1-046)取引? いいえ、押し付けです!
目的地である嘆きの洞窟、地下十五階に到着すると、アケロス様が私に教えてくれる。
「あの小聖堂で祈りをささげることで、初心者研修は終わり。つまり冒険者ランクDからCへの昇級の条件を満たしたことになります。 ちなみに、定期的に行われる管轄国の魔術師による結界によって、そういう仕組みが起動するようになっています。」
「ふんふん、なるほど。」
この十五階、最初に入ったあの『口の中』空間に広さはよく似ているが、金色の芝生、真っ白の小さな聖堂、湧き水をたたえた泉があるだけのものすごく簡素な空間で、全体的に人の手の入った綺麗な空間だった。
なるほど、チェックポイントとして定期的に魔術師様の管理が入っているんからなんだな……なら他の階層も内装と言うか、いろいろ手を入れたほうがいいと思う。特にあの口の中。
とは口にせず、うんうんと頷いておいた。
「と、いうわけで、フィラン嬢はまず聖堂で祈りをささげてくるといいでしょう。 上に戻ればランクはCになっていますよ。」
アケロス様に促されて、入った小聖堂の突き当りにある鏡の前の盃の水を、言われるままに水魔法で入れ替えてお祈りを済ませた。
聖堂を出れば、セディ兄さまたちが左奥にある泉で武器の手入れをしている。
「さて、休憩にしましょうか。 フィラン嬢、こちらへ。」
アケロス様が手招きしてくれる。
「魔物が出ない空間と言っても、魔物の強襲でこの場に魔物が入ってきてしまうこともありますので、冒険者は安全に野営や食事がとれるようにしなくてはなりません。 そこでこれです。」
泉の近くの金色の芝生のような短い草がみっしりと栄えた場所には、大きな魔方陣を組むように石が埋め込まれていて。そこを杖で滾々と順番に叩いていくと、魔方陣の外周だけ、淡く金色の光が浮かんだ。
「これはダンジョンやフィールドに点在する、魔物や強盗などから身を守るための公営の結界です。 いいですか、フィラン嬢。 採集のダンジョンやフィールドワークに出るときは、こういう場所を把握しておき、そこにつくまではちゃんと余力を残して進むんですよ。 間違っても途中で魔力切れとか起こしてはいけません。わかりましたか?」
にっこりと優しい笑顔を向けてくれるアケロス様、これこそ大人の余裕ですね!
さっき怖かったのもすっ飛んじゃうくらいのかっこよさ!
家庭教師属性も好きですよ! 学校は嫌な思い出が多いので好きになれませんけどね。
「はい、先生。」
「いい返事ですが、そこは師匠と言ってくださいね。」
あ、先生よりもアケロス様は師匠属性が好きですか? わかりました!
「はい、師匠。」
「いつからあいつら師弟関係になったんだ……?」
「さっきからですよぉ」
からかうようにヤジを飛ばしてきたロギイさんに、手を振って笑って答えると、くすくす笑ったアケロス様は、憮然とした顔で腕を組んで立っているジュラ君こと暫定名・小ラージュ君に目の笑っていない笑顔を向けた。
「さ、お茶にしましょう。 ジュラ、突っ立っていないでセディをお手伝いして早く用意してください。」
「なんで僕が。」
「おや?」
にやりと笑ったアケロス様は、まだ結界の外にいて、そう不満を口にした小ラージュ君をみた。
「皇帝じゃないんでしょう? 君は。」
「……あ~、はいはい……。 っち!」
舌打ちした! 皇帝陛下が! 舌打ち!
と慌てるわたしを尻目に、あからさまにしぶしぶと分かる顔で説明を受けた結界内に入ると、敷物を敷いたり、籠の中からお弁当を出したりし始めたセディ兄さまのお手伝いを始めた小ラージュ君。
兄さまのほうは、そんな小ラージュ君を見て本当に困ったように苦笑いしながら、ちらりちらりと時折私を見てくるけど、絶対に助け船なんかだしませんよ?
だってジュラ君はラージュ陛下説を否定している。 だったらただの同行者だもん!
「おぉ、相変わらず豪勢なもんだな。 セディは昔っから料理うまかったもんなぁ」
一番に敷物の上に座り込んだロギイさんは、左手にサンドイッチのようなパンをつかむと、右手に先ほどのドラゴンのしっぽを串にさして魔法で焼いたものをもって食べ始める。
それはもう、もっしゃもっしゃと食べている。
「ドラゴンっておいしいんですか?」
恐る恐る聞いてみた私に、うん? と言う顔をしながらドラゴン肉を頬ばるロギイ様はう~ん、と考えて飲み込んだ。
「味はそうだなぁ、普通から少し上くらいだな。 決してまずくはないが、大好物とか言ってがっついて食べるほどでもない。 でもこうやってドラゴンの肉を食べるのにはわけがあるんだ。」
口の端についた肉汁を親指で拭いベロンと舐めたロギイ様。う~ん、ワイルド! さすが虎!
