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1-036)商売の契約を結びましょう?

「恋占いのジャム? なにそれ、ロマンティックで素敵じゃない! どこの国のおまじないなの?」





 いつも通っている生鮮食品のマルシェの通りからもう一本、家から遠い方の、おしゃれなお店や実用的な日用雑貨を売っている通り。


 お目当てのお店の前のマルシェだっていまだに結構に高い敷居なのだが、今日の目的はさらにその奥、しっかり居を構える店舗のほうで、入るのにはめちゃくちゃ気合と勇気が必要なキラキラの別世界。


 前回は知らずに入ったから何とかなったけど、全貌を知っている今、かなり緊張しています!


 すーーーっと息を吸って~!


 ぶはーー! と不安と一緒に息を一気に吐いてっ!


 手のひらに人って字を書いて、飲み込んで、を3回繰り返し、こっちの文字でもう三回!


 準備万端!


 よし! と握りこぶしを握りしめて中に一歩踏み入れた時だった。


「いらっしゃいませ~!」


 キラキラの声の集中砲火です!


 全身、風魔法のどぎついやつで氷の礫とかと一緒にぶっとばされるんじゃないかという勢いのキラキラの店員さんの声!


 痛恨の一撃を何度も食らっている気分です……。


 へらっと笑って店内に入る。


 ちょっとうつろな目になってるかもしれないけど、気にしないでください!


 そして私に声を掛けないでください!


 と、お目当てに向かっているので、今はもう本当に近寄るなオーラを気持ち的には全開で噴き出しながら店内を早足で駆け抜ける。


 目指すは入ってすぐの右側の!!


 人魚姫の櫛が飾ってあるあの区画っ!


「あら、いらっしゃい、お嬢ちゃん。 また来てくれたのね、嬉しいわ。 ……何なの? その険しいお顔は……眉間の皺は癖になるからなくしたほうがいいわよ。」


 きたー!


 私の目が一気に浄化された―!


 キラキラの宝飾品の区画の、一番目立つ場所にいてくださいました!


 ありがとうございますー! 逆転勝利!


 最初に見た時よりもキラキラを増してる商品を、男の人の節のある、だけどしなやかで繊細な綺麗な手で整えていた赤百合の! 花樹人の! お兄さん! ゲットぉ!


 というわけで、ここから冒頭に戻るわけでございます。






「なるほどねぇ、その歳で二つ向こうの通りに薬屋さんを開店して、それから新商品を考えてた上で出てきたアイデアで、しかもそれは精霊から聞いた話なのね。」


 突然、本当に突然現れて、お仕事中にもかかわらず、「相談があります!」と叫んだ私に、お昼の休憩に入るところだからその間ならいいわよ、と笑顔で言ってくれたのは赤百合の形の髪の美しい花樹人のお兄さん――名をヒュパムさんというと初めて知りました。――は、お昼を一緒にしましょう? と誘ってくれた。


 ぜひ!と頷いたものの、「じゃあついてきて頂戴。」といわれ、つれていかれた先は……なんだか貴族層に入り込んだんじゃない? と思うような目もくらむばかりの美しいティーサロンで、あっけにとられていると、優雅に紅茶なんかを飲みながらにっこりと笑ってくれた。


「じゃあ、ヒュパムさんは()()占いは知らないんですね。」


「そうね、この国と友好関係のある国であれば旅行によく行くけれど、ルフォート・フォーマの領内でも、大きな都市でも聞いたことはないわね。 あら、今日も美味しそうね。 ありがとう。」


 運ばれてきたのは美味しそうな軽食で、しかもお野菜たっぷりのそのおしゃれな食べ物(ガレット! ガレットに近いね!)で、食べる姿もお美しい!


「なぁに?」


「いや、食事される姿も美しいなっておもって!」


「当然よ、家にいるときも気を付けているもの。 フィランちゃんも食べなさい、遠慮しなくていいの、妹とご飯を食べているみたいで嬉しいわ。」


 フフッと笑って食事を勧めてくれるので、いただきます、と手を合わせてフォークとナイフを手にする。


 一口に切り分けて、上手にフォークにのせて……ぱく!


