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1-041)素材採集と前日譚

 いま、私の目の前にあるのは、巨大な嘆く人の顔(の悲痛に曲がった口)。


 そうだな、どれくらいでっかいかというと……今、目の前に立って見上げているけれど、私の身長じゃ全貌が見えないどころか真上にある鼻の穴を見るのが精いっぱいなくらい。


 え? じゃあなんで人の嘆く顔だってわかるかって?


 それは、今日はあそこに行くよって教えられた時からここに来るまでにずっと見えてたんだもん、この微妙な姿。


 指さされたところで最初は、なんであの人は顎くらいまで土に埋もれてるのかなぁとか、あれを助けるのか?とか思ってたんだけど、歩けど歩けど近づかず、でもなんかどんどんあいつでかくなるけどなに……? とか思ってて。


 ようやく途中から、あれはもしかして人じゃないのかな? ってわかったわけですよ。


 で、じゃああれは何なんだって不思議に思ったわけなんですけどね……。







「う、わ~ぉ……」


 それが実は、本日の目的地で、巨大なダンジョンの入り口だったのです……。


 趣味悪いし、気持ち悪い。


 今にも地を這うような腕が伸び、顔は「嘆きの洞窟」と言われるに相応しい、悲痛な声が聞こえてきそうなお顔の、大きく開いた口が入口。


 入口の両脇には、ものすごく重装備の騎士様が一人ずつ立っていて、行きかう人の腕輪をチェックしている。


「ここに来るのは久しぶりなんだけど、変わらないなぁ。」


 見上げたまま声を上げるしかできない私の後ろで、ガチャガチャと何やら金属同士がぶつかる音が聞こえて振り返る。


「フィラン。 すごい顔してるけど、あまり見上げすぎて後ろにこけないようにね。」


「う、ん~。 ……兄さま、これどんだけデカい……のっ!?」


 すごく嫌そうな顔をしてたんだろう私の顔を見て、そう声をかけてくれたのだろう。


 眉間の皺を伸ばしながら振り返ると困ったように笑うセディ兄さま(兄さまって呼ぶのもだいぶん板についてきたよね? え? うらやましい? 私の兄さまだから上げないよ、てへ♪)な・ん・だ・け・どっ!


「フィラン?」


「~~~~~っ! 不意打ち反則ぅ~!」


 思わず顔を隠してうずくまってしまった私。


 反則! 兄さまかっこよすぎてエロテロリスト!


「大丈夫かい? フィラン。」


「だ、だいじょばない~……。」


 オロオロ近づいてきた兄さまをチラ見して、また顔を隠す私。


 それもそのはず! 兄さまがエロかっこいいのだ!


 いつもはゆったりした柔らかい布地の服を着ている兄さま。


 本日は!


 なんと!


 ぴったりと体にフィットした真っ黒の服を着て、その上から何やら金属パーツをつなぎあわせたものを手慣れた感じで装着していたのですよ!


「大丈夫! 大丈夫だから気にしないで! それより兄さまの付けてるの何ですか!? 鎧!?」


「そうだけれど……あぁ、見るのは初めてだったかな?」


 私に大丈夫と言われてほっとしたのか、先ほどの続きである腕のパーツを革のベルトでぎゅっと締め上げながらセディ兄さまは笑う。


 やだ兄さま! ものすごく着やせするっていうか、素敵な細マッチョというか……きゅんとした!


 エロい!


 エロかっこいい!


 尊い!


 スタイルの良い兄さまには、その姿はとっても似合っている!


 ふぉぉ、拝みたい……実際に拝むとまた心配されるからやめとくけど……。


 神様、こんなご褒美ありがとう、せくしぃ兄さま、尊い、尊死する……。


 その姿がとても珍しくて、意を決して立ち上がり、顔から手を離した私は、ちょっと困った顔で戸惑いながら鎧を装着しているセディ兄さまの後ろの方を回ってみる。


 ……ん? 腰には二振りの短い剣が装着されてますけど、何ですか!


 物騒!


「兄さま、この物騒なものは……?」


 腰についている物騒を指で指し示すと、にこっと笑った兄さま。


 その攻撃力たるや!


 最近おかん属性バリバリで、すっかりわたしもお兄ちゃん! っていうか、お母さん! って甘えてたけども……


 なんなの! もう!


 素敵、尊い……あ、あまりの尊さに意識が……


 いや、意識をしっかり持て、私!


 気を失ったらせっかくの供給がもったいないじゃない!


 いつも通りよ! 私!


