閑話4-2)利害の一致?契約を結びましょう(後)
さて、二人が消えた後、である。
「紅茶が冷めてしまいましたね、入れなおしましょうか?」
「ありがとうございます。」
花樹人の男が二人、小さめのテーブルをはさんで膝をつき合わせて座っているというのも不思議な感じだと思う。
紅茶を入れなおしたところで、椅子に座ると、真剣な表情の目の前の男性が契約サイン用の羊皮紙を取り出した。
「それでは、フィラン嬢と当コルトサニア商会との契約書類について交わしたいのですが、後見人であるあなた様へのご説明を差し上げてよろしいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いいたします。」
長々と先ほどまで見ていた書類のようやく記述がまとめられた書類を一つ一つ確認し、丁寧に説明を受ける。
途中、セディは鑑定スキルを使うが、特に問題はなさそうだ。
最後の書類をサインし終えた時にはかなり時間がたっていたようで、私はちらり、と二階へ向かう階段を見た。
「心配、でございますか?」
フィランとヒュパムの事を気にしたのがわかったのだろう。
彼の第一秘書・トーマと呼ばれた男性は、きっちりと確認し終えた羊皮紙の契約書を2通、丁寧に丸め、手際よく魔法での封をしながら口を開いた。
「えぇ、後見人ですから。 ヒュパム殿の事を疑っているわけではないのですが、フィランは御覧の通り少し抜けているというか……心配なんです。 過保護なのは重々わかっているのですが。 あぁ、すいません。 お茶がすっかり冷めてしまいましたね、いま入れなおしましょう。」
「いえ。 大丈夫です。 それより少し、わたくしの話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「……はい。」
席を離れようとしたセディを制止した彼は、セディが座りなおしたのを確認してから一つ、頭を下げた。
「この度は突然の事で驚かせてしまったと思います。 また、契約上必要だったからとはいえ、こちらを調べさせていただいた、その点につきまして、ご不快を与えたことをまずお詫び申し上げます。」
「いえ、フィランも突然押しかけたりして申し訳ありません。 それに、調べることは悪いことではありません。 特にそちらのように大商会であれば……」
ありがとうございます、と、トーマはまた頭を下げた。
それから、と、口を開く。
「彼の事ですが、後見人の貴方が心配させるようなことにはなりませんので、心配には及びません。 彼は彼女のことを本当に、妹のように心配しているだけなのです。」
「なぜ、そこまで?」
探るように、口を開く。
「先ほどの契約もそうですが、あまりにも好待遇すぎます。 フィランの話では、彼と会ったのは今日で三回目、しかも最初はお客として買い物に行っただけ。二回目はフィランが相談に押し掛けてご迷惑をかけた。 14歳の、まだ店も駆け出しの錬金薬師の少女のために大商会のオーナーがそこまで動かれる理由が、私にはわかりません。」
破格。
そう、あまりにも破格なのだ。
確かに目新しいアイデアを出す子ではあるが、それでもそんな者はたくさんいるし、大商会相手であれば、もっと有能な者の売り込みもあるだろう。
先ほどの契約にしても、彼のフィランに対する目のかけ方は異常なほどだ。
目を伏せたトーマは、顔を上げるとしっかりとした口調で言った。
「彼と私は、鑑定スキルを持っています。 あなたも、そうですよね。」
ティカップを傾けたセディの手が止まった。
鑑定スキル持ち。
……どおりで基本情報しか見えないはずだ。 相手もそうだろうが。
すこし考えて、隠しても無駄であれば、と肯定する。
「そうですね。 身に覚えのある程度ではありますが。」
