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閑話・23 人形と銀竜、末裔と精霊

 ここは、イジェルラにある人知れぬ森の中の隠れ里、カーピス。


 入り口から里へ最短ルートでも馬で3日、馬車だと7日を要するほどを要する巨大な森の中央に位置するその里には、中から招かれない限り訪問することは不可能である。


 里を囲む森には、何重にも守護と幻惑の魔法が張り巡らされた上、人工的に作り出された、森の中を縦横無尽に移動する底なし沼や、馬車を飲み込むほどの巨大な生物罠(蟻地獄?の特大版だと作成者は言っていた)、人食い花などが数多く意図的・効果的に配置されているからだ。


 そんな森だから、本能的に何かをかぎ取るのだろう、人も、動物も、寄り付くことがなくなって久しいが、森の奥にある里は、今日も明るい笑い声が絶えることはない。


 それは守護神・ラージュと愉快……ではなく、心強い仲間たちの存在が大きいわけである。 が。







「……今日こそちゃんと話してくださいっ!」


 どんっ!


 ちっとも怖くない顔で、そう凄まれた俺は、ずらっと並ぶ鉢植えの水やりの手を止めた。


 今いるのは、3月ほど前に(里ごと)引っ越してきた住まいの、おおよそ半分を占める巨大な温室の中央。


 特別なメンバーだけが入ることの出来る花と緑と、各々が気に入った居場所(イス)を持ち込んだ、落ち着いた談話空間。


 本日の俺は、表向きにも裏向きにも休みのため、家の所有者であるラージュと、同居人のアケロウスが出て行った後、(主に二人が)溜めていた洗濯や掃除を終え、広げるだけ広げて管理を押し付けられている温室の手入れを始めた。


 そこに乗り込んで来た女の子。 普段であれば『私をだめにするクッション』に直行し、「ふぁ~、最高、大好き~。」と、不思議な感触の、巨大クッションに飛び込むのだが、今日は何故か、生まれついた貴族連中が好んで使用する応接セットの一人掛けソファに乱暴に座り、低めのテーブルを拳で叩いて凄みだしたのだ。


 正直、彼女がいくら凄んでも、全く怖くないのだが。


 ふわふわの蜂蜜色の髪に、大きなアメジストの瞳の女の子……は、今日はまた、随分と、乙女ちっくと表現している格好をしている。


「今日はまた随分と可愛い格好だね。」


「そんなこと聞いてないもん!」


 ぷぅっ! とほっぺを膨らませる。


 この子は16歳になる。 なので、本来、女の子と表現していいのかに迷うところだ。


 彼女の周辺人物の殆どが、酸いも甘いも噛みしめまくった奴らのせいで、彼女が幼く見えるのかもしれない。 それでも、一般的には『世界を達観視する事が多い空来種』には珍しく、喜怒哀楽がとても激しく、情緒も表情も非常に豊かななため、年齢より幼く見えるのは間違いない。


 そこに、最近は今日の様に、現在の同居人の趣味で、フリルやピンタックがふんだんにあしらわれた可愛らしいワンピースを着ている。 そんな風だから、ますます可愛い女の子にしか見えない。


 可愛い、うん、贔屓目でなくても可愛い。 間違いない。


 おまけに現在は、毛足の長い、この世界では珍しい三毛とかいう毛色の大空猫コタロウが、喉を鳴らしながら、怒っているフィランに擦り擦りしているのだ。 ここは一体なんの癒し空間なのだろうか。


 まったく怖くない。


 そんな穏やかな光景、ずっと眺めていたいわけだが、彼女的にはとても怒っているゾッ! を、頑張って体現しているようなので、放置してはいけないだろう。


 俺は持っていた如雨露を置くと、簡易キッチンの隣にある園芸用の水場で手を洗いながら聞いてみる。


「何をかな? フィラン。」


「もうっ! 解ってて聞いてるっ! 今日は聞くまで絶対に帰らないんだからっ!」


 だん!


