表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/163

2-014)魔術回路と師匠と教え

いつも読んで下さりありがとうございます。

誤字脱字報告もありがとうございます


よろしければ、いいね!や、おきにいり登録していただけるとうれしいです!

「って言うことがあったんですよ、師匠っ!」


「なるほど。 それで……」


 いつもの温室の、即席で用意された勉強用のテーブルの傍に立つ師匠と私。


 どえらい剣幕でイヤリングを机にたたきつけながらそう叫んだわたしを無表情で見た師匠は、ゆっくりと私たちが使っているテーブルの横に視線を移し、小さくため息をつく。


「あれですか。」


 むせかえるほどの青臭い匂い。


 怒りに任せて摘み取った薬草を、サラマンドラにお願いして一気に乾燥させた奴を詰め込んだ大きな籠が4つと、取りたてほやほやの野菜の山、だ。


「怒りに任せて収穫したら、つい。 ……だって、止めてくれる人もいないんですもん。」


 そう、いつもなら畑仕事をしていると、休憩を取りなさい、と、ヒュパムさんやルナークさんがお茶やお菓子をもって声をかけてくれるんだけど……今日から二人共、カーピスにはいない。


「あぁ、ルナークとヒュパム氏は3日ほどルフォート・フォーマに行っているんでしたね。」


「そうなんですよ、ラージュさんの命令で! 私と入れ替わりでお昼前に出発しましたよ?」


 私達がリスポラから帰ったその日のうちに、再度温室の会議が行われ、ラージュさんの命令で、夜会での情報収集のために、一番貴族様らしい立ち振る舞いと、会話術を持つヒュパムさんとルナークさんが駆り出された。


 今回は、一度ルフォート・フォーマに行って思い切り着飾ってから、わざわざ王宮にある貴賓用の転移門を使用してイジェルラ入りをするという。 そんじょそこらの客ではなく今回は『国賓』よ! というのを前面に出す念の入れようだ。


 ちなみに私は、アカデミーがあるために今回はお留守番だ。


「では、フィランはその間こちらに泊まりなさい。 いい機会なのでアカデミーでの君の勉学の進行状況を確認します。 野菜はセディに何か作らせるから安心しなさい。 薬草の方は、後で納品用のポーションを作りましょう。 ひとまず、昨日報告のあったイヤリングを見せてもらってもいいですか?」


 なんで泊まる前提なのか、と思いつつ、誰もいない家に一人でいるのが苦手なので、そこの突込みをいれず、腰の鞄から昨日のイヤリングを取り出した。


「これです。」


「拝見します。」


 イヤリングを手に取った師匠は、それをまじまじと見た後、一つ頷くと机の上に亜空間から取り出した一枚の大きな紙を置き、その上にイヤリングを置いた。


「うわ、こんな大きな紙、初めて見ました。 でもこれで、何するんですか?」


 手を広げた長さよりも横幅のある机の上いっぱいの紙なんて初めて見た。 高価なのに。 とびっくりしていると、すこし口の端を上げた師匠はその紙の端に両手を添えた。


「フィランは魔術回路の授業は選択していませんでしたね。 後学のためにも、面白いものを見せてあげましょう。 紙には触れないように。 そしてイヤリングと紙の接点をよく見ていなさい。 いいですか? スキル展開・土魔法『魔術回路転写解読』」


 そう言うや、イヤリングの接地面から様々な線が紙の上に広がり、前世で言う電気配線図の様な、巨大な迷路を上空から撮った航空写真のような、難解な線が紙一杯にびっしりと広がった。


「うわ、なんじゃこりゃ。」


「これがこのイヤリングの魔術回路です。 転移門などの魔法陣がこの展開図なんです。 床の上に魔術回路展開図画広がり、起動スイッチを入れれば効果が発動します。 面白いでしょう?」


