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1-037)初めての商談相手の来訪(黒船来訪!?)

 今日は朝食後からずっと台所の竈の前に陣取った私。


 作業台の上には、今日の材料が山盛りてんこ盛り……というわけではなく、試作品なので常識の範囲程度の量が用意してある。


「えぇと、ルビービーのクイーンはちみつ、オルカとマタタリの実、朝露、他の材料と同量のお砂糖……よし、ぜんぶあるね。」


 薬草の粉砕したものとかもあるけど、其処はいろいろ割愛で!


 よし!


「試作品作り、始めるぞぉ!」


 おー! と、五つ子も一緒に腕を上げる。


 作り方は向こうのジャムとほぼ一緒。


 お鍋にベリーを入れて、お砂糖をまぶしておいて、じんわり水分が出てくるのを待ってから、サラマンドラの力を借りてベリーの入った鍋をうんと弱火にかけて、焦げつかないように丁寧に丁寧に混ぜていく。


 わけですが……


 ん~めんどくさい! そして暑い! 弱火だろうが火の傍にずっと立ってるのは暑い!


 汗の浮かぶ額をぬぐうときには、髪の毛が落ちないように、ちょっとだけ気を付ける。


 今日は三角巾の代わりの三角に折ったスカーフで髪の毛が落ちないようにしっかりと固定して、おさげのみつあみも後ろで一つにまとめている。


 三角巾をほどけば可愛い編み込みのみつあみがふわっと出てくるようにしているのは、お昼には大切なお客様がやってくるからだ。


「フィラン、大丈夫かな?」


「ちょっと暑いけど、大丈夫ですよ。」


 店舗のほうから心配そうに時折顔をのぞかせるセディ兄さまに、手を振って答える私。


「セディ兄さまこそ、お店は大丈夫です?」


「今日は昨日よりお客さんの流れが少ないから大丈夫だよ。 約束の時間に間に合いそうかな?」


 そう、お昼に是非お話ししましょうと言われたのだ。それまでに完成させねば!


「昨日からちゃんと下ごしらえもしているから大丈夫。 お店手伝えなくてごめんなさい。」


「それこそ大丈夫だよ。 わたしにはそっちの仕事は手伝えないからね、頑張って。」


「はい!」


 ガッツポーズで答え、鍋に視線を戻す。


 なんだかセディ兄さまとも少しずつだけどスムーズになってきて、うんと距離が近づいてきた? と前日までの会話と今日の会話を振り返る。


 昨夜の話し合いが、会話の壁の打破になったかな?


 ちょっと……いや、だいぶん怖かったけど。


 と、思っていてはっとする。


 鍋の縁にぷつぷつと小さな泡が立ってきている。


 ちゃんと集中しないと焦がしちゃうので、一旦ジャムつくりに集中!


 ポイントである鍋の縁のぷつぷつが出来たら、ここから煮詰めていくわけだが、鍋を混ぜる手をゆっくり丁寧に一定にする必要がある。


 絶対に焦げ付けないように丁寧に混ぜながら、途中でとろみを確認しつつ、エーンートが『頃合いだよぉ』と言ったところで昨日の夜集めた分の朝露を2滴だけたらし、次にルビービーと言われる蜂の女王バチのはちみつを大匙一杯垂らして混ぜる。


 少し経ったらそのお鍋の中に、しっかりと薬効成分だけを抽出した薬草の粉末を入れて……ゆっくり煮込んで……で?


「あれ? シルフィード、ここからどうするの?」


『はぁい、ここからはお任せあれ!』


 シルフィードの声がして、出てきたのは……


「ヴィゾヴニル?」


 虹色の貴公子……もとい、月の精霊のヴィゾヴニル。


「え? なんで?」


『こういう心に関する薬や呪い物は僕の管轄だからね……。 とはいえ、安息日以外では今後作らないでほしいな……今回はいいけれど、安息日じゃなければせめて夜にしてほしい。』


 それはそうだ。安息日ならともかく、月の精霊なのにお日様ギラギラしている時間に呼んじゃったもんね。


「はい、きをつけます。 それで?」


『フィランは集中力を切らさないように。 ジャムの色がしっかり変わり切るまでは、かきまわす手を動かすのを止めないように気をひきしめて。 ――月の精霊の『惑わすきまぐれをひとしずく』』


 ポタリ、鍋の上に伸ばされたヴィゾヴニルの指先から、虹色の光が一つ落ちると、そこから波紋がひろがるように、そう、まるで魔法をかけたみたいに――うん、いまのは精霊の力で私の魔法じゃないから正しい表現だよね――ジャムはきらきらと色を変えてゆく。


『そのまま、変化に目を惑わされないように丁寧にジャムをかき混ぜ続けて。 集中して。』


 ヴィゾヴニルの指示の下、一心不乱に鍋をかき混ぜ続ける。


 そうして鍋の中で完成したのは、深い夜の星空のような、藍色に金色のかけらがきらきらと光をはじく、甘い香りのする『恋占いのジャム』、である。


「ふぁー! 何これ、ラピスラズリみたい! 綺麗、綺麗! これは売れるね!」


 どれ味見、と小さな木のスプーンに取ってフーフーしてから口に入れる。


 思ったよりも爽やかでくどくない甘さ! 薬草くささもない! 素敵! 美味しい!


