1-004)王様はどうやらお仲間のようです。
手に持った取り皿の上に、目の前に並ぶお菓子をもう二巡目、さっき気に入ったお菓子は一つじゃなくて三つ乗せてた私は、椅子に座って当たり前のようにフォークを手に持ったとき、はて、と思う。
食器とかカトラリーって、神様管轄の全世界共通なのかと。
目の前にあるティーセットにフォークは作りが繊細で素晴らしい物だが、どう見ても元の世界の高級食器に類似しているのだ。
一度、憧れて都内の素敵食器店本店に買いに行ったはいいけれど、その金額が私の一週間分の食費よりお高いと気が付いた時には、ちょっと涙出そうになったことがあった。 あの時触らせてもらったティーセットは、いま手に持っているもののように薄く向こうが透けてしまうようで、その装飾も美しい陶磁器だった。
「……王様?」
「なんだ?」
目の前で優雅にお茶を嗜む王様。
悩むよりも聞いてみよう、その方が早い。
「こういうティーセットやカトラリーを持ち込んだのは……お仲間ですか?」
「あぁ、そうだ。 確か80年は前だったか、初めて会ったときに自分はお茶クラスターだ! と言った女性が、当時の食器を許せないから私は工房を立ち上げたい、力を貸せ! と言ってな。 今では王室御用達だ。」
「……随分たくましい女性ですね。」
異世界転生してすぐに工房立ち上げるとかすごいパワーだ。
しかしこの芸術作品のような食器は神様世界共通じゃなくて、転生者の文化の持ち込みなのか。
じゃあ私が記憶の中の文化の持ち込みしても怒られないってことだな、よし、ひとつ賢くなった。
気を取り直してフォークを構えなおす。
ふわふわスポンジを小さくカットしたものにたっぷりの甘酸っぱいクリームがぽてっと飾られ、その上に小さな果物が載せられたミニケーキにフォークを刺しながら、目の前で優雅にカップを傾ける王様に聞く。
「王様は……。」
「王様って呼ぶな、ラージュでいい。」
いや、ダメだろ、仮にも王様を呼び捨てとか。
「とんでもありません、王様ですよね? そんな呼び方をして不敬罪で殺されたら嫌です。」
「じゃあラージュ陛下とでも呼んでおけ。 それなら不敬にはならないだろう。 あと敬語は不要だ、というか使うな、嫌いなんだ。 ……お前は子供のくせに随分とわきまえているもんだな。」
「敬語なしは厳しいですよ! あとわきまえているってなんですか?」
いやいや、王族相手に敬語禁止ってハードル高くないか? と困る私を『わかりやすすぎだ』と笑いながら、ラージュ陛下は話をしてくれた。
「お前のような転生者は年に何人かいる。 その全員が空から落ちてくるから空来種と呼ばれている。」
空来種――空からやって来た、異分子の種。 という意味だろうか。
随分的確な言葉だなぁと、ケーキを口に運びながら考えていたら、ラージュ殿下が自分のカップにお茶を注いだついでに、私のカップにもお茶を注いでくれたりするものだから、慌ててそれは分不応なのでやめてくださいと訴えるが、なにこれくらいはいいさ、と彼は笑った。
んん~……陛下、超イケメン! しかもスパダリかっ!
素敵なしぐさに見とれていると、ふっと笑って彼は口を開いた。
「俺が王位についてからやってきた空来種全員にこうして確認した結果、転生者は全員、巨大な水晶の柱からやってくる。 そこで次の世界で自分にかかわる事を願ってから来るんだが……。 お前は神に何を願った?」
「へ? えっと……結構いろいろお願いしましたよ?」
そんなことをここで聞かれると思わなかった。
結構いろいろお願いしたけど、どうだったっけなぁ、と思い出す。
「あぁ、人生イージーモードをお願いしました。」
「イージーモード? 例えばなんだ?」
「衛生的な便利な街で、病気なく健康で、手に職付けて働いて、衣食住に困らなくて、たまに美味しい贅沢ができる穏やかな暮らしを希望しました。 それから知識があれば生きるのに困らないので世界の一般知識検索機能と観賞用のイケメンを! 自分が逆ハーとか、傾国美女とか、あとお姫様っていうのは絶対に嫌ですが、イケメンを見るだけなら幸せだからそうお願いしました! それはもう叶いましたね、天使様もケンタウロスも、もちろん陛下もめちゃくちゃかっこいいですから。」
観賞用イケメン最高! は~幸せ!
