閑話4-1)利害の一致?契約を結びましょう(前)
清い恋愛とは何たるか。
美しい百合頭の柔和な言葉使いの大男が14歳の少女に向かってひとしきり、懸命に、語っているのを横目に見ながら、セディは彼の秘書だというトーマという男と書類の確認をしていた。
フィランとセディの職業や身元の保証と確認、今回取引をする『恋占いのジャム』と『今日の占いジャム』のための、フィランいわく、アイスクリームのスプーンみたいと言われた樹木のスプーンとそれを一回分ずつ包むのに使用する大きめの花びらの購入に関する契約と、その必要な事柄などがまとめられていた。
「セディ兄さまぁ……。」
「話は終わったのか?」
ぐったりした顔で自分の服の袖をつまみ涙目になっているフィランと、まだ言い足りなそうではあったが、ひとしきり言って満足した大商会・コルトサニアのオーナーであるヒュパムの顔を比べてみて、セディはフィランの頭を撫でてやった。
「お疲れ様。 今度からは気を付けようね。」
「う、はぁい……。 このお菓子、私も食べてもいい?」
指さしているのはお客様に出したクッキーと言われる甘い菓子で、実は王宮の料理長が作るものだ。
ラージュ陛下がフィランがとても気に入っていたから、と、昨日報告書の代わりに届いたものだ。
「晩御飯の事を考えて、食べすぎないならどうぞ。」
「わーい。 いただきます。」
ペコっと頭を下げてお菓子に手を伸ばす姿を、我々男三人、ほほえましくみている。
フィランは妙に大人びていたり、意味の分からないことを言ったりする事が多い不思議な子だが、こうした姿は年相応の可愛らしい女の子である。
「ねぇ、フィランちゃん。」
口調の砕けたヒュパムは、はい? とお菓子を手に首を傾げたフィランの後ろにある商品戸棚の瓶に入って並べられたハーブティを指さす。
「あのハーブティなんだけれども見せてもらえる?」
「はい?」
立ち上がったフィランはカウンターの中に入り、何種類かを手にして戻ってくる。
「これですか?」
それは手のひらより少し大きめの瓶に可愛いラベルの張られた、フィラン特製ハーブティ。
「ごめんなさいね、実は商談をするって決めた時に、こっそりお店の事を調べさせてもらったのだけど……気を悪くさせちゃったかしら?」
「いえ、ヒュパムさんのお店、とっても大きいみたいですし、取引先の事を事前に調べるのは当然だと思いますからいいですよ。」
けろっとそう言ってのけたフィランに眉尻を下げて笑ったヒュパムは、受け取ったハーブティをまじまじと見た。
「このハーブティ、とっても人気があるみたいなんだけど、良ければどんな味がするのか試してみたいわ。 いいかしら?」
「それは、是非。 できれば味についてアドバイスもらえると嬉しいです!」
「あら、いいの?」
いそいそと試飲用のハーブティを全種類二口分ずつ二人分用意する。
「あら、テイスティングスタイルね?」
トレイの上に5種類のハーブティと、口直しのお水を置くと、感心したようにヒュパムは笑った。
「試してもらうなら、ちゃんとしたほうがいいかと思って。」
「その姿勢、完璧よ!」
にっこりと笑って右からひとつずつ丁寧に試していくヒュパムは、同じく試飲していたトーマと顔を合わせた。
「美味しいですね、私にも飲みやすい。 三つめが好きですね。甘みが少なく、渋みはすっきりしていて、この爽やかな香りと味で頭がすっきりする気がします。」
「わぁ、ありがとうございます。 それはミントティですね。 セディ兄さまのおすすめなんですよ。」
感心したようにそう言ったトーマに、嬉しそうにフィランは笑う。
「そうね、みんな美味しいわ。 よく売れるのもわかる。 でもねぇ、もっと華やかな感じのものも欲しいわね。」
「華やか?」