「ご謙遜を。 鑑定スキルには自分のステータスを人に見せなくする付与スキルが付いてきます。 フィラン嬢は鑑定スキルを有していないとのことですが、私も、彼も、彼女を見ても何もわからなかった。 貴方に関してもです。 ですからあなたは彼よりも上級の鑑定スキルをお持ちと前提の上で話をさせていただきます。」
「それは彼が?」
「はい。」
よかった、と、セディは表情に出さず安堵した。
彼らの中では、自分が上級鑑定スキルもちであることになっている。
当たり前だろう。
フィランには守護が掛けられている。
もちろん自分にも。
基本ステータス以外のスキル・クラス・称号・祝福などの特別付与、それから経歴は、特級鑑定スキルを持つ陛下によって、人に漏れてもいいこと以外はすべて隠されているのだ。
しかし隠されていることがばれるとは思っていなかった。
鑑定スキル持ちだろうとは思っていたが、上級だったとは……。
内心舌打ちをしながら、平然と話を聞く。
「貴方がたがフィランを買っている点はそこにあると?」
「彼女の価値は、希少な宝石の巨大な原石のようなものですからね。」
それは非常に的を射た表現だ、とセディは心の中で思う。
これからどう研磨し、無駄をそぎ落とし、どんな形で作り上げるのか。
皇帝の王冠の中で最も輝く一つ星となるか、賢者の魔法の杖の導きの石となる可能性もある。
だが失敗すれば、大きな傷となって彼女の価値はなくなる。
周りの大人が、見届ける必要があった。
だから、皇帝はセディを付けたのだ。
我が宝石に、余計な傷が一つでも付かないように、と。
「まさか。 買いかぶりすぎなのでは?」
しかしそれを知られるわけには、いかない。
だからこそ自嘲めいた笑いを漏らして、話を続ける。
「私どもに、そこまでの価値はありませんよ? 確かにフィランは変わった子ではありますが。」
いえ、と彼は姿勢を崩さない。
「もともと、あの年で錬金薬師のレベルは弟子を取るクラスに位置し、七精霊との契約者。 それだけでも十分だとは思いますが、まだ何かを持っている……正直私には隠されていることすらわかりませんでしたがね。 ですから、この二つの点で、我々にとってのフィラン嬢の価値はさらに跳ね上がる。」
金の生る木は離さない、といったところだろう。
商人としての激しい執着。
契約をしたのは失敗だったか。
ラージュ陛下には昨日のうちに報告をしており、好きにしろ、と回答を得ていたが、さてどうしようか、と考える。
つかず離れずほどほどに、が、あのフィランにできるだろうか。
真剣に考え……紅茶を飲む。
……あのだいぶん抜けた子にはちゃんと説明しても難しいだろうなぁ、と、正直頭を抱えたいのを無表情で隠す。
「それで、フィランをどうしたいと?」
「……もう一枚、契約書を結んでいただきたい。」
「それは、どのような物でしょうか?」
ティカップを置いて、セディはまっすぐ相手を見据える。
相手の顔色が一瞬、悪くなったのは、自分が視線を交わした一瞬に乗せた殺気のせいだろう。
「けして、フィラン嬢に害をなすようなものではありません。 いえ、フィラン嬢を守るための契約です。」
「守る?」
「はい。」
「見ず知らずのあの子のために、大商会がそこまでするのはなぜですか? 利益ですか? 希少性ですか?」
少し低い、殺意を混ぜ込んだ声で問いかけると、顔色を悪くしながらも彼はしっかりとした口調で言った。
「ヒュパムは、鑑定スキルで何かスキルや特別付与や称号がある、としか。わからない付与やスキルなどを抱えた少女が、大人たちの餌食にならぬよう、自分の持ちうるすべてを使って守りたいと願った。 その為の契約です。」
内容を見れば、表向きはこれから先の彼女の店の契約について、コルトサニア商会が窓口になること、そのうえで商売ギルドにあっては後見をすることなどが書かれている。
先ほどの契約同様、かなりフィランと『薬屋・猫の手』にとって有益な事しかない、破格の物である。
