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2-012)滑稽を歌う歌姫

「お前はそれ以上に罪が大きいのは理解しているか? いいか、貴様には聞きたいことがたくさんある。」


「な、なによ……なによ! 私は言われたままにしただけよ! 言われたとおりに! だって!  そうしないとお兄ちゃ……っ。 わ、私だって、脅されていたんだから! 」


 そこまで言って言葉を詰まらせ、視線を彷徨わせてから繕うように叫んだ彼女だが、あんまりにもあからさまで、誤魔化し方が残念過ぎた。 これでは突っ込まざるを得ない。


「お兄ちゃん、って誰ですか?」


 私がそう言うと、目を見開いたアナベラさん。 誤魔化しきれたと思ってたんだな、あれで。


「答えてもらおうか。」


 ラージュさんの冷たい声に、顔を引きつらせたまま彼女はそれでも彼を睨みつける。


 アナベラさん、こんな時でもガッツあるなぁ。


 で、お兄ちゃんっていわれた、その人が黒幕か? と、にらみ合っている二人から、視線をルクス公爵からお借りしていた報告書の、アナベラさんの家系や交友関係の項目を見る。


 アナベラさんは3人姉妹の真ん中。


 圧倒的女系の家で、母親が女子爵、父親は婿養子。 次期当主は長女とし、婿探しをしていたが、彼女がアカデミーに入学後、手当たり次第に男探しを始め、その時にひっかけた男の婚約者の家から、抗議を受け始めたことで『やばい』と思ったのだろう。


 着実に彼女を切り捨てる準備をしていたようだ。


 そして、入学式の断罪劇の知らせを受けたとほぼ同時刻、彼女に知らせることなく貴族籍から彼女を除籍し、自分たちは爵位を返上、その日のうちに他国へ出国しようとした。


 アカデミーでの娘の悪行を諫めるどころか、うまく高位貴族を捕まえてくれれば益になるという打算と、不利とになったら容赦なく切り捨てる冷徹さをもって、すべてを綿密に計画をし、実行したのだろう。


 わぁ、怖い。


 そういう事はやめなさい、とか、諫めたりせずに様子観察とか、母である女子爵には血も涙もないのかな? 貴族っぽいけど。


 ちなみに彼女の家族は、残念ながら出国直前に待ち構えていたルクス公爵家の私兵に拘束されたそうだ。


 親戚にそれらしき人物が居ないのなら、幼馴染? と探してみるが、彼女はアカデミーに来る前までは領地で過ごしていたようで、痴れっぽい人間はいないし、従姉妹はいるものの、男のそれはたった一人、それもかなり年下の平民だ。


 ここから推察するに、彼女に『お兄ちゃん』と呼ばれるような近しい存在がいたようには感じられない。


 じゃあ、それが示すのは誰なのか。


「お兄ちゃん、が、なんだって?」


 頭のお灸が熱くなってきたのもあるのだろうが、真顔で怖いラージュさんの視線にも声にも負けず、汗をかき、顔を真っ赤にしながらも口を噤んでいるアナベラさん。


 その我慢強さ、別で使えばよかったのに。


 ちなみにそんな彼女を見据えてるラージュさんの目が、先ほどからわずかに動いているのは動揺しているとかではなく、彼の固有スキル『鑑定(特級)』を使っているためらしい。


 鑑定スキル、うらやましいなぁと思いながら、私は自分の腰の小さな鞄を見た。


 師匠からもらった亜空間収納の鞄の中には、もちろんいろんなものが入っているけど……その中には、あの時、満面の笑みでルクス公爵から押し付けられた()()()も入っているのだ。


 これを使えば、私も鑑定を使う事が出来る。


 うん、鑑定スキル。 本当に欲しいと思っていたけれど、あんなふうに恩着せがましく押し付けられたものを使うのは嫌だ。


 使用後に使用料と寄こせって言われそうで怖いし……後で鑑定結果教えてもらえばいいや、と、視線と思考をラージュさんに戻す。


 物凄い冷たい表情でアナベラさんを見ているラージュさん。


 黙り込み、震えながらも、真っ赤な顔をして熱さと恐怖を耐えているアナベラさん。


 自失呆然、頭の熱さにも反応できないタイルアル元王子。


 三すくみ?


