閑話5)ルフォート・フォーマの偏愛家
ふ…ふふふ…ふふふふふふふふふ…。
暗闇にはところどころに怪しい光。
光源は様々な容器に入れられた薬液や、天井から吊り下がった乾燥した草や、なにか(余計なものに口をつっこんではいけないよ?)。
私の周りには名品、珍品、貴重品、それから希少品と、口では言えない品が並んでいて、それを眺めているだけでも幸せを感じる。
頑張って手に入れたものもあれば、知略を張り巡らして奪い取ったものなどもあるし、友人たちがもたらしてくれたものもある。
すべて私の宝物だ。
この世界には、様々なものがある。
私の知的な好奇心を満たしてくれるもの。
そして、今は特に珍しくて目が離せないモノを手に入れた。
「悪趣味」
「狂研究者」
「いじきたなくてがめつい」
「吝嗇家の古竜よりも、さらにたちが悪い」
「悪食の馬鹿ラス」
と、口さがない親友たちは散々な言い方で私の事を酷評しながら、それでもとても大切にしてくれる。
いやー、ありがたい。
私の歪んだ愛も、振り切った感情も、歪な才能や情熱も、すべてを受け入れて理解してくれ、愛してくれ、きちんと叱った上で使ってくれるのは彼らだけなのだから。
だから「頼むからその顔は俺たち以外には見せるな!」と懇願されたらきちんと言うことを聞いてきたし、これからもそうしていくだろう。
そんな窮屈さすら愛し、手放せないのはひとえに彼らが私を「親友」として「家族」として扱ってくれるからだ。
私がこの世界に生まれ落ちたのは百年以上前になる。
その頃の王都要塞ルフォート・フォーマは、たしか頭の悪い脳筋の王様が支配していた。
私が産まれ落ちた森の中では、空から生まれ落ちたものは例外なく処刑されていた。
もちろん異分子としてだ。
私もそうなるだろうと思った。
この世界に生まれ落ちた時、ありがたいことに、私には五精霊からの最高の寵愛と底なしの魔力があった。
そして、その証となる美しい翼を背負っていた。
しかし生まれてすぐの私には、それらの使い方がわからず持て余し、逃げる術も力もなく暴走し、空から落ちた厄災の種とされ、すぐにつかまって殺されてしまいそうになった。
翼を。
神に愛された美しい私の、この美しい翼を!
むしり取るような真似をしようとした蛮族。
生まれ落ちてすぐに殺されそうになった私は、このまま大怨霊となって絶対に復讐をするのだと、奴らを恨みながら息を引き取るはずだった。
しかし、悲鳴を上げて命を手放したのは、私ではなく奴らだった。
『大丈夫か?』
声をかけてくれたのは、逆光でも目がくらむばかりの美しい黄金の鬣と二つの宝石。
それは夜明け。
朝日のようだと、思った。
『もう大丈夫だから、いこう』
風切り羽の部分を皮膚ごとむしり取られ折れた翼、逆に向いた左腕と右足、血と土埃で汚れていたボロボロの私を白い獣が姿を変えた大男が担ぎ上げてくれ、小さな集落にたどり着いた。
そこで、黄金は貴重な薬と魔法で私を直してくれ、自分の家に引き取ってくれた。
家には、とんでもなく怖い顔のオーガがいると言われたが、私の羽を毟り奪いとったあいつらに比べれば大したことはなかった。
この村は美しかった。
住人も。
家畜も。
様々な人種も。
畑に埋まる野菜も。
夜のかがり火も。
朝露に揺れる蜘蛛の巣も。
私が愛して執着するものができた瞬間だった。
一等好きなのは夜明けの黄金。
次に好きなのは真っ白の狼。
それから特別な5人。
この村のすべて。
その頃には手足の傷は癒え、私は思うままに動けるようになった。
しかし、歪に折れ風切り羽を皮膚ごと奪われた翼では、空を飛ぶことはできなくなっていた。
それを補うように、私は夜明けの黄金に言われるがまま、槍という武器を使い、魔術を行使するすべを得た。
気が付いた時、私はアケロウスという名前で呼ばれ、黄金と、白銀と、特別な5人と同じ巣で、共にあるようになった。
黄金の守る巣を、私が守る。
