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1-038)商談の場で性癖暴露なんて聞いてない。

「どうぞ。 コルトサニア商会の方には珍しくないかと思われますが。」


 ちょっと、兄さま? 改まっているけれど少し棘がないかな?


 そんな風に思える言葉とともに、セディ兄さまが出してきたのは、我が家では見たこともない白磁にアメジスト色の蔦の文様が描かれた素敵なティセットと、丁寧に入れられたお高い方の紅茶、それから王宮で最初に食べたあのお菓子だった。


「はい、フィラン。」


「兄さま、これは?」


 いつの間に用意していたのだろうとびっくりしてそう聞いた私に、セディ兄さまは口の前に指を立てて苦笑いする。


「それは後で。 今はお客様の前だからね。」


 くぅっ! イケメンめぇ!


 覇王のポーズを心の中で決めた私の横に座り、セディ兄さまは姿勢を正して改めて口を開く。


「改めまして、フィランの後見人の、センダントディ・イトラと申します。 先ほどは不躾な対応をしてしまい大変失礼いたしました。」


「こちらこそ改めまして。 ヒュパム・コルトサニアです。 フィラン嬢へはこちらも身元を隠しておりましたのに、丁寧な対応をありがとうございます。」


「えぇ、びっくりしました。」


 昨日とは打って変わって、嫌味ではないけれど真意が測れない複雑な笑顔を浮かべたヒュパムさんと、初めて見るちょっと怖い笑顔のセディ兄さま。


「え、えっと! ソロビー・フィランです。 改めまして、よろしくお願いいたします。 ヒュパムさんがすごく偉い人って聞いてびっくりしちゃいましたぁ、えへ。」


 場を和ませようと無邪気に挨拶したものの、中の人の年齢的にはキツイ!


 そして、きちんと名乗って挨拶したの、初めてじゃない!?


 本当に何もかもすっ飛ばしまくってたね、私。


 改めて「異世界面白い、楽しい、イケメン最高、ひゃっはー!」って頭のねじの緩んでいた自分が恥ずかしい。


 ごめんなさい、とヒュパムさんを見るとニコッと笑ってくれた。


 なによ! 美人っていうより今日はダントツにイケメン! 最高!


 と、ねじがもう二、三本すっ飛んでしまった私に微笑みながら、ヒュパムさんは「それにしても」と、私の隣にいるセディさんに向き直る。


「フィラン嬢は貴方を兄と呼んでいるようですが、本当に後見人ということでよろしいですか? 失礼ながら貴方も花樹人のようですので、いったいどのような経緯で、人であるフィラン嬢の後見人になられたのでしょう? あぁ、すみません。仕事柄不審な点は潰しておきたいのです。」


 うっわ! ド直球!


 対して、セディ兄さまは社交的笑顔? を浮かべた。


「王都で薬屋を開きたいとフィランから申し出があり、王都にいた遠縁の私が後見をすることになったのですよ。 花樹人の貴方にはお解りでしょうが、御覧の通り私は純粋な花樹人ではない。 フィランと遠縁であっても不思議ではないでしょう?」


 セディ兄さま、ド直球で返しました!


 紫ウニの全力キャッチボール!


 怖い!


 喧嘩はやめて~という顔を作って、二人の顔を見ると、察してくれたのか、二人とも私を見てにっこり笑った。


「そうですか、それはフィラン嬢も心強いでしょう。 フィラン嬢の後見人が良識のある方のようでひとまず安心しました。 何しろフィラン嬢に初めて会ったとき、歳の割にあまりに純粋で世間知らずに見えたので、すぐにでも悪い人に騙されないかと心配していたのですよ。」


 ヒュパムさんがにっこりと私を見て笑う。


 投げつけあっていたの紫ウニ、こっちに飛んできた!


 私そんな風に見えてた? 心外! と思っていたらすぐに追い打ちが来る。


「それについては激しく同意せざるを得ません。 昨夜も『素敵な花樹人さんに恋占いのジャムの事を相談したら、いろいろあって商談しましょうってなって、明日来ます。』 と報告されただけでしたので、正直どのような方が来るか心配でしたが。まさか王都一の大商会のオーナーとは思いもよりませんでした。」


 まって、私そんな風に報告してない(と思う)。


「あぁ、確かにその説明は省略しすぎですね。 フィラン嬢らしい。 心中お察し申し上げます。」


 まって、なんで納得してんの?


「えぇ、本当に……。 今までが運がよかったとしか思えません。」


 いや運とか言ってるけど、そんな簡単に騙されないし。


 っていうか、あの棘の投げつけあいは、貴様、フィラン(わたし)を騙す悪人か的な、水面下のサイキックバトルだったの?


 二人の間で私は騙されてる前提で話しが進んでたの?


 騙されてる可能性大としてセディさんもヒュパムさんもこの場にいたって事?


 そりゃ棘の全力キャッチボールにもなるよね……。


 にこにこしながら、いや良かったと安心している二人の横で、私と秘書さんは静かにお茶を飲む。


 何なら私、顔向けできないので俯いたままです。


 しかしそっか。ヒュパムさんって大商会の偉い人なんだ。なんで売り子さんしてたかは知らないけど、運がよかったなぁ……。


 ……運がよかった?


