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閑話3)とある花樹人の独白。

 君は、花樹人って知ってる?


 世界で最も美しく、高貴な種族と言われている種族と言う本もあるんだよ。


 いろんな種族がいるのに、何故そう言い切れるのかだって?


 それはこの世界が神の木に支えられた世界だからだ。


 神の木に支えられた世界で最も神に近い体をいただいたのは、樹木の力と姿を有する花樹人……ほら、ちょっと納得しなかったかい?


 私も、ずっとそう思っていたんだ。


 だけどね、そんなことはなかったって最近ようやく気が付いたんだよ、恥ずかしいことに。


 どの種族だって頑張って生きているし、神様に近い力をもらったり、神様の力のかけらである精霊と契約できたりもするだろう?


 私はなんて思いあがっていたんだろうね。


 それを気付かせてくれたのは、妹と、彼女のために飛び回った世界で知り合ったいろんな人だ。





 妹はとても可愛らしい子だった。


 金盞花の花のような輝く金朱の花弁に、輝く紫色の瞳。


 誰にでも好かれるかわいい子で、早いうちに兄妹二人になっていた自分にはたった一人の肉親だった。


 両親は早くからいなかったけど、傍にいてくれた使用人や保護人はいい人ばかりで、私たちは大切に守られて幸せだった。


 本当に幸せだったんだよ。


 ある日。


 あの日。


 私の全身全霊をもって大切に守っていたはずなのに、家に帰ると妹は泣いていた。


 体には、あの病の症状がしっかりと刻み込まれていた。


 病院にかかっても、治療法はないと言われた。


 幸い両親の残してくれた膨大な遺産のおかげで病院にも行けたし、生活にも困ることはなかった。


 けれど、病気の進行は止まらない。


 家とアカデミーと病院を往復する日々が続いた。


 ある日、病院にお見舞いに行くと、妹はベッドの上で髪を結ってほしいとせがんできた。


 腕には病の証が伸び、何とか食事ができる程度にしか動かせず、髪をいじることができなかったのだ。


 妹の髪は、すでに花樹人の力を失って、花の形を保てなくなっていたから、かわいく編み上げたり、飾ったりしてあげた。


 お花に戻ったみたいで嬉しいと、いつも喜んでいた。


 少しでも病気が進まないように。


 このころから、僕は病気が治る、進行を遅らせることができると言われるものを聞くと、その地まで探しに行くようになっていた。


 そうすると、今まで守られるだけだった世界にいた僕は、それがどんなに狭い世界だったかを知ることになった。


 いい人も悪い人も、老いた人も、若い人も、人がうらやむすべてを最初から手に入れていた人も、持っていたものを理不尽に奪われた人も、奪い取った人もいた。


 悪人の多い種族は? とかよく話題になるけど、世界を見て回った私に言わせればそんなものもなかった。


 花樹人だから崇高で、選ばれた人種で信じられる、なんて全くなくて、まんべんなく善人も悪人もいて、それはもはや生きるモノの業や闇だと思ったよ。


 妹を守るために必死だった私も、最初は手に入らないなら騙してでも妹のために奪い取ろうと思ったときもあった。


 たった一人の妹のためなら、なんだってできるし、しても許されると思っていたんだね。


 でも、それは違った。


 私と同じく、大切な人を失いかけて苦しむ人のなんて多いことかと。


 それからは、偏見なく、自分が手に入れたものを慈善事業にも回しながら、妹のために、と世界を飛び回っていたよ。


 でもね、私は一番大事なことが解っていなかったんだ。


 妹を、お金持ちしか入れられないような病院に入れたけど、傍にいてやれなかった。


 お金を稼ぐ必要もあったし、医者を探す必要もあった。


 たくさんお金を稼いでは、効くと言われた薬や医者を探してはそれと共に帰り、過剰分は慈善事業に回して新しいものを探す、そんな日々がずっと続いていた。


 そうして、妹が亡くなった時に私は傍にいてあげられなかった。


 知らせを受けて急いで駆け付けた病室で、あの子は一人ぼっちだった。


 一人ぼっちで、その身で咲かせた大量の花の中で静かに笑っていた。


 ようやく会えた妹の名前を私が呼んだ瞬間に、花はすべて散り、そのまま風に乗って神のもとに帰って行ってしまった。


 たった一つ、淡い紫色の種だけを残して。


 あの子は私に会えないまま死んだのに、あの子は私にちゃんと最後の別れの時間を残していてくれていたんだ。


 駄目な兄だろう?


