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1-050)新しい朝がきた! 決意の朝だよ!

 ぽすん、と、枕に頭を預けた。


 肌掛けのお布団を口元までしっかりかけながらゴロン、と横向きになる。


 あれからすぐに兄さまは、もう疲れたろう? なのにもっと疲れさせてしまってごめん、と私を気遣って部屋まで送ってくれた。


 たぶん、一人になりたかったんだろうと思う。


 私に聞かれたから、ごまかせないと思ったから、話したくないことまで話してしまったんだろう……と思う。


 多分だけど。


 こんな時、昔から人付き合いスキル皆無の私は、こうして後で後悔してしまうんだよね。聞かなきゃよかった、言わなきゃよかったって……と、脳内会議で大反省中です……。


 まさか兄さまが一瞬でも、泣いちゃうと思わなかったんだよなぁ……。


 いや、そこまで聞くつもりは、これっぽっちもなかったんだよなぁ。


 反省しきりですっていうか、明日からどうしたらいいんだろう……、どんな顔をして兄さまと話をすればいいんだろう。


 そこまで考えて、あ、と思い立った。


 日付は変わって日の精霊日……の深夜。


 呼ぶのなら彼だと思った。


「ねぇ、ヴィゾヴニル?」


 月明かりが細く入る薄暗い室内に、きらりと虹色の光が落ちた。


『呼ばれると思ったよ。』


 私の声にこたえて、腕輪から姿を現してくれた月の精霊・ヴィゾヴニルはベッドに横になっている私の頭をなでながら聞いてくれる。


 呼ばれるってわかるってすごいなぁと思いながら、その撫でてくれる手の心地よさに負けないようにしっかりと目を開けて、聞く。


「花樹人だけの病気の花睡病は、本当に治らないの?」


『……おや、あの男の妹の事をそんなに気にしているのかい? フィランは利用されている立場なのに?』


 不思議そうな声。


 しかも、いつもの優しい口調にご丁寧に棘までついてる。


『それよりも、ちゃんと寝たほうがいいんじゃないのかい? 今日は夜が明ける前から家をでて、ダンジョンを攻略し、そのまま一睡もせずに今だろう? 肌荒れするって、アルムヘイムに怒られるのではないかな?』


 撫でてくれる手は優しくて、声色は子守歌のようで、少し長い間瞼を閉じてしまう。


 いけない、聞きたいことがあるんだ。


 はっとして目を開ける。


「ヴィゾヴニル。 今は眠らせるの、駄目。」


 ベッドから起き上がって、目の前にいるヴィゾヴニルの顔を見る。


「兄さまのことを、認めたんじゃなかったの?」


 起き上がったことにびっくりして目を見開いていた彼は、にっこり笑って肩をすくめた。


『それは、フィランの傍にいることに関してだけだよ。 彼はフィランを守るという勅命を受けているんだからね。僕たちと利害関係が一致したんだ、ここに住むことを認めるにきまっている。 だけどフィラン、僕たちは彼を許した訳じゃない。 彼はね、精霊から見放されたんだ。』


 認める、と、許すは何が違うんだろう。


 精霊の言葉選びの糸が少し難しくて、ひとまずダメもとで、聞いてみる。


「見放された? なんで?」


 聞くと、ヴィゾヴニルの瞳は見たこともない色に変わった。


 感じたことのない『冷え』をお腹の中に感じる色合いだった。


『少なくとも『誠実ではなかった』からだ。 その原因も理由も、フィランには話せない。 彼は言ったろう? ある日、突然、精霊が見えなくなって、妹が花睡病になった、と。 精霊は根っこでつながっている。 だからあの日の事は知っている。 でもそれは彼らの話だ。 フィランは自分の力でできることを頑張るしかないんだ。』


 ふわっと、いつもの瞳に戻ったヴィゾヴニルは優しく笑って額にキスをした。


『僕たちの可愛いフィラン。たった一滴の優しさをくれた他人のために心を砕けるその魂の尊さ。僕たちの宝物だよ? だけど、それはいつか身を亡ぼすことになるだろう。だから身を引くことも覚えることが必要だね。 さ、寝るといいよ。 明日から大変になるんだからね。』


「大変? なんで?」


 え? 明日また何かに巻き込まれるの!? と言う顔をした私に、お馬鹿さん、と鼻をつつくヴィゾヴニル。


『今日採集して来た素材の下処理は少しでも早い方がいいよ、フィラン。 何やらいろいろと持って帰ってきたんだろう?』


 わ・す・れ・て・た!


 あの大量の、籠の中に詰め込んできた素材を全部、下処理してしまわないと!


 しかも明日中に!


 これは大変だ! でもそれ以上に、大事なこともあるんだけど……それは口にしちゃいけない気もする。


 ヴィゾヴニルの事は、きっと精霊的には正しいんだろうけど、私は人間!