「ヴィゾヴニル、ありがとう!」


『フィランのためなら、ね……お休み。』


 ふわっと消えてしまったヴィゾヴニル。


 月の精霊の彼は、基本、安息日以外にはあまり姿を見せることはない。


 第二位の精霊ではあるものの、空のお月様と一緒で、月の力は波があるのだと言っていた。 そんなもの? と思っていたが、今日の様子を見ているとやっぱり彼の言う通りで、月と日の力が安定する安息日以外は、こちらへ出てくるのもいろいろと大変なのかもしれないなぁと感じる。


「う~ん、もし商品にするとしたら、安息日に作れるだけ限界まで作って、数量限定にするしかないかな。」


 ヴィゾヴニルに負担掛けるわけにはいかないものね。


 出来上がったジャムの鍋を火からおろし、均等に冷めるように氷魔法を使った私は思案する。


 試作して分かったことは、とにかく多い。


 曜日限定でしか作れず、材料も意外と希少性が高いものがあるから大量生産はかなり厳しい。


 それから消費期限とかこの世界にそういった概念はあるのか……魔法使う?


 いやそんなバカな。


 私、いろいろ考えなしだったなぁと、アラフォーの頭で今回の一件に関する自分の行動について反省する。




 昨日はあれから、ヒュパムさんにごちそうになって帰り、お店を閉めてから夕食後のお茶の時間にセディ兄さまにそこまでの話をした。


 すると怒られはしなかったものの、二回目に会う人とご飯を食べて、なおかつ商売の話をして明日商談です、なんてどうしてそうなった、なんでそんなに短慮なんだと、それはうんと丁寧にお説教いただいた。


 怒られた、ではない。


 叱られた。


 反省していますと、心から謝ったのだが、その際、後見人になって本当に良かった……しかし今度からはそういう時にはちゃんと保護者としてついていく、人身売買されたらラージュ陛下に殺されかねない、仮にも兄と呼ばれるような関係になったのだから本当に頼む……と、しみじみ言われたときには心からいろいろ抗議したくなったがやめておいた。


 ラージュ陛下にしても、セディ兄さまにしても、抗議しても勝てる自信がこれっぽっちもないしね!(後、過保護が過ぎるんだよ!とも言いたかったが、その原因は私のせいなので、それも突っ込めない。)


 と、ちょっとムカつきながらもベッドに入ったのだが、よくよく脳内会議をしてみれば言われた通り。


 ジャムの件だって作ってわかる問題点もあって、あらかじめ試作して安定した流通のできる商品になると分かってから相談に行けばよかったと、作り終わった今は心から反省している。


 今回は?


 今回も?


 気持ちが優先して動いちゃったけど、まずはアイデア、試作、考察をしてから人に助言をもらうようにしないと、みんなを振り回してしまって申し訳ない。


 気づいてしまえば、すべての行動が反省点ばかりである。


 本当に、ここにきて短絡的に動きすぎてしまっている。


 浮かれて脳みそのねじが5~6本すっ飛んでしまったのかもしれない。


 外見年齢がこんなのだから、まぁまぁ生温かく許されるが、中の人の年齢ならただの傍若無人の痛い人だよ、私!


 本当に気を付けて!?


 そしてホウレンソウ大事!


 セディ兄さまには、何事もまずは事前にホウ・レン・ソウッ!


「はい!」


「フィラン、ちょっといいか……どうしたんだ!?」


 と、自問自答し終わって、パァン! と両頬を両手で叩いて気合を入れたところで入ってきたセディ兄さまに真っ赤なほっぺをびっくりされる。


「……その頬はどうしたんだ?! さっきの音が原因か? 大丈夫か?」


 慌てるセディ兄さまは私のほっぺをオロオロとみている。


「いや、御心配なく。 ちょっと気合い入れようとしたら力加減間違っちゃって。」


 これを、こうして、こう! と、ほっぺばちん! の説明をしつつ、そんなには痛くないんですよ~と笑ったら、めちゃくちゃ顔をしかめたセディ兄さま。 


「女の子なんだから、そんな気合の入れ方はやめなさい。 早くポーション飲んで!」


「え? これくらいでポーション飲むのもったいないですよ。 それより兄さま、何かあったんじゃないですか?」


 たしか、何か聞きに来たようなタイミングだったのでは? と首をかしげて聞くと、思い出したセディ兄さまなんだけど。


「あぁ。 えぇと、フィラン、お客様がいらっしゃったのだが……」


 おや? 珍しくセディさんが言い淀んでいるぞ?