「それと、彼から後見人である貴方にお話しする許可を得ていることですが……フィラン嬢の外見。 あれも彼がここまで肩入れするきっかけになりました。」
「外見ですか?」
契約書を確認したことでフィランへの害がないことを確認し、セディが殺気を消すと、緊張が解かれ、少し安堵した顔になった彼は困ったように笑った。
「金の髪と、紫の瞳です。 あれは、彼の妹に大変似ていましてね……」
「似ていると言っても、それだけではあそこまで肩入れをしないのではないのですか?」
そうですよね、私もそう思います。と言いながら冷たくなった紅茶を口にして彼は話を続ける。
「彼女はもう十年以上前に亡くなっていましてね……コルトサニア商会も、そしてその商会の行っている慈善活動も、すべては彼女の病気を治したい一心で世界を旅し、あまりものを社会に還元した結果なのです。」
「……大切にされていたのですね。」
「えぇ、早くに親を亡くして、兄妹で頑張っていましたから。」
自分に境遇が似ているな、と少しだけ思ったところで、思いがけない言葉を、彼は口にした。
「花睡病、という病気はご存じでしょう?」
「……はい。」
心臓が急に早鐘を打つ。
たった二つの言葉を絞り出すのが精いっぱいだったのに、相手はそれに気づいていないまま話を続ける。
「花睡病は、ご存じの通り花樹人だけがかかる不治の病です。 この病は人によってかかる原因が違い、その原因を突き止めれば治るとされていますが、それは本当に至難の業です。 ゆえに彼は彼女の病気を治すべく、世界中をまわり、薬などを手に入れ、その余剰分を売って治療と治療法を探す旅の資金するために商会を起こした。 ですから彼は善良な慈善家として慈善事業にも力を入れている訳ではなく、あまりものを有効活用しているだけだったんです。 しかし、妹の病を治すために始めた商会が大きくなっても、病を治す原因は見つからないまま、彼女は亡くなりました。
妹を助けられなかった彼の悲しみは見ていられないほどでした。 商会も潰してしまうつもりだったそうで、彼は妹の死後姿をくらましました。 私は彼がいなくなった後も彼の帰りを商会を守りながら待った。
半年後に旅から帰ってきた彼に何があったかはわかりません。 ただ、病気の人とその家族ためにと慈善事業に力を入れ始めたのです。
ただ、商会は面倒ごとが多いうえに、彼は妹が亡くなった後は自分の事は二の次、三の次の無頓着な人間になってしまいまして……息抜きと楽しみを見つけろと言った結果に始めたのが、フィラン嬢と初めて出会った店で店員をすること、だったそうです。 そうしてフィラン嬢に会い、今度こそは、と、思ったそうですよ。」
ふっと笑ったトーマは、先ほどの羊皮紙をセディの前に差し出した。
「決して、彼女の不利になることはしません。 そして商会が全力をかけて彼女に悪い商人の手が届かないように見守ります。 これが我々の身勝手なお願いです……彼に、フィラン嬢を見守らせてやってください。」
深々と頭を下げた男に、セディはため息をついた。
そして、後見人として、名前を書き込んだのだった。
「また何かに巻きこまれやがったな……お前を付けたのに。」
「申し訳ありません。」
「境遇が似たやつがきて、情にほだされたか?」
「いえ、そんなことは決して……。」
「まぁいい。 お前がこの状況下でも守れると思ったんだから、守り切れ。」
「はっ。」
「それはそうと、お菓子の事は何か言っていたか?」
「美味しいと喜んでいました。」
「そうか、では今日も持たせよう。」
「いえ、毎日はだめです。」
「……じゃあ、宝石。」
「駄目です。」
「ドレス。」
「喜ぶと思いますか?」
「……社交界にデビューでもさせるか……そうすれば喜ぶだろう。」
「庶民の娘は社交界デビューはしません! 陛下! やはりお菓子をいただいて帰りたいと思います!」
「そうか、じゃあ今から焼かせるから待っていろ!」
(……この人も過保護なんだよなぁ……)