 どうしよう、と、私の心は焦ってる。


「でも、でもね」


『僕たちはフィランを愛しているけれど、それは万能ではない。 しかしそれでも心を砕くフィランに、仕方がないから一つだけヒントを上げよう。』


 にっこりと笑う。


 それはすごく言い表せない複雑な表情。


『フィランは、今自分の目の前にあることも、差し出されたことも、すべてを含め、自分のできることを精一杯頑張って、その答えの道へと進むことを考えるといい。その足掛かりは揃っているだろう? 月の精霊としてフィランにしてあげられる話はここまでだ。 さ、お休み。 明日はお店は彼に任せて、与えられた恵みを一つたりとも無駄にしないように、仕事に励むんだよ。』


 まってまって!


 そう言う暇もなく、とろとろと甘い睡魔が私を包み込んで、深い深い眠りの中に連れて行ってしまった。







 ぱちっ!


 目が覚めました! おはよう!


 ぶっちゃけると夢も見ないくらいに爆睡しましたよ!


 ベッドから出れば、部屋の中はカーテンの隙間から朝日が入り込んでいて、カーテンを開けると完全に夜は明けていました、グッモーニン!


 昨夜は考える間もなく寝かされてしまったけれど、おかげで頭の中はクリアー。


 昨日言われたことや、聞いたことはちゃんと覚えているし、問題も山積みなのはちゃんとわかってる。


 けれど、ヴィゾヴニルのくれた言葉は、一晩寝たことで体の隅々にしみ込んだ。


 とりあえず、部屋着を脱ぎ捨て、錬金調薬をするときのお仕事ワンピースに着替える。


 靴下も履いて、ブーツのひももしっかり縛って。


 くるっと振り返ると、お気に入りの鏡台のところで金色の美少女が笑っていた。


「おはよう、アルムヘイム。」


『おはよう、フィラン。 すっきりしたいい顔になっていますわね、安心しましたわ。』


「うん、ヴィゾヴニルが教えてくれたから。」


 あらなにを? と言いながら、香油を垂らした櫛を用意してくれたアルムヘイムに、鏡台の椅子に座って髪の毛を一度手でほぐしながら言う。


「目の前にある、できることからやるって事。」


『あら、いいことを言いますわね。』


 櫛で髪の毛を梳いていけば、アルムヘイムは優しく手伝ってくれる。


『フィランなら大丈夫ですわよ。焦らなくても、足踏み状態が続いても、ちゃんと前に踏み出して、光のほうへ進む力を持っていると信じているわ。 私のかわいい子ですもの。』


「うん、頑張るね。」


『えぇ。 私たちは見守ってあげるわ。 そしてあなたが光さす道からそれないように共に進んであげますわ。』


「うん、ありがとう! 絶対だよ」


『えぇ、貴方があなたである限りは、絶対よ。』


 にっこりと笑ったアルムヘイムに、力いっぱい頷いて、髪の毛を梳き終わると今日はくるくるっと巻いてお団子のようにする。


 なんたって、素材の下処理を今日中に! おわらせて! できれば新商品も考えたいからね!


 何をするにしても地道に頑張るしかないんだもんね。なんたって私、この世界に生まれてまだ3週間!


 正しくは3精霊週間!


「よし、また呼んだらお手伝いしてね! よろしくね。」


 手を振って部屋を出ると、お店を抜けて水場に向かう。


 水場の奥からは激しい包丁の音。


 んん? なんだか既視感。


 この激しい包丁乱舞は、セディ兄さまがまた、とんでもない量の野菜を刻んでいるのではなかろうか……?


 そんな想像をして、そぉっと扉を開けてみると、ザル二つ分の刻んだ野菜の山が見えた。


 う~ん、兄さまちゃんと寝たのかな……もしかして寝てないのかな?


 扉の外で一瞬悩んでから、まぁ仕方ない、ともう一度扉のノブに手をかけた。


「兄さま、おはよう!」


「……っと、フィラン、おはよう。」


 あ、ほら、目の下にめっちゃ隈がある!


 だめだ、これは寝てない。寝てないままに野菜を刻んでたっぽい、私めちゃくちゃすっきり寝たのに本当に申し訳なくなってきた。


「兄さま、この野菜の量、もしかして寝てないの?」


「あ、あぁ。 今気が付いた、困ったな……」


 本当に無心で野菜を刻んでたみたいですよ。兄さまは苦労性だなぁ……私のせいだけど。


 今も私にどう声をかけていいのか悩んでる風が感じられたけれど、ここで気を使ってたら、これからも一緒に暮らすのに気まずくってしょうがない!


 なのでこっちから明るく話しかけてしまえ! もう、どうとでもなれ! おらぁ!


「顔色悪いよぉ。宮廷魔導士様が貫徹2週間ですって言ってた時の顔にそっくり。アケロ……師匠とおそろいになっ

ちゃうよ!」


 いつもよりも多めに明るくしております!


 わざとらしくて若干恥ずかしいですが、気にしない!


