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2-010)幽閉塔の、残念な運命の恋人

 村の中心から、目的地に向かって歩くこと、約一時間。


 通常なら30分ほどで着くらしいのだけど、なにせお腹も減ってたし、途中、朝市が出ていて、美味しそうな匂いが漂っていたのが悪いと思う。


 だから、朝市で、シン(蜃)の網焼きを買ったり、クラーケンの親子焼き買ったり、あとは可愛いお店があったもんだから、愛しのフェリーチタちゃんへお土産を買ったりしたけれど、そのせいで! 遅れたわけでは! 決して! ないっ! (もぐもぐ。)


 というわけで、村の中心より外れた場所、中心地の家よりも、幾分頑丈だが質素なつくりの家が建ち並ぶ通りについた私たち。 そのまま騎士様に先導されて、ようやく到着しました。


「こちらになります。」


 連れてこられたのは、本当に一番北、城壁と一体化したような(挟んで反対側は海……なんだろうなぁ、波の音が聞こえるもん。)それはまさに……。


「……塔。」


「塔だな。」


 見上げてポカーンとする私と、背後から肯定する返事をかけてくれたラージュさん。


「こちらが、例の二人が幽閉されている塔になります。」


 そんな風にさらっと返されたけど、周りは普通に二階建てや一階建てのお屋敷なのに、ここだけ何故に塔。


「壁の物見の塔を一部改造して作った、ってところか?」


 その造りを観察していたラージュさんがそう言うと、騎士様は頷いた。


「その通りです。 こちらは元々リスポラの守護壁の物見の塔、兼、自警団と騎士団詰所でした。 しかし中ほど3階層は、各国要人の幽閉用に改築されております。 これなら、自警団員や騎士団員が絶えずおりますので、幽閉要人の脱走や、外部からの接触も防止できるだろうと、辺境伯閣下の提案で作られました。」


「ほうほう。」


 なるほどね。


 で、新卒の配膳係が誘惑されちゃったわけか。 本末転倒だなぁ……。


 なんて考えながら、騎士様に連れられて中に入った私とラージュさん。 そのまま、5,6,7階の幽閉層の内の、彼らが幽閉されている階層に向かいます。


 幽閉層には、簡単に逃げられないように転移門を付けていなくて、専用の階段で上がるのが決まりらしく、しかも、その階段は、騎士団の人たちから常に確認できるように、一面がガラスと金属の格子になっていた。


 賢いなぁ。


 でも誑し込まれちゃったんだ。


「で、例の二人は脱走を企てたことが?」


 騎士様、私、ラージュさんの順で階段を上がりながら、先頭を行く騎士様にそう聞いたラージュさん。 すると騎士様は首を振ってため息をついている。


「元王子の方はそのような気力もないようです。 しかし女の方は……。 要件まではわかりませんでしたが、外部と接触を取ろうとしたようです。」


「外部と、ねぇ。」


 ふぅん、と面白くもなさそう話していたラージュさんと騎士様が、突然、足を止める。


「……歌?」


 眉間を寄せたラージュさんに、騎士様が


「あの女の歌です。 毎日毎日こうして歌っているのです。 止めるように叱っても一向に止めず……。 誰も知る者のない歌なんですが……。 皆、この歌が、気分を逆なでされるようで、気味が悪い、と。」


