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閑話・24 木と、花の花樹人の弔い

 そこはとても静まり返っていた。


 黒衣の魔術師が静かなのはいつもの事だが、いつもはよく笑い喋っている印象の獣人の将軍も、血で汚れた鎧を身に着けたままそこに座っていた。


 普段は艶やかな出で立ちの皇妃と言えば、質素な戦闘服のまま、ここを出るまでは存在しなかった、小さな赤子を抱き、微笑んであやしてはいるが、その顔には疲れと、涙の痕が見える。


 皆、目に見えて疲弊していた。


 そんな三人がいる空間へ、突如、魔力の干渉が始まったことに気が付き、皆、顔を上げた。


 テラコッタ風のタイルの上に白い魔法陣が浮かび上がり、大きな人影と、2つの精霊の姿が転送されてきたのだ。


 全員が彼が何かを抱きかかえている姿を見、事前に知っていたこととはいえ、悲壮な色を顔に浮かべた。


「申し訳……」


「開口一番謝らないで頂戴な。 これは貴方のせいではない。 ラージュの話通りなの。 だから、これでいいのよ。 お帰りなさい、ヒュパム。 それから……。」


 傍に立つ、巨大な炎の精霊に抱いていた赤子を預けた皇妃は、静かにヒュパムに近づくと、マントでぐるぐる巻きにされ、その腕に抱きかかえられている女性の頬にそっと触れた。


 その、冷たさにわずかでもあった希望を失いながらも、声をかける。


「おかえり、 セス。」


 つぅっと、彼女の頬に涙が一筋落ちた。


「本当に、セスも、ミゲトも、馬鹿なんだから……。」


 ぼろりぼろりと、涙が落ちていく。


「……皇妃陛下……」


「連れて帰ってきてくれてありがとう、ヒュパム。 心から感謝するわ。」


 青白く冷たいセスの顔を愛おしそうに撫でながらそうつぶやいた皇妃に、ヒュパムは首を振った。


「お力が及ばず、このような形になったことを、お詫びします。」


「いいえ、これでよかったの。 だって、帰って来れたもの……セディも……。」


 ふと、全員がまた、顔を一点に向けた。


 先ほどと同じ、木の葉を纏う白い魔法陣が出現したかと思うと、見知った人影が、見知らぬ何かを連れて帰ってきたのが見える。


 魔法陣が消えれば、それはセディが、境界が周囲に滲み溶けるような姿の、漆黒の瞳の美しい女性体のなにかを連れているのがわかった。


「おい、おまえ。 それは……何だ?」


「精霊、なのか? それにしては……」


 訝しげに眉を顰めるのはロギイとアケロスだ。


 ラージュから聞いていた『予定』にない状況が起きているのはあまり好ましい状況ではないため、確認をする。 


「それ、は?」


「すまない、後で話す。 それより……ラージュとフィランはまだ、だな……。」


 あたりを見回し、それから、ヒュパムを見た彼は、静かに歩み寄ると、その前に立ち、深く、頭を下げた。


「ヒュパム殿、妹の事、心から感謝する……。 しかも、連れ帰ってくださったのか……」


 連れて帰れる可能性はほぼないと、言われていた。


 しかし、彼女は帰ってきてくれた。 その事に、セディは心からの感謝を告げる。


「いいえ。 私も、只の一貴族、商人であれば知る事のなかった、本当に知りたかった事をすべて知る事が出来ました……このような機会を与えてくださった陛下にも、皆様にも、心から感謝申し上げます。 ですから卿、どうか顔を上げてください。」


 そう言われ、すっと、顔を上げたセディに、ヒュパムは静かに腕に抱きかかえた彼女を渡した。


「このようなお姿でお返しする事を、お詫びいたします。 ……卿からの伝言は、確かにお伝えしました。」


 妹を渡したヒュパムは、最敬礼をとり、そう告げた。


「……そうか。 ありがとう。 本当に、貴殿には感謝する。」


 礼を言われ、なおも頭を下げたままのヒュパムは、つんつん、と肩を誰かに触られて顔を上げた。


 そうすると、その手の中に、ぽてっと花金盞花が落とされる。


 見上げれば、先ほどまで力を貸してくれていた2精霊が、くるくると彼の上で遊んでいる。


『まだあの子が帰ってくるのに時間もあるし、行こう?』


 グノームがけらけらっと笑った。


『フィランが帰ってくるまでは仲間だから、手伝ってあげるよぉ?』


 エーンートがそう言って……ちらりと、セディを見る。


『私、フィランが帰ってくるまではここに居たくない。』


『僕も!』


 それから2精霊が、セディの後ろに向かって指をさす。


『今更出てきて、何のつもりだ、闇の子! アルムヘイムが許すまで、僕たちはお前を許さない。』


『ヴィゾヴニルがいいよって言うまで、絶対にいいよって言わない。』


 そう言い切った2精霊に、攫われるように消えたヒュパムを見送ったセディは、悲しそうな顔をして俯いている闇の精霊を見、それから残された3人を見た。


「お前も、行ってこい。」


 ゆっくりと近づいてきたアケロスは、握りしめていた左手を彼女の上で開いた。


 はらはらと、その手から落ちるコバルトブルーの欠片に目を見張る。


「アケ……。」


「時間がない、早く行って、さっさと馬鹿二人を寝かしつけてこい。 後ろの言い訳は後で聞いてやる。」


 アケロスにそう言われてしまったセディは、一つ頷き、自分に寄り添う闇の精霊をもう一度見た。


『……頼みがあるんだが……』


 顔を上げた彼女は、ゆっくり、頷いた。








::::::Side 花草の花樹人::::::




