1-057)皇妃様と、兄さまと、乱入者
さて、本日は大変にお日柄もよく……よく?
万物収納機能の籠(いまだに試作品)に、本日着るドレスや装飾品一式を入れて王宮近くまで行き、兄さまのお知り合いという方のお屋敷で着せ付けていただいて、王宮に参じたのはついさっき。
びくびくする私とはちがい、とても慣れたように王宮の騎士様や侍従の方にお話を通した兄さまに連れられて、途中、とても美しい人たちに案内されて恭しく通されたのは、この世界に来た日に皇帝陛下とお話したあの美しい庭園。
突然、異世界転生させられて、スカイダイビングしたのちに、推しになる騎士様に助けられて出会ったあの日の皇帝陛下は、とってもかっこよかったんだよなぁと思い出されて、すごくうれしかったのですが……。
「皇妃殿下、いらっしゃいました。」
「まぁ、待ちかねたわ!」
連れていかれた先の光景はっ!
咲き誇る様々な美しい花々に囲まれた、少し開けたあの時の空間に座るのは、目もくらむばかりの光の塊! 皇妃様! 美しいガーデンチェアに姿勢よく座って微笑んでいらっしゃる貴婦人!
神々しすぎて目がつぶれる! 直視できない!
目の前の状況には目ん玉落ちるくらい目をひん剥きました。 すぐに元に戻して頭を深々と下げた私、えらい!
「貴方が噂のお嬢さんね。 まぁまぁ、可愛らしいこと。 私がルナック・マルス・オクロービレ・ルフォートよ。 来てくださって嬉しいわ。 お名前を教えてくださる?」
「ほ、本日はお招きいただきまして誠にありがとうございます。 ソロビー・フィランと申します。」
噂! 噂ってなんだよっ!と思いつつ、深呼吸してから意識して声を出すと、嬉しそうな声が返ってくる。
「まぁ、かわいいお名前! イトラもエスコートどうもありがとう、無茶を言いましたね。 どうぞ二人とも顔を上げて頂戴。」
「失礼します。」
ふわっと、淡い紫色のAラインのドレスのすそをちょこっとつまんで、カーテシー? と言われる、なんだか体の筋肉、主に下半身の筋肉が死んでしまいそうなくらい引き攣れてしまう体勢でのご挨拶を続けていたが、顔を上げて頂戴、と言われ、ようやく頭を上げられた。
腰、腰が痛い、腰が死ぬ!
実年齢ならこの時点で派手に転んでたね! 誰よ、こんな修行みたいな挨拶考えたの!
と思いながらも姿勢を正すと、目の前には、夜の闇をぎゅっと固めたような美しい黒髪に、おんなじ黒い瞳の、とんでもなく美しい女性がにっこり座って笑っていて……
ぎゃーーーー! 目が、目がつぶれる! 美しすぎて私の視力が死亡する! と、心の中で大絶叫です。
白雪姫ってきっとこんな感じ! 瞳の色は知らんけど、白い肌、黒檀の髪、赤い唇! まさにこんな感じです―! ありがとうございます、リアル白雪姫です―!
「さぁさぁ、そんなところに立っていないで、私の傍に来て頂戴な。 一緒にお茶をしましょう? それから、イトラがいてくれるから、他の者は下がって頂戴。」
心の中で感謝の万歳三唱をしていたところで、パチン、と扇を閉める音が聞こえた。
うわ! 本当に扇って鳴るんですね! 結構音が大きいですね。そして皆さん習ったように頭をきっちり45度! で下げて出ていくんですね、すごーい!
と感激していたら、セディ兄さまに小声で、あの席に座りなさいって促されちゃったんだけど、兄さま正気かっ?!
ギリギリ、失礼にならないように挨拶だけは教えてもらった平民の小娘が、皇妃様の真正面って不敬にならないんですか? しかも小さなガーデンテーブルですけど?
「不敬、不敬にならないの?」
と兄さまにだけ聞こえるような小声で聞いたはずが。
「まぁまぁ、フィランちゃんったら、不敬なんて難しい言葉を知っているのね。大丈夫よ、私がお呼びしたお客様ですもの。 どうぞ座りなさいな。」
と手招きされました、美女に! もう一度言います、めちゃくちゃ美女に!