「ここに来てこれって、どういう状況ですか?」


「納品用の素材の採集はここが一番効率的なんだよ。 あ、そうそう、フィランはこれも身に着けて。」


 手渡されたのは金貨の大きさの石に何かが書いてあるペンダント。


「目くらましの術が掛けてある。隠者のローブの力を増幅させるお守りだ。 あ、ローブはしっかり前を止めるんだぞ。」


「はぁい」


 首からかけてローブの中にスポンと入れるけど、大きさの割に首から下げてる感じがしない……とっても軽いけど、何の素材だろう……。


「兄さま、これ……」


「よう! セディ、久しぶり。待たせたな。」


 声をかけたところで遠くから手を上げて近づいてくる集団に、私は絶句した。


 顔面偏差値が限界点をかるく突破した、光り輝く集団が現れた。


「本当だよ、約束はちゃんと守ってくれ。 フィラン、紹介するね。 今日の同行者の……」


「ロギンティイ・フェリオだ。 そっちが噂のフィラン嬢だな。ロギイと呼んでくれ。よろしくな。」


 ぽん、と頭の上にでっかい手を載せて、とてもやさしく撫でてくれるのは、私はもちろん、セディ兄さまよりも大きい、もう山のように大柄の、自分のお顔よりも大きな斧を担いだ白銀に輝く鎧に、金と黒色のメッシュの短髪、茜色の細くなった瞳……きっと虎の獣人さんだ!


 尻尾があるもんね、虎柄の!


「アケロウス・クゥ。 アケロスだ。 フィラン嬢、よろしく頼みますよ。」


 こちらは……魔術師さんなのかしら?


 黒髪に黒い瞳でセディ兄さまと同じくらいの身長だけど、体はずっと細い。


 それからちょっと……いや、だいぶん不気味な案山子? みたいな人形のついた大きな杖を持っていらっしゃって、背中に翼がある!


 うわ~、鳥人さんだ! 天使様以来の鳥人さん!


「フェンディス・ジュラ……よろしくね。」


 こちらは私と同じくらいの背丈……そうね、うんと小柄の、私とおんなじローブを頭からすっぽりかぶってお顔も見えない誰かさん。


 要は、知らない人がニコニコと私を見ているわけです。


 うん、気を取り直してとりあえずご挨拶だ!


「はじめまして、ソロビー・フィランです。よろしくおねがいします。」


 ぺこり、頭を下げるには下げた。


「じゃあ、いこうか。」


「え? どこに?」


 いや、決まってる。


 うん、決まってるんだけど一応聞いてみようかな、なんて。


「どこにって決まってるだろ?」


 私の頭をなでていた虎の獣人ロギイさん、わたしをひょいっと反対側の肩に乗せると顎であそこだ、と教えてくれる。


「あの洞窟の奥で、素材回収だ。」


 ……ですよねぇ……兄さまもそういってたし。


 だけど、いやいや、何これ、どうしてこうなった!?







「フィラン、明日の事なんだけれどね。」


 金の精霊日。


 閉店後、店舗内の後片付けをしていた私は、奥から出てきたセディ兄さまに声を掛けられて掃除をしていた手を止めた。


「明日?」


 なんかあったっけ? と首をかしげると、やっぱりなぁという顔をしてセディ兄さまは私の頭をなでた。


「約束していただろう? 明日はお休みして出かけようって。」


「あ……。」


「やっぱり忘れてたな。」


 眉を下げて笑ったセディ兄さまの言葉に、ごめんなさい、と頷いた。


 正直、最初の日はもう、それはそれは嬉しくって何着て行こうかな。あ、可愛い服がないとかいろいろ考えていたけれど、お店が忙しくてすっかり忘れてた。


「それで、どこに行くんですか?」


「うん、それなんだけどね?」


 頭をポリポリと掻いたセディ兄さま、()()()()()()()()()()()なんだけれども、と笑ったうえで指を2本たてた。


「一つ目は、お弁当を持って『ピクニック兼、素材採集』。 受注ポーションの素材が足りないんだろう?」


 ふんふん、それは楽しそう!


「二つ目、絶対にこちらの方がおすすめなんだけど。フィランは今14歳、この世界の知識を蓄える必要性も含めて考えたんだが、王都ではここに戸籍のある15歳以上の住民には、全員に貴族層にあるアカデミーの試験を受けることが出来るんだ。 なので『貴族層学校見学』を……。」


「ピクニック兼素材採集でお願いします!」


 兄さまの言葉が終わる前に、私は食い気味に答えた。


 No!勉強!


 Yes!素材採集!