 いや、蛇に睨まれたオタマジャクシ with 王子の抜け殻?


 そんな光景を目にして思う。


 あれ? そういえば、のんびりスローライフ目指している私が、なんでこんなところにいるのかな?


 いや、考えたら負け、絶対に負け。


 リーリのため、リーリのため! それ以上でも以下でもない!


 一瞬、ものすごく冷静になった頭を振って、冷たくなったお茶を飲む。


 そろそろこの状況を打破して、マイエンジェル・フェリアちゃんと、素敵ヒュパムさん、大好き兄さまのいる家に帰りたい。


 頑張れ! 私の脳みそ!


「……そういえば?」


 ごっくんと、冷たいお茶を飲み下したときに、自分でひっかけたくせに忘れてた、彼女の言葉を思い出し、カップをソーサーに置いてアナベラさんを見た。


「アナベラさん、『二人で会うときはスキ……』って言っていましたけど、それって『スキル』の事ですよね? そのスキルって何ですか?」


「……知らないわっ! そんなものないわよ!」


 真っ赤な顔でそう叫んだアナベラさん。


 それじゃあ、とラージュさんを見れば、私の視線に気づいたのだろう、彼女から目を離さないまま教えてくれた。


「事前に確認した貴族名簿に記載のない固有スキルは『娼姫の美声』『蠱惑の声帯』。 お前の予想通り、開花したのは入学時の鑑定後。 鑑定スキルで三重に隠されていた。」


「なんで!?」


 その言葉に、アナベラさんが悲鳴みたいに叫んだ。


「なんよ?! 誰も見られることはないようにするって言ったのに!」


 今までとは違う、焦りの表情。


「知らなかったようですが、鑑定スキルを用いた『隠ぺい』は、隠した人より強いスキルを持つ人には無効です。」


「そ、そんな! 聞いてないわよ、そんなの! だって、ちゃんと隠してやるから安心しろって、絶対にばれないからって! だから……だから協力したのに!」


 まぁ、そんな大切なこと、騙す相手には言わないよね。


 しかし、この事実を知ったアナベラさん。 嘘よ、とか、身の破滅よ、と真っ青になっているが……今さら? この人は、状況把握が苦手なようだが、『自分の固有スキルがバレる』という事が、彼女にとって多大なダメージになっているのは明らかだ。


 なんだけど……。


「なんでそんなに怯えるんですか? ただ、貴方のスキルを見ただけですよ?」


 黙り込んだ彼女は、首を振る。


 脅しとか嘘とかは嫌なんだけど。


 横にいるラージュさん、表情は変わらないけれど、醸し出す雰囲気は『イラつきMAX』のようだし(ラージュさんの我慢の限界は知らないけど、兄さまは絶対に怒らせた駄目って言ってた)早く終わらせたい!


「もう一度言いますが、黙秘と虚偽は認められません。 正直に話せば、悪いようにはしませんよ。」


 あくまでも()()、で、 私の雇い主たちがどうかわからないけれど。


「本当に?」


「はい。」


 騙していることに罪悪感を感じる。 けど、この人は人身売買の犯人グループ!


 これは仕事、と自分に言い聞かせ、目の前の彼女に頷くと、私をピンクの瞳が縋るように見る。


「『魅了』スキルは、持つだけで幽閉・処刑の対象だと教えられたわ。 でも、そんなもの欲しいって言ったわけでも願った事もない。 あの人に言われて初めてそんなスキルもあるんだって知ったの。 なのにそれが自分にあるなんて……スキルなんて自分で選べない生まれつきよ? 勝手に備わってただけで殺されるとか、あんまりだわ! 隠したいと思って協力するのなんて、当然じゃない!」