「し、失礼いたします……」
もう、座るときの、とか、上の位の人からの言葉にどうやって返すとか、そんな細かい作法なんかよくわからないけど、とりあえず頭を下げてから椅子に座ろうとしたら、兄さまが椅子を引いてくれたおかげで、スカート捌きも上手に出来たと思う。
「兄さまありがとぉ。」
って言ったら、めっちゃ素敵な笑顔で返されたけど! 今日はね! 皇妃様に目がくらんでしまっていたけれどね! 兄さまがね! 正装してるの! 騎士様の最正装なの! しかも色合いが深紅に黒の襟と袖口で、金の刺繍がされて胸にはキラキラの勲章までついてるの!
惚れ直した!
優勝! 兄さま優勝おめでとうッ!
本日はテンションマックスでお送りしております!
なんて心の中で兄さま最高、感謝のヨサコイ本気モードを踊っていたら、目の前の皇妃様がにっこり笑ってくださいました。
え、えへ。 と笑い返します。
「まぁまぁ、本当に可愛らしいわ、皇帝陛下が一緒に遊びたいってご執心になるのも当然ね。 あ、セディ、お茶を淹れて頂戴な。 それからフィランちゃんにお菓子を取って差し上げてね。 私のお茶はいつも通りにお願いね。」
人払いができたからか、少し砕けた感じになって、兄さまにもお茶入れてとお願いする皇妃様は目が合うとにっこり笑ってくれる。
は~、眼福!
「……はい、かしこまりました。」
微笑みを浮かべたまま、用意された茶器でゆっくりとお茶を淹れる兄さま。
しれっとしてるけど、騎士様ってお茶淹れるの? 普通は召使なお嬢さんが淹れてくれるんじゃないの? 侍女っていうんだけっけ? あれ? 給仕さんだっけ? と思っていたら、差し出されたティカップを音もたてず優雅に持ち上げた皇妃様が笑った。
「本当に、緊張しなくてもよいのよ。ここにはわたくしと貴方達しかいないのだから。 今日は急に呼んでごめんなさいね。お洋服、似合っててよかったわ。 お人形さんみたい。本当に可愛らしいのね。」
貴女様の方がお人形様みたいですー! なんて言える訳もなく、ただただ恐縮する。
優雅に微笑んで、棘もなく、あ、本心でそう言ってくださってるんだな、腹の探り合いじゃないんだなってわかる話し方をしてくださる皇妃様に、ありがとうございます、なんて頭を下げてからお茶をいただく。
「美味し……いです。」
最初に来た時に飲んだお茶だ、と、ほっぺと口元が緩んだのを、はっとして元に戻す。
「緊張しなくてもいいのよ、と言ってもこの状況じゃ無理よね。 本当に今日はごめんなさいね。 今日はね、貴女にお礼を言いたかったの。」
「お礼なんて……私の方が、あの、沢山贈って頂いてありがとうございました。」
「気に入って貰えたかしら?」
「はい。 でも、あんなに頂いてしまってよかったのかと……申し訳なくて……」
「フィランは贈り物が素敵すぎて言葉を失ってたよ。でも量が多すぎです……それから質が良すぎです。」
何とか言葉を考えながらしゃべる私の横から、あきれたようにそう言ったのはセディ兄さまで、慌ててジェスチャーで言っちゃダメ! と送るがくすくすと肩を揺らして笑われた。
「あら、ごめんなさいね。 でもね、アカデミーでも最高クラスに入るのでしょう? あれくらいのものを持っておかないと、ねぇ…」
え? それは暗に、
やだ、あの子、あんなものを持って恥ずかしいクスクス
とか
庶民だからあんなものしか持っていないのね、可哀そうだこと、プー、クス!
とかされちゃうってことですか? アカデミー最高クラス、怖い!
