2-016)お友達の家に行っただけなのに……
「おかえりなさいませ、お嬢様。」
「「「「おかえりなさいませ。」」」」
フーシャ子爵家の屋敷のエントランスに入ったわたし達に、多くのメイドさん? や執事さん? が、ほぼ全員? 真ん中を開けてずら~っと、花道のように並び、一斉にきちっと45度に頭を下げてご挨拶をされています。
……え? まって、ベゴラのおうちって子爵家、だよね? 人数も屋敷の規模もおかしくない? 商会長で伯爵だったヒュパムさんちと同じくらいおうちもデカくて使用人さんも多いですけど?
と、あっけにとられた私。
「ただいま帰りました。 今日はお客様を連れてきたの。 私の大切なお友達の、リンチェ・ルクス公爵令嬢と、フィラン・モルガンさんよ。 みんな、よろしくね。」
そんな私の目の前で、いたって普通に、勢ぞろいで迎えてくれた使用人さんたちに、穏やかにみんなに紹介してくれるとっても嬉しそうなベゴラ
それを、ものすごく微笑ましく使用人さんたちは頷いて聞いている。
とんでもない箱入り娘なんですね、そう言えば引きこもりしてたんだっけ。 そりゃお友達連れて帰ってくるとか嬉しいのか……と考えていると、勢ぞろいの使用人さんのうち、一番私たちに近い場所に立っていた初老の男性が一歩、私達に向かって踏み出した。
「ようこそフーシャ子爵家へおいでくださいました。お 嬢様より、お二人のお話は常々うがかっております。 高名なルクス公爵家の御令嬢をお招き出来、光栄にございます。 また、モルガン嬢はアカデミーきっての才女だとお嬢様より伺っております。 私は家令のルドルフ、と申します。 旦那様と奥様より、お二人を丁重にお迎えするよう申し付かっております。 どうぞゆっくりお寛ぎくださいませ。」
深く頭を下げ、そうあいさつをしてくれたイケオジ家令のルドルフさん。
えぇと、こういう時はどうするんだっけ?
と、私が『知識の泉』を頭の中で展開しようとすると、ポン、と、私の肩に手を置いたリンチェが、貴族然とした態度で、アカデミーを出るくらいから、なぜか手に持っていた綺麗な箱をベゴラに渡しながら微笑んだ。
「お招きありがとう。 ルクス公爵家リンチェですわ。 こちらのモルガン嬢は、最近王都にやってくるようになったものだから、貴族のしきたりには不慣れなの、許して頂戴ね。 こちらは、わたくしとフィランからの手土産ですわ。 北の国で流行のお菓子なの。 皆さんのお口に会うと嬉しいわ。 是非、召し上がってくださいませ。」
「これはこれはご丁寧に。 お心遣い、ありがたく存じます。 ルクス公爵令嬢様。」
「いいえ、ベゴラ嬢には、いつもよくして頂いていますもの。 当然ですわ。」
っと、それはもう優雅な感じで、笑顔でやり取りしやがりましたよっ!
もー! お前誰ですかー!?
と、まぁ。 脳内でパニックになっているに私ですが、ベゴラもベゴラで。
「まぁ、いつの間に用意していたの? うれしい。 ばぁや、用意したお菓子と一緒に、これもだしてもらえる? それから、みんなもお茶の時にいただいてね。」
って、リンチェの変貌に対して驚くでもなく、嬉しそうにそれを受け取ると、そばにいるお仕着せ姿の初老の女性にそれを渡しているのだ。
「かしこまりました。 では早速、ご用意いたしますね。 どちらへお持ちいたしましょうか?」
「では、わたくしへやへ。 じゃあ、リーリ、フィラン。 わたくしの部屋に行きましょう?」
と、でっかい階段をのぼり、左奥のとんでもなく長い廊下を、家令さんの先導で、てくてく歩き、途中、「着替えて来るわね」と、ベゴラとコンラさんと別れ、そのさらに奥にと、わたしとリンチェは通された。
ついた先は、お屋敷の一番奥に当たるっぽい、大きな扉の前だ。
ここまで長かった……来たばっかりなのに、めっちゃ疲れた。
「こちらがお嬢様のお部屋でございます。 お嬢様はすぐに参られますゆえ、どうぞあちらのソファでお寛ぎくださいませ。 すぐにお茶を用意させます。」
そう言って通された部屋は、前世で言うところの、甘ロリ?的な……お姫様的な、白と淡いピンクを基本にした猫足家具でそろえられた、とってもとってもメルヘンチックな可愛らしいお部屋、後、無駄に広い。
奥にあるベッドが天蓋ベッド!