「面白い? これが?」


「えぇ、難解な方程式を解いているような気分になりませんか?」


「すみません、本当に算数嫌いだったので、今の一言で魔術回路学、大っ嫌いになりました。」


「おや、残念です。」


 そんな風に言いながら、亜空間収納から綺麗な細工のルーペを取り出したアケロス師匠は、イヤリングの周辺から回路を目で追うように見始めた。


「泣人魚の喉仏に出来るという希少な魔石を使ったんですね。 なるほど、出始めの回路は次第点です。 そこから白銀竜の鱗を使った金具部分い切り替わるのですか……。」


 まじまじと回路を目で追っているが、さっぱりわからない私は、窓から入って近づいてきたミレハとコタロウをなでなでしなが解析が終わるのを待つ。


「初めて作った魔道具としては次第点ですよ、フィラン。」


 もふもふとコタロウの毛をミレハと撫でてた私は、ルーペを亜空間に戻したアケロス師匠を見た。


 師匠はイヤリングと、右上の回路図を指さす。


「問題は土台となる材質と、ここの部分の回路です。 何重か、ここで無駄な繰り返しになってしまっています。 ここの回路を最短に切り替え、土台は白銀竜の鱗から、もう数ランク下の海竜の髭と鱗に変えれば、今も形の20分の1まで魔力使用量を減らす事が出来ます。」


「言われている意味があんまり分からないけど、解りました~!」


「それは全く分かっていないのと同義です。 今回は私が直しますが、やり方を覚えなさい。」


 師匠が問題だよと言っていた回路の部分を指し示すと、ゆっくりと指をなぞった。


「スキル展開・土魔法『魔術回路再構築』」


 そう言うと、その回路の線がぐちゃぐちゃっと形を変えると、新たな線に変化する。


「これでいいでしょう。」


 しっかりした線に変わったところで、アケロス師匠が満足そうに腕を組んだ。


「海竜の鱗と髭は持っていますか?」


「前にもらったお土産の中にあったと思います。 でもでも、師匠! 魔術回路の書きかえってこんな簡単に出来るんですね。」


「簡単ではありませんよ。」


 はぁ、とため息をついたアケロス師匠は、亜空間から一冊、滅茶苦茶分厚く大きな本を取り出すと、私の前に置いた。


「今見せたのはやり方です。 簡単に見えたかもしれませんが、魔術道具作成だけでも十分に超高等技術です。 そんな技術で作られた魔術道具へ流す魔術量の調節、効果の増強を見込んで問題点を探し、より効率よく、より安全にと再構築をするのが魔術回路の書き換えを行う魔術回路学の()()です。 学のない者にはできないのですよ。

 回路を完全に理解し、その上でこう変えたい、と、具体的かつ正確緻密な展開図を頭に描く事が出来なければ、それは出来ません。

 言い換えれば、魔術回路学を習得すれば、アイテム作成の時点で思い付きで作った危険な代物ではなく、最良に近い物を作る事が出来る。

 勉学は日々の研鑽の上に成り立つのです。 今回は思い付きで作ったようですが、これから先も魔術道具の作成をしたいのならば、最初は簡単な物の模倣からでかまいません。 どうして今の形になったのか、最良の意味を、基礎を、理屈を、根拠を。 よく考えながら作りなさい。 面白半分に、無知なまま物を作り、使用する相手を傷つけた、なんてことのないように、しっかり学びなさい。 今回はセディとラージュ相手だったから大事になりませんでしたが……まぁ、お互い、いい勉強になったでしょう。」


「はぁい……。」


 うぅ、久しぶりに叱られました。 でもその通り、何だよなぁ。


 そうやって頑張って基礎を作らないとだめって、前世で走ってたんだけど、錬金術では依怙贔屓スキルがたくさんついているから、調子に乗ってたなぁ……と反省し、目の前に置かれたでかくて分厚くて重い本を手に取って……。


 あれ? と、首をかしげて、机の上を片付け始めた師匠を見る。


「そういえば、兄さま含め、師匠たちは誰もアカデミーに入ったことないって聞いたんですけど、魔術の事は聞いたことありましたけど、魔術回路学とか……ほかの勉強は、誰に習ったんですか?」