「恋占いのジャムのように、目を引くような美しさを持つ、素敵で特別感があるものがいいわね。 大人がこうしてお客様をお呼びしたティータイムにも使っていただけるような、優雅な感じの物とかね。」
なるほど、とフィランは少し考えてから口を開いた。
「今日の物はみんな、薄い琥珀色の色合いなんですけど、今、試作しているモノの中に、入れると青いお茶ですが、ライネの果汁を混ぜるとピンクになるものがあります。」
先日実験に付き合った、ばたふらいぴー? と言うやつだったかな? あれは確かにびっくりした。
お茶会の席に出したらさぞ珍しいものや特別なものを好む貴族はこぞって買うだろうとセディが思っていると、案の定ヒュパムが食いついてくる。
「あら、何それ素敵! ほかには?」
「工芸茶、というんですが、飲んでも大丈夫なハーブやお花を固く丸めて乾燥させたものに、お湯を注いで待つとこう、ティーポットやティカップの中でお花がお湯で膨らんで花が咲く、みたいなものも考えてます。 これを売るなら、透明なティポットとティカップがほしいんですけど……。」
「あらそれも素敵! ねぇ、フィランちゃん! それ、うちの商会と契約しないかしら。 うちの商会でしか買えない、フィランちゃんのお茶の高級版、みたいな感じよ? ここで売るよりも高く販売できるから、お店の売り上げも上がるわよ。」
「コラボ商品ってことですか?」
「こらぼ?」
また何か知らない言葉がフィランの口からとび出してきたな、と思いながらセディは書類の確認をする。
「えっと、高級店のお名前とデザインを借りて、お手頃価格……といってもお名前を借りるのでその分の商品価値が上がるんですけど、そうしてお互いの名前と知名度を利用する、みたいな……なのでヒュパムさんの言われたのとは逆になるんですけど……」
説明あってるかなぁ?と 不安げなフィランに、ヒュパムはなんとなく仕組みを理解した頭で聞いてくる。
「つまり、私の商会の名前で、庶民が手の届くお高いお茶をここで販売して、知名度を上げたり、商売を広げる足がかりを作るってことね?」
「おおざっぱに言えばそうです!」
「おもしろそうね! 私の商会の、貴族層のお店の名前で、色の変わる方のお茶をこちらで売り、手間のかかりそうな工芸茶のほうはお値段高めにして私のお店で売るっていうのはどうかしら? もちろんお商売だから味も、値段も、わたし達の審査がいるわよ。 それで私の、貴族層に店舗のある店の名前を庶民層に広められるし、貴族層にはフィランちゃんのお店の名前が広められるわよね。」
「え? 大商会なのに開店して間もないお店とコラボなんかしていいんですか?!」
立ち上がったフィラン。
とてもうれしそうである。
「ふふ、きっとフィランちゃんのお店は私なんかがお手伝いしなくても売れるでしょうけど、これは先行投資よ。 ちょうど、新しい客層向けの新店舗を貴族層に構想中だったから、そのお店の前宣伝になると思うのよ。 ターゲットはフィランちゃんくらいから、社交界デビューしたくらいの可愛お嬢さん達よ。 フィランちゃんも何かアイデアくれると嬉しいわ! アクセサリーでも、お洋服でも!」
「それなら! ぜひ! おねがいがあるんですけど! 男の方にお願いするのは恥ずかしいんですけど……」
もじもじしながらそういうフィランに、あらあら、と嬉しそうなヒュパム。
「あら、そうなの? じゃあ、私とむこうで新しい商品のアイデアを出しながらお話しない? フィランちゃんのお話聞きたいわ。 あぁ、お兄様、安心して頂戴。 あなたのいないところで勝手に契約を結んだりしないから。 逆にそちらで、今回の件の契約書の説明と署名をお願いできると嬉しいわ。 トーマ、よろしくね。」
パチン、とウィンクをしてフィランと二階に上がっていくヒュパムに、トーマという名の秘書は立ち上がって頭を下げた。
「かしこまりました」
そして、セディと彼トーマの二人だけが店舗に残された。