2-013)お菓子とイヤリングと転移門
「ふあぁぁ~、やっと落ち着いたぁ。」
少し休憩させてくれ、とラージュさんが頼むと、迎えに来てくれた騎士様は、騎士団の休憩室のさらに奥にある、貴賓用の応接室に通してくれた。
お茶とお茶菓子を用意した騎士様に、ラージュさんが何かを離して人払いをしたのをみた私は、鎧姿の騎士様たちが座るためなのか、普通の物よりも大きめにつくられた一人用のソファに座り、緊張の糸をぶち切って、大きく息をついた。
「おつかれさん。 よく頑張ったな。」
そう言って笑ったラージュさん。
その雰囲気も、顔つきも、さっきまでの滅茶苦茶怖い姿ではなく、いつものラージュさんに戻っていて私は安心する。
「本当! めちゃくちゃ緊張しましたよ。 ぼろ出すわけにもいかないし、久しぶりにアラフォーな私が出しましたよ!」
ものすっごい頑張って思い出したよね、真面目に後輩に話をしなきゃいけないときの自分を! と力説する。
が。
「あれが全力のアラフォーなら、お前はかなり幼いアラフォーだったんだな。」
と笑い、余裕表情で騎士様の用意していってくれたお茶に口を付けるラージュさん。
「うーわ! あんなに頑張ったのにその反応ですか? 大変に遺憾っ!」
遺憾! とても遺憾! と、頑張って反論してみたけれど、200年以上、何ならその大半をこの世界で生きてる人間には、地球の日本で生きた団塊世代でも子ども扱いされるんじゃなかろうか。 じゃあ反論は無駄だな。
そんな考えながら、お茶と共に出していただいた、この地方の伝統菓子だという、親指の先くらいの揚げパンみたいなものを、糖蜜で付け込んだというお菓子を口に運んだ。
ぱくん、と口に入れて一噛み。
すると……。
「おっ……う。」
甘い! 鼻に突き抜ける甘さっ! 歯に突き刺さる強烈な甘味の暴力!
あまりの甘さに悶絶しながら、お砂糖の入っていない濃い目の紅茶をいただく。
一気に口の中の甘さが洗い流される。 は~、すっきり!
「それ、甘いだろう?」
「はい! びっくりするくらい甘かった!」
笑いながら、ひとつくれ、と手を伸ばしてきたので、お皿ごとそっと差し出すと、一個でいいんだが? と受け取ったラージュさん。
小さなお菓子を行儀悪く指でつまみ、笑う。
「この地方はこれを、とても頑張った日や、お祝いの日に食べる習わしがあるそうだ。 俺が即位して5年ほどたった頃、視察のためにこの地にルナークと来たことがある。 そのとき立ち寄った修道院併設の孤児院で出されたのと同じ菓子だ。 とっておきの時しか食べられない菓子なんだと、キラキラした目で子供たちが教えてくれた。 ……甘さもだが、その大切な日だけのとっておきを、自分たちよりも身なりの良い俺たちのために用意してくれた。 子供たちのその気持ちが骨身に染みた。」
懐かしそうに目を細めそう教えてくれたラージュさんは、ぽいっとそれを口に入れ「相変わらずとんでもない甘さだ。」と笑う。
「天災、魔物の強襲、戦争、犯罪。 己には非のない事で、親の元で育つという当たり前のこと奪われた子供が、こんなにもいるのだわが身をもって知った。 もちろん、あちらでもこんなことはある。 だがせめて何かをできる自分になったこちらでは、あの子達のために出来る事はないかと皆で話し合た。 その後、国内の孤児院に対しての教育、医療、就労支援……あちらを思い出してさまざな場支援策を作った。 ……これは、その初心を思い出させる大事な菓子だ。 お前にも食わせてやれてよかった。」
「……大事な思い出のお菓子ですね。」
ラージュさんの話を聞きながら、手にあるお菓子を見る。
考えるきっかけになった、大切な、子供のお菓子。
そんな思い出のお菓子、絶対残しちゃいけないね、と、私はもう一つ口に入れる。
じゅわ! っと飛び出してくる糖蜜を、今度はちゃんと味わって、へらっと笑った。
「うん、美味しい! ……それにしても、ちゃんと王様らしいこともしてたんですね、ラージュさん。」
「お前はいちいち失礼だな。」
そんな私を鼻で笑ったラージュさんは、ゆっくり紅茶を飲んでいる。
私も、お皿の上のお菓子を味わって食べ終えてから、紅茶を飲み干す。
「御馳走様でした。」
手を合わせ、感謝の意を示すように頭を下げれば、ラージュさんは微笑んで……それから、改めて私を見た。
「何を見た。」
手を組んで、真剣な目で聞いてきた人に、首をかしげる。
「見た前提での話ですね。 見てないとか、眩暈がしただけとか、思わないんですか?」
なんでこの人はいつも正確に物を言ってくる上に偉そうなんだ、と口を尖らせる。
まぁ、偉いんだけど。
「なんだ? 違うのか?」