ソファもテーブルも全部猫足!
此方にお座りくださいって促されたソファとか、大きくて彫刻も繊細で、一体いくらするのよ!? って感じなんだけど!
お金持ちってすごい!
家令さんが出て行ったのを見送ってから、行儀が悪いと知りつつ、おっかなびっくり、部屋をまじまじと見回す私とは違い、慣れた様子でソファに座ったリンチェ。
なぜそんなに落ち着いていられるのか?
「リンチェさんや。 よくそんなに平気ですね。 こんな滅茶苦茶すごいお屋敷なのに。 すっごい失礼だけど、確か子爵家って貴族の階級では下から二番目だよね? これで? 本当に子爵なの?」
「あのねぇ……。」
そう言うと、リンチェは私を見ながらため息をついた。
「フィランが言いたいことはわかるけれど、その言い方は本当に失礼よ。 いい? フーシャ家はもともと大きな商家なの。 それが3代前の当主が造った歌劇団のお陰で、わが国でも内福……お金持ちという事で有名なのよ。 これくらいの規模であることは想定の範囲内だわ。 逆にフィランはなんでそんなに落ち着かないの?」
なんでって……。
「庶民だから?」
そう返すと、もう一度、大きくため息をついたリンチェは、いいからここに座りなさい、と、自分の横にあるソファをポンポンと叩いた。
そんなリンチェの言葉に従って、そ~っとソファに座った私。
なにこれ、ふわふわ、最高の座り心地! ヒュパムさんの御屋敷にあった奴とそん遜色ないと思ってから、そうか、と思い直す。
ルフォート・フォーマにいた時は、しょっちゅうコルトサニア商会でお呼ばれしていたんだから、ヒュパムさんや、兄さまのおうちと一緒! って考えれば……うん、やっぱり状況が違うし、まったく落ち着かないや。
何度も何度も脳内会議し、リンチェにも窘められながらも、部屋の中をきょろきょろ見回していると、侍女の方が入ってきて、お茶を出してくれた。
「ほらフィラン。 お茶をいただくわよ。 マナーはわかる?」
「え、うん。」
目の前のお茶に手のをばしながらリンチェを見ると、ヒュパムさんや兄さまの所作も綺麗だったけど、流石の美しさ、私が見ても綺麗~と、思って見入ってしまう。
「ベゴラは、アカデミーではあんななのに、ちゃんと令嬢なんだね。」
ため息と一緒に漏れた言葉に、リンチェは笑う。
「それはそう。 私は生まれた時から公爵令嬢なんてやっているのだし、それに、元第二王子の王子妃候補だったのよ? 無駄になってしまったけれど、婚約が決まってからはずっと王子妃教育を受けさせられていたわ。 こういう物はね、努力の末の、慣れよ。」
努力の末のなれって、それは完全に、努力の賜物ってことですよね。
なんて考えながらお茶を飲んでいると、それをじっと見ていたリンチェはふっと笑った。
「フィランも、庶民だと言うわりには、細かなマナーが綺麗に身についているわよ? そうね、我が家の正式なお茶会にお招きできるし、そうね、その落ち着きのなささえ何とかなれば、一緒に外食しても問題はなさそうね。」
「……公爵令嬢と外食なんて、視線が痛すぎるから嫌です。」
そう褒めてくれるけど、昔、ルフォート・フォーマで兄さまとディナーしたのだって、胃が痛かったのに、それ以上って絶対いや。
そんな機会はない方がいいに決まって……いや、公爵家でお茶とか、もうあったな、リンチェは知らないけど。
「お茶会は、ただお茶を飲んでくだらない話をするための場ではないわ。 社交界では夜会と同じく、流行や、情報収集や商い、他国や他家の情報や流れなどがわかる、大切な場所なのよ。 特に、女性だけのお茶会は、ね。 人よりも良い位置に自分がいると優越感を見せるために、いろいろと、口を滑らせる方もいてね。 いろんな意味で大切なのよ。 そうね、夫人や令嬢の、大切なお仕事の一つと言えるわ。 だから、フィランもマナーはしっかりできているのだから、誘われたら出ておきなさいね。」
「う~ん……リーリが一緒にいてくれるなら……うん……はい。」
リーリの、圧のある笑顔に目をそらしながら、お茶をいただく。
リーリのいう事は正しいのだろう。 ヒュパムさんとルナークさんも同じことを言う。
そして! 実は、旅団に名を連ねていることと、将来、独り立ちして商売をするうえでも大切だから、と、ヒュパムさんとルナークさんが週に一回、お茶会練習を私に課してくるのだ。 しかもこれが果てしなく厳しい!
