1-058)突然の決着と、幼馴染の残務処理
さようなら、私の胴体……いや、頭?
心ってどこにあるんでしょうね、脳みそかな? 心臓かな?
この世界に来て、まだちょっとしかたってないのにっていうか、一か月たってないのに、もう死んじゃうのか~……神様、もう一回転生させてくれないかな~。
今度はぜひ、本当に穏やかなスローライフ、を、ぜひ……。
なんて走馬灯チックなものを見ているのは、この状況下では流石に意識をすっ飛ばしそうです。享年14歳になりそうな、可哀そうなフィランちゃんです。
もうなんだかよくわからんけど、意識を失っている間にチョンパってください、痛くないようにお願いします……。
「フィランっ!」
あ、兄さまの声だ~……この状況下で癒される~。
兄さま、お願い、毎日おいしいお菓子をお供えして……ぐぇ。
お腹と胸のところに圧を感じて、飲んだばかりの砂の味になってたお茶を吐き出しそうになりながら、違う意味で意識を飛ばしそうになっていた私。
「この程度の事で意識を飛ばすとは、お前は案外繊細にできていたのだな。」
床と仲良しする前に何かに抱えられたようです。ありがとう何か……なにか?
ん? 今私はどんな状況ですか?
恐る恐る目を開けると、目の前にはガラスの天井から入り込む光で、ぎらっぎらに輝く黄金のライオン!
「ふぉ!」
皇帝陛下―! 今日はでっかい方の皇帝陛下―!
一気に目が覚めた―! 意識も戻った―!
「こ、こうて……え?」
お姫様抱っこされている今の状況も把握しました! わぉ、憧れのお姫様抱っこ! って、言ってる場合か―い!
皇帝陛下直々に断罪しに来ましたね!?
一難去ってまた一難!
ぐっばい、私の頭か体っ!
「陛下。 ご機嫌うるわしゅう。 今日のお茶会へは陛下をお呼びしておりませんが、なぜこちらへ?」
「なぜこちらへではないわ。馬鹿をするのも大概にしろ。幽閉するぞ、皇妃。」
それから! と、膨れ上がっている精霊に視線をやる。
「この度は我が皇妃が大変に失礼した。 が、我はここで********として神の名を行使する。 一度退いていただこうか。」
『ただの戯れにしても、その馬鹿な人間はわれら2精霊の怒りを買ったのだ。 お前がいくら神の名を行使しようとも、次は許さぬぞ。 日と月の恵みから外されると覚悟せよ、ラージュ。』
いったい誰の声なのか。アルムヘイムでもヴィゾウニルの声でもない声に、ラージュ陛下は私を抱きかかえたまま片膝をついて頭を下げた。
「もちろん、このようなことは決して。」
そう言うと、アルムヘイムとヴィゾウニルは私にキスをして、鋭い視線を皇妃様にぶん投げながら腕輪に帰っていった。
「大丈夫か? フィラン」
「ふ……ふぇい……」
「あぁ、すまん、大丈夫じゃないな。 悪かった、許せ。」
まだ膝をついた体勢で私を抱きかかえていたラージュ陛下は、今のままじゃ私が立てないことに気が付いたのだろう。頭をなでてくれて私にも軽く頭を下げてくれた。
怖い、マジ怖い。あの声も、あの視線も!
っていうか、精霊の大暴走怖い!
「陛下。」
「イトラ、本日は登城ご苦労だった。 今日は帰ってもよい、というか当分報告のための登城も必要ない。 フィランのケアをしてやってくれ。 さすがに怖かっただろうからな……。」
そばに寄ってきた兄さまの腕に私を渡すと、立ち上がった殿下は大きくため息をつく。
「さて、皇妃。」
椅子に座ったまま、表情も変えないまま。
先ほどまでと同じように、そのままそこに座っていた皇妃様は立ち上がると深く深く頭を下げた。
「フィラン嬢へお詫びを。 私の軽口で恐ろしい目に合わせてしまいました。」
「うむ。」
「それから陛下へもお詫びを。 非公式のお茶会の場の出来事とはいえ、この国への、日と月の精霊の加護をわたくしの軽率な行動で一瞬なりと失うこととなりました。 何なりと罰に処してくださいませ。」
ため息ひとつ。
くるっと皇帝陛下はこちらを向くと、
「フィラン、あれは大変に私と国に尽くしてくれた、私には過ぎた良き皇妃でな……申し訳ないが、あれがいなければ私も困る。 全面的に接見禁止と言うわけにはいかないから、皇妃単独でのフィラン嬢との接触は絶対にしないという制約を付けることで許してはくれないか?」
それに……と、陛下は目を伏せる。
「日と月の精霊にすでに制裁を受けたようだ……。」
「フィラン。」
兄さまも私をみて目を伏せたので、うんうん、とうなづいておく。
怖かったけど! いや、皇妃様には意味わからないことたくさん言われて、いや~、浮世離れした人だなとは思ったけど、あの言葉が本気じゃないってわかってたし……ブチ切れたのはうちの精霊が先ですからね。
よかった、不敬罪って処刑されなくてよかった、くらいにしか思ってないのでいいです~。
って言おうとしたけど、まったく口から言葉がでません。
なんなら体も動きません~。
一生懸命目で訴えてみます、兄さま気が付いて―!
「それでいいようです。」
「感謝する。 馬車を用意させるので待っていてくれ。」
「いえ、このまま連れて帰りますので、それは辞退させていただきます。」
さすが兄さま、グッジョブです!
そのまま立ち上がって一つ礼をした兄さまは、私を横抱きにしたまま、庭園を出ようとして踵を返した。
う~ん、このままおうちまで帰るんですね、恥ずかしいなぁ……。
街中でこんなイケメン騎士様にお姫様抱っこで歩かれるのは!