 俺の問いかけに、大事な部分をすっ飛ばして、拳をテーブルに叩きつけたフィラン。


 これはかなりご機嫌斜めだな。


「じゃあ、お茶を淹れるから、とりあえず座りなさい。」


 俺はその機嫌の悪さに、これは長引いたら面倒だ、と、彼女の大好きな甘めのミルクティを淹れ、フィランの大好であるチョコレートデニッシュと、以前から食べたいと呟いていた、フェアリーケーキを用意する。


 これは、カップケーキを食べていた時に、ぼそっと呟いたのを聞いたため、すぐにラージュやフィランと同じく空来種で王室御用達、ティカップや菓子を考案・普及させた金糸雀の鳥人女性に相談、彼女が満足するまで試作を重ねて完成した、小さな花の砂糖菓子とカラフルなクリームで飾った特別仕様のフェアリーケーキだ。


 これでだめなら奥の手を出すしかない……何とかうまくいってくれと祈りつつそれを用意する。


「そんなに怒ると可愛いが台無しだ。 ほら、お菓子はどうだい?」


 可愛らしいお皿にレースを模した紙を敷き、その上に菓子を盛り付けて、フィランを誘う。


「兄さまはいっつもそうやって誤魔化す! いい加減、誤魔化、さ、れ……?」


 ぎっと、俺を睨みつけたフィランに、わざと見せつけるように、ゆっくりと目の前に置く。


 フィランの視線が、トレイに移動した。


 ――よし、かかった!


「ふあぁぁ~!」


 目の前に置かれた特別なお菓子に、吊り上がっていたアメジストの瞳は、大きく見開かれて蕩けるように輝き、への字口になっていた口元は、今にも涎が零れそうなほど緩んだ。


 握り締めていた手はすっかり力が抜け、薔薇色でゆるゆるになった頬を支えるように挟んでいる。


「フェアリーケーキ! 食べたかった奴! すごい! え!? 本当に!? 兄さま! これ、どうして!?」


「ここに来て以来、アカデミーの編入試験含め、フィランは頑張ったからね。 ご褒美だよ。」


「御褒美!? 本当に? 食べていいの!?」


 ケーキのトレイと俺を何度も見比べるフィランに、にっこりと笑う。


()()()()()()()()()()()に用意したんだから当たり前だよ? ゆっくり食べなさい。」


 ()()()()()()()()()()を強調して言うと、彼女はさらに目を輝かせる。


「わぁい! 兄さま大好き! いただきますっ!」


「どうぞ、召し上がれ。 コタロウ、ミレハ。 おやつだぞ。」


『なぁお!』


『ギャゥ!』


「ふわっ! 可愛い! 美味しい! 兄さま大好き!」


 と、ほっぺをぷくぷくにして、いい笑顔で食べ始めたフィラン(と、2頭)。


 全員、一口がずいぶん大きいけれど、大丈夫かな?


 完全に気がそらせたようだと安堵しつつ、お代わりのミルクティを用意する。


 それから彼女の目の前に座り、自分もお茶を飲もうとした時、目の前のご機嫌でケーキを頬張るフィランの後ろでおやつ用の乾燥肉を食べているミレハに気付き、つい、溜息を吐いた。


「ん? どうしたの? 兄さま。」


「いや。 美味しいかい?」


「うん、とっても!」


 ニコニコ食べているフィラン。


 すっかり忘れているであろう彼女が()()()()()()


 本当はわかっているんだ。


 カップ越しに視線だけを動かし、フィランが求める答えを見れば、ミレハは気がついたように視線を合わせ、ルルル、と、喉を鳴らした。


 あの日と同じその声に、俺は思い出すように目を伏せた。










 ラージュに飛ばされた先は、深い森の中であり、子を吐き出した母の胎代わりの繭であったものが、木々や岩に張り付いたまま朽ちたがゆえに、まるで遺跡の様に見える場所だった。


 自分は、それがどこかをあらかじめ()()()()()


