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1-034)朝のルーティンと新商品のヒント

 小鳥の声が窓辺から聞こえる。


 可愛らしいその声は、朝を連れてくる。


 明るくなってきた空、地平線から太陽が顔を出し始めたら、その強い力で少しずつ脳内は覚醒し、私は美味しそうなご飯の匂いに嗅覚と食欲を強く刺激され幸せな気持ちで目を覚ます……




『フィラン! おはよう! おはよう! 御寝坊さん! お日様も登り始めたから早く起きて! 朝だよ!』


『フィラン! おはよう! 畑に行こう!!』


「……ふぁい……、おはよぅ……」


 そんな優雅で牧歌的な朝なんて片手で足りるかどうか。


 精霊の安息日でも朝は元気な五つ子たちの、陽気で元気な爆音目覚まし時計……もとい、日々の仕事のお誘いで、いつもたたき起こされるのだ。


 ちなみに、転生しても朝は苦手である。


 なのにもかかわらず、日の出とともに起こされる身にもなってみろ!


 起きただけでも褒めてほしい!


 と思いながらのそのそとベッドから出ると、寝間着をベッドに脱ぎ捨て、壁に掛けておいたワンピースを頭からかぶる。


 それから庭仕事用の割烹着タイプのエプロンを付けて、靴下、ブーツと履いて……寝ぐせだらけの髪の毛を畑仕事に邪魔にならないように適当に団子にすると、目をこすりながら自分の周りでふよふよと漂い喜ぶ五つ子たちと部屋を出た。


 いや、出ようと思った。


 の、だが。


『フィィラァン……。』


「……ふあ……いっ!」


 振り返り見た部屋の、鏡台のところには黄金の女王様、もとい! 日の精霊アルムヘイムがにっこりと笑っているのだが、目が完全に笑っていない。


『フィラン、昨夜はわたくしの話を聞いていたのかしら?』


「き……聞いてた聞いてた! 顔っ! 顔洗ってから髪の毛するつも……」


『なんですって?』


「今からやりますぅ!」


 慌てて髪をほどきながら鏡台の椅子に戻り、香油をしっかりと吸わせておいた櫛を手に、毛先から少しずつ、根元に向かって動かしていく。


『えー! 髪の毛は後でもいいよぉ!』


『フィラン、朝露消えちゃうよぉ!』


『だまらっしゃい! あなたたちは先に行って朝露を一雫も残さずに集めた後、雑草取りと水やりをやっておきなさい! 竈にも火を入れる!』


『アルムヘイムのえばりんぼう!』


『えばりんぼうで結構っ! いうことを聞かないなら……』


『……やだ! それはやだ! いってきますぅ』


「あ、あの……アルムヘイム、もうすこしやさし……」


『誰のせいでこうなってると思っていますの!? 早く朝の準備をなさい! あなたたちも早くいきなさい!』


「『はぁい!』」


 契約主はどっちだ?


 というところでもあるが、急ぎながらも丁寧に髪をみつあみにして結い上げ、布を使ってくるんと髪を上げたフィランは、鬼教官よろしく監視をしていたアルムヘイムに『まぁいいでしょう』と次第点をもらうと、慌てて一階へ降りて行った。


 やれやれ、という顔をして後を追うアルムヘイムに、苦笑いのヴィゾヴニル。


 これが、精霊と契約してからというもの、一緒に遊ぼう、一緒に楽しもう、畑仕事させろと要求する五つ子の精霊、と、レディなのだから最低限の美しい身支度をしろと契約主の思考を存分に吸い込んで悪〇令嬢風完璧なツンデレ淑女へと成長つつある日の精霊とのプレッシャーに板挟みなるフィランの大騒ぎの朝なのである。


 もう一度言おう。


 私は前世から朝はとてつもなく苦手なのである。 だから起きるだけで褒めてほしいのにこの所業である。


 誰か褒めてください……。








「おはよう、フィラン」


「おはよう、セ……」


『『『『『おはよう、花樹人!』』』』』


「おはよう、精霊様方」


 階段を降り、店舗を通って奥の水回りの部屋に入ったフィランにかけられた挨拶に、食い気味に挨拶をしてまた裏庭に逃げていったのは先に庭仕事をしていたはずの五つ子で、笑いながら彼らに挨拶をしたセディ兄さまは、その中に埋もれる私にもう一度視線を向けた。


