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1-045)魔物の強襲と、ジュラ君とドリアード

「魔物の強襲だ。」


 セディ兄さまの言葉に顔を上げた時には、兄さまはもうそこにはいなかった。


 魔物の強襲ってなに?


 冒険者になりたくないって言ったじゃん!


 いやいや、痛いの嫌って言ったじゃん!


 神様の馬鹿! と、心の中で思ってる余裕も、実は私にはなくなってきていた。


 遠くから聞こえる怒号と、徐々に見え始めた、逃げる人達のたてる土埃と、その向こうにうごめく巨大な影、それから何かから立ち上がった炎の柱。


 足元から震えが来ているのがわかる。


 何かが近づいてくるのは強烈な、恐怖に近い威圧感。


 自分が置かれた状況すら見返すことができず、ただ立ち尽くしている。


「フィラン、ぼーっとするな。」


 大きな杖を肩でトントン、と揺らしながら、ジュラ君はわかりやすく大きなため息をついた。


「フィランにはここから一歩も動かないでほしい。 フィランのためだけじゃなく、あいつらのためにも。」


 もちろん! というか、動きたくても動けない。 足が動かないのだ。


 なんとか頷くと、ジュラ君は杖を構えなおした。


「逃げている冒険者の数が多い。負傷者も多いな。 全体的に時間がない。 フィランの強制送還は後回しだな。 こちらは隔離して他をダンジョン外へ放り出す方向で行こう。 その方が早い。」


 浮かび上がる魔方陣の、私とジュラ君、二つの魔方陣が重なったところを杖の先で何度か突いた。


「なに?」


 ぽっと、足元にあった魔方陣が光を増したのにびっくりして声を上げる私に、ジュラ君はよしよし、と頭をなでた。


「ここでフィランが動けば、その些細な行動や悲鳴であっても、あいつらは気になって集中できなくなる……情けないことだがな。 だからこちらをダンジョンから遮断する。 この魔方陣の中から絶対に出ないでくれ。 状況は後で必ず説明する……ドリアード、力を貸してくれ。」


 ジュラ君がそう呟くと、杖を床に突き立てた。


 二つだった魔方陣が一つに重なる。


 ジュラ君の背後から、ゆらりと緑色に輝く美しい女性が現れてジュラ君の杖に触れると、光をはじく木の葉の混じった旋毛風が、魔方陣の外の円から吹き出すように現れる。


「ドリアードの結界魔法を使用、スキル展開 『領域空間・遮断』」


 不思議な高い音。


 葉っぱをたくさん巻き込んだつむじ風は、その音を合図に、私とジュラ君の周りに立つ深い金色の混じった緑色の光の壁に変わった。


「よし、完成だ。」


「すごい……。」


 先ほどまで聞こえていた怒号や魔法の音、それから地鳴りのように迫ってくる鳥肌が立ちそうな恐怖感もすっかり感じなくなって、ほっとして気が抜ける。


 が、足元が水だったと思い出して座り込むのだけは何とかこらえたけれど、正直膝が笑って座り込んでしまいたい。


「怖い思いさせてごめん。 まさか強襲クエストが発生すると思わなかった……」


 フードの中でぼりぼり頭をかくジュラ君は、少し焦っているような声だと思った。


「強襲クエストって……」


「モンスターの異常発生だよ。 その階には絶対出ないような高位の魔物が出現したり、ありえない数の魔物が大量発生したりする。 言っただろう? ここは十階まではスライム中心にしか出ない初心者育成に使うようなダンジョンって……スライムの大量発生とかは五年に一回くらいはあったんだが、それもつい先日だったから当分は起きないはずだ。 ましてやアクアドラゴンなんて、俺が知っている限りで発生したことはない……」


 腕を組んで真剣に考えこんでいるジュラ君は、ため息を一つ、ついた。


「フィランには何も見せないでって言われてるのに、なんで今日に限って。」


「……ん?」


 見せないでって言われてる……のに?


「誰に?」


 はっとしたように、組んでいた腕をほどいたジュラ君は杖を持ち直した。


「あ、いや、僕たちみんな、フィランには怖い魔物は見せたくないのになぁって。 怖がらせたくないって、セディたちと話していたからね。」


 ……?


