1-031)店舗開店!「薬屋・猫の手」
誤字脱字報告、ありがとうございます。
気を付けて更新していきたいと思いますm(_ _"m)
開店の日。
朝早くから開店準備をして、美味しいご飯をセディ兄さまとたっぷり食べてお店を開けた。
店名は「薬屋・猫の手」
セディ兄さまに、それはどんな意味? と聞かれたので、あちらの世界では忙しいときに猫の手も借りたいほど忙しいっていうんですよ、だからそれくらい繁盛すればいいなと思ってつけました、と言ったら笑ってくれた。
お店のマスコットは、空大猫だしね。
しかし正直な話、開店したてのお店はきっと、二か月くらい閑古鳥なんだろうなぁ……と想像していたのだが、開けてみれば嬉しい悲鳴というのかな? びっくりするくらいの大盛況。
物珍しさで翌日には……なんて思っていたけれど、一週間たってもそれは変わらず、御新規さんもリピーターさんも来てくれている。
客層は様々。
若い女のお客様は、薬草や花びらを混ぜ込んだ香りのいい石鹸や、高純度で作った精製香油、薬効紅茶を買ってくれるし、男の人……特に職人さんたちは、こぞって傷薬――特に軟膏タイプのものをたくさん買ってくれる。
他の薬やお茶を作った時に出る半端な薬草を有効活用するべく作った入浴剤はこちらでは目新しい商品のようで、使い方を教えてあげると年齢関係なく面白そうだと買って行ってくれる。
時折、冒険者風のお客様に、「薬屋なのにポーションは売ってないんですか?」と聞かれたが、販売予定のないことを伝えると、ぜひ作ってください、期待しています! と言われてしまった。
すみません、今は作る予定はないので、と笑顔で交わしたが、これから先何度断ることになるのやら…ちょっと頭が痛い案件になりそうだなって思った。
今日も一日、お客さんが切れまなく続いて閉店が近づく頃、お店の扉にぶら下げた鈴がなった。
入ってきたのはシャンと背筋の伸びた初老の女性だった。
「いらっしゃいませ。 何をお探しですか?」
「こちらの傷薬がとてもよく効くとギルドの大工さんに聞いたのですが、まだ売ってますか?」
「はい、こちらになります。大きさはどうされますか?」
初老の女性に聞かれ、手のひら大の口広の瓶と、それより幾分小ぶりのものを出してみると、こちらを、と大きなものを手に取ってくれた。
「ありがとうございます。大銅貨二枚になります。 こちらは開店サービスの安眠薬草袋なので、よろしかったら使ってみてください。枕元に置いておくだけでいい物なんですよ。」
女性の腕輪を、店舗用の小さな水晶玉にかざし、支払い完了の音がしたところで、買ってもらえたお薬と一緒に、桃色の小さな包みを一緒に渡すと、女性は笑ってくれた。
「まぁ、ありがとう。 それじゃあ試してみるわ!」
「はい、ぜひ。 お買い上げありがとうございました! またお待ちしていますね。」
お店の扉を開けて、本日最後のお客様が帰られるのを笑顔でお見送りすると、お客様は嬉しそうに笑って手を振ってくれた。
はい、今日はこれで閉店です!
良いお客様は神様です!
いつでもにっこり対応させていただきます!
えぇ! 極上営業スマイルは安定の0円ですよ!
変なお客様も一人も来なかったし、開店初日以降、とてもいい感じです!
ありがとう、神様!
「フィラン、お店の外の立て看板はもう片付けるのかな?」
「あ、そうですね、かたづけます。」
扉の横の壁に立てかけていた、かわいいお花の縁取りをした木の板――向こうで言うところの宣伝キャンバスかな? を抱えて店に入っていくセディ兄さまの後をついて中に入ると、私の腕輪で鍵をかけた。
この家の鍵である魔方陣は腕輪で施錠をするという仕組みだが、セディ兄さま達のように新しい住人が増えたらどうするのかな? ギルドの方にやってもらうのかな? と首をかしげていると、家主(この場合は私)の腕輪を使って登録できるということを聞いてすぐにセディ兄さまとセス姉さまの腕輪の登録をした。
合鍵作る必要も、ギルドに行く必要もない!