「おはよう、フィラン。」


「おはようございます。セディさん!」


「うん? フィラン? セディ……?」


 はっ! そう、そうでしたね。


「……セディ兄さま。 今日もかっこいいですね!」


「ありがとう、フィランも可愛いよ。 しかし精霊の安息日でもフィランの精霊様達は元気ですね。」


「正午までですけどね。 あと、兄さまももう少し兄弟らしく言葉を崩してくださいね。」


「……あぁ、そうでし……そうだね、忘れていた。 はい、タオル。」


「ありがとうございます~、セディ兄さま。」


 顔を洗って風魔法で飛ばした私に、タオルを出してくれながら、朝食を作るために野菜を切ったり洗ったりしているセディ兄さまは少し眉を下げて笑ってくれた。


 ん~! 今日もイケメンです! ありがとうございます!


 美人は三日で慣れるって昔の人が言ってたけど、あれ嘘!


 はい、嘘!


 イケメンにはいつまでたっても慣れませんよ!


 起き抜けの私には破壊力抜群ですよ!


 いや、もう正直、食事を食べるとかトイレに行くとかお風呂上りとか、そういう生活するレベルの恥ずかしさは一緒に生活して早々に焼き切れてしまいましたが、それでもイケメンすぎて幸せ! 眼福が過ぎてますよー!


 ご飯を作ってくれるイケメンって何!?


 おいしさも跳ね上がるんだけど、いや実際に美味しいけど!


 プラス、イケメンを加味した調味料ですよ!


 空腹は最高の調味料だ。あれにイケメンも付け加えてほしいくらいですよ!


 受け取ったふわふわタオルで顔を拭きながら、あれ? そういえば、と思う。


「セディ兄さまは、精霊と契約はしてないんですか?」


 一回も見たことないよね、家事は魔法使ってるし……。


 何気ない質問のつもりだったんだけど、一瞬だけ、手が止まったのを私は見逃さなかった。


「……いないよ。 昔は一緒にいてくれた子がいたんだけどね。」


 とんとん、とナイフを動かしてサラダに果物盛り付けながら困ったように笑う。


「今は契約している子はいないかな。」


 引っかかるような、でもこれ以上聞いてはいけないような話し方だなと思って……私は人の心の機微を感じることのできる日本人として、これ以上は深追いしてはいけない!


 昨夜のヴィゾウニルの話も思い出して感じる、ここでやめた方がいいと。


 ここまでの思考の回転0.01秒!


 で、今まさに盛り付けられいる果物のサラダに視線を向けた。


「そうなんですね。 あ、朝ご飯美味しそう!」


「うん。 あ、こら。 つまみ食いはだめだよ。 畑でみんなが待ってるから、まず畑仕事をしておいで。」


「うぅ、一口だけでも……」


 ぽんぽん、と、つまみ食いしようとした手を軽く握られると、そのままその手に採集用の籠を二つ渡され、にこやかに行ってらっしゃいと裏庭に続く扉まで連れていかれた私。ちょっとだけ抵抗しながらも裏庭に出ると、裏庭では五つ子の精霊たちが、各自勝手に畑で仕事をしている。


『フィラーン! これ、朝露!』


 コップ二杯分の朝露を、無重力空間の水分のようにふよふよと手の中に収めているアンダインに、手に持っていた籠を近くにいたシルフィードに渡し、ポケットの中に入れていた薬用の空き瓶にそれを受け取りしっかりと蓋を閉める。


