閑話6)ルフォート・フォーマ城の優雅で退屈なひと時
「困った困った、困ったことになった……」
目の前を、ごっつい体の男がうろうろうろうろ……落ち着かないを体現して、あっちうろうろ、こっちペタペタ歩いていて、正直、こいつ、あほなんじゃないかと思いましたが、それを口に出すことはございません。
ただ、ここ百年は小競り合いもなく穏やかなものなので、何をそんなに困るようなことがあるのだと思い……あんまりうろうろするので、視界が揺れて気持ち悪くなったので、わたくしは部屋を出たのでございます。
うちの幼馴染連中は全員曲者でございます。
まぁ自分を含め、でございますが。
……その幼馴染を紹介するのに、口調が砕けるのは、ご容赦くださいませ。
まず一人目はこの国の皇帝陛下。
こいつはあほです、正真正銘のあほ。
自分の力を軽視し、置かれた重大な立場を「あきた」と捨てようとするし、本当に気が抜けない上に目が離せず、お前は赤ちゃんかっ!と言いたくなります。
二人目は宰相補佐。
こいつは真面目過ぎてて面白みがないのです。
後、根拠は? とか、それまでの効率は? とか、根性論はいいから結果を出せ、数字で表せとかいうし、酒を飲んだら泣き上戸で絡み酒、本当に最悪ですわ。
三人目は皇帝の影。
なに好き好んで裏稼業始めたのかと思ったら、表立った地位がめんどくさいっていうのと、皇帝と妹とその恋人を守りたいだけだったって、過保護か! 親か! 苦労性か!
なお彼は現在戦線離脱中しておりますの。
四人目は影の妹で皇帝付きの筆頭女官。
頭はいいし、気が利くし、空気は読めるし、完璧な女性だと思うでしょうが、完璧な脳筋。 我慢して我慢して己を律して、爆発すると拳で語り合おうとする、喧嘩上等女。
こちらも戦線離脱中でございます。
五人目はもう、言いたくありません。
変人、狂人。 天才って何とかと紙一重っていいますが本当にそう。人体実験大好きで、自分の体でいろいろ実験したりしちゃう、古竜もびっくりの収集家の守銭奴。
こいつのお願いだけは聞きたくないと、心から思いますわ。
六人目は一人目と同じくあほ、本当にあほ。
話すだけ無駄なあほ。脳筋っていうんじゃなくて、口より先に手が出る、その手がとんでもないパワーだから、ほんと困る。なのに将軍職に就いちゃって、お前の部下は泣いて訓練して、時折わたくしに泣きついてきますからね?
七人目……は、一番まともでしたわ。
恐ろしく頭のいい方で、物静かで穏やか、脳筋寄り将軍の副官について、彼のことを良く御していましたし、絡み酒の彼も、七人目に任せとけば被害は最小限。 わたくしたちの中の良心、唯一のまとめ役でしたわ……ほんとうによい方でしたのよ、女を見る目は皆無でしたが。
「なんで彼があんなことになったのに、他の……問題児たちは元気でぴんぴんしているのかしら……」
ため息を一つ。
私は大量の書類を侍女に運ばせるように手配した後、その先陣を切って第一のあほの執務室に声をかけてから入りました。
「お茶の時間ですので、お茶と、それから宰相の元にたまっていた今日のお仕事をお持ちしましたよ」
にっこり笑って、侍女の運ばせたワゴンの上の書類と茶器を進める。
「ごきげんよう、陛下。」
「……却下。」
「却下ですって?」
パチン、と扇を鳴らし、人払いをすると、わたくしはクッソ重いドレスを引きずって、机に向かっている陛下は何してるのか覗き込みました。
彼は仕事するわけでなく、新しく手に入れたという西国の書物を読んでいた……のでその書物を取り上げさせていただき、笑顔でお伝えします。
「書物もよろしいですが、どうぞ国主として溜めてしまったお仕事をまず片付けてくださいませ、陛下」
にっこり笑って進言差し上げたら、こいつは私の顎をそっとつかんで微笑んだわ、それからすごくいい顔でおっしゃいました!
「賢いお前が私の変わりにやっといてくれてもいいと思うんだが、どう思う? わが王妃よ。」
「寝言は寝てから言ってくださいませ、陛下。」
ぶん殴ってやりたいのをとりあえず押し殺して笑顔で微笑みましたよ。
えぇ、ここまではね。
「この本を捨てられたくなかったら、さっさとお仕事してくださいませ、このあんぽんたんっ!」
陛下から逃げるために軽やかに身を翻し、ほらほら~もえちゃうぞ~、と取り上げた書物を火の入った暖炉へ近づける。
ちなみにこの暖炉に入っているのはわたくしの召喚獣の火炎蜥蜴だから、命じない限り燃やしたりはしないんですけれどね。
でも、あほ陛下をビビらせるには十分だったようで、慌ててこちらへ走ってきた。
「お前、それが国主たる俺に言うセリフか! 返せ!」
「返せって言われて返す馬鹿がどこにいますか! 自分で国主っていうなら、ちゃんと仕事してから言いやがれ!」
グググ……ッとにらみ合って。
ぱりーんっ、と、茶器が割れたところで、わたくしと殿下はこぶしを握り、足を踏み込みました。
試合開始!
