1-030) 開店準備とドン引き報酬
「おっはよう! フィランちゃんひさしぶり! とってもかわいいお店になったね!」
セディさんとセスさんがうちに来た次の日。
地に足付けてのんびり暮らすために、お店の方針や並べる商品、それから一つ屋根の下で暮らすにあたっての決め事などたくさんセディさんと話し合い、五日後の、月代わりの日に開店日と狙いを定め、開店準備のために一階店舗の窓と扉を全部全開にして(セディさんが来るまではこんな不用心なことは絶対にしようとは思わなかったけど、掃除のためだしいいよね!)モップで床の拭き掃除をしていたところに、見慣れた男性が入ってきた。
そう、見慣れたっていうか見飽きた!
だって二日間にわたり長時間拘束してくれた相手!
もはや天敵扱いかもしれない、兎ギルド員ことティンさんと、栗鼠銀行ギルド員のリディさんの登場です。
おはようございまぁす(やけくそ)!
「おはようございます。 まだうちの店は開店していませんが何か御用ですか?」
「セディ兄さま。」
大きな布袋を二つずつ持って現れた二人に一瞬身構えた私の後ろから現れるイケメン――改め、私の護衛兼見守り兼兄弟子兼幼馴染兼……あーめんどくさい! ただでさえ面倒くさい身の上、つい先日の無自覚問題行動を起こした私の後見人となったセディ兄さまが出てくる。
ん? いつでも兄さまって呼んでるの?
当たり前でしょ? 慣れておかないと私だよ?
どこでぼろ出しちゃうかわからないじゃない……本気で!
「あ! 今お掃除しているので、お店の中に入って待ってください、今片づけますから。 詳しいお話はその後で! 兄さま、この方たちは来た日から大変お世話になったギルドの方たちです!」
「なるほど。 では中へどうぞ。 お茶をいれましょう。 フィランはモップとバケツを片付けて、エプロンを洗い物に出して、うがい手洗いを終えてこちらに来るように。」
お母さんかよっ! という突込みは置いておいて、はぁい、と頷くとバケツとモップをもって奥に入った。
視線の隅で店舗のテーブルセットに二人を誘導するセディ兄さま。
イケメンの生簀かよっ!
三人のタイプの違うイケメンを見、もうイケメンはお腹いっぱい、と軽く頭を振りつつため息を吐いて、私は奥へと掃除道具を持って引っ込んだのでした。
「あらためまして、先日の腕輪新機能の件、ありがとう! 正式に来月の第一の日の精霊日から運用開始になりましたのでお知らせに来たんだ!」
いえ、わざわざ結構です、おかえりください……なんて言えるはずもなく、私はあいまいにへらっと笑った。
「そうですか~……って、すみません、それって五日後ってことですよね?」
そう、当店の開店日です。
「はい!」
「早すぎぃ!」
「それくらい画期的だったんだよ! ほんとなんで誰も今まで気づかなかったんだろうね。ほんと、びっくりしちゃったよ。」
それはこっちのセリフだよ、なんて言いませんよ。
陽キャがキラキラ笑顔で来たから、また何かしらアイデアとかのタカりかと思ったんだけど、違いました。
肩透かしを食らった気がして呆然とした私をよそに、二人とも蕩けんばかりのにこにこ顔で、封蝋のしてある羊皮紙っていうらしい物を使ったギルドからの正式なお手紙を私の目の前に差し出してきました。
受け取り、ペーパーナイフを使ってその封を切ると、なんだか長たらしくごちゃごちゃ書いてあって、どこの世界も公的書類って回りくどいですね、めんどくさい。
こういう物って箇条書きでいいと思うんだけど、格式張りたいのはなんでかなぁ……面倒くさいし読みたくないな。
と思いながらちらっと見てびっくりした。
あ、こっちの世界の模様みたいな文字、普通に読めるんだ!
