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1-059)心の距離と魂の距離

 しばらくして声だけは戻ってきたところで、つい口から滑り出た。


「知識の泉、検索。 スローライフってなんだったっけ?」


 ――検索結果はありません。 適切な言葉でお願いいたします。


 ですよねぇ……。


 がっかりしながら、まだ重くて動きにくい体を持て余す。


 いや、聞いてみたんですよ、スローライフって何だっけ?って……


 何だったっけなぁ……スローライフって……


 はっ! もしかして神様、スローライフっていう言葉すら知らないんじゃ?


 だからこんな、波乱万丈な、どえらい人生を送る羽目になっているのでは!?


 そうかそうか、そうに違いない。


「フィランは良く、スローライフっていうけれど、それはどんなものだい?」


 ほら、セディ兄さまにも聞かれちゃったじゃん。


「……ゆっくりのんびりした丁寧な生活、ですかね……人によって違うところもあるとは思いますが……大まかにはそんなイメージだと。」


「例えば?」


 あれ? 掘り下げちゃうの?


「そうですね。 お日様が昇ったら一緒に起きて、お庭や畑の手入れをしながら、その日採れたものや、その時期に美味しいものを食べて、身の丈に合ったお仕事をして、衣食住生活に必要な物に困らないくらい、出来ればたまにごちそうやご褒美に、いつもは買わないようなお高いお菓子を買えるだけのお金があって、お仕事が終わったらあったかいお風呂に入って、美味しいご飯を食べて、あったかい寝床で寝る生活、ですかねぇ……」


「一部例外を除けば、今現在、スローライフを送れているね。」


 その例外が例外すぎるんですけどね。


「してるのかぁ……」


 わたし、遠い目になっちゃった。


「あ、いや、ご飯のところかな? フィランが思っていた美味しいご飯とかけ離れているかな?」


「いえ! そこは全然! 兄さまのご飯美味しい!」


 少し気落ちしちゃった兄さまの声に、寝てられるかい! と 奮起し力強く起き上がって握りこぶしを握った私。


「そ、それはよかった……。」


 私の勢いにびっくりして椅子から落ちそうになっているセディ兄さま、珍しいもの見ちゃった。


「それから、魔力がちゃんと体にいきわたったみたいだね。体も動いくようになって良かった。」


「あ、ほんとだ、動いてる。」


 両手をぐっぱぐっぱと握って開いてしてみるが、特におかしなところもないし、指先まであったかい。


「よかったぁ~。」


 ほっとして、ようやく深呼吸ができた気がした。


「さて、じゃあいつまでも王宮にいたくないだろうから帰ろうか。 私が出ている間に着替えてしまいなさい。 そこから3階層の騎士団駐屯地まではここのゲートを使わせてもらおう。」


「王宮のゲートを使ってもいいの?」


「私は王宮騎士団の所属だから使えるんだが、今回は王宮のゲートは使わないよ。 あそこまで戻りたくないだろう?」


 あそこ、とは王宮の皇帝夫妻がいる中央王宮なんだけど……いや、行きたくないわけじゃないんだけど、私が行くのも申し訳ない気がする……なぁって思う。


「大丈夫だよ。 アケロスの個人所有のゲートを貸してもらうから。」


「個人所有……?」


 ゲートって個人所有できるんか。 そしたらうちにもほしいなぁ。 って思ってたら、思っていることが分かったのか、どっからかいつもの万物収納籠を取り出し、さらにそこから私の服を取り出してくれた。


「フィラン、申し訳ないけれどアケロスが特別なだけだから、うちにはゲートは置けないよ。 アケロスともう一人、宰相補佐をしている奴は褒章として皇帝から分捕……下賜わったんだよ。」


「兄さま、今、分捕ったっていった。」


 服を差し出してくれる兄さまに、服を受け取らないで聞いてみると、忘れてほしいとばかりのばつの悪そうな顔をした。


「……忘れなさい。」


「その喋り方のほうが素ですか?」


 差し出された服を、まだ受け取らないで首をかしげて聞いてみる。


「フィラン、忘れて。」


 少し耳元が赤いぞ。 よし、あと一押し!


「かっこいいですよ。」


 兄さまは片手で服を抱えたまま、フリーになった手で目元を抑えてため息つく。


「……もともと小さな集落にいたからね。 でも、百年も繕った喋り方をしていると、こう、気を抜かない限りは出ないんだけど。」


「じゃあ、わたしといるときも、もう気負ったりしてないってことですね。」


 よっしゃ! と心の中でガッツポーズをとりながら服を受け取った私に、空いた手で少し乱暴にぐしゃぐしゃっと私の頭をなでてから、珍しくクシャっとした顔で笑った。


「役目とか忘れてしまうくらい家族だから、仕方ない。」


 めっずらしい! そんなお顔、レア!