すっごい便利!
ちなみにセス姉さまの腕輪は、セディ兄さまがスポッと抜いて持ってきたので簡単に登録できたのだが、これは元来、外れないものなので……どうなってるかはわらかない。
肉親がやると外れるのかな? と首をかしげてしまった。
まだまだ理解できないことや、仕組みがわからないことが多いこの世界、ファンタジーとはこういう物だ! と思うことにして深く考えない、考えたら負け!。
ここは夢にみていた剣と魔法の不思議な世界!
王道! 素敵! 最高! と、頭の中で大繁盛の余韻と疲れに若干ハイになったまま、私は店舗の床掃除を始める。
家には生活魔法『清浄化』がかかっているんだけど、数日暮らして分かったのは、これってル○バみたいなもの。
だから隅々や細かなところは自分で掃除しないとね!
鼻歌交じりで大工さんに作ってもらったジャパニーズな箒と塵取りを使って掃き掃除を始めた。
ちなみにこれ、大工さん達にも好評で、自分たちのも作ってました。
便利だもんね!
ジャパニーズ箒と塵取り(後、竹ほうきも)!
一階の床材は、お店も奥の間も水を使うことが多いので、テラコッタタイルみたいな素材が使われているから、箒と塵取りで十分掃除できるんだけど、モノを動かして掃くのは重労働。
あと、吸引力や腰の痛みを考慮すると、文明の利器である掃除機が欲しいなぁなんて思う……この世界に掃除機はないんだけど。
……そうだ! 風魔法での粉砕の時の要領で、サイクロン方式吸引力アップの掃除機が作れないかな……と、思いついてうんうんうなっていた時だった。
「フィラン、薬効紅茶と傷薬の大きな方は売り切れてしまったようですが、明日の分はどうするつもりですか?」
空っぽになった籠の棚を丁寧に拭きながら(律儀!)聞いてきたセディさん……じゃなくてセディ兄さま。
「掃除が終わったら、今日中に作りますよ~。」
この薬効紅茶と傷薬、初日から思いのほかよく売れる。 毎日作り足さなきゃ足りないくらいだ。
しかし。
私は首をかしげる。
セディ兄さまの拭いている棚には、売れ筋の傷薬のほかにも、頭痛薬や風邪薬やうがい薬、腹痛止めや下痢止め等々……結構いろんなお薬を作って並べてあるけど、それらはあんまり売れてない。
「ほかのお薬はあんまり売れなかったのに、なんで傷薬と薬効紅茶だけこんなに売れたのかなぁ……」
首をひねりながら口にすると、棚を拭き終わって、今度はカウンターを拭き始めたセディ兄さまが教えてくれた。
「最後のお客さんも言われていましたが、ギルドお抱えの大工組合の方が傷薬の効能をお客さんなどに話してくれたのではないかとおもいますよ。 それはどれかとよく聞かれましたし、買っていかれますね。」
「なるほど。」
そういえば最後のお客さんがそんな話してたなぁと思いだしながら床掃除を終えて、今度は小さいテーブルの上を拭く。
「でも、傷薬はわかりましたけど、薬効紅茶はなんで売れたんですかね?」
「物珍しかったのではないかと。 今まで、薬草の葉をお茶に使うことはしませんでしたからね。 新しい物好きたちの人が多い国ですから、新規開店のお店に入ったついでに何か安価で珍しいものをと思い、物珍しく安価でお手軽ということで買ったのがハーブティだったのかと。」
「まぁ確かに一番安い商品ですものね……」
薬効紅茶に使ったハーブは、基本は薬草を作るときに余った分の薬草を種類ごとに分けて、乾燥して、ブレンドし、そこに味を調えるために果物の皮を乾燥させたものを混ぜ込んでいる。
前日まで試作を重ね、空来種である私の美味しい味を作ってから、生粋のこちらの人であるセディ兄さまに飲んでもらって合格が出たものを商品にしたのだ。
ちょっとした自信作である。
ちなみにしっかりと安眠や、美肌、鎮静などの効能が出るようにと、木の精霊・エーンートたちと調節して調合したので薬効は折り紙付き!
