1-003)異世界のお菓子美味しい、王様の言動おかしい。
ライオンの様な人に手招きされて連れていかれた先は、温室の中の少し開けた場所だった。
真珠色に塗られたテーブルセットがそこにあって、彼はそこに座ると手招きをして私にも座るように促した。
ちなみに目の前の人は『ライオンのような』と表現しているが、私とおなじ人の形だ。
燃えるような黄金の髪が、黄金の瞳が、何の知識も教養もない私が見てもわかるほど優雅な立ち振る舞いが、そしてこんなに穏やかそうなのにも関わらず、怖さというか、逆らうことのできない威圧のようなものも感じる。
それらすべてが百獣の王・ライオンを連想させるのだ。
威厳、または王の器というのはこのことを言うのかもしれない。
そんなライオンみたいな男の人に促されるまま、テーブルをはさんで真正面にある椅子に私が座ると、すぐに不思議な髪型に独特の甘い香りを放つメイド姿の女性が数名で、手際よくお茶とお菓子を用意してくれた。
内心は、小躍りしたいそのお菓子たち。
真っ白で、縁には立体的なお花の飾りのついた大きなお皿の上には、見たこともない美味しそうなお菓子がずらっと並べられている。
正直、ここまでいろいろ絶叫アトラクションに乗りすぎて食欲はないと思ったが、いやいや、一気にお腹がすいてきた。
どうしよう、食べたい……用意されたんだから食べてもいいの? でもなにも言われないから手を出せないなぁ……。 あ、あの茶色のチョコかな? こっちはクッキー?
いろいろ考えながら、一つ一つを見ていたのがわかったのだろう。 目の前の男性は吹き出して、それから肩を震わせて笑いだした。
「え? どうかしましたか?」
「いや、あんまりにもわかりやすくてな。 気にするな。 遠慮せず好きなだけ飲んで食べてくれ。」
手を差し出されてすすめられた!
「では、遠慮なくいただきます!」
言って、いや、と思う。
お城の中をまっすぐ進んでいって、王様に会いに行けって言われて、指輪が連れてきたって言っていたから、目の前のこの人は多分探してた王様か同じくらい高貴な人だ。
……冷静に考えても、王様の前でマナーが悪いのはまずいんじゃないか?
お菓子を食べただけで『不敬罪!』って言われて投獄されたら、せっかく転生したのに堪能する前に終わっちゃう!
それだけは避けたい!
よし! 検索しよう! 口に出さなくてもできるかな!?
頭の中で思うだけでもスキルの利用って有効かなぁと思いながら、ぎゅっと目を閉じる。
『検索、お城、高貴な人の前での食べ物のマナー』
――検索、食事のマナー。 あなたの知識と照合しましたが、前の世界と大差ありません。 目上の人が食べ始めてからという決まりはありますが、勧められているので先に手を出してもマナー違反にはあたりません。 道具を使って取り皿に食べれるだけ取るようにしましょう、お代わりをしてもかまいません。 お茶のマナーも大差ありません。
答えが返ってきたぁぁぁ! グッジョブー!
知識の泉よ、ありがとう、これなら私の浅学なマナーでも行ける!
うん、と一つ頷いてから、ライオンみたいな人がじっと見ているのが少し居心地悪かったけれど、おいしそう、食べてみたいと思ったものを一つずつ、小さなトング? を使いながら取り皿に並べる。
そうやってとったお皿を見てみれば、かなり遠慮してたはずなのに、結構な量になっていた。
こんなに欲張って恥ずかしいが、私は一度とったものはちゃんと食べる! お腹減ったもん!
「いただきます。」
一応目の前の暫定・王様かそれに準じた偉い人に声をかけてから、まずは一つ、お皿に取った不思議な形の焼き菓子を手に取った。
お花の形でとっても可愛い。
ぱくっと口の中に入れると、バターに近いコクのある香ばしい匂いと甘くてさわやかな味と匂いが口の中に一気に広がった。
「おいしい!」
もぐもぐもぐ。
もぐもぐもぐもぐ。
ごっくん。
うん、おいしい。
これはもう一つ食べたい。 また後で食べよう!