「わけ?」
「そう。他の肉とは魔力の回復量が違うんだ。 ドラゴンの肉は魔力の蓄積量が半端なくてな、俺なんかは魔力がもともと少ないからこれ一切れでほぼ全回復だ。」
「そう、だからドラゴンの血は超特級魔力ポーションの重要な素材なんですよ。 フィラン嬢もダンジョン攻略時にドラゴンを討伐したときにはちゃんと食べておくように覚えておきなさい。」
一口大にカットして串に刺したお肉を食べながら教えてくれるアケロス様に、そんなことにはあんまりなりたくないなぁと思いながら頷く。
「そうそう、女の子なんだから、ちゃんとこうしてたべなさい。間違ってもロギィの食べ方をまねしてはいけない。」
と言ってくる兄さまは尻尾の肉を一口大に切り分け、串をうち、焼きながら笑う。
「よし、やけた。 ほら、フィランも食べてごらん?」
そう言って兄さまに渡されたお肉を口に入れると、じゅわ~っと肉汁があふれてきて。そうだな、何っていうんだろうな、これ、何肉っていえばいいの? 歯ごたえもあるし、かといってすごく固いわけでもない。脂肪の甘さも程よく、うん、美味しい。
なにより、飲み込んだ傍から、体の中でぽかぽかとあったかくなり始めて、すごく気分がいい。
危ない薬が入っているのでは? って錯覚するくらいだ。
「美味しい!」
「よかった。 フィランが気に入ったなら、ギルドに納品する以外の分は塩漬けにしてうちの備蓄庫に入れておこう。 フィランは魔力使用量が多いからなぁ。」
何やらセディ兄さまがどこかから取り出した塩を肉に塗り込んでいっているけど、あれはどこから出てきたんだろうか?
う~ん、と兄さまを観察していると、私の横でもう開き直ってフードを外し、その上でめちゃくちゃ満足そうに肉にかぶりついていた小ラージュ君が視界に入ったため……ちょっとだけモヤっとした。
ので。
「陛下、毒見はいいんですか?」
って大きな声で言ってみた。
すると一瞬喉に詰まらせたような顔をした後、咳払いをする。
「俺の前にこいつらが食ってるから大丈夫だ。」
と、言った。
言いましたよ!
言い切りましたよ!
言質は取った!
「やっぱりラージュ陛下じゃないですか! なんでここにいるんですか、何してるんですか、国の政はいいんですか? もしかして政放り投げてお忍び? 側近の方は泣いちゃうんじゃないですか?」
「お前……」
肉を食べていた手を止めて、じとーっと私の顔を見た小ラージュ君ことラージュ陛下。ため息をついてセディ兄さまを見た。
「お前の育て方はどうなっているんだ。」
「ですから育てた覚えはないと言っていますよ? そもそも今回の事は陛下の詰めの甘さでばれたのに……」
「あれはドリアードが変な風を出して俺のフードを飛ばしたからだ。」
「じゃあ文句言う相手間違ってるんじゃね?」
ぺろり、と、5本目の竜串も食べ終わったロギイさんが、笑いながら六本目に手を付け始める。
「貴方は食べすぎですよ?」
「お前と違って運動しまくったんだからしょうがないだろう? ラージュのバフもなかったしな。 いやーしかし久々に面白かった。」
ドラゴン相手に面白かったって……と突っ込みたいが、それ以上に突っ込みたい単語!
「バフ! なんかかっこいい、バフ!」
「バフっていう良い方は普通はしませんからね。 ラージュ陛下が昔からそういっていたので私たちに浸透しただけで。 一般的には祝福、付与と言わないと通用しませんから気を付けてください。」
「なるほど。」
二本目のドラゴン串を兄さまから受け取りながら、じっと小ラージュ君を見る。
「陛下、ゲーマーだったんですね。」
「悪いか。」
「悪くないですよ、私もそうですから。」
二人でもりもりと食べるドラゴン串……うん、お腹いっぱい。
で、だ。
お腹もいっぱいになったことだし、兄さまの入れてくれた紅茶と、小ラージュ陛下がどこかから引っ張り出してきたお菓子でティータイムしながら陛下を見た。
「で、ここで何してるんですか? ラージュ陛下。」
ぶはっと、ラージュ陛下がお茶を噴き出した。
「きたなーい!」
「おま! ゲホッ……いまそういうこ……ゲホゲホ……。」
「ききますよ? だって理由は? なんでそんな格好しているんですか?」
お茶を飲んで落ち着いたのに、いまだむっとした顔で黙り込んだ小ラージュ君の肩をロギイさんがため息をついて叩いた。
「……もう吐いちゃえよ、同意してやるから。」
「そうそう、全部言ったうえでのほうが楽ですよ、私たちも、貴方も。」
それでも何も言わない小ラージュ君の様子を見ていたアケロス様が、解りやすく深いため息をついて、セディ兄さまからお茶を受け取りながら言った。
「『もう皇帝業あきた。 俺もフィランと遊んだり楽しんだりしたい!』」
「ちょ! アケロス! 裏切……っ! ロギイっ!」
真っ赤な顔で手に持ってたお茶を置いてアケロス様に詰め寄ろうとした小ラージュ君をロギイ様が捕まえる。
「『そもそも俺は皇帝なんかなりたくなかった。100年も耐えてやったんだから、そろそろ自由にしたって許されると思わないか?』 だそうで。」
額を抑えながら頭を振ったアケロス様。
「そんな事を皇帝陛下が言うなんて……と思うじゃないですか。 えぇ、思い切り王宮の執務室に監禁しました。宮廷魔術師上位十人使ってきっちりと!」
「ラージュは脱走の前科があるからなぁ……」
ロギイさんもため息をつきながら真っ赤な顔をして抵抗している小ラージュ君の頭をなでている。
ねぇ、それって不敬? 不敬にならないんですか?? と思いながら小ラージュ君を見るが、うん、不敬にしそうな雰囲気ないからいいか!