 そう言いながら、本当に嫌そうに耳を押さえた騎士様と、舌打ちをするラージュさん。


 歌、ねぇ。


「おい、何をしている。」


「いや、進みたくないんでしょ? ……わかりますよ。」


 そんな二人を放っておいて、私は上に向かって足を進めると、重たげに足を進めるラージュさんが、私の手首を掴んだ。


「フィラン、待て。」


「でも、上りたくないでしょう? 二人とも顔色悪いですよ?」


 そう、二人とも真っ青だ。 普段、騎士様は大丈夫かな? と、心配になるレベル。


 直接の階段だし、声が近いからかもしれない。


「俺はまだ平気だ。」


 そういったラージュさんは、自分の前にいる騎士様を見る。


「お前は戻れ。」


「い、いえ、しかし……。」


 躊躇する騎士様。 ラージュさんを置いていくのに後ろ髪ひかれているんだろうけど、着いてくるのは無理がある。


「大丈夫だ。 2時間して俺たちが戻らなければ、これを鳴らしてくれ。」


 マントの内側についていた小さな魔導の鈴を騎士様に渡し下がらせたラージュさんに、私は溜息をついた。


「ラージュさんもやせ我慢は駄目ですよ? 私は御存じの通りのスキル持ちなんで、一人で行きます。」


「一人は駄目だ、基本は二人一組で行動だ。 で、その言い方をしたってことは、これが例の女のスキルってわけか?」


 ラージュさんの問いには実は、即答できない。 というか、引っかかる事があるのだ。


 腕を組んで首を傾げた私は、誰かが歌っている歌を聴きながら、考えていた。


「私には何も感じないので、たぶんそうかと。 あと、さっきまで騎士様がいたので言えなかったんですが、この歌を聞いたことあるんです。」


 私の言葉に、ニヤッと笑ったラージュさん。


「奇遇だな、俺もだ。」


 じゃあ、やっぱり。 と、顔を見合わせる。


「ラージュさんは、前世で観劇の趣味が?」


「いや。 だが、学校の文化集会とかいうやつで、オペラ歌手が来て、この曲を歌ってた。」


 狭い体育館では地獄だった、と彼は苦笑いする。


「……これを? 小学校でこれを聞かせるには重たすぎでは? まぁ私も、『お父さん~お父さん! 助けて、悪魔が来るよぉ~!』っていうの聞かされて、怖すぎて夜寝れませんでしたけどね。」


 いやぁ、お互い空来種だと、懐かしい話できるな。 と思いながら確信する。


「これは、遠く離れた異国の夫を待つ夫人の歌、ですね。」


「よく知ってるな。」


「……え? 知らないんですか?」


 すごく有名なんだけど、と聞き返すが。


「逆に、小学生の男子が、おとなしくオペラの解説なんか聞いていると思うか?」


 と、返された。


「そりゃそうですね。」


 ……ってことは、ラージュさんって、転生したときは小学生か中学生……? は? 若くない!? とびっくりしながらも、私は階段の先を見た。


「略奪ゆる股女がこの歌を歌うとか、許せん!」


 しかし進むには、ラージュさんを何とかしないとな。


 私はローブの前を開けると、腰につけていた小さな鞄を開けた。


 ちょっと手を突っ込むとあら不思議、手のひらサイズの鞄なのに、私の肘まで入ります。


 そう、とうとう完成したのです! 師匠の万物収納籠完成品(の試作品)。 弟子の私が一番最初にもらいました、役得!


 で、中から取り出したのは、澄んだ青い石のついたイヤリング。


「はい、これ付けてください。 一個しかなかったんで、騎士様を帰してもらえてよかったです。」


「これは?」


「……泣人魚族の喉仏のところにある石を削って作ったイヤリングです。 幻惑系の音は打ち消せます。 あ、効果は折り紙付きですよ! これを付けた兄さまが、ダラムさんに歌ってもらったけど、全然ピンシャンしてました!」


 ダラムさんとは、カーピスの里にいる、酒豪の泣人魚の一族の末裔さん……そう、先日の飲み会で生まれたままの格好で乾杯の音頭を取ってくれた魔人さんだ。 覚えてるかな?


 兄さまに実験に付き合ってもらったんだよね、本当に効くって、驚いてた。


「歌で魅了するなら、これが使えます!」


 ぐっとこぶしを握ってその効果を語ると、ものすごく嫌な顔をしたラージュさん。


「お前、バカラスに似て来たんじゃないか? しかも、どうやって作った。」


「……それは……乙女の秘密です。」


 てへっと笑った私に、心底勘弁してくれ、という顔を向けたラージュさんはそれでもイヤリングを手に取ると耳につけてくれた。


「すごいな、気持ち悪さがなくなった。」


「よかった。 では、行きましょう!」


 えい、えい、おー!