「朝露がこんなに……あ、いやいや、ぼーっとしてちゃいけないね。」


 そう、完全に朝日を浴びてしまうと特別な力が半減してしまう朝露の入った瓶を両手で包み込む。


「錬金調薬スキル『効能密閉』」


 ぽっと光って瓶が黒くなるのを確認して、ポケットの中に入れる。


「ありがとう、アンダイン。」


『新月の朝露は、心に効く薬を作れるよ。』


 くすくすと笑いながら寄ってきたシルフィードが、少しだけ朝露に濡れた薬草の入った籠を私に渡しながら教えてくれる。


『安眠薬に気付け薬、それから惚れ薬まで。 フィランも作ってみたらどうかしら?』


「安眠薬を? ちゃんと寝れてるからいらないよぉ。」


 毎日快眠ですよ、朝早いから寝不足に見えるだけで。


 と言うと、みんなは呆れた顔をした。


『いや、そこはお店で売る用の薬でしょ? それに惚れ薬!』


 グノームがぽいぽいと摘み取った薬草の新芽を私が抱える籠に入れながらため息をつく。


『フィランだって女の子なら、好きな人の一人や二人や十人くらいいるでしょう?』


 一人や二人ならまだしも十人っておおくない!?


 ってか、精霊に恋バナを持ちかけられる私。


 期待を裏切って申し訳ないんだけどねぇと思考を巡らせてから、ワクワクと目を輝かせる5人を見た。


「いると思ったら大間違いだよ? この世界に来たばっかりだし、うちの中にあんな料理上手に聞き上手、主夫力No.1のイケメンさんがいるんだよ? もう普通の男じゃ満足できないからね? そもそもこの世界の男の顔面偏差値は高めだけどさっ!」


 見てるだけで幸せだわ!


 おうちの中でご飯を作っているであろうセディ兄さまを拝みながら、女の子なのに! とか、素敵な出会いっていうのはね!? と騒いでいるグノームを適当にあしらいながら奥の畑の中に入っていく。


「デオリ草とマンデオ草がいい感じだね。 あ、オルカとハタタリの実もいっぱいなってるし、朝露もあるからジャムでも作ろうかな~。」


 オルカの実とハタタリの実は、ブルーベリーやブラックベリーに似た感じの低木の木になる甘酸っぱい果実だ。


 お砂糖をたっぷりにして朝のパンのジャムにしてもいいかもと考えながら摘んでいくと、恋バナ大好きグノームとシルフィードが飛び出してきた。


『そこは! 恋占いのジャムにしようよ!』

「恋占いのジャム?」

『そう!』

 嬉しそうに飛び出してきたのはシルフィードで、黄色い花と白い花の花びらに、星型の花を付けているポーリラス草を両手に抱えてやってくる。


『あのね、他の子から聞いたんだけどね、恋占いのジャムを入れた紅茶を飲んで、そのカップの下の残りで、自分の恋が叶うか調べるんだって!』


「……ありがち~!」


 もう一つの籠にシルフィードが持って帰ってきた薬草を入れながら、向こうにもそんなおまじない的なものがあったなぁと懐かしく思い出す。


「売り方に困るよねぇ。一杯分のジャム、とかじゃ瓶では売りにくいし、かといって恋占いのジャムをいっぱい瓶に入れて売るっていうのも、移り気な感じで嫌だしねぇ……」


 アイデアはいいんだけどなぁ……と、う~んと首をひねりながら次々と今日摘むべき熟したところをプチプチ摘み取りながら考えて……何かいい形見たことあるはずなんだけどなぁ……と考えて、思いだした。


「駄菓子屋さんの水あめやスティックキャンディ方式だ!」


 向こうで飲んだクリスマスのホットショコラや、マシュマロココアのマシュマロの部分の要領で、木製の木べらみたいなものに、ジャムを一回分ずつ、もしくは小さな包装紙に一回分ずつ飴やチョコのように固めて売れば……売れるんじゃないかな!?


「よし、この方法で行こう! 氷魔法で凍らせればきっとうまくいくし、問題は木べらと包装紙なんだけど……油紙とかみたいに、外に漏れ出ない……う~ん……」


 真ん中でぱきっと二つ折りにしたら、ジャムやマーガリンが出てくる技術、なんてこっちでまだない。


 それに紙が高いので、小さくて水分を通さないかわいい包装紙なんてないだろうし……もちろんクッキングシートやサランラップとかもない。


「これは……作るしかないか……?」


 錬金術でどうにかならないか後で考えてみよう、と思ったところで朝ごはんだよぉ~と、セディ兄さまから呼ばれた私は家の中に入っていった。

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