「一度はおとなしくなったので観念したと思ったんですが、君が素材集めと称したピクニックに行くことを知り、同行すると聞かなくなってしまって。」
「せめて王都内にしてくれって頼んだんだけど、ポーションは卸してほしいし、そうするとフィールドワークは必要だしな。 抜け出されるよりはましだと思ってついてきた。」
ついてきたじゃないよ。みんなもう、馬鹿じゃないの?
「そもそも、なんでばれたんですか?」
そこだよね、問題点。
そう聞くと困ったように笑ったセディ兄さま。
「冒険者ギルドにフィールドワークの申請にだした書類から漏れたようだ。」
「それはばれたじゃなくて報告した、じゃないかと……」
「冒険者ギルドにあらかじめ手をまわしていたらしいんですよ、何やっているんだか」
私もだけど皆さん、すっごい情けないものを見る目で小ラージュ君の顔を見ました。
初回、二回目とめちゃくちゃ登場かっこよかったのに、こっちが素ですか? 本当に? もう! おとなげないっ!
「子供じゃないんですから……」
「そういうなら皇帝やってみろ。本当に息が詰まるんだぞ?」
ドン! とロギイさんの腹に一撃食らわせて腕からすり抜けた(ロギイさんにダメージ0ですよ、びっくりしただけみたい。)小ラージュ君は、ドカッと胡坐をかいて座るとため息をついた。
「そもそも、俺はただの農耕の民だ! なのに村長だ、里長だ、はては英雄だ救世主だと勝手に自分たちの都合のいい名前を付けて俺を担ぎ上げて、とうとう皇帝なんぞにしやがって。 俺はただ村を守ることと、戦いに出て行ってくれた奴らを守っただけだ。」
「陛下にとってはそれだけかもしれないですが、その守っただけが人外というか、破格というか……」
遠い目をしたセディ兄さま。
その原因を全部知ってるんですね?
でもこういう時に何があったのかは聞いちゃいけないんだよね。うん、私、空気が読める子!。
「……でも、今日の脱走と何のかかわりが……あ。」
ピーンときた! はいきた!
「アカデミーの受験って、小ラージュ君の差し金ですか!?」
「おま、小ラージュってなんだ! しかも差し金って人聞きの悪い! そもそも……」
「まぁまぁ、おちつけって。」
小ラージュ君、ロギイさんに止められている。
「発案は私達です。 何度も脱走されるくらいなら、王都内で守護の厳重なアカデミーにいてもらった方が警護も連絡も楽なので。」
アケロス様がため息をついて言った。
「フィラン嬢には申し訳ありませんが、そういう状況なので次年度、アカデミーに入っていただいても? 学校はお嫌いとのことですが、私もロギイもセディも講師として入り込みますし、身の安全は保障します。 もちろん報酬もお支払いしますよ。お店の件もお任せを。」
「えぇ~……」
これ、拒否権なしの奴じゃないですか……私の人権は一体いずこ!?
「対人トラブルに関しては文句言えないように、君の後ろ盾に筆頭貴族を付けます。 すでにコルトサニア商会もついているようなので、ちょっと睨みを利かせておけば表立った面倒ごとは起きないでしょう。」
「……すり寄りとかの面倒くささがあると思うんですが?」
「おや、聡い。」
にっこりと笑ったアケロス様。
「そこは陛下と共に行動していただくということで、護衛をつけます。」
……用意周到だなぁ……突破口はないのかな……あ!
「ラージュ陛下はどうやって入学するんですか!? できませんよね? ね?」
「陛下はこの格好で、遠縁の令息として入りますのでご安心を。」
ちっ! 手を打たれてた!
「その間、政はどうされるんですか!?」
「殿下の複製品がありますから何とでも。 国家行事や賓客などの場合は、休んでいただくことになりますが。」
ここまで用意周到だったとは……さすが師匠! 勝てる気がしない!
「ものすごく嫌だけど……わかりました……。」
はぁ~っと深い深いため息をついて、私は観念するしかないみたい……渋々だけどな!
「その代わり、見返り、すごく期待していますからね!」
「市井でのお前のポーションの売買や、王都からの離反以外なら、なんでもかなえてやる。」
にやりと笑った小ラージュ陛下に、あぁ、めんどくさくって受けちゃったけど、絶対に早まったよなぁ……と内心で頭を抱えた私でした。