 もう、そこは選択肢と違う!


 私は薬屋さん!


 素材採集大事!


 なんたって、ポーションの納品が近づいている!


 大事なお仕事の話だから、そこは選んどかないと!


 後、学校行きたくない。


 前世ではそこに黒歴史しかない。行くのは嫌!


「フィラン、もう少し兄さまの意見を聞いてみないかな?」


「え? だって素材採集大事ですよ! 嬉しいな! 素材採集! わーい、初めて行くなぁ!」


 慌てたセディ兄さまを横目に、発注されたものを思い出す。


 骨筋特化型ポーションに、上級体力ポーション、上級魔力ポーション。


 その依頼の品の中に何種類か足りないものがあり、購入するしかないかなぁと考えていたので、これはもう好都合。


「うふふ、行った先には何か希少な素材もあるかな……?」


 実験もしてみたい。


 なんてったって私、状態異常無効ですからね! と一人喜んでいると兄さまが困った顔で声をかけてくる。


「素材は兄さまが後日取りに行ってくるから、明日は……」


「兄さまがお役御免になった時に、私一人で素材回収しなきゃいけなくなったら商売あがったりでしょ? だから今のうちにちゃんとしておきたいので、明日は素材回収に連れて行ってください。」


 そう! 永久にセディ兄さまが後見人してくれるっていうんならそれでもいい……くはないな。


 うん、選択肢はない!


「少なくとも素材採集くらいは自分でできるようにならないと!」


「いや、素材を納品してくれる業者とかもあるから。」


「それだと仲介料かかるでしょ? 経費削減!」


 やけに必死に後者にしようと言ってくるなぁ……と思いながら、掃除を終えて何の素材が足りないか確認するために知識の泉を検索する。


「あ、この素材、王都から出なきゃいけないんだ! 難易度高い! よし、分布図検さ……」


「フィラン、検索はやめて兄さまの話を聞こう!」


 生育分布図を開こうとするのを遮って話してくるセディ兄さま。


「もう! 兄さま、自分でどっちか選んでって言ったんでしょ? 選ばせたくないなら最初から貴族層ツアーだけ言えばよかったじゃない!」


「それはそうなんだけど、いや、最初は採集ツアーだけのつもりだったんだけど……」


 正論を突き付けられて明らかに焦るセディ兄さまは、いや、あの、と言いながら必死に後者への説得をしてくる。


「アカデミーは様々な分野の学科があって、自分の好きな分野を専門にすることが出来るんだ。 もちろん好成績で卒業できれば王宮での就職も……」


「素材採集で!」


「フラン、兄さまの意見を……」


「選んでいいって言いましたよね?」


 ぐっと詰まって、そうだね、と言いながらもまだひかない。


「でも素材採集はいつでも兄さまが行ってくるし、フィランも将来の事を考え……」


「もう自分で稼いでるのに? 王宮に就職とか、会社務めは嫌です。」


 そう! 二度と社畜になるものか!


 なんで社畜ってわかるかって?


 腕輪にキャッシュレス決済機能搭載の時の王宮魔術師さんたち見ればわかるでしょ!


「社畜反対!」


「しかし……」


 しつこいなぁ! また喧嘩になるものいやなんだけどな……。


「もしかして兄さま、ラージ陛下に何か頼まれたんですか?」


 カマを掛けたら少しだけ、兄さまの目が泳いだ。


「そんなことはないよ? アカデミーの入学試験の申し込みが近いから、優先順位を……」


「兄さま、それは納品日とどっちが早いですか?」


 うっと言葉を詰まらせた兄さま。


「納品かな……」


「じゃあ、素材採集で!」


「……はい。」


 あからさまに肩を落とした兄さま。 絶対ラージュ陛下が何かしただろうなと予想し、ため息をついた。


 もう! めんどくさいんだから!


 と思ったけれど、御恩もあるし、ご機嫌取りにも付き合うか……。


 本当、めんどくさい上司を持つと余計な仕事が増えるよね……可哀そうなセディ兄さま。


「納品の後でならアカデミーの話も聞きますから。 それより兄さま、明日のお弁当楽しみにしてますね。」


 にこっと笑うと、少し気持ちが上がったのか、うんうんと頷いて「素材採集の場所とかは把握してあるから、先にお風呂に行きなさい」と言い残すと、いそいそと晩御飯の準備を始めるためにセディ兄さまは奥に戻っていく。


 ふう、手のかかる大人たちだなぁ……と私はため息をつきながらお店の明かりを落として、入浴の準備をするために一度自分の部屋へと向かったのでした。

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