1-048)疑問と説明、それから心。
一階層騎士団駐屯地の転移門から二階層へ移動し、そこで小ラージュ君、アケロス様、ロギイ様とも別れて、セディ兄さまと一緒に家に向かう道。
空はなんとなく、そろそろ夕暮れの用意を始めてるのかな?という色合いになってきていたので、今日の晩御飯に思いを寄せる……わけもなく。
実は聞きたいことがいっぱいあった。
主に小ラージュ君ことラージュ陛下に関する今日の事である。
っていうか、それしかないよね! 後、なぁなぁのまま押し付けられた私の今後について! とか、それから……
「あのね、兄さま。」
きゅっと兄さまのマントのすそをつかむと、こちらを向いてくれたセディ兄さまはニコッと笑ってくれた。
「うん? お腹が減ったかい? 今日は疲れただろう? 晩御飯は朝のうちに仕込んであるサンドイッチにする予定なんだけど、他に何か食べたい物があるかい?」
「う~ん……そうじゃなくてね……」
なんで私が口を開くとお腹減ったになるんですかね?
確かにお腹もぺっこぺこのべっこべこに減ってはいるけれども!
そこじゃない、いま聞きたいのはそこじゃありません!
「あのね、なんで私と三名様っていわれたの?」
一瞬だけ見開かれた目が、すぐに笑うように細くなった。
あ、これは何とかごまかそうとしているかもしれないって思ったから、今度はきゅっと手を握って、聞く。
「五人で行ったのに、なんで四人なの?」
今回は、絶対にごまかされないよ、という目を向けて。
すこし揺れたと思う。
兄さまにも約束があって、それを守るために、どうしようかと考えたのかもしれない。
けれど……
「あぁ、本当に、フィランには隠し事ができないなぁ……」
はぁっと、セディ兄さまは感心したように、困ったようにため息をついた。
「私と、ロギイ、アケロスで三人、フィランを入れて四人だよ。」
うん、やっぱりね~。
ここまでは、私のぺらぺらのおつむでもわかることなんだけどっていうか、それはわかってるんだけど、その方法が知りたいわけですよ!
あと回答の仕方が『小ラージュ陛下がいない事』とは言わずに、いるメンバーを上げていったっていうのは、何か問題があるからかな?
……よし!
「それは、小ラージュ君が隠者のローブを着ていたからって事? そしたら私も着ていたよ。」
ほらほら~、と、今も着てるローブをひらひらとさせると、まぁそうなんだけど、と言葉を濁して難しい顔をする。
うん、これは彼の名前は出したくないほうかぁ。
なんだかまた面倒くさいことにならなきゃいいけどなぁ……
「兄さま? 言っちゃダメな事だった?」
「いや……。 でも外でする話ではないから、家に帰って、一息ついたところで話をしようか。」
きちんと説明するよ、そう言ってセディ兄さまはまた、困ったように笑った。
どこから話をしようかなぁ。
そう言った兄さまは、はちみつとミルクがたっぷり入った紅茶を渡してくれた。
家についてすぐ、朝のうちにセディ兄さまが作っていた食事をとって一息、持って帰った物の仕分け作業を終えたあと、お風呂に入って、お店の方で話をするのかと思ったら、珍しく兄さまの部屋へ呼ばれることになった。
セディ兄さまの部屋は二階、私の部屋とは一番遠い、この家で二番目に広い部屋(3部屋しかないからあんまり関係ないけどね)で、入った両端にベッドが二基、その真ん中に丸いテーブルとゆったり座れるクッションを付けた椅子が二つ、それから備え付けの収納棚がある。
最後に入った時から、それは変わっていなかった。