 しかもそれが受け入れられなかった私は、妹の残した種だけを握りしめて、全てを投げ捨てて旅に出た。


 逃げたんだ。


 妹がいない世界なんかいらないって。


 どこに行くわけでもなく、何を目的としてと言うわけでもなく、うろついていたある日。気が付いたら私は妹のためにと始めた一番最初の旅の足取りを追っていたことに気づいたんだ。


 3日後には最初の旅の目的地だった薬草の生える森のふもとの村についた。


 発症してすぐの頃だったから、もうずいぶん前の話だったのに、あの村には、私を覚えていてくれた人がいた。


 大きな類人猿種、獣人の男性だった。


 久しぶりだな、妹はどうだい? と聞かれたから亡くなったことを話したら、大きな目にたくさん涙を浮かべ、私を抱きしめてくれたんだ。


 それから、私の代わりに大きな声で、泣いてくれた。


 うわんうわん、響くような声で大きく泣いてくれて、つらかったな、苦しかったな、よく頑張ったな、と言ってくれた。


 気が付いたら、私の目から、喉から、大粒の涙が、泣き声がでていた。


 あの時ようやく、私は妹への気持ちを外に出せたんだ。


 大の大人が大声で泣いて、泣いて、泣いて。


 頭が痛くなるまで泣いて。


 泣き止んだ時、ようやく私は息ができたんだ。


 ようやく、私は彼女のために泣くことができたんだよ。


 最愛の妹。


 次に会えた時には、君のくれた優しさをきっと君に返すよと、妹が死んだ後、親友にまかせっきりにして放り出してしまっていた商会に戻った。


 彼もね、出会い頭に一発殴られた後、泣きながらおかえり、と言って抱きしめてくれた。


 その親友は、今も私を公私ともにしっかり支えてくれている。


 ありがたいよね。


 ただ妹のためだけに生きていた身勝手で無責任な私にも、まだ助けてくれる友人も、一緒に泣いてくれる知り合いもいたんだから。


 あの日から、うんと頑張って仕事をしている。


 妹に恥じない生き方をしないといけないからね。


 でも、堅苦しくって重圧や責任から逃げたくなるときは、庶民層に作った子会社の商会で店員として働くようにしているんだ。


 ……え? 綺麗すぎる夢物語だって?


 はは、ばれてしまったか。


 そう、作り話だよ。


 君を口説くためにはどんな話をしたらいいか、頑張って考えたんだけど、失敗してしまったな。


 さて、それではお送りさせていただきますよ、レディ。






 自分の娘を嫁に、という思惑で何度も組まれる商会の取引先の令嬢をエスコートしたその次の日は、その憂さを晴らす為に庶民層に作った店舗で仕事をしている。


 新しく仕入れた人魚の装飾品シリーズが売れているかどうか確認する必要もあるからだ。


 かなり見栄えがするけれど、庶民層の商品としてはなかなかに値が張るもののため、客寄せ商品でもいいか、と思っていた。


 そして今日も、私はそこで仕事をしている。


 ふと、小柄の女の子がそれを見入っているのを見かけた。


 綺麗な金色の髪を適当にみつあみにした女の子は、ちょっと長い間見ているから声をかけてみた。


 びっくりして体を大きく跳ね上がらせてこちらを向いた女の子は、きらきらと輝く大きな紫色の瞳を向けてきた。


 あの衝撃は、忘れられないだろう。


 あの輝きを表現するとしたら命だ。


 命の輝きの強さが全部そこにあった。


 情けない顔でへらりと笑う顔に不釣り合いな強い瞳は、生きたいと願っていたあの子にそっくりだった。


 あの子が帰ってきてくれたのだと、一瞬錯覚するほどに魂の輝きが同じだった。


「この櫛をください。」


 人魚シリーズではなく、ころんとした小ぶりの櫛を選んだその子の髪を、妹にしてやるように結ってやると、嬉しそうなくすぐったそうな顔で笑っていて、私の心が幸せで満たされた。


 髪を編み込んでいる間に鑑定スキルを使ってみたけれど、わかるのは名前と年だけだった。


 この子は妹ではない。


 それでも、この危うくも輝く少女を守ってあげられるかもしれない、守りたいと思った。


 間違っても、身代わりにするつもりはない。


 その子を使って罪滅ぼしをするつもりもない。


 ただ、その輝きからかなりの注目を浴びているのに全くもって気が付いてない、知らない相手に背中を見せて髪に触らせるくらい危機感のない、ぽやっとしたこの子が、この王都で生きていけるんだろうかと本当に心配になったのだ。


 見守るくらいなら、許される。


 王都に出てきたばかりの女の子。


 どうやって自分のテリトリーに取り込んで守ろうか、商会に戻る道すがら私は本気で考え始めたのである。

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