注目の!
的!
「セディ、フィランちゃん」
ふと、声に兄さまが立ち止まった。
振り返ってあげて、振り返って―!
アイコンタクトをめっちゃ飛ばすと、無表情だった兄さまが小さく息を吐いて振り返ってくれた。
「本当に、ごめんなさいね。」
ラージュ陛下と皇妃様が頭を下げていた。
「……そんな荒れた魔力でここに近づかないでくれないか? 研究の邪魔なんだが。」
「すまない、ここしか思い浮かばなくて。」
兄さまにお姫様抱っこされたまま連れてこられたのは、王宮の土地だけど、王様たちの居城とかからは一番離れたところにあるらしい大きな塔の中で、そこにいらっしゃったのは思いのほか嫌な顔をされている……。
「おや、私の愛弟子を何でお前が抱きかかえているんです?」
「皇妃殿下のお茶会に呼ばれた帰りだからだよ。」
「わかりませんねぇ……」
真っ黒に、白と青の糸の刺繍の入ったローブを着て、窓際で広げていた本を閉じてため息をついたアケロス様は、小さく首を振る。
「なんで皇妃のお茶会であんなに魔力を使うことがあるんですか?」
そっと、私のおでこを触って首をかしげるアケロス様。
「魔力の使われすぎですね。とりあえず私の弟子をそこのソファに横にして、お前はお茶を入れなさい。」
「……はいはい。」
私をソファに寝かせ、置いてあったクッションを枕にしてくれて、そのうえどっからか取り出した布を私にかけてくれた後、部屋の隅に用意されていたティセットを使いだすセディ兄さまですが、なんでいつでもどこでもお茶を淹れさせられてるんですかね。
「さて、フィラン嬢はこちらをまず飲みましょう。 支えてあげますから、飲むだけでいいですよ。」
ピクリとも体が動かせないので、起こしてもらって、口に小さな小瓶を当てられると、ゆっくりと流れてくる液体。 それを少し口の奥にためてから、ごくん、と意識して飲んでみた。
うん、大丈夫。
それを確認したアケロス様も、口に入れてくる量と速度を少し速くしてくるが、ちょうどよい量と速さだったので、その後は、するすると最後の一滴まで飲み込めた。
「さて、どうですか?」
ほわっと、体の真ん中からあったかくなっていき、指先までそれが広がるのを感じる。
ここではじめて、私の手足がとても氷のように冷たくなってたことを知りましたよ。魔力の使い過ぎって怖いね! 私の魔力も有限だったのね!
だいじょうぶ、です。 ありがとうございます。
と、目で訴えてみると、どうやら正確に伝わったらしく、アケロス様はうっすらだが笑ってくれた。
「いいえ、どういたしまして。 それにしても一気に魔力を放出できる最大値まで開放するのは感心しませんね。いったいどうしたんですか?」
私から離れて、一人かけのソファに座ったアケロス様は、兄さまから出されたお茶を飲み始める。
兄さまと言えば、私の横になっているソファの横に椅子を置いて座ると、自分で淹れた紅茶を飲み始める。
「フィラン嬢はもう少し話せるようになるまで時間がかかるんです。お前が話すところでしょう?」
あぁ、と眉間にしわを寄せる。
「どこまで話していいんだろうなぁ、まぁ、お前だからいいのか……?」
「どうせ筒抜けなんです、話しなさい。」
「筒抜けなら話す必要もないと思うんだが?」
そりゃそうだ、と思う会話はかみ合ってないというか、漫才のようというか、面白いなぁと思って聞いていたんですけど、不思議な感じだなぁと思って聞いていると、アケロス様が私の方を見た。
「今回の件とアカデミーの件は別問題ですので、そこはお間違いなく。 というのを前提で、ルナークが申し訳ありませんでした。 幼馴染としてお詫びします。」
ソファに座ったまま頭を下げるアケロス様。
いえ、そんな、と言おうとしたが、まだ声がでません。
これ、なんだ? と思っているとアケロス様がため息をついた。
「うちの面子は私と宰相補佐以外、基本、脳筋なんですよ。思ったことを考えずに口に出す奴らなんです。 ルナークが言った言葉も人払いが済んでいた後ですし、深い意味はなかったと思うんですが、さすがに失言でしたね。 皇妃が気軽に口に出していいことではありません。」
うんうん、と頷いている兄さま。
「ルナークもその点は反省していたから、大丈夫だろう。 が、問題はそこではなくてな。」
「皇妃は精霊とのコンタクトを閉じられたな。 まぁ仕方がない。 番に会えないのは魂を引き裂かれるのと同じだけの苦痛であるが、言った言葉の責任を取らされているのだろう。これについては耐えるしかないな。」
番って夫婦とかっていう意味だよね? それで精霊とのコンタクトを閉じられる? なんじゃそりゃ。
と、口に出せない分、頭の中で考える。
「第一位と第二位の精霊が怒りを鎮めるまで番には会えないだろうが、死ぬわけなじゃない。耐えるしかないな。 フィラン嬢は何を話しているかさっぱりだろう? 精霊と魔法と人とのかかわりを学べば解る話だから、それが回復したらそこから教えてあげよう。 この関係性についてはアカデミーの魔法術の試験にも出るからね。 フィラン嬢が歩けるようになったら帰れよ。 それまではこの部屋を貸してやる。 皇妃の体調を見に行く必要もあるしな。」
そう言ってアケロス様がお茶を飲み干して立ち上がったところで、皇帝陛下からお召しです、と王宮内での指令を届ける専門の人がやってきた。
なんてタイミングのいい……と思いながら室内から出て言ったアケロス様に心の中で頭を下げてから、動かない体に早く動けー! と私は強く念じてみた。