細かなものは増えてはいるが、セディ兄さまたちが来た日に入っただけで、それ以降はなんとなく入ったことはなかったから……セス姉さまに会うのも、それくらいぶりなのだ。
相変わらず綺麗な顔で眠っているセス姉さまの近くの椅子に座ったセディ兄さまは、う~んと困った顔をした後、口を開いた。
「まずは今日、ギルドでもダンジョン入り口でも四人パーティと言われた件は、フィランの考えている通り、他の人たちからはラージュ陛下が見えていなかったからだよ。」
「うん、それは聞いた。」
そこは納得しながら紅茶を口にする。
あ、美味しい。
いや、そうじゃなく。
ダンジョンの騎士様はジュラ君にだけ水晶玉を近づけなかったし、名前も呼ばなかった。
ギルマスも私とセディ兄さま、それから後ろの二人は見ていたし、兄さまとも会話していたけど、ジュラ君のいる方には見向きもしていなかった。
でも、あんなに堂々としていたのにな。
「それは、なんでみんな気が付かなかったの? 隠者のローブのせい? だけどそれなら私も着てたよ。」
「うん、そうだね」
セディ兄さまも紅茶を飲み、少し考えるようにしてから言葉を続ける。
「フィランが今日着ていたのは、まさしく隠者のローブ。 魔物からその姿も魔力も検知させにくくなるものだと説明したよね。 対して今日殿下が身に着けていたものは、隠者のローブにまぁいろいろと手を加えたというか……魔物だけじゃなくて許可したモノ以外の誰からも何からも見えなくなるように改造されている。」
「誰からも?」
「そう、誰からも。 今日は私、フィラン、ロギイを指定していて、それがちゃんと機能しているかを確認したんだけど、ダンジョンやギルドに入る時にもうまく機能していたようだから成功したんだね。 それと、ダンジョン内のドラゴンを倒したとされる魔力がフィランのモノだった件に関してはまぁ……宮廷魔術師であるアケロスがいろいろうまくやった、とそれくらいで勘弁してほしい。 彼の魔術に関しては、幼馴染とはいえ知らないことが多いんだ。」
なんだそのチート機能のついた服……とは言いませんよ? ……あと、アケロス様の事もいろいろ突っ込んじゃいけないっていうこともわかりました。
「そんな素敵な服があるなら、アカデミー行かなくても遊び放題では?」
着て逃げちゃえばいいじゃんね、と言えば、いやいやと、困った顔をするセディ兄さま。
「指定したのはフィラン、私、ロギイと言っただろう? アケロスが入っていないのは……あのマントを改良したアケロスは、陛下が本気で逃走しないようにちゃんと細工していてね。 あれを装備している間の会話や行動はアケロスに筒抜けらしいんだ。 だから殿下もあれを着て脱走したりお忍びできるわけではないんだ。」
え? それは、すっぽんぽんで走り回ってるのと同じなのでは……?
「う、うわぁ……」
「本当、いい性格しているだろう? あいつは敵に回しちゃいけないと、よくロギイと話をしている。」
「そ、そうですね……って、あ! 杖! 杖もらって! これもやばいのでは⁉」
あの杖! 師匠が弟子にっていった!
気が付いた兄さまが笑っている。
「フィラン、あいつはこう、変わったモノとか珍しいモノが大好きでな……珍しいフィランを気に入ったんだろうな。 師弟発言はかなり本気だと思う。 まぁ解消は難しいし、少しアレでもあいつはものすごく優秀だから、ものすごく勉強になると思う。 教えてくれると言っているものはすべて吸収するつもりで……それとあいつとの行動は気を付けるように……」
「……はい……。」
アケロス様、怖い。
私、弟子になっちゃったよ!?
兄さまのお友達だからって、かなり警戒心ザルだった。だいぶん早まったぁ!