「それが、人身売買でも?」


「人の命と自分の命、どっちが大切なのよ!」


 そう叫んだアナベラさん。


 確かに、天与の物で自身の運命が決まるのはおかしいという主張はもっともだけど、そのほかは突っ込みどころ満載だ。


 そもそも、思考回路が完全に被害者のそれだけど、自分がそのスキルを悪用して、罪人として幽閉されたと言う現在進行形の大前提を完全に忘れている。


 特殊スキルに目覚めただけで、重犯罪予備軍として幽閉や処刑対象になると言われれば動揺するが、だからといって、初対面の人間の説明をうのみにし、人身売買という組織犯罪に全面協力したのは自分自身。


 そんな事すら、この人は理解していない。


 いつまでたっても悲劇のヒロインだ。


 騙され、隣国に売り飛ばされた人達の事なんて、これっぽっちも考えてない。


「同情の余地もないな。」


 彼女に聞こえない小さな声で、ラージュさんが言った言葉に無言で同意する。 まったくもってその通りだ。


「で、発現した時期と、隠した人は誰ですか?」


 私は笑みを浮かべながら、幼子を諭すように問いかける。


「アナベラさんがそのスキルに目覚めた時期と、そのスキルを隠した人を教えてください。」


 私はうまく笑えていたようだ。


「よくわからないけれど、きっと、あの人と再会できた日だと思うわ。」


「あの人、とは?」


「ハウフォーマルト様。 私の運命の人。 あの人が私に自分の存在を教えるために、アカデミーの見学にいらっしゃった日よ。」


 思い出しているのだろう、うっとりと愛おしそうに細めたピンクの瞳は、先ほどまでの彼女の物とは全く優しい、恋する乙女のそれだ。


 この人が恋している相手? 隣の元王子じゃなく?


「……あれ? ハウフォーマルトって聞いたことあるな?」


「そこの馬鹿の兄だ。」


 何処でだっけ? と首を傾げた私に、ラージュさんが教えてくれた。


「イジェルラ国第一王子にして王太子のハウフォーマルト・ロジョヴァンニーズ・イジェルラだ。」


「あぁ! 傀儡王予定の王太子様。 報告書に会ったリーリの婚約者になる人。」


 絵姿見ただけだけど、あの美丈夫か、と私が言うと、ぎっ! と私たちを睨みつけたアナベラさん。


「違うわ! 彼と結婚するのは私! あの人は私のモノよ! あの人とわたしは運命の恋人なのよ!」


 ポンコツ王子と同じ事を言い出した。 顔面水鉄砲してやろうかな。


「アンダイン、スキル展開――水魔法……「来世では必ず! そう約束したもの!」」


 彼女の言葉に、私はその先を飲み込んだ。


「来世……?」


「そうよ! あの人とは! 来世では絶対に一緒になろうって約束したの! 前世では兄妹で、絶対に一緒になれない! なら来世では必ずって約束したんだから! だからあの人の傍に行けるように、王妃になるために頑張ったのよ! それなのに! あんな女に()()取られてるなんて絶対に許さないわっ!」