『『とぉちゃぁぁく!』』


「ここは……。」


 (無理やり)2精霊に連れてこられた先は、見たことのある場所で、だからこそ、ヒュパムはただ、立ち尽くした。


 周囲は木々に囲まれる中、そこだけ区切るように作られた、腰の高さの白い石垣の中は、以前花が咲いていたが、現在は土がむき出しの状態になっている。


 その中央に、白い石で作られた、教会を模した墓標が立っている。


 刻まれた家名は『コルトサニア』。


 ここは、コルトサニア伯爵家の領地にある教会の裏にある墓地を囲む森の、さらに奥。 代々、この地を統治してきたコルトサニア伯爵家の者が眠る神聖なる場所だった。


「いったいどうやって……」


 コルトサニア伯爵領はルフォートフォーマの西側にある。 馬車を使用すれば王都から、1週間はかかる場所のはずで。 何故、どうやってここに来たのかわからず困惑しているヒュパムに、墓標の周りでくるくると遊ぶ2精霊は笑った。


『僕たちを誰だと思っているの?』


『馬鹿な花樹人だなぁ、あんなに力を貸してあげたのに。』


『でも今回は特別。 今の姿でしか、出来ないから。』


 そうそう、と顔を見合わせて笑う二人をよそに、ヒュパムは目の前の墓標をただ見つめる。


 長く、ここに来ることが出来なくて。


 今回の事が終わったら、ここで、と決めていたのだから。


「……ありがとう。」


 懐かしむように目を細め、それから、体についていた土ぼこりを払い、武具を石垣の傍にすべて脱ぎ捨てて……。


 彼は、ゆっくりと、一歩ずつ踏みしめて、その墓標に近づいた。


「父上、母上……帰りました。」


 ヒュパムの背丈ほどの、教会を模した墓石の前で跪き、そっと墓石に触れると、そのまま額を付ける。


 瞼の裏に浮かぶのは、もう、形を保つことが出来なくなってしまった黄金の髪を可愛く編み上げた時の、可愛らしい笑顔。


「……リリィ、ただいま。」


 名を呟けば、涙が落ちる。


「お前を助ける事は出来なかったけれど……それでも、ようやく、全部終わったよ。」


 どのくらいそうしていただろうか。


 柔らかな風が吹き抜けた。


 風に誘われるように彼は瞼を上げ、墓石から額と手を放した。


 そうして、反対の手に持っていた、あの花金盞花をそっと置く。


「誇り高き花樹人へ御褒美だと……精霊女神様から頂いたんだ。 これは、頑張ったリリィへのご褒美なんだよ。」


 そう言うと、静かに息を吐いたヒュパムは、首から下げていたネックレスを一つ、引き千切ろうとして。


『はい、ざんねーん! ご褒美はそれだけじゃないよ?』


「……まって……っ!」


 にゅうっ、と、上からひょっこりとヒュパムの前に顔を出したエーンートは、それを奪い取ってニヤッと笑った。


『よかったな、花樹人。』


『よかったね、誇り高き百合の流れを組む子。』


「なにを……?」


『思い出してごらん? 君たちの種族が何であったかを。』


 そう言われ、首を傾げたヒュパムはそこでようやく気づいた。


 ゆっくりと、自分の中に失ったはずの流れを感じたことに。


 自分の中でしか生産・循環出来なくなっていた魔力が、どこかから流れ込み、流れ出していく、神の木とつながる感覚。


 そして気が付く。 この感覚は、まだ、リリィが元気だった時の感覚であると。


『ただいま、ヒュパムお兄ちゃま。』


 鳥の鳴き声と、可愛い声がした方へ振り返る。


「……なぜ?」


 赤い花びらで出来た羽をもつ緑色の小さな梟と、真ん丸の大きな瞳に、魚の下半身を持つとても幼い少女は、リリィが倒れた日から見えなくなっていた、自分と、妹の契約していた精霊だった。