兄さまも止めてくれてもよかったのに……。
紅茶を飲みながらちょっと後悔する。 でも物凄い優秀っていうのはやっぱり気になるし、可愛がってくれてるのもわかるから、気を付けつつ可愛い弟子に徹しようと決心する……しかない。
「それでローブの話に戻るが、城内では何度もテストしていたそうだが、王宮内はちょっと特殊でね。 これもアケロスの実験ではあるが、様々な魔力を抑え込んだりなどの様々な仕掛けが施されている。 だからそういった縛りのない王都城下や要塞外、それにダンジョンの中では、ラージュ陛下自身の魔力の高さでばれるかと思ったんだけど……完璧だったね。」
なるほど、効果のテストは合格だったって事か……。
しかし、しかしですよ……?
「そんなもの、何のためにつくったの?」
「うん? 何のため、とは?」
私の疑問はもっともだと思うけど、兄さまが聞いてきた。
これって説明必要かなぁ?
「だって、ラージュ陛下はチート級の強さだし、あんなものがなくても、力技で逃げたりとかできると思うんだけど、なんで?」
あの格好だって、ローブが機能しなかったときのための保険のために、変身できる魔法薬だかを使ったのだろう……そこまでしてそんなものを作りたいのは何のため?
私の言いたいことがわかったのだろう。
困ったように笑う兄さまは、答えを言うような気配はない。
もう、最近そんな笑顔が多いですよ!
イケメン台無しだし! 聞かれたくない、けど答えたくない、とは言えないんですね?
そしてそれを私に察しろと?
私は気遣いできる日本人ですからね、解りました! 忖度しますよ!
「これ以上は聞かないです。 兄さまを困らせたいわけじゃないですからね。」
「すまない。」
「しょうがないです。 兄さまって呼んでいても、本当に兄さまなわけではないですし、皇帝陛下に言われて私の監視と護衛をしてるだけですもん。 最近ちょっと甘え過ぎて、勘違いしてましたね、ごめんなさい。」
と、ここまで言って気が付いた。
すごくすごく嫌味っぽくなった。その証拠に兄さまがものすごく微妙に、苦い顔してる。
嫌味じゃないよ!
感謝しているもの。
私は、なかった事件になってるけど、ポーションでギルド崩壊未遂事件の犯人で、兄さまは保護観察官みたいなもので。 穏やかな生活をしてしまっていたから、ちょっと虫がいいように脳内変換してしまっていただけで……うん、甘えすぎてたよね。 何でも教えてもらえると思ってた。
「い……嫌味じゃないけど、言い過ぎました。ごめんなさい。」
頭を下げてちゃんと謝る。
「私も少しこの生活で気が緩んでしまっていたかもしれないな……。 いや。」
椅子から立ち上がったセディ兄さまは、私の目の前にしゃがむと頭をポンポン、としてくれた。
「短い期間だけどね、私はフィランの事を本当の妹のように思っているよ。 ここで何も言わないのは、フィランの身を守るためだ。 この仕事を授けてくれたラージュ陛下にも、それを受け入れてくれたフィランにも、本当に感謝している。 だからわがままを言ったり、こうして話してくれるのは嬉しいよ。」
そう言って立ち上がると……セス姉さまが眠るベッドのほうに目をやった。
「セスもきっと、目を覚ましたらフィランを可愛がって仕方がないんじゃないかと思ってる。 セスはずっと妹を欲しがっていたからね。」
そうだなぁ、とセディ兄さまはセス姉さまのところにいくと、枕の下に手を入れると何やら取り出して私の手の上に置いた。
「ネックレス?」
革ひもに、大きな石のついたネックレスが一つ。
金具から下がった少し大きめの、綺麗に磨かれた楕円形の透明な石の中には、綺麗な淡い青の小さな花とイチイの葉が封入されていた。
その青い花は、あちらの世界の勿忘草に似ている、と思った。
「これはね、セスが眠っている訳。」
「眠っているわけ?」
「そう。 ……今日は外出もしているし、フィランも疲れているだろう? けど、もしフィランが大丈夫だったら、少し長い話を聞いてくれるかい?」
私は、手の中のネックレスを見て、それから頷いた。