 と、わたしたちは意気込んで階段を上り始めた。








 で、すぐに到着した。 の、だが。


「誰よ、何なのよ、あんた。」


 部屋の前に着き、あらかじめ確認してあった鍵でその扉を開けると、視界に飛び込んできたのは、とっても頑丈そうな鉄格子と、その向こうの豪華なお部屋、そして……。


「貴女に会いに来たんですよ? アナベラさん。」


 目の前に立つ、私よりもちょっとぽっちゃりさんで、しかもそれを強調しちゃうような、プリンセスラインに、リボンとフリルを、これでもか! というほど、てんこ盛りにつけたピンクと白のワンピースを着た、例の令嬢……アナベラさん(元アナベラ・ガーベ子爵令嬢)が気持ちよさそうに歌を歌っていました。


 扉が開いたことで、獲物が来たと勘違いしたのでしょう。 勢いよく跳びついてきた彼女は、しかし、私の顔を見るなり、途端に不機嫌そうな顔になって、そこからの、上記のセリフです。


 お前は、挨拶も出来んのか?


 そんな気持ちをぐっと飲み込んで、私は丁寧に、叩き込まれたカーテシーをした。


「お初お目にかかります。 わたくし、ルクス公爵家からの使いで参りました。 フィラン・モルガンと申します。 アナベラさん。 貴女と、少しお話したくて参りました。」


「ルクス?」


 ぴくっと、鮮やかなピンク色の瞳を思いきり見開いて、彼女は目の前の鉄格子をガツン! と掴んだ。


「あんた! あの悪役令嬢の知り合いね! 出せ! ここから出しなさいよ! あの底意地悪い糞女! 私に負けた腹いせにこんなことしやがって! 絶対に許さない! ここから出たら、生きていけないくらいの辱めに遭わせてやるわ」


 これがテレビでよく見る安っぽい鉄格子なら、ガシャンガシャンと音がしたんだろうけれど、残念。 これ、かなりいい鉄格子ようで、彼女がガシガシやったくらいじゃ、びくともしない。


 っていうか……。


 目の前で、言葉通り地団駄踏んでる、脳内までドピンクな女を見る。


 こっちは相手が元とはいえ貴族の令嬢相手だから、と、礼を尽くした。 それなのに、この態度! そしてリーリに対する暴言! イラッてしちゃった。


「そうやってると、動物園の猿山のボス猿みたいですよ? 可愛いお洋服も、よくあるヒロインカラーのピンクの髪と瞳も台無しじゃないですか? ね、逆ざまぁヒロインの、アナベラさん。」


 にっこりと、兄さまとヒュパムさんから『男の子の前じゃ絶対やっちゃダメ!』と言われた極上ハニースマイルを繰り出してみると、甲高い奇声を上げて、さらに鉄格子を揺らそうとするアナベラさん。


 なんだか意味の分からないことを叫んでいるが、正直内容はどうだっていい。


 めちゃくちゃうるさい。


 私のせいだけど。


「あの、ちょっと落ち着いてお話できませんか?」


「誰が! あんたなんかと話すもんですかっ! 悪役令嬢のモブ友の分際で、ヒロインと話そうなんて百年早いのよ! 話す事なんてないもないわよ! 出ていきなさい!」


 なんて奇声を上げて、テンプレ通りの言葉を吐いて。


 ――ピシャ……ッ。


 あ。


 こっち側に向かって唾吐いた。


 全然飛ばなかったから、自分のスカートの裾にぺしゃってついてまた騒いでいるけれど……。


「……は?」


 どこの**自主規制**だよ、お前。


 これはお話にならないわと、おもむろに溜息をつくと、私の態度が気に入らなかったようで、さらにヒートアップしましたが……。


 よく見れば、ちょっと奥に、みすぼらしい雰囲気のぼろ雑巾……じゃないな、たぶん元王子が見えました。


 あ~、アナベラさんの奇声に頭抱えて、『この女のせいで』とか『こんなことなら』とか叫びながらうずくまっちゃってるよ。


 王子様、自業自得なのに人のせいにするんだ。


 この程度の王子様と自称ヒロインに……。


 リーリが負けた?