言語に対しての脳内変換お手軽翻訳機能に少しだけ感動したけれど、だからって読みたいわけではない。
「……すみません、ちょっと書いてあることが難しくって……このお手紙の要点は?」
外見年齢十四歳ですもの、中身年齢ばれてませんからね、えへ。
読むの面倒で大人の人に丸投げしてみました。
すると向こうも、空来種の、しかもまだ十四だから難しくても仕方ないよね、と笑ってくださいました。
よし、ありがとう!
「今回の事に対する感謝の言葉と、フィランちゃんへの報償が書いてあるんだよ。 今回の報償として、フィランちゃんには大金貨五十枚と、この店舗の土地建物の所有権の譲渡、それから爵位の授与しますって書いてあるんだ。 あとこれは銀行員一同からの心からのお礼の品! 超高級お菓子、貴族街に買いに行ってきました!」
お高そうな箱に入った高級菓子が! 4つも! 出てきたよっ!
「わーい! お菓子めちゃくちゃ嬉しいです! ありがとうございます―!」
「いや、本当今回の案はありがたかったんだよ! もう、銀行員一同本気で全員でお礼に来たかったんだけど。何なら一番偉い人までお礼に来たがったんだけど、さすがに迷惑かと思って僕たちだけで来たんだ。 それから、爵位の授与式の件なんだけど……って聞いてる?」
「え? 何か言いました?」
受け取ったお菓子の箱を眺めていた私の姿に、リディさんが残念な顔をした。
「えぇ~、ちゃんと聞いてよ、かなり大事な話なんだから。」
「……フィラン、そんなに褒章が出ること、何をしたんだ?」
お菓子に気がとられていた私に、紅茶を入れてきてくれたセディ兄さまは、不思議そうな顔をしながら隣に座る。
そうか、言ってなかったな。
でもお城勤めなんだから知ってるんじゃないかな? あんまり詳細に話すのめんどくさいから、適当に言っとこ……。
「この腕輪。 銀行開設したり、ゲートの使用だったり、こんなに身分証明になるくらいなんだから、腕輪をかざすだけでお金が払えるようにしたらどうですか? って言っただけで……だけだよ?」
「あぁ、お偉いさんたちもびっくりしていたやつか。フィランの発想だったんだな。 しかしそれでこの褒章か……爵位までくれるなんて太っ腹だな。」
羊皮紙に書いてある文言を読んで絶句しているセディ兄さまの言った言葉を口の中で反芻した私は、あ! と声を上げた。
「爵位はいりません、辞退させてください。」
「なんで?」
いや、なんでじゃねえよ。
十四の小娘に爵位あ~げる、とか常識的に考えておかしいだろ、地球的な常識だけどね! こっちはそれが常識だったらごめんね!
「私は穏やかな生活がしたいんです。 貴族社会って想像しただけでアレですし、その爵位にどれだけのものが付いてくるのかわかりませんが、面倒くさい人間関係とか、駆け引きとか嫌なんです。 私のストマック脆弱なので、何ならメンタルもおぼろ豆腐なので、そんな社会に入ったら死んじゃいます! 死にたくない! ストレスフリーなスローライフしたい! なので、お金とおうちとお菓子だけもらいます。 それで十分で……」
「しかし、爵位には、領地や特権が付いてきますよ?」
断固拒否! の構えの私に食い気味に真剣な顔で食いついてくるリディさん。
爵位のオプションなんてまぁなんとなくだけど想像つく。
「それにはそれ相当の、責任が付いてきますよね? 領地には領民の命、特権には覚悟。 十四歳の私にはそんな重たい物は不要です、いらないです、有難迷惑です。 そもそも空来種でこの世界の常識とかもまだわからない私にそんなものを気軽に叙爵するっておかしいです。」
「フィラン、そんなに身もふたもない言い方をするものじゃないよ?」
少し苦笑いしながらそう言ってくるセディ兄さまだが、断るなって言わないところを見ると私の意見におおむね賛成なんだろう。
「そういえばあなたは? フィランちゃんが兄さまと呼んでいますが……?」
あ、紹介するっていってて、お菓子に夢中で忘れてた。
「えっと、こちらは……」
「センダントディ・イトラと申します。 空来種の彼女に対する後見人となりました。 兄と呼んでもらっているのはその一環です。 どうぞよろしくお願いいたします。」
「そうだったんですね! 私たちは……」
「ギルド勤務の方ですよね。ギルド名簿で拝見したことがあるのでお名前もご尊顔も存じておりますよ。」
すごくにっこりとセディ兄さまは笑っているけど、私の中の大人の勘が言ってる。この笑いはなんか含んでる気がする!