そう心に刻み、その思いのままに私が生きるようになるまでに、さして時間はかからなかった。
ある時、同じ翼をもつものの侵略者を倒したとき、とても美しい白い羽根の奴がいた。
私が失ったものを持つ者のその身を引き裂いた時、私はひらめいた。
私のモノになるのではないか。
私のモノに、したい。
私は、生えてこない風切り羽の代わりにそれをありがたく頂いて、移植してみた。
実験はうまくいったかのように思えた。
宝石のように輝く白い羽根は、闇色の私の翼には似合わなかったが、空を与えてくれた。
激しい痛みと引き換えに、私は空を飛んだ。
私の、一度は折れた翼が空の上で美しく輝くようになっていった。
嬉しいと、幸せだと歓喜した。
しかし、それは儚い時間であった。
たった一回の飛行でそれは駄目になってしまった。
やはり蛮族のものでは、どれだけ美しくても駄目なのかと絶望した。
それからは、その戦利品を根こそぎ持ち帰るようになった。
服を着替えるように、私はその色を変えた。
ほぼ毎日、私の風切り羽は色を変えた。
そんな私を、黄金は時折たしなめたが、すぐにその研究をできるようにと、隠れた場所に別の巣を与えてくれた。
白銀も、それから特別な5人も、文句を言いながらも次々と、珍しいものをそこに持ってきてくれるようになった。
羽も、宝石も、薬も、その材料になるものも。
一日でも長く、つぎはぎしたそれが私の身にとどまってくれるように。
出来れば失われてしまった自分のそれが、戻ってきてくれるように。
何年も、何十年も研究して、研究して。
そんな毎日が続いた時、黄金が大切にしていた村はすでに小国ほどの規模になっていたが、例の脳筋の王が立つ大国からの大きな襲撃にあった。
黄金に引きずられるままにそれを退け、大国の抜け殻を黄金が手に入れた。
その中の一つを見つけた時、私は歓喜して、黄金にそれをすべて私にくれといった。
あきれた顔の黄金は、あぁ、やるやる、だからこれからも頑張ってくれ、といった。
巨大な研究施設。
豊富な研究資源。
有り余る実験材料!
あぁ、実験材料が何だったかは内緒にさせてもらうよ?
おかげで私は私の羽を取り戻せた。
これで誰かの羽を移植しなくても済んだよね、ありがたいことだ。
自分の羽根で飛んだ空は、とても美しかった。
ふたたび、空からの夜明けを見ることが出来たのだから。
それから百年、この施設への興味は尽きなくて、烏の癖に引きこもりと言われているが……私の崇高な研究を推進してくれる特別達には心から感謝しているし、黄金含め、私の宝物だよ。
「じゃあ、今日はもう帰ります! 師匠、目の下のクマ、セディ兄さまとおそろいになってるんで本当に寝てくださいね!」
バイバーイ、と手を振って、私の研究室の隠れ蓑となっている応接室からゲートを使って出ていった、蜂蜜色の髪と、紫の瞳の少女に向かって手を振って見送った。
今日は私の研究室に勉強に来ていたのだが、あぁ、あの子も私と同じ匂いを感じるよねぇ……
フフッと笑って顔を上げると、鉄格子のはまった窓に、一羽のカササギ。
一声鳴くと、ん、ん、と首をかしげた。
『アケロス!』
鵲は、先ほどの声とは違った声で鳴いた。
『今、フィランが来ていただろう? あれはお前の収集品じゃないんだから、絶対に手を出すなよ。』
少し焦ったような黄金の声に、ぷっと、吹き出してしまった。
「わかっているよ、陛下」
それからも何やらぶつぶつと愚痴を言い始めたカササギの声を、ラジオのように流しながら、私は椅子に座って頬杖をついた。
わたしも、あの珍しい宝石は壊したりせずに眺めて楽しみたいなぁ。
わたしの黄金や、特別達と、どんなお話を見せてくれるか楽しみだからね。
「先の読めないファンタジー小説みたいで、本当に楽しいなぁ。」
真っ白で薬臭い四角い空間に閉じ込められて、管につながれ、自由にならなかった昔の世界の、唯一自由になれた楽しみが戻ってきたようで、私はのんびりあくびをして目を閉じた。