イケメンは世界を救わなくても、私の心は救うんですよ!
とまあ、そこまでノンブレスでまくし立て、神様ありがとう~っと片手で拝みつつお菓子を食べる私に、ラージュ陛下は盛大に噴出した。
え? 吹き出すところ?
あんまりな笑い方に、ちょっとイラっとする。
「いや、笑い事じゃないですよ、聞いといて笑うってひどくないですか?」
「いや、すまん。 あんまりにも平和な願いでつい。」
お腹を抱えてとことん笑い、涙を手の甲でこすったラージ陛下はトントン、と自分の右のこめかみを人差し指でたたいた。
「たぶん、そういうところだ。」
「へ?」
にやにやしながらラージュ陛下は私を見た。
「14歳、雌、人間種。 名前は未決定。 年の割に随分と聡いとは思ったが、なるほど、器の成熟度をステータスに配分したのか。」
ふむ、と、顎をしゃくる。
「与えられた職業は錬金薬師。 なるほど、いい仕事をすれば手堅く食えて地位も名誉も金も手に入る実に堅実な仕事だ。 固有スキルは前世の知識と技術の保持、それから調薬・錬金成功率100%と作成したものは効果200%付与、よく効く薬が作れるな。 特別スキルは知識の泉とステータス異常無効と、それから……」
にやにやしていた表情が一瞬変わったが、すぐに元に戻る。
「ステータス上、お前の錬金薬師としてのスキル配分は完璧だな。 状態異常無効化で新薬開発もし放題だ。」
確かにそれは、水晶で確認した私のスキルだけれども聞いたことがないものもついてません?
「え? なんで?」
神様にもらった、他人も、何なら自分も知らなかった個人情報的な内容がぺらぺらと語られたものだから、私はもう、びっくりする。
「王様って、そんなことまでわかるんですか?」
「そんな王様いてたまるか。 俺も転生者だといっただろう?」
にやり、とまた笑う。 そうか、私と一緒ってことは……。
「神様のお願い!」
「あぁ。 俺が願った内の一つ『万物の鑑定』だ。 対象の価値から、すべてのステータスや付与スキル、過去現在に至る経歴情報まで未来予知以外はすべて鑑定できる。 それを使った。」
「うわ~! チートですね! 何そのスキル、うらやましい!」
「お前も十分チートだ。 しかし無駄のない、的確で安定したスキル配分だ。 そうだな、賢いお前に少し話をしてやろう。」
椅子の背に体を預けて腕を組んだラージュ陛下は言う。
「あっちから来た奴は、強欲者が多い。 自分にだけ都合のいい、苦労せず万能・完璧・完全を狙うスキルを、配分やバランスを考えずに身に余るほど付与されて降りてくる。 転生者の自分は特別な存在、現人神だなんて驕って降りてくる奴も多いな。 で、出会い頭に俺に王を変われと迫って攻撃を仕掛けてきたり、世界一の魔法力を祈ったせいで、生まれたての体がそれに耐えきれずに自滅したり、ハーレム作りたいとか、勇者や魔王になって世界を統べたいとか。 そんなやつが本当に、多かったんだ。」
「へぇ~皆さん欲張りなんですね。 私もだけど。」
ハーレムとかキモイと言いそうになったお口をおいしいお菓子でチャックするが、やっぱり顔に出ていたんだろう、言いたいことが分かったようで、まったくだ、と彼は笑った。
陛下は笑い上戸なんですか? と首を傾げた私に、いや悪い、とまだ笑う。
「そんなやつらに比べたら、お前のわがままなんか可愛いもんだ。 人を巻き込まない配慮もある。」
嘆息し、それから真剣な顔になる。
「まぁ真面目な話、俺は王として多くの転生者を見てきたが、お前みたいなやつのほうがこの世界で順応している。 のんきな願いをしてきたやつらは望んでもないのに成功をおさめ、さんざん欲張ったやつらの末路は大概に悲惨なもんだった。 これはあくまでも俺の予想に過ぎないが、望んだ欲が箱庭よりでかすぎて、何かしらの補正で消されたんだろう。」
「箱庭? 補正?」
わからん、とお菓子をほおばりながら首を傾げた私にラージュ陛下は困ったように眉尻を下げた。