後、まだ入るって決まってません! っていうことをどう話そうかなぁと考えていたら、笑い声が聞こえた。
「フィランちゃんが思っているような見栄の張り合いはないわよ。その下のクラスではよくあるようだけれど。」
よくあるんかい! 泣きそうになったよ。
「そ、そうですかぁ……。」
あはは……と笑って紅茶を飲む、を繰り返しているけれど、どんどん味がしなくなっていく~。 砂をかむような味ってこういうことを言うんじゃないだろうかって本当に考えちゃう。
そんな風に考えていたら、兄さまが頭をなでてくれた。
「あんまり怖がらせないでください。こっちの世界だって日が浅いし、元の世界では嫌な思いをしたことがあるようなので。」
「あら、そうなの? それなのにあのバカのためにアカデミーに入ってくれるのね? 本当に申し訳ないわ……もう、こんなにかわいい子に何をさせているのかしら。」
はぁ~っ、とため息をついた皇妃様。カップを音もたてずにおくと私を見てにっこり笑った。
「あ! じゃあ、私たちの子供になりなさいな、絶対に嫌な思いをしないで済むわよ! そうよ、そうなさいな。 それなら陛下は市井に行きたいなんて言わなくなるし、フィランちゃんもアカデミーに行かなくて済むし、私も子供ができてうれしいわ! ね、いい案だと思わない?」
……
……
「へあ?」
変な声出ちゃった。
ちょっと何言われたのかわかんない。
理解することを脳みそが拒否したため、まったく反応できずにいると、兄さまが大げさにため息をついた。
「ルナーク、お前は本当にたまに馬鹿になるな……。 お前たちの、私たちの都合にフィランを巻き込むな。 そんなことを言うのなら連れて帰る。」
えぇ!?と意外そうな顔をする皇妃様。
うん、それ、私がやりたい表情です。
「だって、こんなかわいいんですもの。わたくしの子供になってくれたらうれしいわ! 私と陛下の間には子をなせないのだし、何も問題ないと思うのだけれども!」
おっと、大人の事情が何か聞こえたけど、気づかないふりをするんだ、私!
そんな私に気遣ってか、気が付かないけど皇妃様のセリフに本当に悩んでいるのか、セディ兄さまは額を抑えながら唸るように皇妃様に言う。
「あのなぁ……お前たちはそれで満足かもしれないが、そこにフィランの気持ちも意思がないだろう。 百年余り好き勝手に暴れ倒した後でさえ、自分たちがそうされて苦しかったと知っているくせに、この世界に来たばかりのフィランにその無理を強いるのか?」
「……それは、そうなのだけれども……」
しゅん、とした皇妃様。
一瞬でも可愛い、と思った私を5秒後の私は殴り飛ばしたくなっているだろう。
「じゃあ、陛下の側妃に召し上げるとか!」
「お前はバカか!」
『『火の子の番は気が触れたかっ!!!』』
兄さまの声と、綺麗な声が2つ、合わせて3つの声が同時に皇妃様に投げつけられた。
「アルムヘイム! ヴィゾウニル!」
黄金の髪を 瞳を。
虹色の髪を 瞳を。
燃える炎のように輝きを増して現れた精霊が、私たちと皇妃様の真ん中に立つように飛び出してきたから、びっくりして声を上げてしまった。
「フィラン、ここで精霊はまずい!」
兄さまが何か魔法を使っているのが見えた。
そうか、ここで精霊出して皇妃様に害なそうとしたら……
皇妃暗殺未遂の犯人か!? クーデターの首謀者になるのか!?
それだけは止めなきゃ!
私、まだ首と体は仲良くさせていたい!
「二人とも! 不敬! 不敬になるから下がって―!」
慌てて止めようとするが、大きく体から発する光を強くした精霊は止まらない。
『日の光が満ち溢れるうちに、わたくしの可愛いこの子を』
『月の力が満ちあふれくる今、この僕が愛するこの子を』
腹の底から響く声に、私は慌てて立ち上がって二人に手を伸ばす
『『ただの火の子の寵愛を受けるとはいえ、たかがお前ごときが、ほんの少しでもわれらの宝に手を付けるなら、私たちは容赦しないぞ!』』
容赦してくださーい!
「すとーっぷ!! ストップストップ! 私の首が飛んじゃうよ! 皇妃様申し訳ありません―!」
あぁ! もう! こんなドタバタ、もう嫌です!
本当に神様、最初の約束通り平和で穏やかなスローライフを私に頂戴よぉ!