「いや、あってますよ。 なんか悔しかっただけです。 あのときは、多分ですけど、彼女の前の記憶を見たんでだと思います。」
「前の記憶?」
反芻された言葉に頷き、覚えている限り正確に見た光景を伝えれば、面白そうに笑いながら、ラージュさんは私を見た。
「なるほど。 で、フィランはそれが本当の事だと?」
聞かれ、とりあえずは頷いた。
「まぁ、実際にあった事なのかな? とは思いますけど……」
違和感がぬぐえないので、首をひねる。
「歯切れが悪いな。 けど、なんだ?」
「いや、違和感? ……どういえばいいのかわからないんですよ。」
「いい。 言ってみろ。」
「む~……。」
ムカつくけれど、こういう時のラージュさんは、茶化さずにちゃんと聞いてくれるのを知っている。
私は自分の頭の中を整理するためにも、と、とりあえずその違和感を口にする。
「なんか、綺麗すぎるんです。 綺麗すぎ気持ち悪いんです。 神の木で見た映像みたいに、あぁ、本当にあったんだなって、思えないんです。」
「どんなところがだ?」
どんなところ? う~ん。
「映画みたい、っていえばわかります? 細部まで整いすぎなんです。 なのに、最後に笑ってた彼女の顔が、かわったんですよ。 男の人がなんか呟いた後に……何でですかねぇ。」
最後の一息に込めて、かすかに動いた唇。
「落ちたあと、あの人はなんて言ったんだろ?」
う~ん、と腕を組んで首を反対に捻って考えるが、解らない。 読唇術とか習っとけばよかったんだろうか……。
そんな事を考えながら目の前のラージュさんを見れば、やれやれ、と言った顔をして紅茶を飲んでいる。
「ラージュさん、なんか変な顔してません?」
「このご尊顔のどこが変なんだ。」
うっわっ!
「自分の事、自分でご尊顔って言った! 確かにイケメンですけど! 自分で言います? あ、言っときますけど、私の好みじゃないですよ! 私的なご尊顔と言えば、ブレイブ・ボルハン様にアーネスト・ボルハン様! そ・れ・とっ! 眼鏡な兄さまと、戦闘服のヒュパムさん! 本当に最高でした!」
手で大きくバツを作ってい~! っとした後、力いっぱい力説すれば、きょとんとした顔をした後、吹き出し、大笑いしたラージュさん。
「お前、それを今言うか? 本当にお前ってやつは面白いやつだ。」
ゲラゲラと、ひとしきり笑うと、あ~、すっきりした! と、背中をソファに預け、足を組んだラージュさん。
「さて。 それも含め、あの女の証言は微塵もアテにはならないだろう。」
「ん? なんでですか?」
微塵も? と聞き返すと、ラージュさんは笑う。
「あの女は、第一王子に会ってから『イセカイテンセイ』を発症し、スキルにも目覚めたそうだが、そもそも病である『イセカイテンセイ』の定義は、『生死の境を乗り越えて思い出す』だ。 あの女のどこに、生死の境を彷徨う暇があったか?」
あぁ、そう言えばそうだ。 フェリアちゃんこと、ビオラネッタ様も噴水に落ちて生死の境をさまよって発症したんだった。
「ないですね、これっぽっちも。」
「そうだ。 それからもう一つ。 顔がわからないのに目に色を覚えているとは何だ? 普通は顔の雰囲気は覚えていても、目の色なんぞ覚えていないだろう。」
「一目でびっくりするくらい、綺麗だった、とか?」
それに、ほぅ、と笑ったラージュさんは、いたずら小僧の顔をした。
「お前は、ここに案内した騎士の目の色を覚えているか?」
「え?」
あの、スライディング最敬礼した騎士様? 素敵なイケオジだったけど……茶色い髪で、同じような鎧で……ん? 目の色?
「たぶん、青かったような気が……」
「おしいな。 あいつは確かに青い瞳だが、それこそあの女の言っていた『色の変わる』青だ。」
「え!? そうでした?」
びっくりしている私に、ラージュさんは頷く。
「あぁ。 あいつはカワセミ族とトビ族の血を引く鳥人だ。 お前、カササギを知ってるくらいだからわかるだろうが、カワセミの羽の特徴を知っているか? 構造色と言って、光の反射と見る角度によって色合いが変わるだろう。 あいつの瞳も実は構造色だ。」
「CDの裏面ですよね。 しかし、かっこいいですね、構造色の瞳!」
「まぁ、そうだな。 で、話を戻すが、つまり、人の記憶、それも一回しか会ったことのない人間に対する記憶なんてそんなもんだ。 あの女は人生を左右するようなことを言われ、気が動転してたとしても、顔は忘れているのに目の色だけ覚えているなんておかしな話だろう。 そう思うよう『上塗り』された、と考える方が正しいだろう。」
「『鑑定スキル』で記憶まで塗り替えられるんですか?」
なんじゃそりゃ、鑑定スキルは万能スキルか? 見るだけじゃないんか?