あら、わたくしの右すとれーとが殿下の左頬にもろに入りましたわ!
ざまぁ! と思っていたら、わたくしの脇腹に殿下の左ふっくがっ!
ずきんと痛む腹……あら、肋骨の2,3本逝ってしまったかもしれませんわ。でもここはそこをかばうことなく体制を変えて、くっしょんをきかせて私は頭突き。
見事に殿下の顎に入りました。
あ、そういえばわたくし、本日は従属の国から贈られたティアラを付けていましたわ。ふふっ、ごめんあそばせ!
そう笑ったところで隙ができてしまったのでしょう、しゃがみ込んだ殿下の足払いを食らい、わたくし、後頭部をしこたま打ってしまいましたわ。ちょっと目の前に星が飛んでいます。
が、こんなところで気を失うわけにはいきません、左手を力いっぱい床へたたきつけると、ばねを聞かせて態勢を整えながら、わたくしの扇が空を切りました。
ぴっと、陛下の頬に傷がつきましてよ。
ち、よけやがりましたのね! 昔は運動神経皆無だったくせに!
「少しは成長なさいましたのね、陛下。 私と喧嘩しては負けて泣いていた、あの泣き虫ラージュとは思えませんわね。」
うふふ、と笑えば、ふん! と鼻で笑う殿下。
「おまえこそ腕が落ちたんじゃないか? 戦場では先陣を切って鮮血を浴びて高笑いしていた、鋼鉄の薔薇姫の名を返上するか?」
「まぁ陛下。負け惜しみを言う元気がおありでしたら、わたくし、本日はお茶会もございませんので、その喧嘩、お付き合いしましてよ。」
「おや、奇遇だね。今日は私も書類仕事以外は謁見の予定はないんだ。 機嫌も悪かったから、サンドバックとして付き合ってもらおうかな?」
「うふふふふふふふ」
「ふははははははは」
二人で笑いあいながら、ふぁいてぃんぐぽーずをとり、軸足で床を蹴った時でございます。
「おやめくださいませ!」
拳を握りしめていたわたくしたちの真ん中に入った人影は、遠慮も躊躇もなく、わたくしと陛下の顔面に拳を叩きこんだのまでは……覚えていまして、よ……。
「いい加減に、夫婦喧嘩はやめてください、お二人とも。」
宮廷で一、二を争う凄腕の女官長代理の泣き顔を前に、わたくしと殿下はお互いの寝台の上で正座をさせられて座っております。
殿下の拳を受けた場所よりも、顔面に叩き込まれた傷のほうが治りが遅いと、回復魔法のほかに最近、城下に来た娘の作ったポーションを飲まされました。
その微妙な色の特級体力ポーションを一口飲んだ殿下がぼそっと
「コーラだ!」
と狂喜乱舞されて一気飲みをし、下品にもお口から排ガス……をして怒られておりましたが、確かにお口の中がシュワシュワして大変おいしゅうございました。
「夫婦喧嘩は犬も食わないっていうがなぁ……お前ら、いい年なんだから本当に勘弁してくれ。」
そういうのは幼馴染六号。
「ルナックは王妃なんだから、頼むからこのあほと拳で会話するのはやめてくれ」
そう言って頭を抱えるのは幼馴染5号。
「ルナック様、大丈夫でございますか?」
と心配げにみているのは、幼馴染ではないけれど、幼馴染4号と私でしっかりと躾をし、このノリについてこれるようになった宮廷女官長代理で、元はわたくしの専属女官兼侍女、わたくしと殿下の顔に拳を叩きこんだ元戦闘修道女ですわよ。
心配してくれるのは嬉しいですが、その拳を入れたのはあなたですわ。
そんな素振りも見せないなんて、変わり身が早いですわね。
しっかりと反省させられた幼馴染1号の陛下と、8号のわたくし……申し遅れました、表向きはルフォート・フォーマ皇妃、ルナック・マルス・オクロービレ・ルフォート……元・格闘修道女でございます。
どっかの馬鹿1号が臣下に結婚を迫られ、しかし政略結婚をしたくないばかりに、私をお飾りの皇妃に選んで早100年……この夫婦喧嘩も最近飽きてきましたが、まぁ、一号がきちんと皇帝業をしている間は、こうしてお付き合いするつもりですわよ。
ふわりと表れた陛下の木の大精霊ドリアードが何やら怒っているようですが、知りませんわ。
こちらはこちらで、怒って出てきた炎の大精霊イーフリートの怒りをなだめるのに必死ですもの。
あぁ、お互い、嫉妬深い伴侶を持つと大変ですわね。
わたくしと陛下は、互いに番である精霊のご機嫌を取りながら、今日も穏やかで優雅で、窮屈で退屈な王宮生活を満喫しております。
8人でやんちゃをしていた昔に戻りたいと思うことも、もちろんございます。
しかしラージュも、わたくしも、民のため、そして今の幸せを守るために、この生活を続けるのですわ。