 心の写真立てに、今の兄さまの顔を本当に渾身の私の力で念写しながら、へらっと笑う。


「最初は護衛と監視だけのはずだったのに、その対象はいろんなものを巻き込んで、いろんなことをしてくれるからね。 想像が追いつかな過ぎて楽しく暮らしている。」


「えへへ、嬉しいです。」


 受け取った服をぎゅう~っと抱きしめながら言うと、でもね、と真っ青な顔をする兄さま。


「突然コルトサニア商会のオーナーを連れてきたときや、その後の家出、それから今日の事はいろいろな状況に慣れている私でも本当に肝が冷えたから、もうやらないでほしい。 心の距離が縮む前に、寿命が縮むと思ったからね。 アースドラゴン十体に単独行動中に囲まれたときや、別の仕事で厄介なことになった時でも、ここまでの緊張感はなかったな……。」


「ぜ、善処します……。」


 最後の一個は私のせいじゃないと思いますが、前の二つについては完全に私のせいなので、めちゃくちゃ反省してます。


「さて、では私は外に出ているから着替えたら出ておいで。」


「兄さまはその恰好で帰るの?」


 はたっと自分の姿を見返して、手に頭をやった。


「上を脱げば……いいんじゃないかな……」


 そういう問題だろうか?


 勲章とか刺繍一杯のジャケット(で合ってる? こっちの服の正式名称とか仕組みわからないよ?)がなくなっても、下のパンツも案外と刺繍が入っていたりして、見る人が見れば高価だってわかるんですけど。


 いいのか? いや、よくないだろ。 どうせ帰り道にマルシェによるでしょ?


「兄さまもちゃんと着替えてください、お部屋で待ってますから。」


「わかった。」






 兄さまが出て行った後、もぞもぞとドレスを脱いで……脱いで!?


「脱げない!」


 そういえばさっきは着せていただいたんでした―!


 このお洋服の作りはどうなっているんでしょうか? なんでこんなに難しいつくりをしているんですか?


「あれ? このひもは? あ、飾り? じゃあこっち……も飾り? え? ファスナーは? ボタンは? どうなってんの!?」


 ほどいてもほどいても、全然関係ないところが締まったり、抜け落ちたりするだけで全く脱げる気配がない。


 鏡もないので背中を見ることもできなくて、どうしたらいいか途方に暮れる。


「兄さまが帰ってきたら恥を忍んで脱がせてもらうしか……」


 まさか兄さまに肌をさらすことになるとは……恥死する……と、頭を抱えると、その頭上から声が聞こえた。


『もう! フィランは本当におバカさんなんだから!』


 その声に、体が強張ってしまったのは、わざとじゃない。


『ほら、手伝ってあげますから、早く着替えなさいな。』


 しゅるしゅるっと、背中のリボンやレースがほどけていきドレスが緩み、首元や耳も軽くなったのに気が付いて顔を上げた。


「アルムヘイム……」


『もう、本当に手のかかる子ね。』


「ありがとぉ」


 さっきは本当に怖かったのに、今はいつもの縦巻きみたいな髪に、ツンデレ笑顔、体の大きさもいつも通りに戻っているアルムヘイムの顔に力が抜けた。


 いや、怖さがなくなったわけじゃない。


 今まではもう、かなり、なぁなぁというか、家族というか、友達というか、そんな感じで意識したことがなかった『人と精霊との差異』や『人ならざる者と共にあること』の怖さを、叩き込まれた感じだった。


 向こうにこんなに傍にいて意思疎通もできて、というモノはいなかったから、距離感が全く分かっていなかったのは自分で、扱いを間違っていたのも自分だと今ならわかる。


「アルムヘイム……。 あのね?」


『あんなに怖がらせてしまったから、少し出てこないつもりでしたのに、貴方って子は本当に手のかかる子ですのね……いえ、あの花樹人が細かいところに気が付けばわたくしも出てこなくて済んだのに……まったくもうっ!』


 精霊にまで気を使われているようです。や、知ってたけど。


「ごめんね。」


『いいのよ、フィランはなんにも悪くないのだから。』


 いや、もう、本当、過保護が過ぎますよ? 私アラフォー(四捨五入はしない方向で)ですからね? 中身!


 今言ってもしょうがないので、緩んだドレスや補正用? の下着類をアルムヘイムの指示に従いながらなんとか脱いで、装飾品も全部外せたところで、いつもの着慣れた頭からすぽーん! とかぶるだけのワンピースを着たところで気が抜けた。


「は~、つかれたぁ!」


 膝から力が抜けて、毛足の長い敷物の上に座り込む。


 こっちの貴族様、頭おかしい。 こんな窮屈で難しい服着てずっと生活する意味がわからない。


「アカデミーの制服がこんなのじゃないことを心から祈る……。」


『はいはい、愚痴は家に帰ってからにしましょうね? 早くブーツをはいて、籠に全部入れてしまいなさいな。 そろそろお迎えが来る頃よ?』


 コンコン、と、アルムヘイムの言葉が終わったところで扉を叩く音がした。


「フィラン、用意はできたかな?」


 私とアルムヘイムは顔を見合わせて笑って、とりあえず散らかしている全部を籠に突っ込むと、彼女が腕輪に帰ったのを見送って、私は扉を開けて、いつもの格好になっている兄さまに飛びついた。


「兄さま、早く帰りましょう!」


「そうだね、晩御飯を考えながら帰ろう。」


 私を慌てて抱き留めてくれたセディ兄さまは頭をなでてそう言ってくれた。

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