「それが『鑑定』かはわからん。 が、神本人から、この世界で最高の鑑定スキルを押し付けられた俺や、ステータス異常無効化をぶん取ったお前には無理でも、魔術耐性のない相手にはそれも可能だろうな。」
「は~、とんでもないですね。 スキル怖い。 この世界スキル次第でどうとでもなるじゃないですか。」
正直な気持ちを口にすれば、ラージュさんは全くだ、と頷く。
「天与の物、人知を超えた力。 人が持っていない物を持つ事はすべての欲を満たしてくれる一石となる。 だから、珍しいスキルを持つ人間は、それを血脈に残そうと、貴族に養子に取られたり、愛人にさせられたりするだろう? ……さて、ここまでわかれば、あの時、お前獲得争奪戦になるのもわかっただろう?」
「わぉ、藪蛇。」
やな事思い出しちゃったなぁ、と、げんなりしながらラージュさんを見ると、面白そうに笑っている。
やだ、この人、くそほど性格悪い。
話しの流れを戻そう。
「それで、ラージュさん、犯人の目星はついているんですよね? 誰なんですか?」
「は? そんなもの、あるわけないだろう。 何を言っているんだ?」
……は?
「いや、あれだけ思わせぶりに言っといて、結局はそれですか?」
「思わせぶりとは何だ。 役に立たない情報を役立てるように使っただけだぞ?」
「……いい方ぁ……。 あのやり取りは意味なかったってことですか? あんなに頑張ったのに? まじで? ただの魔力と時間の無駄遣いなだけだったじゃないですか! リーリの件とか片付けたかったのに! え~、これで終わると思ったのにぃ!」
と言う私の叫びに、ニヤッといたずらっ子の笑顔を浮かべた、ラージュさん。
「すぐに解決しても面白くないだろう? ぜんせでよくあった謎解きゲームみたいで面白いじゃないか。」
「……いや、人の命とか人生かかってるんで、冗談でもそういう言い方辞めてもらっていいですか?」
げんなりして反論すると、ストン、と表情が抜け落ちたラージュさん。
え? なに? 顔がいい分滅茶苦茶怖いんですけど。
「なんか言いすぎました? ごめんなさい。」
「いや、それに関しては、俺もおまえも、同じだがな。」
感情のこもらない声は本当に、腹の底に響いた。 ぞわっと背すじが冷たくなる。
「……急に何ですか? マジ怖いんですけど。」
「いや、俺たちも、あのじじいのゲームの駒なんだがな、と言っただけだ。」
「……まぁ、はい。 それはもう……反論できないかな~。 神様に好き勝手されてますしね。」
空気を換えたい、とへらっと笑うと、ようやく笑顔が戻ったラージュさん。
「あぁ、まったくだ。」
と、それだけ言うと、ラージュさんは立ち上がった。
「ひとまず休憩もしたことで帰還分の魔力も回復した。 さっさと帰るぞ。」
「え?」
その言葉に、私は慌てて立ち上がってラージュさんの腕をつかんだ。
「もしかして、魔力が枯渇してたんですか? その回復のためにここにいたんですか?」
「当たり前だ。 ここでしていた話しなんぞ、里でもできる話だろう?」
おかしい、おかしい。
ラージュさんの魔力、とんでもない量だって聞いてたのに、それがきれるって何ごと?
「え? なんで? 転送にそんなに魔力使いませんよね? 『咆哮』ですか? それよりももっと魔力使うことがあったんですか? まって、ポーション! ポーション一本あったはず……。」
「いや、いい。 原因はわかっている。」
「なんですか?」
慌てて腰の鞄から特級魔力回復ポーションを取りだしながら聞くと、ニヤッと笑ったラージュさん。
「これだ、これ。」
そう言って、ラージュさんは自分の耳から何かを引き千切るようにとると、ポーションの代わりにそれを置いた
。
ポーションの代わりに手のひらに置かれた物を見てみると、手の中に会ったのは、最初にわたした試作品のイヤリングだ。
「え? これ?」
あぁ、と笑ったラージュさんは、ポーションを一気飲みすると、ドリアードさんを呼び出し、足元に大きな転移用の魔法陣を展開した。
「とりあえず、街の外に転移するぞ。 それからな、そのイヤリング、有能ではあるが、魔術回路のリテイクだ。 魔術回路の起動と展開の仕方が複雑すぎて、装着時の魔力使用量が多すぎる。 アケロス、セディ辺りは2時間限定なら使えるだろうが、ロギィやルナーク、ヒュパム辺りはもって5分だ。 よって作り直しを命じる。 精進しろよ、未熟者。」
ニヤッと笑いながら、私の手を掴んで転移用魔法陣を発動されたラージュさんに、私は力いっぱい腹の底から声を出した。
「待て、このチート野郎! 転移門をなんで発動できるんですか?! お前、規格外すぎるだろっ!! っていうか、これ仕えるなら来るときの転移門のめんどくさい回数移動、必要なかったじゃんよーーー!」
あはは、気にするな。 妹と旅行して見たかったんだ、と、笑ったラージュさん。
私の大泣きに、一発みぞおちにパンチを入れてくれたルナークさん、まじありがとう!