いつか必ず役に立つ、と言われ、ほぼ強制的に行われている社交界の模擬練習。
殺気はあんまりにもびっくりしてご挨拶できなかったけれど、今は役にたってます、ありがとうございます。
ご挨拶の失態、絶対バレないようにしないと……。
と、もうひとつ、溜息をついたところで、カートでお茶菓子を運んでくれる『ばぁや』と呼んでいた初老の女性と一緒に、滅茶苦茶メルヘンなワンピースに身を包んだベゴラと、いつもそばにいる従者のコンラさんがやってきた。
「お待たせ、リーリ、フィラン。」
嬉しそうにふわっと笑い、やや駆け足でこちらに向かってきたベゴラは、お茶を受け取ってからも、私とリンチェを何度も見ては、にこにこと笑う。
「なぁに? 私の顔に、何かついている? それとも私、マナー悪い?」
「いいえ。 どちらかと言えば、お行儀が悪いのはベゴラねぇ。 何も言わずに私たちをそんなにみて笑っているのはよろしくないわ。」
あんまりにもそれを繰り返すため、慌てて聞いた私にため息をついたリンチェ。 そんな私たちを、おっきな目を見開いたベゴラは慌てたように首を振った。
「いえ、違うの。 そんなことなくて、……お行儀が悪くてごめんなさい。 ……あの、あのね……」
小さな声でそう言いながら、手に持っていたティカップを置き、うつむいたベゴラは、ちらっと、真っ赤になった顔を私たちに向けてつぶやいた。
「あのね。 本当に、わたくしのおうちに、お友達が来てくれて、一緒にお茶をしてるのが嬉しかったの。」
そう言って、また俯いてしまったベゴラに、私とリンチェは目を合わせると、にかっと笑った。
「もうっ! せっかく令嬢らしく振舞っていたのに、本当に手がかかる子だわっ!」
「ほんと! ベゴラ! そういうところなんだからね!」
同時にソファから立ち上がり、ベゴラの座る長ソファに移動した私たちは、ベゴラを真ん中に挟んでぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「当たり前でしょう? 私たちはお友達よ!」
「庶民の子なのに読んでくれてありがとぉ~、ベゴラ、大好きだよぉ~。」
「えぇ、えぇ。 わたくしも、二人の事、大好きで、お友達ですわ!」
そうやって笑って、泣き出したベゴラを宥めたわたしたちは、その後もそのまま、出された素敵なお菓子とお茶、それからリンチェの持ってきたお菓子を飲み食いしながら、他国の今流行りのお茶やお菓子の話、流行のお芝居や、ベゴラのおうちがやっている劇団の新演目の話を、たくさんたくさん話した。
「今日は本当にありがとう、また来てね? 明日でもいいの!」
興奮気味にそういうベゴラに、リンチェは笑う。
「それはさすがにご迷惑だわ。 またすこしたったらね。」
「そうそう。 それに、明日も学校で会えるでしょ?」
時計の針が17時半を回るころ、お屋敷からお暇するため、エントランスまで移動した私たち。
今生の別れとでも言われそうなほど、悲しそうに眉根を寄せ、涙目でそう言ったベゴラに、私とリンチェは笑いながら彼女を抱きしめて話していると、フーシャ家の執事が一つ、頭を下げた。
「御帰宅なさる、と伺いました。 当家は第5螺旋階層にございますから、第8螺旋階層にあるルクス公爵邸、第1螺旋階層にある騎士団騎獣厩舎までは距離がございます。 ですので、当家の馬車をご用意させていただきたいと思います。 もちろん、旦那様にもそのように仰せつかっておりますので、どうぞ。」
「そうね! フィランもリーリも是非そうなさって。」
「いいえ。 それは結構よ。」
家令とベゴラの申し出に、意外にもリンチェが制止した。
「お心遣いは有難いけれど、わたくしはいろいろと制約のある身ですの。 ですので、この時間に、此方へ馬車を寄こしてくれるよう、家に知らせを送っていますの。 じきに到着しますので、そちらで帰りますわ。」
さようですか、と、少し残念そうな顔をした執事は、それでは、と、私の方をみた。
「では、モルガン嬢だけでも。」
「え、あ、はぁ。 じゃあ……。」
うん、ありがたいかな? 魔法使わなくていいなら楽だし。 と、頷こうとしたところで、リンチェが私の腕をガシっと掴んで微笑んだ。
「いいえ、結構よ。 フィランも私の馬車で送りますわ。」
「え?」
リンチェの顔を見ると、いいからいいから、と笑う彼女。
「え、うん。 じゃあ、リーリと帰ろうかな……。 えっと、お心遣いありがとうございます。」