そしてそれは相手も同じだったようで、すこしこう、張り詰めた空気の中で和やかに会話が進む。
「そうですか。 こちらこそよろしくお願いします。 しかしフィランちゃん一人で暮らしたり、お店を開いたりするのはすこし心配だったんですけど、安心しました。 この件も、後見人さんのご意見をうかがうべきなんですが、率直にどう思われますか?」
私は恐る恐る隣のセディ兄さまの顔を見たが……にっこり、笑ってくれた。
眼福! かっこいい! 最高! 尊い!
今ここで気を失えないのが残念です。
意識をしっかり持て、自分!
「望まないものを手に入れても不幸なだけです。 ましてや彼女はまだ十四歳だ。 爵位の件は後見人として彼女の意思を尊重し、辞退させていただきたいと思います。」
素敵、完璧! セディ兄さま最高! 優勝! 私の味方! ありがとう!
そういえば後見人の件、このティンさんも数に入ってたと思うけど、たぶんこの人だったら、やったね! もらえるもんはもらっとけタイプでしょ? この人選ばなくてよかった! と、心からガッツポーズを決めた私は、にっこり笑った。
「そういうことですので、お断りします。」
するとそれまであんまり話をしなかったリディさんのほうが頷いた。
「わかりました、ではそのように上には返答しておきますね。 しかし改めてみても、あの殺風景な感じから、ずいぶんと可愛いお店になりましたね。」
二人できょろきょろしている。
店内のカウンターの後ろにある棚には、薬効紅茶だったり、乾燥ハーブを使ったポプリが棚に並んでいる。
「はい。 生活に必要なお薬やハーブティを売るお店なんですよ。」
「しかし見たところポーション類がないけど、置かないの?」
ティンさんがきょろきょろしている。
それはそうだ、錬金薬師としてギルド登録してあるのに、その職業の本領ともいえるポーション類は一切おいていないのだ。
「セディ兄さまと相談して、ポーションは取り扱わないことにしたんです。 ポーションを扱っているお店はどこの層にもありますし、庶民層は冒険者も少ないので、あんまり需要がないかな? って。 それよりは美容や健康に効くものの方が競争相手もいないし、売れるでしょう。」
ニコリ笑ってそう説明すると、なるほど!と言ってくれた。
そう、薬屋ではなくイメージは私の住んでたあの世界の、意識高い系ナチュラルオーガニックライフスタイル追及店(笑) こっちにはそういうお店、ないって聞いたからね!
「目新しくていいです! 商売繁盛するといいですね!」
「はい、ありがとうございます!」
「この店にも前日に支払い機能の水晶玉の説明にギルド員が来るからよろしくね。 では僕たちはこれで。 また開店の時にくるね!」
そう言ってティンさんとリディさんはものすごい笑顔で店を後にした。
「お疲れ様。」
嘆息した私の頭をなでてくれたセディ兄さまに苦笑いを返しながら、私は店を振り返った。
名実ともに私のものとなった大事なお城だもん、絶対繁盛させて、守り抜いて見せるんだからね!
開店まであと五日、準備頑張るぞ!!!
「ところで、報酬ってあんなに多くていいんですか?」
「今回の事はかなり画期的だから、国庫財務局が舞い上がってしまったかもしれないな。 金額と店はまぁ何とか納得できるが、それでも爵位は破格すぎて気になる。 少し裏から探りを入れておく。」
「ありがとうございます……。」