「おいしい!」


「よかったわ。」


 そのまま、このお店のご飯は健康にも良くて美味しいとか、食べる時の作法には気を付けなさいとか言ってもらいながらも和やかに食事を食べ終え、食後のお茶とデザートが運ばれてきたときだった。


「さっきの話だけれどね、とても気軽にも、真剣にもできるし、お茶にジャムを混ぜて占うなんてすごく手軽で可愛らしいし、きっと若い子たちの間で流行ると思うわよ。 ……それで?」


「それで?」


 お茶をいただきながらこちらを見て微笑むヒュパムさんに、はて? と首をかしげる。


「私に、わざわざ会いに来てくれて、何が聞きたいの?」


 そう言って、彼が笑みを深めた。


「あ!」


 そうでした!


 美味しいご飯と素敵なお茶の時間で身も心も浄化されてしまって、一番大切な要件を忘れるところでした!


「えっと。 その恋占いのジャムをお店で売りたいんですけど、大体そういうのって一回や二回しかしないじゃないですか? 売り方に悩んでいて……こう、一回分ずつを木のスプーンみたいなものに固定して、そのまま紅茶に入れて混ぜる……みたいな感じにしたいんですけど、一回分ってどう売ればいいのかな? って悩んじゃって。」


 真剣に話を聞いてくれているので、そのまま自分の考えをまとめながら言ってみる。


「瓶だとどうしても5回分とかになっちゃいそうなので、一回分をキャンディやホットチョコレートみたいに可愛い形で固形にして、その部分をジャムが漏れたりしないようにきゅっと包んで売りたいんです。 それも、きっと買ってくれる層になると思う若いお嬢さんたちが一目で気に入ってくれたり、気になっちゃったりするような可愛いデザインがいいなって思うんです。 ……が、紙も高価なので策が尽きてしまって……氷魔法で固めるっていうのも考えたんですが、どうせならもっと可愛く売りたくて。 それで、何かいい案がないかなって思っているときに、貴方の事を思いだして……もしいい方法があったら教えていただきたいなって、ご迷惑かとは思ったんですが、うかがわせていただきました。」


 こういうのです、と、|転生前にみた駄菓子屋さんの練り飴や、輸入雑貨屋さんのホットチョコレートのイメージを端切れで作ったサンプル品を見せながら伝えると、お茶を飲んでいた手を止めて真剣に聞いてくれていたヒュパムさんは少し真剣な顔をして考えたあと、ニコッと笑って私を見た。


「なるほどね。 それならいいものがあるわよ。」


「え!? それって何ですか?」


 ヒュパムさんは「そうねぇ」と手に持っていたティカップを置き、口元に手を当てから上品にひとつ咳払いをして私を見る。


「フィランちゃんは、そのアイデアを出した私に何をしてくれるのかしら?」


「……へ?」


 気の抜けた返事をしてしまった私に、ヒュパムさんはさらに、にっこり笑う。


「商売のアイデアを、他店の店員に出してもらうんでしょう?」


 はっとして、そうだった、と思う。


 たった一度、お客さんとして来ただけの私。(しかも若干冷やかしも入ってた!)


 その時に親切にしてくれた店員さんであるヒュパムさんに、うちのお店で出す商品のアイデアをくださいなんて、かなり図々しくて調子が良すぎる話だった。


 やっぱりこっちに来て、ちょっと気が……というか頭のネジが緩んでいた気がする。


 こうして食事を食べながら相談する時間を作ってもらって、そのうえアイデアをくれる人への対価……誠心誠意が伝わる、私ができる範囲の対価……。


 笑顔で答えを待ってくれているヒュパムさんを前に、う~ん、と考えた私は恐る恐る提案してみる。


「まだお店を開店したばかりなので、軌道に乗るかどうかもわからないですし、恋するジャム自体がもし人気が出たとしても一過性の物の可能性もあるんですが……恋するジャムの売上げの一割をお渡しするっていうのでどうでしょうか……?」