 神の木に近い、最も賢く古い種族の血筋が息づき、最後の一人が死に絶え葬られた場所であり、魔女がそれを掘り返し、最後の子の亡骸から奪い取った『命の腕輪』を核に、目の前の立つ人形を生み出した場所。


 人形は、白銀の髪に青い瞳の……フィランのクラスメイトにして、ラージュがこの世界に落ちてきたときから、ずっと探していた、もう一つの鍵の、()()


「フィランのお兄さん、か。 さっきは好き勝手してくれたけど、ようやくゆっくり話せるのかな?」


「……。」


 歓迎するとでも言いたげなそぶりの彼に、何のリアクションもせず、俺はただ見ていた。


「でもさぁ、お兄さんっていう割には、ずいぶんとあからさまな牽制をするんだね。 それでお兄さん、なんて無理があると思わない?」


 にやりと、フィランの前では見せなかった下卑た顔をする。


 彼を、フィランは魔人だと思っていたようだが、実際は、魔女の作りあげた、人にも魔人にもなれない『欲の塊』の人形。


 世界の理に反する、人形の割に随分と人間臭い表情と、感情を持ち持ち合わせた哀れな人形が語る名。


 アルフレッド・サンキエス・モルガン。


 尊き血脈の、最後の子の名前まで奪ったそのまがい物は、フィランに彼の革を被って近づいた。


 大切な妹の、親友の、その二人の子の……そして、縁が出来た多くの人の心を傷つけ、尊厳を奪った。


 決して、許すことのできない相手。


「あいつらは師匠に殺され、お前は俺に殺される。 そうだ。」


 ひきつった色の左手で顔を覆い、醜く顔を歪めてにやりと笑った。


「顔はそのまま、体を醜く引き裂いて、フィランに見せよう。 心が壊れれば、手に入れやすくなる!」


 その言葉を吐いて、人形は消えた。


 頭上に気配を感じて顔を上げれば、俺の真上に飛び上がった人形の両手から、瘴気を纏った重撃波が放たれた。


「僕はやっと、人になれる!」


 放ち、確実に俺を仕留めたと思ったのだろう。 綺麗な顔を醜く歪めて人形は笑う。


「させるか。」


 これ以上、この腕から何か一つでも失ってなる物か。


 異常な速さで落ちてくる重撃波が周囲の木を巻き込み地面に触れた瞬間、大地は大きく抉れ、巻き込まれた周囲の木々が無残に折れて倒れ消えていく。


「まってて、フィラ……がっ!」


 人形は、最後まで言葉を吐くことが出来なかった。


 俺が、醜く笑った人形の首を後ろから鷲掴みにしたからだ。


「な、んでっ。」


 掴まれた首を異様に曲げて俺を見たそれの気持ち悪さに、つかむ手に力が入った。


「ギッ……あ゛っぁ……。」


 ミシミシッ、と、人形の首の骨が軋みむ音が聞こえて、気持ち悪さに力がこもる。


「全てがまがい物のお前ごときが。 ……反吐が出る。」


 俺は、人形の首を掴んだまま、地に急降下し、それの顔面を地面に押し付けた。


 悲鳴も上げさせるものか。


 人形を大地に叩き込み、飛びのいた俺は、重撃波でえぐれた場所をさらに抉れた穴の底を見た。


 顔を地にめり込ませ、壊れた操り人形の様に、人ではおおよそ考えられない方へ曲がる首や関節。


 ぴくりとも動かない、彼のその上に。


「――来たか。」


 ばさり、と、大きなはばたく音。


 同時に、人形の上に光の筋が落ち、そこに、ひとつの影が重なった。


 ゆっくりと、木々の隙間から零れ落ちた一筋の光と共に、大きな白銀竜が、光の粒を纏って降りて来たのだ。


 白銀竜・ミレハ。


 彼こそが。


 数百年前にこの地で息絶えた亡国の最後の一人、アルフレッド・サンキエス・モルガンだった者。


 この森で眠っていた彼の亡骸は、魔女に暴かれ、命の腕輪を奪い取られ、亡骸も『人形の材料』として使われた。


 そのため、神の木に戻ることが出来ず、竜体を授かったと聞く。


 彼がここに来たという事は、向こうで、魔女が息絶えだろう。


 魔女に奪われた己を取り返すために、彼はここに来たのだ。


 人形の傍に降りた白銀竜は、大きく口を開け、小さい声で鳴いた。


 悲しいのか。


 悔しいのか。


 怒っているのか。


 弔っているのか。


 大きな青い目から大粒の涙を流し泣く白銀竜は、やがて。


「……鎮魂歌、か。」


 神の木に捧げる歌を歌い始めた。


 静かで穏やか、この世の全ての光を歌にすれば、このようになるのだろうと思う美しいその歌に呼応するように、動かない人形から、小さな光の粒が、ぽつり、ぽつり、と浮かび、白銀竜にどんどんと吸い込まれていく。