「基本的な読み書きと槍術は、里に時折来る大人に習いました。 学問の基礎は……。」

 紙を片付けていた手を止めて、ひとつ、溜息をついた師匠は私の顔を見て、抑揚のない声で言う。


「私とスールが師匠に習い、皆に教えました。 後はスールと共に自己研鑽しました。 私の魔術の師匠は、後にも先にも彼女だけです。」


 彼女。


 それが誰を指すのか私にはすぐにわかった。


 波打つ白髪に、金の瞳の美しい魔女。


 だから、頭を下げた。


「ごめんなさい。」


 少しの間そうしていたと思う。


 不意に、頭を撫でられて顔を上げると、アケロス師匠が珍しく目尻を下げて笑っていた。


 僅かな表情の変化だけど分かる、この顔の師匠は笑ってる。


 なのに、泣き出しそうだって思う顔で。


「師匠……。」


「フィランが謝る事では無いのです。 彼女が何者か、何が目的なのか、私達は知っていて近づいた。 馬鹿2人を失うことになったのは誤算でしたが。 それでも私とスールは彼女に師事したのです。 ラージュの命令、ということもありましたが、それが無くても、きっと私たちは彼女に教えを乞うた。」


 そこまで言うと、そうですね、と紙を片付けたアケロス師匠。 まぁ、座りなさい、と言うと簡易キッチンに向かった。


「先の事件以来、師匠として、君とゆっくり話す時間がありませんでした。 ですから今日は少し話をしましょう。」


 私は一つ、頷いて、テーブルの傍にあった椅子に座った。









「まぁ、飲みなさい。」


 アケロス師匠の入れてくれた暖かくてとろみのある……柑橘の飲み物を渡された私は、フーフーしてから1口、飲み下した。


 ふわっと香る独特の柑橘の甘みと、苦味。 この味は……


「……柚子湯だ。」


「懐かしいでしょう? この味を再現するのは骨が折れました。」


 私の目の前に座りながら、それを飲んだアケロス師匠は、ふっと、湯気の向こうで笑った。


「既に知っていると思いますが、私は、空来種です。」


「はい。」


「あちらの私は生まれつき病弱で、病院から出たことがありませんでした。 兄妹もいましたので、両親は忙しく週末に数時間会える程度。 祖父母が変わりに病院によく来てくれていました。 その時によく作ってくれましてね、ふと、飲みたくなって作ったんですよ。」


 自分で入れたそれを舐めるようにして飲む師匠。


「そんなふうだったので、友達も出来ず……いや、いるにはいましたがね、彼らは良くも悪くも同類だった。 数日会えないと思ったら、そのベッドが空になっていることが、ざらにあったんです。」


 思い出すように細めたその目を、私は知ってる。


 空になったベッドを、下唇をかみ締めて、自分を拘束する点滴スタンドを手が白くなるくらいに握りしめ、涙をこらえ、声をかけると自分の部屋へ……心の中へ引きこもってしまう子どもの姿。


 置いていかれるそれに対する思いは、大きく相反する2種類ある。


 元気になって外に出た子への羨望。


 もしくは。


 次は自分の番だと言う恐怖と絶望。


 師匠はそうやって、人を見送ってきた人だったのか。


「ししょ……」


「あの日、最後に見たのは祖母の青ざめた顔で、最後に聞いたのは母の声だったと思います。 そして、次に気がついた時には、多分、フィラン嬢やラージュと同じく、あの神の柱に会い、望んだスキルを受け取って、鵲の鳥人としてこの世界に落とされました。」


 柚子湯をちびちびと舐めるように飲みながら、師匠は続ける。


「私が落ちたのは、愚王が統治し獣人が他種族を虐げる愚策が横行したルフォート・フォーマ中でも実に混沌を極めていた西の国境の森でした。 私も、この世界に落ちた直後に待ち構えていた獣人に捕まり、羽を毟られ、殺されるところだった。 しかし輝く暁の太陽が、宵闇を照らす満月が、私を助けてくれ、彼らの守る里に巣を得ました。」