「何なら、音も聞かせたくないんだよね。怖いでしょう? 魔物の咆哮とか、魔法の打ち合いの音とか、ね?」


 それは確かにそうなので頷くが、なんかちょっとおかしいなぁ……見えてないはずのジュラ君の視線が泳いでいるように感じるのは気のせいなのかな?


「フィランはこっちに来てまだ日が浅いだろう? こういう怖い思いはさせたくないから、万全の態勢で来たつもりだったんだけど、ごめんね。」


「ううん、大丈夫……気を使ってくれてありがとう。 それよりも、セディ兄さまたちは大丈夫かな? ジュラ君はうんと強いんでしょう?」


「うん、強いとおもうよ。 でも今はフィランから離れちゃだめなんだ。」


 私から目を離し、壁の向こうを向いてしまったジュラ君に、聞いてみる。


「なんで駄目なの? 私はここにちゃんといるから……それとも、これはジュラ君がいないと消えちゃうの?」


「いや、ドリアードがいるからね……保持することはできると思う。 だけど僕はフィランの傍にいないと駄目なんだ。」


 ぴくっと動いたジュラ君のローブの端。


 何が見えているのだろう。兄さまたちは大丈夫なんだろうかと気になる。


「決まりには逆らえない。」


 決まり?


「決まりってなに?」


「フィランにはこういう物は見せない、近づけないっていう、決まり。 僕は君を守るために今日はここにいる……強襲は本当に予定外だけど……いや、そう命じたってことは予想範囲だったのかな……?」


 そんな決まりは一体いつできた物なんだろう。


 命じた? 命令なの?


「誰が命じたの?」


 ジュラ君の視線は動かない。


「そうだな、僕よりももっと、えらい人。」


 ジュラ君よりも偉い人?


「ラージュ陛下に頼まれてるの?」


 答えないってことは、それは肯定なんだと思った。


 ラージュ陛下が私の護衛を、兄さま以外にも出しているって事?


 不自然じゃない?


「ジュ……」


 その時、頭上に音を立てて小さな亀裂が入った。


「ジュラ君! 結界、が……」


 びっくりしているとジュラ君の木の精霊であるドリアードがくすくすと笑って、私の頭をなでると消えてしまった。


 それで、役目が終わったから消えたのだ、となんとなくだけど分かった。


「終わったみたいだけど、随分てこずったな……」


 それを肯定するようにジュラ君がつぶやくと、亀裂の入った部分から、まるでお砂糖が解けていくように結界が少しずつ消えていく。


「……うそ……。」


 先ほどまでは怒号と土煙で騒然としたダンジョンは、そうなる前の静けさを取り戻していた。


 きょろきょろ見回しても、魔物も、人も、兄さまたちも誰もいない。


「ジュラ君、兄さまたちは?」


「あそこにいる。 いこう。」


 また、手をつないでくれたジュラ君の結界が最後まで消えた時、小さく笑い声が聞こえた。


「? だれ?」


「フィラン、どうした?」


「笑い声、が……」


 ふわり。


 私たちの足元から不自然に巻き起こった風で、私たちのローブは風を含んで大きく広がった。


 びっくりして隣にいたジュラ君をみると、私と同じようにフードの隅々まで風で膨らんでいって……風が上へと吹き抜けたタイミングで、顔を覆っていたフードは顔を隠すことなく肩に落ちた。


 たった一瞬の出来事だったけど、びっくりしていた私たちの視線はしっかりばっちり合った。


 相手から見た私は、ものすごく目を真ん丸にして、ハチャメチャに驚いた、滑稽な顔をしてたに違いない。


 でもしかたない!


 フードから出てきたそのお顔は、何度か見たことある、しかもここぞというときにばかり見せられる顔だった。


 ここに絶対いるはずはないし、こんな姿格好じゃないし、声も違うけど!


 黄金の髪に黄金の瞳。


 目があった瞬間に背筋からびりびりするような、お腹の奥底から震えるような、ライオンに真正面から見据えられて咆哮を上げられたような感覚は、あの日はよくわからなかったものだけど、それでも確かに彼にしか感じたことがなかったものだった。いくら背丈が小さく、髪が短くなって、多少顔が幼かったとしても……あれ? 結構違うな。


 うん、だとしても絶対に間違えるはずはなかった。


「ジュラ君! っていうか、ラージュ陛下?!」


 ジュラ君も、一瞬なにがあったのかわからなかったようだが、自分の視界がぐんと開けた=フードが落ちた=顔を見られたと結びついたのだろう。


 ぽかんとした後、すぐにはっとして口を開いた。


「ドリアード!」


 消えてしまった精霊の名前を呼びながらフードを慌ててかぶるけど、いやいや、見た! 全部見た!