「で、でも。」
ベゴラがきゅっと私の制服を掴む。
「リーリのお屋敷は第8螺旋階層なのでしょう? ここから第1階層に降りて、そこから第8階層に行くのは大変よ? うちの馬車で……」
「結構よ。」
それもそうか、と、リンチェを見るが、にっこり笑った笑顔を張り付けたままの彼女は、いつもと違うしっかりした口調で言い切った。
「大丈夫。 当家は公爵家。 馬車も、もちろんそれなりのものですもの。 これ以上のお気遣いは結構よ。 先ほど言ったとおり、フィランはわたくしが送っていきますわ。 それでよろしくて?」
「でも……」
「お嬢様。」
心配、と言った顔でわたしとリンチェを見るベゴラに、家令さんはく首を振った。
「お嬢様、どうやら外に公爵家の馬車も到着したようです。 あまりしつこくするのはマナー違反でございます。」
「そう……。」
本当にしょげてしまったベゴラに、私は背中をなでながら笑う。
「心配してくれてありがとう。 また明日、アカデミーでね。」
ひとつ、頷いたベゴラがにっこり笑った。
「じゃあ、また、明日……ね。」
「うん!」
「えぇ。 また明日。」
「……ベゴラのおうちにもビビったけれど、リーリんちの馬車にも驚くとは思いませんでした。」
「そりゃ、公爵家ですもの。」
フーシャ家のエントランスに、従者の指示に従って滑らかな動きで入って来た、4人の護衛騎士様の張り付いた、小型竜が6頭で引くというとんでもなく豪華で大きな馬車は、私とリンチェを乗せると第4階層、3階層と、すべるように降りて行く。
「それにしても、そうやって窓に張り付いていると、子供みたいだよ?」
「だって、いつもは魔法で一気に登っちゃうから、こうしてゆっくりと街を観察できるの、初めてなんだもん。」
そうなのだ。
馬車に乗って気が付くのは、この螺旋都市イジェルラの町の構造と仕組みだ。
今更か? と思われるかもしれないけれど、アカデミーに入って4か月近く。 アカデミーのある階層はあうろうろしたことはあっても、低階層を行くりとみることはなかったのだ。
王都の中央に巨大な神の木があるのは、全国共通の仕組みなので驚かないけれど、魔法陣を使用し移動するルフォート・フォーマと違って、魔方陣を使わなくても、自力で王都内全てを移動することもできるイジェルラ。 ただ、安全のためなのだろう。 馬車が通っても良いのは螺旋となっている階層の一番外側と、一番内側。 しかも、外側が昇る方、内側が下りる方と決められているらしいのだ。
では街中の道に入るのはどうするのだ、というと、馬車の従者が点在する、王都騎士団や自警団の方たちとやり取りしながら乗り込むらしく、それにも細かく定められた決まりがあるらしい。
つまりは、馬車でも歩行者でも、きちんと交通ルールが決まってる、って事のようだ。
リンチェに言ったとおり、いつもは魔法で一気に回廊を駆けのぼっているから、そんな細かな決まりがある事も、低階層の街中の様子も知らなかった私は、この馬車の速度で観察できるのが楽しくて、リンチェに指摘されたとおり、ずっと窓に張り付いたのだ。
ってことで、今、馬車は内側の大通りを走っているのだけど……
第2螺旋階層に入ったあたりで、コンコンコン、と、馬車の外から連続的に何かに当たる音がした。
「?」
耳を澄ますと、何度も其れは聞こえる。
「なんか聞こえない?」
「そうね。」
外をのぞいたままリンチェに問うと、そうやって返事が返ってくる。
「階層の内側を走っているから、神の木の枝かなんかが当たるの?」
「いいえ。 違うわ。」
「え? じゃあ、なんだろうね~。」
外を見るが、そんな雰囲気は見当たらないなぁと振り返ると、いつもと違う真面目な顔をしたリンチェがため息をついて手招きした。
「フィラン、窓から離れて馬車の真ん中……そうね、私の前に座りなさい。」
「え、うん。」
なんとなく従った方がいいんだろうなぁと移動しようとした時、馬車が大きく揺れた。
「うわっ!」
「……やっぱり来たわね。」
ため息をついたリンチェは、私の体を抱きしめた。
「フィラン、ちょっとだけ危なくなるけれど、付き合ってもらうわよ。」
いつもお読みいただきありがとうございます。
長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。
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