1-056)運の良さとは、本人の意思は関係ない。
『親愛なる フィラン嬢へ
は~い、こんにちは、はじめまして~!
ルフォート・フォーマの初夏を楽しんでいるかしら?
何か困ってることとかなぁい?
城下での生活は不便な事とか、困ったことが多くないといいと思っているのだけど、大丈夫かしら?
あなたのお世話係として送り込んでいるセディは、ちゃんとお仕事している? 不都合なことはなぁい?
あ、そうそう、申し遅れましたが、わたくし、ルナック・マルス・オクロービレ・ルフォートと言います。
先日、嘆きの洞窟に行った、ラージュ、アケロス、ロギイ、セディたちと、それからそこで寝ぼけているセスの幼馴染で、何の因果か、やりたくもないルフォート・フォーマの皇妃なんてやらされている者よ。
気軽にルナークって呼んでほしいわ、よろしくね。
この間はうちの馬鹿たちがご迷惑をおかけした上に、その馬鹿のせいでアカデミー入学なんてことになってしまったみたいで、馬鹿たちが無理を言って本当にごめんなさいね。
そのお詫びを込めて、私のお気に入りの商会の素敵なお洋服や、必要になるお勉強道具、それからアカデミーで使うものを贈らせてもらうわね。
それから、私もフィランちゃんに会ってみたいなぁって思っているのだけど、会いに来てくださるかしら?
わたくし、皇妃なんて押し付けられちゃってるから、私から気軽に会いに行けないの。
それにどっかのおバカさんがお仕事を丸投げしてくるから忙しくて、お忍びという形でもなかなか会いに行けないの。
みんなばかりずるいわよね、私だけ我慢なんて可哀想でしょう?
だからぜひ、フィランちゃんから私に会いに来てほしいの。
フィランちゃんの好きなお菓子もたくさん用意するし、もちろんセディも呼ぶわ。
それから、二人がいない間のおうちの守りもしっかりしてあげるから、ぜひ会いに来てほしいの!
次の、日の精霊日のお昼のティタイム、今日贈ったお洋服を着て、セディにエスコートされて来て頂戴ね。
来てくれなかったら、どうにか時間を作って、公務としてでもお店に会いに行っちゃうかもしれないから、ちゃんと来て頂戴ね、まってるわね。
ルナークより』
木箱を確認して王宮からだ、と言った兄さまから差し出され受け取ったのは、一枚の封筒。
木箱につけられていたみたい。
その大量の木箱に添えられていた、私宛にと兄さまの名前が差出人としてつづられた、柔らかな緑色の封筒を開けてみると、中にはきらきらの金色の封蝋の押された真っ白な封筒が入っていた。
もう、その輝きだけで開けたくないよね!
そう思って、そっとごみ箱に入れようとしたけど、それはさすがに駄目だと兄さまに言われ、もう、本当に嫌々ながら開封してみたら、真っ白で上の方にエンボス加工で紋章が浮かび上がってる綺麗な便せんが出てきて、そのうえこんな内容のお手紙が入っていたわけですが……
「ねぇ、兄さま……」
「なんだい、フィラン……いや、ごめん、言わなくてもいい……」
ため息をついた兄さま。
本当にうちの馬鹿たちが迷惑ばかりかけて申し訳ないと言いながら、山盛りの木箱を二階の私の部屋に運んでくれました。
うん、お店はちゃんと広さを取り戻したけど、私の部屋が一気に狭くなりました。
そんな木箱の山の前で、いったいこれはどうしたら……? と途方にくれていると私の肩を叩いた兄さま。
「とりあえずお昼を食べて……少しずつ開けようか、フィラン……。」
結構声が沈んでいます。解ります、私もです……。
「開けなきゃダメですか?」
一応ね、一応聞いてみたよ。
「後でめんどくさいことになってもいいなら開けなくてもいいかな……」
隣で遠い目をしている兄さま。
「面倒くさいことって例えばどんな?」
怖いもの聞きたさで確認すると、手紙を読んだ兄さまはまた、遠い目をした。
「お店の開店時間に、直前の先ぶれしかなく、皇妃が王宮からものすごい数の護衛を連れてこの店に買い物に来る、とかかな……」
はい、ここで想像してみましょう。
ここは庶民層です。えぇ、庶民層!
しかも大通りではありません。 中通りと言われる少し細い道です。
そんなところに騎士団の、しかも近衛兵さんというド派手な方々が、ぞくぞくと行進してやってきて、お店の前に金と白のぱっと見で王族が乗ってるってわかる馬車が乗り付けてくる?
直前の先ぶれしかなく?
馬車が開いたら、近衛騎士さんにエスコートされて、お忍びですのよって言いながら、お忍びってなんだよっていうくらい着飾った皇妃様が下りてきて店の中に入ってくる……笑顔で……
これでもかってくらい着飾った皇妃様が?
笑顔で?
