1-055)今度は一体何ですか!
新しい朝が来ました!
今日も一日がんばるぞ!
と、朝のルーティンとなっている畑仕事と薬草摘みを終えると、うがい手洗いからの用意してあった朝ごはんを一人で済ませ、商品陳列も綺麗に行ったらお店の中と玄関まわりのお掃除も済ませて、可愛い看板を出す。
今日は、いつも看板を出す作業をしてくれる兄さまが午前中は不在なので私がやったのだけど……うん、寂しい。
兄さまの不在は、今朝起きたところで精霊からもたらされた。
『フィラン、フィラン、セディから伝言! お偉方に呼ばれたからすこし出てくる、朝ごはんはちゃんと用意してあるから食べるように。 お昼は買って帰るから待っててね、だって!』
「ふえ?」
ドレッサーの前でアルムヘイムに見張られながら髪の毛を整えていた私は、昨夜は出かけるなんて言ってなかったけどなぁと首を傾げた。
どうやら兄さまは、私が起きる前に出たようで、畑仕事をしているときにエーンートたち五精霊に託された伝言を聞くことになったんだけど、今までこんなことは一回もなかったからびっくりした。
う~ん、珍しい。
よいしょっと看板を持ち上げたところで、よく知った声で名前を呼ばれた。
「おはよう、フィランちゃん。」
「おはようございます、ラキャメラさん。」
「おや、今日は過保護の兄さんはいないのかい?」
きょろきょろっと私の周囲を見て笑う。
「今日は兄さまはお仕事に出かけているんですよ。 お昼には帰ってきますけど、御用事ですか?」
「いや、フィランちゃんが一人でいるのが珍しいだろう? いつも過保護な兄さんがあれこれ言ってるからねぇ。」
「あはは……そうですねぇ。」
兄さま、ほら、ご近所の方にも過保護って認識されてますよーっ!
困ったように笑うしかなくて、返事をしながら看板を固定すると、ラキャメラさんは手伝ってくれた。
声をかけてくれたのは、恰幅のいい、大柄の獣人の女性で、私の『薬屋・猫の手』の右隣、異世界で言うところの駄菓子屋さんのような、低価格のお菓子を量り売りするお店のおかみさんのラキャメラさん。
「おや、看板を書き換えたのかい?」
広げた看板を見たラキャメラさんに言われて私は頷いた。
「そうなんです。 今までは開店のお披露目や知ってもらうために、お休みせずに毎日やってたんですけど、いつも寄ってくださるお客様もできはじめましたし、お店の商品の仕込みや準備に新商品の開発する時間も欲しいなって思ったので、定休日を兄さまと一緒に決めたんです。」
手にしていた看板には、『薬屋・猫の手 開店時間・十時から十三時、十五時から十八時。 日と月の精霊日はお休みです。』
とコタロウに似た猫の柄と一緒にしっかり書いてある。
「それがいいよ! あたしらみたいな小さな店は雇いの従業員がいないのに、毎日働くのはつらいもんだ。 あぁ、そうだ。働き者のフィランちゃんにご褒美があったんだ。」
腰巻の大きなエプロンのポケットをごそごそと探って手のひらに乗るくらいの紙袋を出すと、私に手を出しなと言ってくる。
看板を置いて手を出すと、ポン、とその紙袋を置いてくれた。
「うちの1番売れてる菓子だよ。 この間の試作品の入浴剤のお礼だよ。 あれねぇ、よく体が温まってとっても良かったよ。もし商品になったら買うから教えておくれ!」
「ふふ、ありがとうございます、がんばりますね。」
お互い手を振って自分のお店に帰っていく。
もらった紙袋を開くと、クルミやピーカンナッツのような木の実をキャラメルのような、飴のようなもので固めたお菓子が入っていた。
ひとつ口の中に入れるとカリカリと香ばしい味で美味しい。
残りはお茶の時間に兄さまと頂こう。
「さて、今日もお客様、いっぱい来てくれるといいなぁ。」
袋の蓋をくるっと閉じながらお店のカウンターに入り、お客さんが来るまで、と、あの分厚い本を開いて椅子に座った……のだが。
ちりん、と、お店の扉が開いた音がした。
「いらっしゃいませ。」
「こちらにソロビー・フィラン嬢はいらっしゃいますでしょうか?」
入ってきたのは、しっかりしたガタイの、動きやすそうな同じ衣装に身を包んだお兄さんとお姉さんで、手には人一人で抱えられる程度の大きめな木の箱を持っている。
ん~、なんだろう、嫌な予感しかしないけど、何だろうね。
「私ですが……?」
「そうですか! 私どもはコルトサニア商会の者です。 お届けするように仰せつかった荷物が十個ほどあるのですが、どちらに置きましょうか?」
にこにこしながらそう言ってくれるお兄さんですが、なんでそんなデカい箱を十個も送り付けてくるの? 誰から? あ、コルトサニア商会ならヒュパムさんか。 しかしなにゆえ!?