次への狙いを定めつつ、まずは片付けるべき手元の取り皿からもう一つ、今度は淡い桃色のお菓子をつまむ。
イチゴのクッキーみたいな色だけど、そんな感じの味かな。
ぱくっと、入れると、一気に歯が痛くなるような強烈な甘さが口の中に広がる。
「――っあーーっ!」
いや、甘すぎ!
慌てて綺麗なカップに注がれた琥珀色の飲み物を口にする。
……紅茶だ、すごい、ト〇イ〇ングの紅茶にそっくりだ、おいしい! めちゃくちゃお菓子に合う!
そこからは無限ループのように、お菓子、お茶、お菓子お菓子お茶……と次々に口に運んでいく。
チョコレートボンボンみたいに、噛むととろっとした糖蜜が入っている物もあれば、歯が折れるのでは? と心配になるほど固いクッキーだったり。
止まらない!
しかもお茶がなくなりそうな頃を見計らって後ろに控えている不思議な髪型の女性が新しくお茶を入れて直してくれる。
く~! 最高!
取り皿に取っていた分を一度完食したところで、ふぅっと息を吐いた。
「おいしい……すごく美味しい……。 神様ありがとう。 ……この世界の食べ物美味しい……」
「口にあってよかった。 なにしろ他の転生者たちが試行錯誤して食べ物やらなんやら作ってるからうちの食に関する文化は世界最高レベルだ。」
「ほかの転生者? ……あっ!」
新しくお茶を注いでもらい、お菓子の二巡目はどうしようかと思案した時に声を掛けられて目の前に彼がいることを思いだした。
椅子に座って、お菓子が並んでからの行動は、食べることに夢中で忘れていたがずっと見られていたはずだ。
現に目の前の人、にやにやしながら私のこと見ています!
「す、すみません!」
慌てて謝ると、にやにやしたままだが、目元が緩んだ。
「あぁ、いや、気にするな。 それにしても…女の子の転生者をこんな軽装備に少ないスキルで送ってくるとは、神様は相も変わらず気まぐれがすぎる。」
しっしっと、お茶の準備やらしてくれた人を外に追い出してから、さらっと彼はそんなことを言った。
さらっと言われても、聞き流していいことじゃないので、突っ込んでみる。
「えっと、私が転生者だってわかるんですか?」
少し食い気味に身を乗り出して聞いた私に、それはそれは立派ないたずらっ子のするような笑顔を浮かべた。
「わかるさ。 俺もお仲間だからな。」
「へ?」
なんかさらっと言ったよ、この人。
「なんだ?」
「いや、間違っていたら申し訳ないんですけれど、貴方様は王様……ですよね?」
いい機会なので、こちらも確認しておこうと問えば。
「あぁ、そうだぜ?」
あ、そんな軽いノリで肯定しちゃったよ。
「お仲間ってことは、じゃあ王様も転生してきたんですか?」
もう一度。 どっちも聞き間違いかもしれないので再度確認。
「あぁ。」
やっぱり認めちゃったよ?
いやいやいやいや、ってことは生粋のこの世界の住人じゃないじゃないですか。
「王様なのに?!」
「そうだが? あぁ、そうか。 そういえば自己紹介がまだだったな。」
いろいろあり得なくて突っ込んじゃった私に、ゲラゲラと腹を抱えて笑いだしたライオンみたいな男性はうんと綺麗な顔を歪め、いたずらが見つかった子供のように笑った。
「俺は、王都要塞ルフォート・フォーマの皇帝ラージュ・オクロービレ・ルフォートだ。 こちらの歴ではだいたい150年以上前にお前も出会ったはずの水晶柱の神ってやつに無理やり転生させられて、今じゃ何の因果かここの皇帝だ。 まぁ同じところから来た正真正銘のお仲間だから、見知っておいてくれ」
なんですとーーー!?
そんな簡単なノリで、王様って名乗ってもいいんですか??
異世界転生のノリについていけないよ!?
もしかしたらこの世界は異世界の人間だけなのかもしれない、それなら異世界転生じゃなくない? 神様の馬鹿。
頭を抱える事実に一つ、深呼吸。
……よし、一回考えるのを辞めよう!
そう決心すると、私は開き直って二巡目のお菓子を取ろうとトング握りしめた。