 ひとつ光を飲み込むたび、白銀竜の鱗は、瞳は、光を増す。


 貶められた自らの亡骸が、光によって浄化され、竜の身に還っているのだろう。


『ヨウヤク、還レル。』


 歌声に交じり、声が聞こえた。


 自分に還る光の粒を、一粒ずつ、愛おしいむように眺めていた彼は、朽ちていく人形に視線を移した。


 つられてみれば、光の粒が離れるたびに、人形は汚泥と戻っていく。


「……フィ……」


 ぴくり、と、動いたひきつった皮膚の張り付いた指が、土塊に戻り、崩れ落ちたのに。


「……人、なり……フィ、ラ……」


 崩れ行く中、なおも執着を見せつけた()()に。


 俺の全身の血液が逆流し、沸騰した気がした。


「土塊が、あの子の名前を呼ぶなっ!」


 素早く手に取った短刀を、人形に向け放つ。


 が。


『落チ、ヨ。』


 小さな声に、土に還る人形を貫く前に、それは音なく土の上に落ちた。


「……なにをっ。」


 苛立ち、銀竜を見れば、小さく首を振っている


『イケ、ナイ。』


 それまでと違い、頭の中に直接響いた声。


「……白銀竜……の。」


 白銀竜の思念言語だと気が付き、動揺に息を大きく一つ吐き出した。


「なぜ。」


『哀レ、ナ、子ニ、慈悲、ヲ。』


 それが頭に響くたびに、体の中で渦巻いていた憎悪や、怒りが解けるように消えていく風に感じる。


『コレ、ハ、魔女、ニ、絡メ捕ラレ、タ、哀レ、ナ、モノ、ダカラ、許シテ、ヤッテ、ホシイ。 私、ト、同ジク、忘レラレ、タ、末裔、ノ子。』


 その言葉の後、白銀竜はひと際大きく、美しい咆哮を空に向かって吼えた。


 その声に誘われるように、人形からは、ひときわ大きな光の粒が抜けだすと、形も留める事が出来なくなったそれはさらりと崩れ落ちた。


 抜け出した大きな光は、静かに、静かに、目の前の白銀竜ではなく、空に向かって上がっていき、自分たちのはるか上空で、シャボン玉が割れるように弾ける。


 その、刹那。


 神の木の方からとてつもなく強い風が。光と共に駆け抜けた。


 強くて、冷たくて、暖かくて、静かで、清らかな。





 神の一閃、そう言われるであろうもの。





 立っているのもやっとの俺は、両腕で己の頭を守りながら、持ちこたえることだけに集中した。


 途方もなく長い時間に感じたそれが収まったのを感じ、ゆっくり目を上げると。


 視界に飛び込んできたのは、先ほどまでと同じ景色、同じ世界。


 それなのに、すべてが朝露を含み、朝日を浴びたようにキラキラと輝いている。


「……これは。」


『歪みが修正されたね。 これで神様も、フランも、安心だ。』


 白銀竜の声が変わったことにその姿を探すと、先ほどまで竜が居た場所に立っていたのは、大きな白銀の翼と鱗の冠を持つ、人。


 白銀の長い髪に、青い瞳。 土塊人形の外見を、さらに数年分成長させたような、しかし清廉潔白を形にしたような美しい青年。


 彼は、大穴もなくなり、若く柔らかい草に覆われた大地に目をやる。


『暴かれた亡骸も、哀れな子も、ようやく大地に戻り、生まれる事が出来た。』


 視線の先には、人形が朽ちた場所だろうか、ひとつだけ、小さな光の粒に包まれた、小さな双葉が揺れていた。