 本当に真剣に、相手の目を見ての交渉。


 ヒュパムさんが、どんな判断を下すのだろうか……。


 ごくり、と、つばを飲み込んだ。


 と、ふっ、とヒュパムさんが噴出した。


「冗談よ。 そんなに真剣に考えて、そんなしっかりした答えを出すとは思ってなかったわ。 単価は低いものだし、一割も出したら赤字にならないかしら?」


「素材は全部うちの畑でとれるので、木のスプーンと包装代だけなんで、大丈夫だと思うんですけど……。」


「その畑を手入れしたり、収穫したり、それから作るときの労力だってあるわよね? それを全部加味して商品の代金は付けるものなのよ。 けして材料の原価だけを基本にして商品を売ったりするものではないわ。」


 確かに。


 向こうではそういう考え方で物を買っていたのに、自分が作るとなると、なぜすっぽ抜けていたのか不思議である。


「そうですね、それじゃ…」


「それで、これは提案なのだけれど」


 ごめんなさい、と、謝ろうとした時に、それをさえぎってヒュパムさんは笑った。


「その包装と木のスプーンをうちの商会から卸すというのはどうかしら。 ちゃんと何種類かサンプル品も用意するわ。 よく考えて頂戴ね? ここからは正式な商売のお話よ。」


 え?


 えぇ!?


 何だが話の方向が変わってきたよ?


「商売……ですか?」


「えぇ、そうよ。」


 とても真摯で真剣なお顔をして頷く。


「いやでも、そんなお取引の話をヒュパムさんが決めちゃっていいんですか?」


「いいのよ、だって、私がこの商会の責任者だもの。」


「へ?」


 今何て言いました?


 理解できない間にも、どんどんヒュパムさんは私に話を続ける。


「フィランちゃんは今、歳はいくつかしら? その若さで自分名義の店があるってことは錬金薬師のスキルは20以上はあるっていうことよね、すごいわ。 でも店同士の正式な契約となるとしっかりした契約書類を作る必要があるのだけど、ご両親……そういえば王都には出て来たばかりだったわよね? じゃあ後見人とかはいるかしら? 契約の時にご挨拶したいのだけれど。」


 後見人……あ、そか、いるいる、います。


 後見人という名の護衛監視官のお兄さんが!


「親……はいないですが、今、お店を一緒にやってくださっている方が後見人です。」


「そう。 じゃあ明日の午後、うちで働いてくれている部下を連れてフィランちゃんの薬屋に伺わせていただくわ。 それまでにフィランちゃんはその恋するジャムの試作品を私のために用意しておいてちょうだい。 こちらは先ほど言った包装と木のスープンの見本商品数種類をもっていくから、その時に後見人さんも交えてしっかり相談しましょう。 お互いがお互いの商品を確認をしたうえで、そのあと契約について話し合いをして、双方納得したところできちんと契約書を交わしましょうね。 それでいいかしら?」


 ……契約?


 商売?


 あれ? あれれ??


 確か私、アイデアをもらいに来ただけだったような気がするんだけど……気が付けば商売のお話をしてた!?


「どうかしら? けして騙したり、こちらが有利になるようなことのないように、しっかりさせていただくつつもりよ。」


「……でも、こんな子供相手にいいんですか?」


 すこし規模が大きいというか破格というか……いや、もしかしたら騙されたりとかも……と、うろたえている私に、ヒュパムさんは優しく笑った。


「まず、商売に歳なんて関係ないわ。 それにこれは、貴女の将来性に投資する意味もあるの。 だから正々堂々と、貴女の後見人さんにもしっかり見届けて納得していただく必要もあるの。 どうかしら?」


 このお話、おうちに持って帰ったら、とりあえずはセディさんに怒られるのが確定!


 だけど、突撃訪問してきた子供の私に、真摯に話をして提案までして下さったヒュパムさんには誠心誠意応えたい!


 だから。


「えっと、それでは、後見人を交えてしっかり話し合いをさせていただく方向で、お願いいたします。」


「えぇ、よろしくね。」


 とっても美しい顔でにっこり微笑むヒュパムさんに、ちょっと汗をかきながら、私は少しぬるくなってしまったお茶をそろそろと飲んで……どうしてこうなったんだっけ? と悩み倒すわけですよ。


 ん~、吉と出るか、凶と出るか……待て! 次回!

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