「子供の頃の人形遊びと同じで、神が暇つぶしに作ったこの箱庭に転生させられた俺たちはお人形で、この世界が箱庭。 箱庭に入りきらない異分子は切り捨てられる……俺は、俺を含めてそういうものだと思っている。」
「なるほど。 しかし神様は自分の箱庭に収まりきらないと解っていて連れてきてるってことですか?」
「選んだ時にはわからなかったが望みを聞いたら馬鹿だった、それでも約束したことだからとそのまま落としたらやっぱり消えた、ということかな。」
それは勝手に選んでおいて、聞いたら思ったより強欲だったぞ? めんどくさいから落とすけどさっさと消えちゃえ! ってこと? それはちょっと無責任なのでは? 誰とは言わないけれども……口にもしないけど。
むっとしたまま食べていたのがわかったのだろう。
「まぁ、俺もお前も神様のおもちゃってことだな。」
とラージュ陛下が言った。
「陛下は王様なのに?」
「王と神なら、どう考えても神のほうが立場は上だ。」
あきれたように笑う。
「言っておくが王なんていいものじゃない。 与えられるものより与えるものの方が多く、行動も発言も一挙手一投足すべてに責任が伴う。 そもそも俺だってなりたくてなったわけじゃない……まぁこんな発言はここだけだ、城の奴らに聞かれたら泣かれる。」
「泣かれるんですか?」
「一度本気で言ったら全員に泣かれたな。」
「実践済みぃ……。」
「若気の至りだ。 俺は王になりたいと思って転生したわけじゃない。 俺の最初の望みは、鑑定と農耕のスキル、それから大切なものを守るために必要なスキルしか持っていない。 ただ穏やかに暮らしたかったし、最初はそんな生活だったよ。 落ちた先で仲間もできて楽しく暮らしていたんだが、裕福な村には侵略者が来る。 それを防衛していただけなんだが、侵略組織がなぜかどんどん大きくなっていってなぁ。」
ん? 農耕スキルから始まったのに話の流れが変わった?
「最初はゴブリン共の群れや、盗賊団、近くの集落だった。 まぁこっちはやられたからやり返せ、やられる前にやり返せのノリだったんだが、ある日結構大きめの軍隊が攻めてきてな。 俺たちが開墾した豊かな農地を奪いたかったんだろうが、もう何度もそんなことに巻き込まれていたらだんだん頭に来てな。 血の気の多い仲間とちょっと本気を出したんだ。 その結果が……」
これはかなり雲行き怪しい……
ははっと笑う。
「このありさまだ」
当たりました―! なにその軽いノリ!
「陛下がもともとあった王国ぶっ潰して、新たに建国した感じですか?」
「元あったものを有効活用しただけだし、そもそもやったのは俺の仲間で、俺はそいつらを後方から完全に守ってやっただけだぞ? なのに俺に押し付けやがって。」
「いや、仲間のせいにしないでください。 自業自得ですよ。」
「俺は勇者や国王や巨万の富を欲しがったわけじゃないぞ?」
「そりゃそうですけど……」
それでも、一集落をここまで大きくしたのはやはり彼(と、そのスキル、それから血の気の多い愉快な仲間たち)がすごいのだと思う。
「まぁつまりそういうことだ。 多くを求めれば世界からはじかれる。 小から始めれば気が付いたら一国の王にだってなれることもある。」
「いや、ないと思います。」
「そうなっちまった馬鹿が、目の前にいるだろ?」
お前も気を付けろよ、なんて、にやりと笑って彼はウインクする。
「今の説明からわかったと思うがお前はこの世界に向いてるよ。 俺が保証してやる。 だからお前の望むままに、暮らしてみるといい。」
長く大きな手が、ぽすん、と私の頭に乗っかった。
「お前が心から落ちつける居場所が早く見つかるといいな。 そして願わくば、その居場所がこの国の中に見つかることを俺は祈っているよ。」
陛下、言ってることとやってきたことは滅茶苦茶だけど、最後の頭なでなでは素敵すぎます。
バクバクする心臓を精神力で抑えながら、私は真っ赤になった顔を隠すために頭に乗っかっている陛下の手を外すと、取り皿に残ったおやつをただ必死に口の中に突っ込んだ。




