゲートを持っているのは王族くらいかな?」
「へ~、そうなんですね。」
その王族だけしか持てないゲートを分捕ったアケロス様、強い。
「兄さまも持ってたんですか?」
確か王宮に住んでたよね?
「いや、使いたいときはアケロスのところのを借りていたから。 そうだ、フィランがアカデミーに入ったら、アカデミーの専用ゲートが使えるようになるから、楽しみにしているといいよ。」
「アカデミー専用ゲート?」
「うん。 三階層騎士団駐屯地からアカデミー、アカデミーから王立図書館や専用購買部、博物館、宮廷魔術師や騎士団練習生のギルドなんかにつながってる、アカデミーに帰属するものしか使えないゲートだよ。」
「へぇ~すごいですね。」
「移送する時間も勉強に充てるためだよね。」
そうか、いろんな併設施設があるのは少し楽しみかも。 なんて思っていたらいつものマルシェに到着した。
「あら、いつも仲良しだけど、今日はお手々つないで仲良しさんだねぇ。 いい肉が入っているけど買って行くかい?」
お肉屋さんの獣人女将さんが声をかけてくれたところで、ずっと手をつないでいたことを思い出した。
「兄さまとお出かけの帰りなんで、疲れたから引っ張ってもらってたんです。」
えへへと笑うと、おばさんはそうかそうか、と笑って頭を撫でてくれる。
その様子を見ながら、兄さまは今日並んだ品物を見て指さした。
「そしたらそこの山岳大猪の塩漬けの肉と、隣のソーセージをください。」
「はいよっ。 まぁ、兄妹で仲いいことはいいことだよ、うちの子らは喧嘩ばっかりさ! これくらいでいいかい?」
でっかい包丁で指し示し、兄さまが頷くと、ばんっ! と派手な音を立ててお肉を切ってくれる。
ここのソーセージ美味しい~と思ってみていると……その奥に見慣れた肉の塊が! 目に入りました! あれは塩漬けじゃないよ! 日本で見たことのある、あのバラ肉がいい感じで燻されて油が少し抜けた色合いをしている肉の塊!
「おばちゃん、そっちのお肉は何ですか!」
その肉塊を指さすと、あぁ、と言う顔をして手に持って見せてくれる。
「これかい? これは試作品のベーコンだよ。」
ベーコン! やっぱり!
「それください! 塩漬けのお肉とおんなじくらい!」
「フィラン?」
びっくりした顔をしている兄さま。
「兄さま、あれは美味しいやつです。絶対に美味しいやつです。焼いて食べたら間違いなく美味しいです!」
ベーコンエッグが食べたい!
この後で絶対にコカトリスかバジリスクの卵買って帰らねばならん! ベーコンエッグが食べられる日が来るとか!
「試作品だけどいいのかい?」
「ぜひ! 何なら試作品を作った人とお話したいくらいです!」
絶対に空来種だと思うもんね!
「それが人見知りな人でねぇ……食べ物の研究をするから声をかけるなって、作業小屋から出てこないんだよ。 そこであれやこれやいろいろ作ってるんだけど、これがびっくりするくらい美味しくて納得出来た物から売ることにしたんだよ。 ソーセージもその子が作ったんだ。」
でしょうね! 今は何作ってらっしゃるのかなー! ひとまずソーセージとベーコンの恩恵に対してのお布施払わせていただきたいなぁ! そして出来ることなら生ハムとハムも作ってほしい! 鳥ハムも!
「例えばどんなものを作られているんですか?」
ワクワクしながら聞くと、獣人のおかみさんは切ったものを薄く削いだ木の皮で丁寧に包みながらそれがねぇ、と、困った顔で教えてくれる。
「今回はなんだかおかしいんだよ。 先月、一緒に国境に近い山間の村まで行ったんだけど、ニューギューだ! って叫んで、何頭か捕獲してねぇ。 連れて帰ってきたんだけど、肉を食べる訳じゃなくて乳を搾ったかと思ったら、飲むんじゃなくて温めながら何かの果汁を入れたり混ぜたりしているんよ。」
「乳を温める、ですか?」
「えぇ。 なんでもコクのある何かができるはずとか言っていたわね。」
いぶかしげに聞いた兄さまに、研究熱心なのはいいけど、ちょっと困った子なのよねぇと笑っているおかみさんですが、私それ知ってます!
チーズ!
異世界でチーズが食べられる日が来ますよ! ハムチーズサンドイッチ!
「おかみさん!」
「はい!」
お肉を受け取りながら真剣に伝える。
「それの試作品が出来たら本当に食べたいのでぜひ売ってください! そしてその作ってくれてる方にものすごい応援しているので頑張ってくださいと伝えてもらって、それからその方の好物を差し入れしたいです!」
「え? あぁ、ありがとう、好き物は……ピレーネ酒かね?」
ピレーネ酒と言えば赤ワインっぽいやつだ! 兄さまが私は子供だからって、お鍋で酒精とばして、ハーブとはちみつで味を調えてくれた奴!
ということは酒飲みで、おつまみを作っている可能性が出てきましたよ!
ギルドのお兄さんたちの教えに従って必要以上には近づかないけど、商品をいっぱい買って、美味しいと伝えて応援する! そしてどんどん開発を進めてもらいたい!
「おばちゃん、素敵な商品をありがとうございます!」
「あ、うん、こちらこそぉ!」
私の勢いにちょっと戸惑っているおかみさんに手を振って店を離れると、そのやり取りを見ていた兄さまがこそっと聞いてきた。
「フィラン、もしかして……」
兄さまも気づいたみたい。
「はい、たぶん私と一緒です。 兄さま、もしかしたら近いうちにチーズが食べられるかもしれませんよ。 そしたら美味しいお菓子も、サンドイッチも作れるんですよ、楽しみ。」
「ちーず?」
キョトンとしている兄さまに、チーズのおいしさについて語ってみる。
「乳を加工して固めた物なんですけど、凄くコクがあって美味しくて、私、大好きなんですよ。 試作品が買えたら一緒に食べましょうね。 たのしみだなぁ!」
兄さまとつないだ手をぶんぶん降りながら家に向かう私に兄さまは笑った。
「元気になってよかった。 やっぱりフィランは食い意地が勝つんだな。」
そういえば私、さっきまで落ち込んでいたんでしたっけね? ベーコンとチーズの衝撃にすっかり忘れてました。
「美味しいものは世界を救うんです!」
にこって笑っていえば、キョトンとした顔をして、それから優しい笑顔になる。
「世界を救うかはちょっとわからないけれど、少なくともフィランと私の気持ちは救ってくれたね。」
「はい!」
にこっと笑いあってから、私たちは家に足を速めたのでした。
ちなみに、今日の晩御飯はカリカリベーコンとスクランブルエッグのオープンサンドでした!
とっても美味しかったです!