 そんな私の様子に、あっけにとられたような顔を見せたセディ兄さまは、強張っていた顔を緩め……それからいつものように優しい顔で笑った。


「アケロスとおそろいは嫌だなぁ……よくセスとからかって笑っていたのに。 フィランはよく眠れたみたいだね。 よかった。」


 うんうん、良かったよね、兄さま起きてたのにごめんね。


「おかげさまで、ヴィゾヴニルが子守唄を歌ってくれたから。 兄さまは寝れなかったみたいだね、今日もお店休む?」


「……う~ん……」


 手と顔を洗ってから、いつものようにマグカップを出したりお皿を出したりすると、兄さまもいつも通り、パンやサラダ、それから刻んだ野菜のたっぷり入ったスープをよそい始める。


 ……いや、まだあったのか、野菜。 どれだけ刻んだのよ……。


 用意ができて椅子に座ると、兄さまは紅茶を入れてくれた。


「昨日も休んでいるから、今日は頑張るとしよう。 フィランは昨日採ってきた素材の下処理を頑張って。」


「いや、それだと兄さま倒れますよ? ちょっと仮眠をとった方が……。 お店番は私がしますよ?」


「店開ける前に少し眠るし、今夜は早く眠るようにするから大丈夫だよ。 フィランは鮮度が落ちるから素材の下処理に徹したほうがいいな。」


「じゃあ、そうしましょう! では! いただきます!」


「はい。 いただきます。」


 パンに恋するジャムを塗って口に入れながら、あ、そうそう、と思いだした。


 着替えている間に考えてたんだった。


「ねぇ。兄さま?」


「うん? はちみつかい? フルーツサラダ?」


「そうじゃなくて、あのね、昨日の話なんだけどね?」


 あ、兄さまの目元がぴくってした! 警戒してるなぁ……。


 普段ならきっと気が付かないそんな表情も、気づけるようになるくらい家族してたんだよなぁ、としんみりしちゃうけど、ちゃんと言わなきゃね。


「あのね、アカデミー、行く方向できちんと考えてみようと思うんだけど。」


「アカデミー? あぁ、陛下の言ってたやつだね。嫌がってたのにどうしたんだい?」


「うん、まぁ、まだ行くとはちゃんと決めてないけれど、でもちょっと頑張ろうかと思ったの。」


「フィランはちゃんと頑張っていると思うけど?」


 紅茶を飲む兄さま。


 おっと、今日は食が進まないようですが、気が付かないふりしておこう。


「えへ、ありがとう。 だけど、私この世界のこと知らないし、世間知らずだし。もしもアカデミーに入るなら、これから先ここでしっかり生きていくために、ちょっと本気で頑張った方がいいかなぁって思ったの。」


 パンを飲み込んで、サラダを食べて、スープを飲んで……よし、お腹いっぱい。


 美味しいご飯に、しっかり元気をもらったから、ちゃんと言える。


「セス姉さまを起こすためにも、セディ兄さまにそんな変な顔させないためにも、頑張るって決めたの! だから、行く決心ついたら応援してね! あと、私、兄様と姉さまの事、やっぱり滅茶苦茶大好きだから! 本当にお姉ちゃんとお兄ちゃんだと思ってるからね! じゃあ、ごちそうさまでした!」


「え? フィラン!?」


 立ち上がって食器を流しに入れて、裏庭に向かった私に、兄さまは慌てて立ち上がったけど、紅茶がこぼれたのが見えた。


「兄さま、紅茶零れてるよ? あとご飯はちゃんと食べてね! お店、よろしくね!」


 言い逃げ上等!


 後はお昼ご飯まで顔を合わせないから、お互い頑張ろう!


 勢いよく扉を閉めて顔を上げると、五精霊とアルムヘイムが待っていてくれた。


『フィラン! 昨日の分まで摘まないとだめなんだよ!』


 エーンートが手を振ってくれるから、空の籠をつかんで頷く。


「アルムヘイム?」


『何ですの?』


「ヴィゾヴニルは怒る?」


『あの兄妹二人が好きっていうのは……目をつぶりましょう。 そのうえで、これ以上ないくらい大満足だと思うわよ。 そして貴方が選んだ答えなら、私達は道を照らしてあげるわ。 その代わり、弱音は認めませんけどね。』


「えぇ~、少しは手加減してね。 じゃあ、はじめよっかな~。 アンダイン、シルフィード、水やりしてから、昨日の素材、桶に出すから洗うの手伝って~。 エーンートとグノームは草むしりと肥料やりね! サラマンドラはあとで薬草の乾燥してほしいから、今はお休みしてて。 アルムヘイムは……」


『わたくしはさぼらないように見張りをしますわよ。』


「『え~!』」


 みんなでため息交じりに抗議の声を上げながら、おのおの畑に散っていく。


 途中、兄さまが来たけれど、仕事しろって店に追い返した。






 さ、今日からまた、異世界生活、頑張るぞー!

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