 うわん! と、頭のど真ん中で彼女の声が大きく響いた。


 あ、これは、まずい。


 そう思った時には遅かった。


 何かに飲み込まれる、と意識をしっかり保とうとしたが、私の意識は、彼女の記憶と感情の波の中に取り込まれた。






 これは学校だ。


 赤いレンガ造りの綺麗な学校。


 長い黒髪。 すこしふっくらした頬の、笑った顔がチャーミングな女性は一人教室の中にいた。


 待っているであろう誰かは、すぐにやってきた。


 彼女に似た、背の高い、細身の青年。


 彼に笑いかけ、頭をなでられながら彼に何かをお願いした。


 困ったように彼は笑うと、頷いて大きなピアノの前に座る。


 なるほど、ピアノを弾いてくれ、とお願いしたのだと分かった。


 大きなピアノを弾く彼の隣で、彼を見つめたまま歌いだす彼女。


 彼も、彼女も、本当に、幸せそうだった。


 曲が終わり、笑顔でたたえあいながら窓際の桜を見るために移動した彼ら。


 桜ではなく、彼を見つめていた彼女の手が、動いた。


 恐る恐る、というのがよく合う。


 窓際で、彼女から触れた指先は、やがて重なった。


 顔を上げた彼に、彼女は何かをお願いすると、そのまま柔く抱きしめあったかとおもうと、触れるだけのキスをした。


 彼の胸に顔をうずめる彼女の顔はよく見えなかったけれど……弧を描がいた口元が、なにか呟いて。


 そこから。


 滑り落ちた。


 散る、桜の花びらを巻き込んで。


 先に散ってしまった桜の花びらの絨毯の上に、重なるように。


 彼の腕の中に守られるようにして落ちていく彼女の……顔は。


 笑って……


 落ちる、落ちる……落ちて……彼女を抱える形で地面に激突した彼の唇が、かすかに動いた。


 彼の上、彼の腕の中の彼女の弧を描いていた口元が、ゆがんだ。









「フィランッ!」


 うわん! と、大きな衝撃が頭に響いた、本日二度目。


「うわ! はい!」


 自分でも吃驚するくらいの大きな声がでたことで、私は意識を持ちなおした。


「おい、大丈夫か? ステータス異常はないようだが……」


 冷静を崩さない表情だが、僅かに焦ったような物言いのラージュさんに手を振る。


「大丈夫です。 でもちょっと待ってもらっていいですか?」


 カラカラになった喉が辛くて、空になったティカップに、ポットの中で冷たくなった紅茶を注いでからグイッと飲み干すと、目の前で涙を流すアナベラさんを見た。


 濁流の様に流れ込んできたのは、誰かの記憶。


 どうしてあんなものを見たのかわからないけれど、その感覚は以前、神様の木のところでも感じたことがあるからわかる。


 そして、あの光景のあの、彼女は……。


 アナベラさんだ。


 私は確信を持つ。


 あの女の人は、この人だ。


 じゃあ、あの男性は……?


 抜け殻になってずっとうわごとを呟いている元王子を見るが、彼は彼ではない。


「どうしたんだ。」


「……それは、後で説明します。 話を先に進めましょう? アナベラさん、スキル隠ぺいは、いつ、誰がやったんですか?」


 問えば、今回は素直にその名を言った。


「あの人に会った後、前世の記憶が戻った私は、アカデミーの廃校舎のガゼボで……放課後に毎日、思い出の曲を歌っていたの。 そこに上級生が二人やってきて……歌っていた私に教えてくれたのよ。」


「誰ですか?」


「一人はゴキローツ伯爵令息よ……もう一人は知らないわ。」


「特徴は。 身長や、髪や目の色だ。」


 私より先に問うたラージュさんに、アナベラさんは首を振った。


「制服姿だったけど、顔は……なんでかしら、よく見えなかったわ。 背は私と同じくらい……でも、言葉遣いや所作が王子様みたいに綺麗で、身につけている物も高級そうだったから、上位貴族じゃないかしら。 でも、家格がわかるものはなにもないわ。 私に指示をくれるのはゴキローツ伯爵令息で、それ以来、その人とは一度も会ってないもの。」


「たった一回の接触でスキルを見分けて隠し、仲間に引き入れたか。 随分と用意周到だな。」


「顔がよくわからないって不思議ですね? せめて種族だけでもわかるように、髪の特徴とか、目の色とか……。」


「目……? そういえば……。」


 顔を上げたアナベラさん。


「スキルを隠してもらうときに目を合わせたけど、こんな色もあるんだって思うような……不思議な色だったわ。」


「ほう、どんな色だ。」


「色なんてわからないわ。 だってゆらゆらって色が変わるんだもの……。」


 色の変わる瞳? と私が首をかしげていると、ポン、と肩を叩かれた。


「十分だ。 ……帰るぞ、フィラン。」


「え? どんな話をしたのか、とかはいいんですか?」


「そのあたりの情報は、ゴキローツ伯爵の息子から得ている分で十分だ。 ただ奴は、こいつとの接触はすべて一人で行っていた、と証言している。 しかし実際は二人、高位貴族で、上級以上鑑定をもち、遊色効果ある瞳を持っている……十分だ。」