 ふっと、思い出したように笑う師匠。


「里は美しかった。 そして、痛みと苦しみを抜けた先の呼吸はこんなにも安楽で、眠りは穏やかで心地よく、制限のない暖かな食事は美味しく我が身となると知った。 薬の苦さも、病や投薬の痛みも苦しみもない世界で、私は初めてをたくさん手に入れたのです。」


「初めてのもの?」


「外で走り回り、泥だらけになるまで転げまわり、悪戯をして大人たちに本気で叱られ、遊びすぎて腹が減り、好きなものを腹いっぱい食べ、嫌いなものを残して叱られる。 一挙手一投足に顔色をうかがうことなく、一緒に馬鹿なことを本気になってしてくれ、忖度も手加減もなく喧嘩をしてくれる友人ですかね。」


 子供であれば普通の日常で、これが師匠の欲しかったものなのだ。


「あぁ、言っておきますが、前世で私は寂しかった、えぇ、そうなのでしょう。 しかしよく可哀想な子だと言われましたが、それは間違いです。 確かに病気で不自由は多かった、辛かった、苦しかった。 ですが、けして不幸せではなかった。

 両親や祖父母からは愛されていましたし、先生や看護師さんも、叱ったり遊んだりしてくれましたからね。 それでも、心底、普通の子供が羨ましく、妬ましく、ここに来て、それが手に入った。 ただ純粋にそれが嬉しかったんです。」


「はい……」


「まぁ、羽をむしられて治療に長くかかったことだけは、絶対に許しませんが……親より先に死んだ子は賽の河原に行くと言います。 それだったと思えばまぁ、我慢も出来ましたよ。 父や母、祖父母は、私のためにいつも泣いてくれましたからね。」


 ふっと笑った師匠は、グイっといい温度になった柚子湯を飲んだ。


「師匠に会ったのも、同じです。 ラージュに示された先に彼女がいた。 スールと共に彼女に指示したことで、寝食を忘れるくらい面白い学問、学ぶ先にまだ先があるという驚愕や探求心、努力した先の達成感、そして成功したことを共に喜んでくれる友、手放しに褒めてくれる師匠。

 あの人は教えるのがとてもうまく、そして興味をひかせ、導くこともうまかった。 勉学以外にも様々なことを学んだ。

 あのような関係性でさえなければ、と。 それを言うのは詮無いこと。 憎悪はあります、悔しさも、何故という思いも。 しかし、彼女ほどの師もいなかった。 ですから、私の師匠は後にも先にも彼女だけだと断言し、そして私も、君にはそのような師匠でありたいと思っています。」


 ですので、と、師匠は私を見てぎこちなく微笑んだ。


「君が何か悩んだ時、私はその先を照らす灯にはなれません。 しかし君を貴方を支え、道を探る杖にはなれるでしょう。 これから先、どんな困難や苦悩があるかわからない。 何かあったら相談しなさい。 苦しくなったら吐き出しなさい。 セディは優しすぎ、ヒュパム氏は甘やかしすぎる。 それゆえに言えないこともあるでしょう。 冷静に君の話を聞き、分析し、叱咤激励くらいはしてやります。」


 これが、師匠の不器用な優しさだのだと気が付いて、鼻の奥がツンとする。


「え? そこは甘やかしてくれないんですか?」


 涙声にならないように気を付けながらそう言うと、カップをもって立ち上がった師匠は簡易キッチンに向かって踵を返した。


「それは師匠(わたし)の役目ではありません。 他を当たりなさい。 さ、それを片付けたらポーション作成をしますよ、早くしなさい。」


「はぁい。」


 私はカップの中で適温になっていた柚子湯を、一気に飲み干して立ち上がった。


 甘くて苦い、優しい味が心とお腹を温かくしてくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