「いや、僕ごときが皇帝陛下に似てる、なんてそんな不敬な。何のことだか?」


 慌ててフードをかぶりなおすが、すぐに私はそのフードをはぎ取り、彼は必死にフードを戻そうとする。


「いやいやいやいや、陛下ですよね?」


「僕は陛下ではない。」


 フード破れるんじゃないかな? 位の激しい攻防。


 はぎたい私とかぶりたい彼。


 っていうかさぁ!


「こんなにバレバレなのに、なんでここでしらを切るんですか!?」


「何のことだ。私にはお前が何を言っているのかわからない!」


「ほら! 私! 私って言った―! 僕じゃなくて私って言った―!」


 この王様、あんぽんたんだ!


「もうバレてるんだからいいじゃないですか!」


「よくないだろう! 何を根拠に私が陛下だと思うんだ!」


「全部!!全部全部! どっからどう見ても陛下ですよ!」


「お前、目が悪いだろう!」


「陛下の変装が下手すぎるだけです!」


 この攻防、いったいいつまで続けるんだろうか。


 もうそろそろ疲れてきたのでケリを付けたい!


 でも違うって言いたくない!


 まぁたぶん相手も同じ気持ちだったのだろう。ローブのフードが悲鳴を上げ始めてもまだ続いていたのだが。


 ……終わりの時はあっけなく訪れた。


「アクアドラゴンと氷結竜の子供の血液、鱗、骨、目玉、舌、肉……優良素材だなー。」


「研修中じゃなくてよかったな……いや、研修中のほうがよかったか。 まったく、余計な手間を取らせられた。」


「しかしまぁ、これだけの素材が取れれば当分はドラゴン素材には困らないし、金も手に入るから儲けモンだったってことにしておこうぜ。 おーい、フィラン嬢、これらは特級ポーションの素材だ……ぞ……?」


 何やらいろいろとやばい色をした布袋を肩から4,5個下げてこちらに向かって歩いてきたセディ兄さま、アケロス様、ロギイさん。


 こちらを見て固まりました。


 が、固まってなくていいから、どうにかしてください!


「兄さま! 皆さんもいいところに! ジュラ君がラージュ陛下だってなんで黙ってたんですか!?」


 声を張り上げる私。


「おい! セディ! こいつがこんなに乱暴なのはお前の妹に似たのか!? お前、子育ての才能ないな!? どんな教育したらあの可愛かったフィランがこうなるんだ!」


 対してジュラ君……いや、小ラージュ君がいらだった声で兄さまを責める。


「なに兄さまを責めてるんですか! 私はもともとこういう性格です! っていうか、もともとは嘘つく陛下が悪いんでしょ!?」


「だから私は違うって言ってるだろう!」


 低レベルの喧嘩だってわかってるけど譲れるもんか!


 と、お互いかなりムキになってる中に、兄さまの消え入りそうな声が聞こえる。


「……陛下、もうバレてます……あと育児した覚えもないので、俺のせいにしないでください……」


 慰められるようにロギイさんに肩を叩かれたセディ兄さまは、担いでいた布袋を足元に落として真っ青な顔をしてつぶやく。


 甘やかしたのは事実ですが、とこっそり付け加えているあたり、私愛されてる!。


 うん! 甘やかされてたからね!


「兄さま大好き!」


「なにおう! お前は私の臣下だろうが! 私の味方をしなくてどうする!」


 水掛け論延長戦開始! とローブをつかむ手に力を入れた時だった。


 雷が落ちる音が、そこに響いた。


「ここで騒いでもしょうがないでしょう。さっさと15階に行きますよ。 早く用意をする! 話はそれから! 以上!」


「「「「はいっ!」」」」


 怒髪天ってこういうことなんだろうなぁ、って思うような美しい笑顔で、杖に雷を落としたアケロス様がそこにいました……とさ。

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