「あの……お届けって……誰からですか?」
そういうと、もう一人のお姉さんが木箱の上の何かを確認して、にっこり笑った。
「センダントディ・イトラ様からですね。」
兄さまだったよ……なにこんなに頼んだのよ、私宛に!
「……ありがとうございます。そこに積み上げておいてもらえますか……」
がっくり膝をつきたいのを我慢してお願いすると、次々運び込まれてくる木の箱。
しかも一個かと思ったら次々と運び込まれてくる。
最後の一個が置かれたころには、私の心がすり減っていましたよ……何ですか、お店の四分の一が木箱に占拠されていますよ。お店、そんなに広くないのに。 なにしてくれてんのよ、兄さま……。
そんな中でもお客様は来て下さるので、お昼には、と言って出ていった(らしい)兄さまが帰ってくるのを待ちながら対応をする、のだが……。
「あら、フィランちゃん、今日はお兄さんはいないの?」
「フィランちゃん、一人なの? お兄さん居なくてお店は大丈夫?」
「お兄さんが返ってくるまで一緒にお店番してあげようか?」
と、様々な常連さんたちに、かわるがわる言われてるんですけど……。 兄さま、本当にただの過保護の人としか認識されてませんよ。このままじゃ残念なイケメンですよー! と思いながら笑顔で大丈夫です、といいながら対応していく。
「ただいま、フィラン。」
「兄さ……ま。」
困ったお客さんもなく、淡々と午前中の営業時間を終えてお店を閉めようとしたところで、通りの向こうから手を振って兄さまが帰ってきた。
よく見れば片手に何かを抱えて帰ってきた。
まだ何か持って帰ってきたのか! と、ちょっと帰りが嬉しかったって言う気持ちが萎んでいき、ため息ひとつ。
気づかれないようについたつもりだったけど、気がついたようで「ごめんごめん」と私の頭をなでなでしながらニコッと笑った。
「何か困ったことはなかったかい?」
そんな笑顔に騙されるもんか!
頭ナデナデに負けるもんか!
そりゃぁありましたよ、困ったこと、めちゃくちゃね!
怒ってるんだからね!
あの店を占拠する荷物についてしっかり聞かねば!
「おかえりなさい、兄さま。 困ったも何も、怒ってるんですよっ! あれはなんですか?」
「あれ?」
なでなでしてくる手をぺい! っと両手で掴んでよけながら、あれを指さすと、その先に積み上げられた木箱を見た兄さま、目をまん丸くしましたよ。
珍しい顔だな、しかし何してもイケメンはイケメンだわ、ずるい。
「フィラン、これは?」
「センダントディ・イトラ様からソロビー・フィラン様へコルトサニア商会が届けてくれました。」
「え?」
冷たい視線を投げながら淡々と言うと、抱えていた荷物をカウンターに置いて箱に近づく兄さまに私は聞く。
「兄さま、あのね、何をこれだけ買ったんですか? 昨日の話だから服とかなんかですか? 今日は偉い人によばれて出掛けたんじゃなかったんですか? ヒュパムさんのお店で買い物するために出かけてたんですか? そんなのだから過保護ってお客さん達にも言われるんですよ! っていうか、過保護反対! 無駄遣い反対! ですよ!」
「フィラン……」
「なんですか?」
ビシバシ文句を言う私のほうを、木箱に手を乗せたまま振り返った兄さま。
「たぶんこれ……王宮からだ。」
……はい?
「王宮? って、王宮?」
「……うん……」
困った顔の兄さまに、私は何を言われてるのかわからなくなって首をかしげた。
神様、ラージュ陛下、また何やら面倒くさいものを持ち込みましたね、コノヤロー!