 ……運?


 最初に見た自分のステータスを思い出す。


『わ~、魔力と運が振り切ってる~』っていったな、私。


 この出会いも、神様へお願いした「私の人生イージーモード」そして「付与された幸運MAX突き抜けてるステータス」の恩恵か!


 なるほど神様ありがとう!


 改めて、運がよかったようです、気を付けます。


「そっか、うん、そっかぁ……あれ……あっ!」


 二人の会話を今後の自己反省に生かそうと心に刻み込むように反芻した私は、少し和んだ感じの二人を交互に見て首を傾げ、それからセディ兄さまの先ほどの言葉で補完出来たおかげで、セディ兄さまに初めて会ったときに感じた違和感がポロッと落ち、声を上げてしまった。


「うん? フィラン、どうしたんだい?」


 急に真顔で声を上げた私は、心配げな大人の視線に慌てて言葉を探す。


「本当に運がよかったんだなって! で、そろそろ試作品をお出ししてもいいですか? ちょうど紅茶も出ていますし!」


「あぁ、そうだったね。お願いできるかな?」


 にこりとヒュパムさんが笑えば。


「フィラン、手伝おうか?」


 心配そうに声をかけてくれるセディ兄さま。


 その二人の、違い。


「大丈夫。 すぐ用意できるから!」


 笑顔で奥の台所に引っ込み、しっかり冷めたジャムを小さな小皿へ用意をしながら、そっかぁ、と考えていた。


 純粋な花樹人ではないので、と言った。


 そして人と花樹人とのハーフのセディ兄さまと、純粋な花樹人のヒュパムさん。二人を間近で見比べて、やっとわかった。


 初めて会ったときのあの違和感の正体は、セディさんの髪の毛、だ。


 王宮の薔薇の人も、ヒュパムさんも、その秘書のトーマさんも、その髪の毛は花弁や蔓、枝葉など()()()()()()()()()()()()()()。(ちなみにギルドの方はモミの木の葉の形をしていて、とても痛そうだった。)


 けれどセディさんとセスさんは、燃えるような赤い色ではあるものの、ほかの種族と同じくサラサラの「髪の毛」なのだ。


 ちなみに髪の毛が植物を模しているのか、本当に植物なのかは本人に聞くのはすごく失礼な気がするので、後で知識の泉で調べるとしよう。


 しかし……


 きっと、何か事情があるんだろうなぁ。


 ふぅ、とわたしはひとつため息をついた。


 この疑問は夜考えるということで、一度頭の外に追いやる。


 今は大切なお客様が来ているし、そのお客様をあんまりお待たせするわけにもいかないのだ。


 丁寧に小皿をトレイに載せ、お店の方へ移動した。


「一応、2種類作ってみたんです。」


 テーブルの上に、二種類のジャムをそれぞれの前に並べる。


「やぁ、これは両方綺麗だね。 夜空のようなジャムに、暁のようなジャムか。」


 一つは正真正銘、ヴィゾヴニルの力のこもった『恋占いのジャム』、そしてもう一つは。


「朝焼けのようなのは『今日の運勢ジャム』っていうらしいんです。 私がまずやってみるので見ててください。」


 椅子に座り、明るい橙色に金色の粒が入った、まさに暁色のジャムをすくってティカップに沈める。


 シルバーのスプーンでくるくるっと回して、しっかり解けると紅茶全体が少し赤く染まって、金の粒がきらきらと紅茶の中で光を放っている。


「あぁ、紅茶に溶けてもとても綺麗だね」


「はい。」


 感心した様な言葉を漏らしたヒュパムさんに頷きながら、カップ越しに温度も確認して私はお茶をそのままぐいっと飲み干し、中を見ないままに、ちょっと行儀が悪いんだけどソーサーを逆さにしてカップの上に乗せた。


 ソーサーで蓋をする形だ。


「で、『今日のわたしの運勢をおしえてください』とか、ちょっと簡単な質問をしてから10数えてふたを開けるんです。 1、2、3……」


 私のティカップに3人の大人の視線が集まっているのはちょっと不思議な感じ。


「9、10!」


 それから、そぉっとソーサーを外すと……ティカップの底には、金色の花が咲いていた。


「これは見事な花の形だ。 しかもリリィ、私の花だ。」


 ヒュパムさんが少しびっくりした顔で笑いながら、花の咲いたカップをそっと手に取る。


「なるほど、ジャムの中の金の粒がこうして形になるわけだ。 ちなみにこの金の粒は飲んでも平気なのかな?」


「はい、ベリーの種がジャムになる過程で色を変えるだけみたいなので大丈夫です。 ……ちょっと排せつ物にキラキラが混じるらしいですけど……」


 ぼそっと口に出すと、一瞬の間の後に、ヒュパムさんは少し声を出して笑いだした。


「なるほど、それはそうだね。いや、面白い。」


「『運勢ジャム』はその日のキーワードのように出るってことですが、『恋占いのジャム』はどんなふうに答えが出るんですか?」


 ヒュパムさんの隣のトーマさんが聞いてきた。


「う……。」


 あ、やっぱり聞きますよね? 嘘はいけないよね……。


「すみません、占っても答えが出ないので、どんなふうに出るかわからないんです。」


「おや、欠陥ですか?」


 ぴくっと眉根を上げて聞いてくるトーマさんに、いえいえ、と首を振る。


「私に好きな人がいないので、聞いても答えが返ってこないんです。 すみません。」


 身を小さく縮めて消え入るような声で答えると、残念な子を見る視線の後、大人が空気を読み始めた。


 やめろ、そんな視線で見るのは。いまは! 残念な子じゃないもんっ!