「ルフ。 イレ。」


 その名を呼べば、ルフと呼ばれた木の葉で出来た梟は高く鳴いて左肩に乗り、イレと呼ばれた人魚体の妖精は破顔し、ヒュパムに跳びついた。


『ドリアード様と、アルムヘイム様、それからヴィゾヴニル様が帰っていいって!』


 ぎゅうぎゅうとその首元に抱き着く人魚のイレに合わせ、花梟のルフも鳴く。


「帰る……?」


『花睡病を食い止めたお礼なんだぞ。 特別だ、感謝しろっ!』


 ふふん! と、胸を張ったエーンートが言えば、その頭を小突いたグノームがヒュパムに言う。


『花樹人の誇りを奪う花睡病の根源を立った根無しだった君へ。 誇り高き妹の分まで、その生を全うしなさい。 この子達はその見張りだ、と。 ドリアード様が。』


「え?」


 精霊たちの顔を見たヒュパムに、グノームは微笑み、エーンートはバンッ! と背を叩く。


『少なくとも、誇り高き花金盞花の子が愛したあの子達が傍にいれば、お前は死んだりしないだろう?』


 だからこれはぽーい! と叫び、手にした首飾りを消してしまったエーンートを凝視するヒュパムに、フィランの緑の子は意地の悪い笑い方をした。


『お前がいなくなれば、フィランもとても悲しむからな。 お前さえ嫌じゃなければ、傍にいてやってほしいと、アルムヘイムとヴィゾヴニルが言っていた。』


 墓標を振り返る。


 置かれた花金盞花が揺れている。


「私は、あの子に何もしてあげられなかった。 なのに……生きていて、いいのだろうか。」


 誰にでもなく言ったその言葉が届いたのだろうか。


 誰かが触れた彼のように、ゆっくりと墓標から落ちた花金盞花は、むき出しになった土に落ちたと同時に、墓標の周り一帯が、満開の、黄金の花金盞花で覆いつくされたのだ。


 その光景は、妹との別れの日と同じ光景で。


『僕たちは何もしてないからね!』


 聞こうと思った事を先に言われてしまい、ヒュパムはただ茫然と、そこを見回す。


 風に揺れる姿は、頑張ってと、妹が言っている気がした。


「……戻るわ。 今度は私が助ける番だもの。」 


 墓標にもう一度祈りをささげた後そう言ったヒュパムは、放り投げた武具を手にすると、4精霊と共にその場から消えた。







:::Side 木の花樹人:::





 闇の精霊の力を借りて降り立った場所は、人体実験大好きのアケロウスが造ったあの人工の庭。


 闇の精霊に礼を言い、セディが足を向けた先。


 誰かの手によってくちゃくちゃにされた、勿忘草が揺れる一角のその奥にある、古い、中が空洞になってしまった大きなイチイの木のその洞の中の小さな墓石。


 周囲に勿忘草だけが丁寧に手入れされて、今も花を咲かせている。


「……おかえり、セス。」


 腕の中の妹の寝顔は、花睡病の時とは違う、穏やかな、小さなころの寝顔によく似ていた。


 セスの体をゆっくりと墓石の前に横たわらせると、耳につけていた赤い石の耳飾りを外し、セスの耳につける。


「ずっとほしがっていたな……。 持っていくといい。」


 ラージュからの初めての褒美の石で作ったピアスは、セスの憧れだったらしい。


 一つ、息を吐き。


 それから、自分の後ろに控えめにいる闇の精霊を見る。


「……申し訳ないけれど、もう一度、力を貸してもらってもいいだろうか……。」


 そうすると、こくん、と、一つ頷く精霊は、溶けて消えそうな闇色の髪の一房をするするっとセディの左腕に巻き付けた。


「すまない、まだ名前も与えてあげられていないのに。」


 そういえば首を振った精霊は、静かに目を閉じる。


 長らく感じてこなかった、精霊との魔力の交流を体の隅々で感じながら。セディはそっと、セスの体に触れた。


「セス。 長い間気が付いてやれなくて……それから、お前を迎えに行ってやれなくて悪かった。 駄目な兄ですまない。 苦しいことからは抜けられたかい? ……アケロスが用意したここで、ミゲトと、子供と親子で一緒に休みなさい。 次の人生ではどうか、お前たちに幸多かれと、心から祈り続けるよ。」


 静かに静かに、その冷たい額にキスをした。


「ゆっくりお休み、セス。」


 そう言い終わった瞬きの間に。


 土から伸びたイチイの根が彼女の体を、まるで棺に入れるかのように包み込むと、大地に飲み込んでいった。


 胸元に落とすように飾られた、少々強く握られ、形の崩れた勿忘草の花と一緒に。


 瞬きの出来事。


 すぐに、先ほどと駆らわぬ光景になった其処を、ゆっくりと手で撫でたセディは、自分の腕に巻き付いた精霊の髪に気が付き、顔を上げた。


「闇の精霊、だったか。 ……勝手に君の身の振り方を、人が決めてしまって申し訳ない。」


 そういうと、少しだけ微笑み、首を振る。


「それで、君の名なのだけれど……。」


 ゆっくりと手を差し出す。


「エーイル。 で、どうかな。」


 フワリ、と、只一色の闇色だった髪と瞳に、淡い金と銀のきらめきが夜空の様に浮かぶ。 どうやら気に入ってもらえたようだった。


「エーイル。 根無しの主で悪いのだが、よろしく頼むよ。」


 ふわっと笑ってセディの手に己の髪の一筋を乗せた彼女は、そのまま彼の影の中にするすると入ってってしまった。


 そのまま目を閉じれば、彼女の力で元の場所に戻る事が出来た。





 そうして戻った先では、また、別の事件が勃発して二人の花樹人は頭を悩ませることになったのである。


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