 本当にありえないんだけど。


 再び溜息一つ、それから腰の鞄から師匠からもらった杖を取り出すと、すっと、彼女の手の届かない距離に指し示す。


 ご機嫌底辺の私は、低く低く、それはもう、唸るように声を絞り出した。


「アンダイン……力を貸して。 スキル展開・水魔法――『氷の磔人形』。」


「ひっ! ぎ、ひぎゃぁぁ!」


 ふわっと、左の腕輪から飛び出した、此方もご機嫌底辺の水の子アンダイン、私の杖に触れると、彼女の足元から氷の棺がせりあがって、彼女をバクンと飲み込んだ。


 顔の表面だけ、残して。


 嫌だだの、冷たいだの、助けてだの、甲高い汚い声でわめく彼女の鼻先に、杖の先をぎりぎり、触れないところまで近づける。


「次、なんか余計なことを言ったら即、埋めてしまうかもしれませんよ? 質問にだけ、答えてください。」


「わ、わかったわ、だから、やめてっ!」


 頷くことができない彼女は、大きなピンクの瞳に涙をいっぱい溜めてそう言った。


 はぁ、これで静かに建設的な話が出来る。 と、安心した時だった。


 奥でうずくまっていた元王子が、顔を上げて私を見て……走ってきた。


「君!」


 鉄格子に思いきりしがみついて、私に手を伸ばしてくるのは……ねぇ、本当に、元王子だよね?


 品がなさすぎない? と思っていたら、


「君が僕を助けてくれるんだね! 僕はイジェルラ国の第二王子タイルアル! タイルアル・フオグオイヌリ・イジェルラだ! 君こそ僕の運命の人なんだ! さぁ、ここから僕をだし……っ!」


 残念なくらい、品のない言葉をお叫び遊ばされました。 この人も氷漬けにしてもいいかな?


 と思っていると、バサバサっと、乾いた音と、はらはらと床に落ちる……髪の毛?


「見苦しいぞ、糞ガキが。」


 見れば、コバルトブルーの前髪が根元から、床に落ちたのと同時に、彼は床を濡らし、その上に座り込んだ。


「自業自得で王籍から除籍された身でありながら、反省もできず、なおも己の身勝手な思い込みで、俺のフィランに愛を囁くか。 恥を知れ。 髪だけでなく首も落としてやろうか。」


 わお、過激派。 


 いつの間にか私の後ろに現われた、不機嫌マックスのラージュさん。 たぶん檻の中の二人にだけ『獅子王の咆哮』をぶちかましちゃったであろう。 落ち武者ヘアーになっちゃった王子様にドスの利いた声で言い放ったんだけど……。


「う~ん、多分、聞こえてませんよ?」


 元王子様は、自分の粗相の上に座り込んで失神してるし、氷で磔になったアナベラさんも……


 目の前で手をひらひらさせてみるが、すっかり白目を剥いている。


「あ~あ、どうするんですか。 目が覚めるまで話し出来ないじゃないですか。 ラージュさんは一体どこの過激派ですか。 いいよって言うまで出てこないでって約束したじゃないですか。」


 とりあえずそう責めてみると、いつもの調子に戻ったラージュさんはふん! と軽く顎を上げた。


「お前だって人の事言えるか? なんで早々に女の方、氷漬けにしてるんだよ。」


「リーリの悪口言ったからです。」


「じゃあ俺は、フィランに汚い手で触ろうとしたから、だな。」


 お互いが、引くに引けずいた時、だった。




『どっちもどっちなんじゃない?』




 私たちの真ん中で、水の子アンダインが、くるんと一回転して笑った。

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