 どうしたどうした? と思って時計を見ると、約束の時間5分前です!


 大変だ! お客様をお待たせするわけには!


「もうこんな時間!? 大変! もういらっしゃったの!?」


「フィラン……その人なんだが……」


 少し困惑した感じのセディ兄さまに首をかしげながらも、お客様を待たせちゃだめだと鍋に蓋をして五つ子たちに腕輪に戻ってもらういつつ、エプロンと頭のスカーフを外して近くの姿見でちょっとだけ身だしなみを整えて店のほうへ向かった。


「ヒュパムさん、いらっしゃいませぇ……え?」


 台所から店に出て、扉の内側に立っている人に声を掛けようとして、私も足を止めてしまった。


「甘い香りがしているね。試作品が出来上がったところかな?」


 そういって、その人は微笑む。


「……えっと……」


「やぁ、かわいらしいお店ですぐにわかりましたよ。 聞いてたよりずっと素敵ですね。」


 ……でぃすいず……だれ?


 私があっけにとられるのも絶対に無理はない。


 そこに立つのは、神々しくも雄々しい、美の化身!?。


 って言うか、目利きではない私だって一目でわかっちゃうくらいの、最高級で仕立ての良いお洋服に身を包んだ、細身だがしっかりした体躯の赤い百合の花の髪の男性と、その背後に控える淡い緑に小さな花を散らした髪の美しい、こちらはしっかりと筋肉のついた体格の男性がいる。


 しかし、だ。


 ……やっぱりこの人に覚えがない?


 今日のお客様はヒュパムさんですよ?


 この人は誰ですか?


 いや、顔は似てるけど、あの……? 誰?(二回目)


「え、えっと……あの……」


「どうかしましたか? 昨日のお話をしに来ましたよ、フィラン嬢。」


「フィラン、話を……」


「セディ兄さま!」


 奥からの扉の前に突っ立てしまっていた私の後から出てきたセディ兄さまをみた男性はまた、微笑む。


「そちらがフィラン嬢の後見人の方ですか?」


 はっきり言ってこの店には不釣り合いな美しい二人が、にっこりと笑い合った。


「私、コルトサニア商会のオーナーのヒュパム・コルトサニアと申します。後ろに控えますのは私の秘書のトーマ。 末永くお付き合いできるよう、期待していますよ。」


「フィランの後見人のセンダントディ・イトラです。」


 近づいてきた彼に頭を下げたセディ兄さまは、顔が引きつっている私の横で笑顔で挨拶をする。


「本日は御足労頂きありがとうございます。 コルトサニア殿……御高名はつねづね伺っておりましたが、まさか王都一の大商会のオーナーと名高い貴殿に、こんな小さな店でお会いするとは思いませんでした。」


「まぁ、ご指摘の通りこういったことは珍しいですが、なかったわけではありません。 昨日フィラン嬢より可愛い相談をいただきましてね。お話を伺えばぜひ商談させていただきたい内容でしたので、本日こちらへ伺わせていただきました。 とはいえ、後見人の貴殿に先ぶれもなく、大変申し訳ありません。」


「いえ、こちらこそ。 しっかりとフィランの話を聞いていなかったようです。 先ほどは困惑してしまいご挨拶が遅れて申し訳ありません。 本日の商談の話はフィランより昨夜聞きました。 ひとまずこちらの席でお待ちいただけますでしょうか? フィラン、私は店の看板を一度下げてお茶を入れるから、お客様を席にご案内してくれるかい。」


「へ!? あ、はい。 どうぞこちらへ。」


 大人の会話を呆然と見ていた私は、慌てて頷くと、お客様をお店の一角にあるテーブルと椅子にご案内した。 の、だけど……。


 心の中で、

 


 帝国一の大商会って何!?



 っていうかこの素敵な男性だれ!?



 昨日の素敵なで美しいヒュパムさんに確かに似てるけど同一人物?

 



 と、大パニックを起こしていたのでした。


 ……神様。 もうパニックに巻き込まれるのはこりごりです、平穏な生活プリーズ!!

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