1-035)恋占いのジャムと、花樹人
「恋占いのジャム?」
「そうなんですよ~、どうですかね? 売れますかね?」
パンを一口サイズにちぎり、口の中に入れたセディ兄さまは、もぐもぐ咀嚼している間に何か考えているようだった。
私はといえば、野菜のスープの中の星型の野菜をすくって口に入れる。
もぐもぐ……うん、甘くておいしい。
スキャロッターと言われる人参によく似た赤い根菜……いや、もう、名前も人参とスターでスキャロッターって分かりやすくて可愛すぎるだろ! と突っ込みたくなっちゃうくらいなんだけど、この名前を考えたのは絶対!空来種だと信じてる。
「アイデアとしてはいいと思うのだけど、問題は売り方かな?」
パンを飲み込み、焙煎した根っこから作ったヒタラというコーヒーに似た飲み物を飲んだセディ兄さまは、う~んと唸った。
「恋占いのジャムという名前を聞くだけでもまぁ年ごろの女性は飛びつきそうだし、紅茶に溶かすジャムという点でも可愛い、と思う。 そのうえでジャムさえ美味しければ売れるとは思うのだけど……少量の瓶で売っても、多分5回分くらいの量になるだろう? そういった類のおまじないは、ジャムが腐らない間にそう何度もするものではないだろうと思うんだ。 そうすると一回分ずつ売る方法があるといいんだけど……。 すまないが私には思いつかないな。 せっかく相談してくれたのに私はそういうのが疎くって申し訳ない。」
ため息をついて一言。
「セスならいい案をくれたかもしれないけどね。」
珍しく、いや、最初にあった時以来初めてかな? セディ兄さまの妹・セス姉さまの名前が出てきた。
セディさんの妹、花睡病という病に罹っているというセス姉さまの事は触れないようにしてきたけど、本人が言ったなら少しお話してみてもいいのかな? と、私は思案して口に出す。
「セス姉さまって美人さんですもんね。 やっぱり流行りに敏感でしたか?」
「う~ん、美人なのかな? 妹だからそういう風には見たことがないけれど……王宮侍女をしていたから、仕事柄流行りものや流行りそうなものには敏感だったね。」
うん、と、マグカップを傾けながら少し苦笑いを浮かべているセディ兄さま。
どこまで聞いていいのかはまだ分からないから、出てきたキーワードでお話を広げる。
「侍女って、偉い人の御世話とかするお仕事の人でしたっけ。 メイドさんみたいな。」
「メイドと侍女は少し違ってね。 フィランの世界にはそういった職種はなかったのかな?」
「う~ん……あるとは思うんですけど、庶民には完全に無縁ですね。」
うん、嘘じゃないよね。
向こうで見たドラマとかでも、侍女とかメイドとか色々聞いたことはあるけど、実際のお仕事の違いとか分からないし、日本産社畜でオタクの私には、某電気街のミニスカートで看板持ってるメイドさんか、刀や銃器振り回すオールドスタイルのメイドさんの方が頭に浮かんじゃったもんなぁ。
「特権階級の人しか使わないのでは?」
「こちらもそうだよ。 簡単に言うと、メイドは家事にまつわるものをする人、侍女は人の身の回りのことをする人、女官は仕事の補佐や管理をする人……かな。 その中でも細かくクラスが分かれていて携わる仕事が違うんだけど、大まかにはそのような構造になっている。 セスは皇帝陛下付きの侍女と女官を兼ねていたんだよ。」
ほほう、メイドさんはハウスキーピングとかで、侍女は侍女で、女官は秘書とかだな? 多分。
で、頭に浮かぶド迫力のライオン王…ではなくイケメン皇帝の余裕ぶった顔。
あー……と軽く頭を振ってから、そこじゃない、セス姉さまの話だったと思い出す。
この国の一番偉い人の用意をする人、かぁ…
「なるほど、めっちゃくちゃエリートってことですね!?」
だって侍女にもランクがあるとして、この国で一番偉い皇帝陛下の侍女兼女官って事は、よっぽど気遣い出来て、よっぽど臨機応変に動けないと難しい気がする!