……
その時もそうだけど、その後の騒動を考え……る必要もないな、絶対やだ。
「兄さま、荷物……開けるの手伝ってもらっていいですか……?」
「あぁ、閉店後の作業でも、三日ほどあれば仕分け作業も終わるから……手伝うよ。」
ええと、それから……あ、そうだ。
「王宮に……お茶会……? わたしが? 兄さまのエスコートで?」
「うん、それに関しても本当に申し訳ない……。 ルナークは昔から言い出したら聞かないんだ……しかしこっちはちょっと無理を言っていやな役を引き受けてもらったことがある手前、全員あれに頭があがらないんだよ……。 そうだ、お詫びにフィランの推しの、ボルハン兄弟でも呼ぼうか? お茶会の護衛に……。 推しっていうのがいれば、気が重いお茶会も少しは楽しいかもしれないだろう……?」
ボルハンキョウダイデモヨボウカ?
ん? 兄さままで、わからないこと言いだしたぞ。これはかなり危険。
「いえ、そんなことで呼び出されちゃうなんて、騎士様に申し訳ないのでやめてあげてください。 それよりも私たちがちゃんと出向くので、お願いですから迎えとか送ってこないでくださいってお願いしてくださいね? ヒュパムさんの商会の馬車でさえ、後でちょっとめんどくさかったんですから……。」
コルトサニア商会とはどんな関係なの?
もしかしてオーナーに求婚でもされているの?
あんたみたいな青臭い小娘が?
って、全然知らないお姉ちゃんにマルシェで絡まれたこっちの身にもなってみろ。
「あぁ、解った。 必ずそうさせてもらえるようにお願いしておくよ……」
二人で大きくため息をついて、顔を見合わせた。
「兄さまがそんな言い方するって珍しいですね……?」
フフッと笑うと、う~ん、と首をかしげる。
「アケロスやロギイ、それから陛下……なんかはこう、なれ合いというか、そうだなぁ……陛下を中心に守りながら、暴れるだけ暴れる、みたいな感じだったんだけど、セスとルナークはなぁ……一緒に暴れるのも暴れるんだが、こう、何っていうかなぁ」
深い、深すぎるため息。
「容赦ないんだ……追い込み方が……」
あ、遠くを見ていた目が、ますます遠くなった。兄さま、白髪になっちゃうんじゃないかな……。
「本当にやばいんですね……。」
「うん……敵に回したくないな……。」
兄さまがしみじみと、かみしめるようにそう言わしめるなんて何事!?
皇妃様、本当に危ない人なのでは!? あとセスとルナークって言った!?
セス姉さまもやばい人なの!? っていうか偉い人全員やばいの!?
と、本当に危ないメンバーに目を付けられてしまったかもしれない、と膝が笑いだした私。
「……運の良さ5って、嘘なんじゃないって最近思うんですよね……間が悪いというか、運が悪いというか、最近、本当に巻き込まれ人生というか……」
時計を見て、本当にそろそろ昼食をとらないとお昼に響いてしまうな、という時間だったので、兄さまと階段を下りるさなか、私がそうつぶやいたのを聞いた兄さまが笑った。
「運の良さっていうのは、総合的という意味だと思っているよ。 陛下もフィランも運の良さはずば抜けているけれど、自分たちは迷惑だ、とか、面倒くさいとか、巻き込まれたって言っている印象があるな。 でもね、それは他人から見たらどうなんだろうね。」
一階に降り、カウンターに放置していた荷物を抱えなおした兄さまと一緒に水場につくと、私は食器を用意し始め、兄さまはお湯を沸かしながら荷物を開けていく。
取り出されたカットサラダパン……あっちで言うところのサンドイッチをお皿に並べ、ティポットに茶葉を入れながら、例えば、と続ける。
「14歳の何の身寄りもない薬師の女の子が、一国の王とひょんなことから知り合いになって、同じくひょんなことから大商会のオーナーとも知り合いになって、そのままその人たちから支援を受けて商売を大きくしたり、アカデミーに通学できるのは……」
「とっても運がいい、ですね。」
「だろう?」
わいたお湯をティポットに注ぎ込み、蓋をして茶葉を蒸らしながら、ティセットを出した兄さまは私に席に着くように促してから、しっかり出た紅茶を注ぐ。
「他人から見れば、フィランは運がいい。 しかも破格の待遇を受けていると思うよ。 だからそれは、悲観したり投げ出したりせずに受け入れていくことも大切なんじゃないかな、と思うんだ。 もちろん、その中で繰り返し選択肢も出てくるだろう。 それは今回みたいに強制だったり、妥協だったり、嫌だと思ってもそれしか選択せざるを得ないこともある。 でも、自分の気持ちや考えで選択をできるものも回避できることもあるだろう。 そのどちらもフィラン自身が責任をもって選択したり、受け入れたりしていく必要はあると思うよ。」
さぁ、どうぞ、と差し出されたお茶を受け取った私に、兄さまは笑う。
「例の皇妃様の、受け売りだけなんだけどね。」
「それは、誰に言った言葉なんですか?」
その答えには、兄さまは笑顔でしか答えてくれなかったけれど、きっと、兄さまの中では腑に落ちた言葉なんだろうなと思った。
運の良さは、そうか、数字的に表している物としてはそうだけど、その人の取り方次第なんだよね……と納得し……そうになったけど、あれ? 私、丸め込まれてない? と首を傾げながらおひるごはんを食べ始めた。