 ひざを折り、その双葉に触れた青年は微笑む。


『いい子だ。 火から森を守り、その木陰で命を守り、実りの日には黄金の葉を広げるだろう。 どうか、大きく優しい木とならんことを。』


 返事をするように揺れる若芽に触れたその人は、ゆっくり立ち上がると、俺を見た。


『花と人の子だったな。 私は、この地で絶えた血族の最後の一人だった者。 魔女に墓を暴かれ、身を貶められたために神の木の理から落とされた。 しかし情け深い神から、再び理に戻れるよう、白銀竜としての体を与えられた。 これはその本性。 そしてこの姿だからこそ、君に渡せる……。』


「渡す?」


『そう。 これ、を。』


 彼の体から抜けるように現れたのは、漆黒の女性。 いや、あれは精霊のようだが。


『あの子に作られてより、長く我が血族に仕えていてくれた精霊。 仕える先を失い、その地位すら失った、哀れな第3位の精霊だった……闇。』


 名残惜しむように彼から離れ、俺のそばにやってきた彼女は、俺に向かって微笑むとするりと、俺の影の中に入っていった。


『尊き第3位。 わが一族に仕えたばかりに長く彷徨わせてしまった。 よろしく頼む。 名は、お前が新たに与えてやってほしい。 それが精霊との契約の理だから。』


「……しかし。」


『精霊を失った末裔の君に、渡せてよかった。』


 それだけ言った白銀竜は、空を見た。


『あの子達も、終えたようだね。 ……あぁ、君の可愛い子は……落ちた時に身守りを失ったか。 しかし、2人とも無事だ。 呼ばれている、行かねば。』


 背中にたたんでいた白銀の翼を広げて、大きく一度、はばたいた。


 その風で小さな若芽は揺れ、光の粒が飛ばされていく。


『私は、神の木の理に戻してくれた恩を返すため、私の名をもって、あの子の身守りとなろう。 だから君ともすぐに会うだろうが、しかし、私が何者なのかは、いつか来る時まで伏せておいてほしい。』


 誰に、とは俺は聞かなかった。


「あの子は自分に優しくしてくれた相手に執着する節がある。 皆で止めても、答えを探し続けますよ。」


『では、そのときは、これをあの子に。』


 そう言い終わるのと同時に、双葉の隣に小さな墓石が地面から出て来た。


「墓石……。」


 ところどころ欠け、風雨に晒されていたことがわかる、その墓標に彫られていた名前は。


「……なるほど。」


 彼の意図を飲み込みながら、飛び去る竜の翼の人を見送った俺は、足元に現われた、木の葉舞う魔法陣に飲み込まれた。







「……さま? 兄さま?」


 少し高めで大きめの可愛らしい声。


「兄さま、聞いてるの!?」


 目の前に、キラキラの大きなアメジストの瞳があって、少しびっくりする。


「あぁ、フィラン。 ごめん、何だっけ?」


 木の実を食べる小動物の様に可愛いフィランを見ながら、物思いにふけっていたようだ。


 ぼーっとしていたであろう俺に、フィランはずっと話しかけていたのだろう。


 マグカップを置いて聞き返すと、もうっ! と頬を膨らませたフィラン。


「兄さまったら! そんな真似までしてごまかさなくてもいいの! 怒ったり泣いたりしないから、ちゃんと教えてください。 アル君のこと! どんな結果でもいいの、でも、このまま何にも知らないまんまは嫌なの。」