 と、そんな私の雰囲気を察したのか、ヒュパムさんがちらり、と横を見る。


「……トーマ、お前は好きな人はいないのか?」


「オーナー、私は御存じの通り妻帯者ですのでこの場合は不適です。 後見人の方はいかがですか?」


 話を振られてため息をついたトーマさんが、セディ兄さまに話を振れば。


「すみません、フィランと一緒で好きな相手というものがいないのです。 コルトサニアさんはいらっしゃらないのですか?」


 セディさんはヒュパムさんに話を振ったわけですが。


「現在その手の感情には興味がないですね。」


 にっこり笑ってそう言い切った。


 はい、手詰まり!


 すごく手詰まり!


 終了!


 ただの試飲会でした!


 アイデアは良かったのかもしれないけど!


 大の大人三人の前に、恋も知らない私が恋占いのジャムのプレゼンなんてするんじゃなかった!


 ごめんなさい!


 あやまろう、心から謝ろう! 今すぐに!


「お時間を取ってもらったのに、こんなオチで本当にごめんなさい。」


 しゅん、となった私の頭をなでながら、セディ兄さまが首をかしげる。


「いや、こればっかりは仕方がないよ。 でもフィラン、あの騎乗兵の方は好きじゃないのか? 時折会いたいって言ってなかったかい?」


 おっと! セディ兄さまが、突拍子もないこと言い始めたぞ!?


「兄さま間違ってます! あの方は推しです! 恋愛の好き嫌いじゃないんです! 大好きですけど、愛してますけど、もう一生推しますけど、恋愛感情じゃないんですよ! 会いたいじゃなくて見たい、です! No会う! Yes見る!」


 はい、ここまでノンブレスです。


 推しと付き合いたいわけじゃないのに、恋占いしてどうするのよ!


 はっとして3人の顔を見ると、ぽかん、という言葉がとても似合う顔をしている。


 しまった、恥ずかしい真似をしてしまった……このままスルー、スルーしてほしい!


 よし、ジャムの包装の話を……


「えっとそれで、ジャ……」


「会うと見るの違いは何だい?」


 ヒュパムさんが首をかしげて私を見てる。


 え? そこ掘り下げちゃう? 忘れてほしかった――!


「えっと……ジャムの話……」


「それは後で大丈夫。 それより会うのと見るの違いのほうが興味深い。」


 何の興味ですか、興味なくしてくださいよ。


 そんなすごく期待したきらきらした目で見ないで……。 あぁ、もう、これは説明するまで話し進まないやつ?


「えっと……見るは、私が一方的に相手を見て、今日も素敵だなぁと、相手の人生にはかかわりたくないけど、その人が幸せなのを見て満足したい、ですね。 で、会いたいは多分、相手の視界に入りたいとか、相手と話したい、付き合いたい、相手の人生にかかわりたいっていうのです。」


「そこに違いはあるの? 片思いとどう違うんだい?」


「は?」


 私はつい、眉間にしわを寄せてしまいましたよ!


 こんなに違うのにそこを聞くの?


「全然違うんです! 私は相手の視界には入りたくないし、お話もしたくないんです! 片隅からそっと見守りたいんです! 会話とか視界に入るなんて地雷です! なんなら私はあの方の鞍になりたい!」


 はい、ここまで再度ノンブレス! 恥ずかしいわ! 何の羞恥プレイよ!


 と、顔を真っ赤にして言い切ったところで、ヒュパムさんが冷静に言った。


「……好きゆえの観察対象ってこと? 付きまとい行為ではないの? それはまともな恋愛感情じゃないわ。その恋愛観は矯正が必要よ。」


「……え?」


「駄目だわ! このままじゃ可愛いフィランちゃんがストーカーになっちゃうわ!」


 こっちにもストーカーって単語あったんですね!


 いや、そうじゃなくて!


「違う、違うんです、そうじゃないんです! 話を聞いてください!」


 商品そっちのけで何の話してるのかっていう私の脳内第三者の突込みもそろそろ聞こえてきた私は、イケメンに性癖を晒した羞恥心で机に突っ伏すしかなく……。


 えぇ、突っ伏したところで大人が勝手に商談始めてくれたから、商談がまとまったら顔上げますね……と、心の中で大号泣で涙しましたとさ。




 商談の端々で、私の危機管理と恋愛観の再教育って聞こえるのは……気のせいにしよう。

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