そうに違いない! と、拳を握りしめて言うと、いやいや、と、セディ兄さまは笑った。
「私と同じで、陛下とは昔からの付き合いだからね。 仕事以外では堅苦しいのが嫌だ、見知った気心知れたやつがいいと陛下のわがままを聞く形で侍女をしてたけれど、もとは私と同じ双剣遣いで、回復士なんだよ。」
王を守りながら回復魔法を使い、なおかつ双剣をぶん回す女戦士……ですと?
「なんですか、それ! 凄くかっこいい!」
「そうかな? まぁ確かに戦場での妹はとても格好良かったけれどね……あぁ、話がそれたね。 侍女は陛下や皇妃の身の回りや衣装の管理、それから話し相手をすることもあって、城下の事や社交界の流行りものにも敏感なんだ。 私もよく適当な服を着ていたら、その恰好はだめだと何度も怒られて着替えさせられたものだよ。」
あはは、と、少し疲れたような顔をして笑うセディ兄さまに、セス姉さまの厳しさを垣間見たわけで……ちょっと……いや、だいぶん私も背すじに汗かきましたよ!
だって私、おしゃれに金掛けるくらいなら美味しいものや趣味の本に金を掛けたいクソダサ女でしたからね!
目が覚めた瞬間にダメ出しとかされたらめちゃくちゃへこむ。 あんな美女に頭の先から爪の先まで否定されたらもう二度とお布団の中から出られない!
いやでも、今は素材がいいから、今から頑張ればいいのかな?
……いや、いくら素材が良くても、今更ながら、自分のお手入れなんて、どこから手をつけていいのかまったく分からない。
考えれば考えるほど、悪い方向にしか物事が浮かばない。
この世界でファッションチェックとかはじまったら、もう無理。
「セディ兄さまの苦労が垣間見えた気がします……」
「うん、あはは……。 あぁ、フィランは可愛いから、きっと別の意味で大変になると思うけど、その時は頑張って阻止するから仲良くしてくれるとありがたい、かな……」
ねぇ…別の意味ってなによ……。そしてその時は絶対助けて下さいね、と訴えるように視線を向けると、目が合って直ぐにあはは、と乾いた笑いを浮かべたセディ兄さまの反応。
……辛い。
二人でテーブルに肘をつき手を組んでそこに頭を預けて深いため息をつく、というシュールな朝ごはんの光景。
いけない! 空気を変えよう!
アイアム空気を読んで気使いする(元)ジャパニーズ!!
「そうじゃなくて、恋占いのジャムの事なんですけどね!」
「あぁ、そうだったね。 申し訳ない。 恋占いのジャムは売り方を上手にやればかなり売れると思う。 占いはやはり若い子達になにかと人気だから大丈夫だろう。 誰か良いアイデアを持っている人がいればいいんだけど。」
「そこですよねぇ……。」
ここまでで私、ちゃんとわかった!
私とセディ兄さまは、センスない仲間だってことが。
だから別の案を考えなくちゃいけない!
「こう、美的センスに溢れていて、美容に強くて、そうだな……身内びいきをするわけではないけど、花樹人にはそういった人は多いかもしれない。 の、だけれども、残念ながら私の周りは武骨な奴らばかりで……」
美的センスに優れた美容に強い花樹人……なんている?
どこの人材派遣会社に登録したら知り合えるかな? と考えこんで……。
「あ!」
私は顔を上げた。
「心当たりがあります! いや、一回しか会ったことがないっていうか、私がお客さんで行っただけですけど!」
絶対に、立ち姿も美しいあの人なら、私にいい知恵をくれそうな気がする!
「今日、少しだけお店ぬけてもいいですか?」
わたしの、ものすごい勢いに押されたのかもしれないセディ兄さまがにっこり笑ってくれる。
「うん、開店後すぐだと混む可能性があるから、お昼前のお客さんが落ち着いた頃なら店も1人で何とかなるだろうし行っておいで。 その代わり、マルシェで食材の買い出しもしてきてくれるかな? 買ってきて欲しいものはメモしておくから。」
そんなのお手の物ですよ!
「はい!」
私は大急ぎでご飯を食べ終わると、お昼前のお出かけに心躍らせて開店準備を急ぐのでした!