 立ち上がり、檻の出口に向かって歩きだしながらそう言ったラージュさん。


 慌てて私も立ち上がり、雁字搦めの二人の頭のお灸を取りのぞいてから後を追うと、ちょうど檻の外に騎士様が上がってきたのが見えた。


 ラージュさんが鈴を鳴らしたのだろう。


 私の後に檻を出たラージュさんは、ドリアードさんに命じて二人の拘束を解いた。


 ハエトリグサの拘束の解けた元王子は、呆然自失のまま、床に崩れるように倒れた。


 しかし、アナベラさんは違った。


「待って! 待ちなさいよ!」


 拘束が解け、床に座り込んだ瞬間に、立ち上がったのだ。


「待ってってば! 私は! ちゃんとあなた達に対していい情報をあげたんでしょう!? ちゃんと話したんだから、ここから出してよ! 約束と違うじゃない!」


 拘束から自由になった勢いのまま、鉄格子をはさんで私たちのところに走って来た彼女は、柵の隙間から私達に手を伸ばし、そう叫んだ。


「……約束?」


 ギリギリで届かない位置に立つ私達に必死に手を伸ばすアナベラさん。


 そんな彼女を見下ろし、ラージュさんは笑った。


「お前を出してやるなどと、誰も、一言も言っていないが? 有益な情報? 笑わせる。 己が犯罪者になった経緯を話しただけだろう。 確かにスキルは天与の物、勝手に備わって迷惑だっただろう。」


「なら……」


「だがお前は、それを己の欲望のため()()に悪用し、そこの元王族や、見目麗しい貴族の子息たちを操り、成人前の子供たちを、この国の民を、他国へ奴隷として売り飛ばす手助けをしたんだ。」


「そ、そんなつもりはっ!」


「ではどんなつもりだった? 売られた人間がどのような状況に置かれ、どのような生活を強いられているのか、お前はすべて知っていたな? それを率先して手助けしたお前は、どのような拷問を受けても仕方のない、重犯罪者だ。」


「……っ! だって、だってそうしないと……」


 目を泳がせ、私の方を見たアナベラさん。


 助けを求めるその視線に、私はただ、無言を貫く。


 絶望した表情のアナベラさんに、ラージュさんは告げる。


「脅されてやったわけではないだろう。 お前は、自分の欲のためだけに、その力を喜んで使った。 本当の運命とかいう王太子に近づけなかったのは残念だったがな。 金も、男も、宝飾品も、欲しいものは全て手に入っただろう? 騙した貴族の娘から奪い取ったものもあるそうじゃないか。 その娘の母親が、返ってきたそれを抱いて川に飛び込んだ。 これからお前に下されるのは、欲望のまま動いた報いだ。」


「そ、そんな……だって、そんなの……知らなかった……。」


 がくがくと震えるアナベラさんは、ずるずると床に座り込んだ。


 自分がやったことを自覚したのかもしれない。


 すべてが遅すぎるけれど。


「貴様は、近いうちに、そこの馬鹿王子と共に毒杯を賜るだろう。 冷たい視線とイシツブテが降る中で行われる公開処刑じゃなかっただけ、ありがたく思うんだな。」


 そこまで言ったラージュさんは、あぁ、そうだった、と、笑った。


「俺は優しいからな。 この期に及んでもなお、脱獄を試みるだろうお前に、教えておいてやろう。 お前の魅了スキルはもう役に立たない。 俺がそうしてやった。 疑うならば使ってみればいい。 次に使った時、お前の喉は二度と、歌を歌えなくなるだろう。」


 そう言い捨てたラージュさんに促され、階段を降り始めた私たちの耳に、可憐な歌声が僅かに聞こえ……。


 次の瞬間、耳をつんざく魔物の断末魔の様な絶叫が、舌打ちをしたラージュさんが防音魔法をかけるまで聞こえていた。

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