 あぁ、ごまかされて忘れてなかったのか。


 空っぽになったお皿とティポット。


 ぜんぶ平らげたうえで聞かれたら、流石にもうごまかせない。


 ため息をついてちらり、目だけ動かしてミレハを見れば、くわ~っと欠伸をして、すでに寝てしまっているコタロウの上ですやすやと寝息を立て始めた。


「……なんで俺なんだか……」


「? 兄さま?」


「いや、何でもないよ。」


 やれやれ、と、立ち上がった俺は、フィランの前のあいた皿やカップを片付けながら、決心する。


「フィラン、ちょっと出かけよう。 もう少し動きやすい服に着替えておいで。」


「またそうやって話そらす! あのね、兄さま! 私は……」


「違うよ。」


 むっとした顔をしたフィランに、俺は眉を下げて笑う。


 エプロンを外し、先ほどまで座っていた椅子にそれを置いてからフィランの頭をなでる。


「花でも、持っていこうかな。」


 ちょっと吊り上がりそうになっていた大きなアメジストの瞳は大きく見開かれ、薄い水の膜に覆われた。


 ぎゅうっと両手を握り、俯く。


「……着替えてくる。」


 そう言って温室を出た彼女を見送り、俺は温室の中の、フィランの好みそうな花を身繕いながらミレハを見た。


 いつの間に目覚めたのか、此方を見ていたミレハは『クルルル』と、鳴いた。


「土塊のためじゃない。 ……このままじゃ先に進めないフィランのためだ。」


 低くそう言うと、もう一度鳴いたミレハに、溜息をついた。








 あんな思いをしてなお、人形に拘るフィランの気持ちを、唯一の肉親を失った俺は絶対に理解してやることは出来ない。


 あれのために何かをするのは絶対に無理だと、魂が拒絶をする。


 しかし。


 森を守り、死後は弄ばれ貶められ、理に戻る前にフィランを守ることを決め、伴侶としていた精霊を俺に託してくれた、優しく誇り高い末裔の子のためならば……花を手向けられる。


 俺は丁寧に、花を摘んだ。


*****補足*****


本編を書くべきでしょうが、『フィランの名前の変更』等、ご質問をいただきました。


本編はフィラン目線で動いているので、フィランが知らない事が書けません。(一部、状況設定も兼ねて俯瞰視点の回が出てきますが)


後日、ちゃんと出てくるのですが、フィランがいろいろと知るのはまだ先の事です。

が。読んでくださっている方が『???』となっている部分、大きくは『嘆きの洞窟』のあたり、フィランの知らないところでなにがあったのか、4人くらいの目線で書いていきます。



それと……フィランの名誉のために。

フィランは、『花樹人の誇り』までは映像を見ています。

なので、セディの抱える『セスの事』『ミゲトの事』はちゃんと理解しています。 セディに取ってアルフレッドが、憎むべき相手であることも、思い出したくもない相手であることもです。 そして、本当は彼に聞くべきことではないことも、ちゃんとわかっています。

そのうえで、彼女は相手をしたセディに『アル君はどうしたのか』と聞いています。 理由は信頼度の問題です。 セディとヒュパム以外は、みんなフィランに『事前説明』と『最終報告』のどっちもしてくれない人たちだからです。


彼女の中には『フィランには、誰も、なにも、最後まで教えてくれなかった』前提があります。

何ならまだ、大人たちは結構隠し事をしまくっています。

ついでに軟禁もしたし、成人までは里に縛り付けました。不信感バリバリです、ブチ切れないフィランエライ!(切れたけど)


一方、ヒュパムさんはちゃんと聞いています……だから取引は成立し『セスの相手』をしました。

この部分は、今回の閑話に出てきます。


このままだとフィランが本当にあほの子(本当にアラフォーか?)になってしまうので、補足です。



ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。

引き続き、お読みいただけると幸いです。


猫石

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