そんなことは書けないけれどね。
「それと、商品を買ってくれた人にだけ今日まで配っていたおまけの安眠薬草袋というのも聞いたことがなかったですがお客様に好評でしたし、ここからは噂話から広がるでしょうから、ますます忙しくなるかもしれませんね。」
「そしたらまさに、猫の手も借りたい、ですね!」
ふふっと2人で笑いながら後片付けを終えて店舗の窓にも外から中が見えないように魔法をかけた。
「さて、晩御飯は何にしようかなぁ……パンに、お昼の間に下ごしらえして煮込んでおいてもらった、野菜ときのこのシチューに……」
指折り数えて考えていると、セディ兄さまからの提案。
「昨日いただいた兎肉のハムを焼くのはどうでしょうか? 厚めに切って焼くと美味しいですよ。」
「兎かぁ……食べたことないんだよなぁ……。 まぁ、食べず嫌いはだめだよね……よし、そうします!」
日本育ち、気軽に兎食べません。
お口を真一文字に結んで一瞬考えてしまったが、もらったものを腐らせるよりは! おいしく頂かないとその姿になってもらった兎さんにも失礼というもの!
「食事の準備は私がやりますから、フィランは明日のお店の準備をしておくといいですよ。」
「え? 今日はお互い疲れましたし、私も晩御飯の用意やりますよ?」
奥の水回りの部屋に行こうとすると、ここから先は行かせない、とばかりに扉の前に立ったにっこり顔のセディ兄さま。
「フィランはお店を切り盛りするための商品作成を全部一人でするのだから、家のことは私がすると最初に決めましたよね? 店の商品の作成に関しては私は何もできないですし、傷薬と薬効紅茶の下準備くらいは食事の用意の間にできませんか? だから店舗のほうで頑張ってください。」
頭をなでて言い聞かせるように言ってくれる。
……アラフォーでもうれしいよね! いや、嬉しはずかしなんだけどさ!
「……はぁい。 あ! でも作成の材料が奥にあるので、いまは中に入れてください!」
照れ隠しで大きな声を出してセディ兄さまの横をすり抜けて中に入ると、そんな私を見てセディ兄さまは笑いながら、地下貯蓄庫から肉の塊を取り出していた。
ご飯を作らせるのは申し訳ないと思うが、確かに正論中の正論で、しかも約束もしてしまったのだから、ここはセディ兄さまのほうが正しい。 なのでわたし、ちゃんと言うこと聞きますよ!
ごそごそと必要なもののストックを籠に入れて抱えると店舗に戻る。
「よし、頑張るぞ!」
ガッツポーズをして気合を入れたところに、にゃぁん、と声がして振り向けば、階段からコタロウもおりてきて、神の木の傍で丸くなる。
「ふぉ~、コタロウ、今日はどこでお昼寝してきたのぉ……っ!」
くるんとなったコタロウの毛は、お日様の匂いをさせながらふわっふわのもっふもふだ。
触りたい!
もふもふして、体をうずめたい!
猫吸いしたい! でも、先に仕事!
と葛藤しながら調薬テーブルに向かって座る。
奥からは竈に火の入った音がしたから、しばらくするとこんがり焼けるお肉の匂いが漂ってくるはず!
「うん、これぞまさにスローライフ!」
万歳! と、両手を上げてから、私は傷薬を作るために自分の作ったレシピを移した板と薬草をあわせはじめたのでした。