2-004)フィールドワークと天使の寝顔。
「トーマめぇぇぇぇ! なんでこんな日に会議を入れたのよぉぉぉ! 本当に許さないんだからぁ!」
「まぁまぁ、トーマさんだって忙しいんですよ、ほら、お時間ですよ、行かないと遅れちゃいますよ……? 兄さまももう出ましたし……。」
「お兄さんは! どうだっていいのよ! せっかくフィランちゃんとのお休みだったのに!」
兄さま、どうでもいいって言われちゃったよ……? と思いながら、激おこぷんぷんのヒュパムさんに鞄と外套を渡す。
「まぁまぁ、緊急会議って知らせでしたし、ね?」
「ろくでもない会議だったら、ぶっ飛ばすわ!」
おぉ、不穏、ヒュパムさんが珍しく不穏です!
おはようございます。
最初は美少女とか嬉しかったけど、周囲の人の顔面偏差値がどうにもこうにも高すぎて外見的自己肯定感低めになってきたとかフィラン・モルガン、もうすぐ16歳です!
ただいま、珍しく仕事に行くのをごねて叫んでいるヒュパムさんを、ラージュさんのお義父さんである一つ目巨人族のファルアさんが所有している飛行騎獣・天鯱(地球のシャチそっくりなんだけど、向こうでは黒い部分が空を移したような澄んだ青空なんだよ! 素敵!)に無理やり乗せています。
「そもそも会議なんて今日じゃなくたっていいじゃない! なんてことしてくれてるのよ!」
う~ん、それたぶん突然引退して人生謳歌し始めちゃった元上司への嫌がらせだと思います。 黙っておきますけど……と思いながらもどうどう、と、ヒュパムさんを宥めます。
「そうしても今日必要な会議だったんですよ、ほら、なかなかイジェルラまでくるの大変ですからね? 会議遅れると帰るのも遅れるから出発しましょう?」
「……せっかく、せっかくフィランちゃんとゆっくり過ごして、ごちそうも作るつもりだったのに……」
う~ん、それは私も残念だな、と思いながらよしよし、と、背中をなでなでして珍しく私の作ったお弁当を渡す。
「はい、フィラン特製のお好み焼きですよ、いってらっしゃい!」
「うぅ、行ってきます。 早く帰ってくるわ、待っててね!」
もし緊急性の低い会議だったら絶対トーマには新作お菓子の全ての試食をさせてやるわ! と言いながら、手綱を握り、上空に上がったヒュパムさんと天鯱。
私の上で大きく手を振って「いってくるわねぇぇぇぇ!」と叫ぶと、急旋回して王都の方へ急発進していった。
「……あれ、ジェット機だったっけ……?」
首をかしげながら見えなくなるまで手を振ると、私は腕まくりをした。
「よぉし、畑仕事頑張ろう!」
今日は私はアカデミーお休み!
そして! 今日はラージュさんたちが遠征から帰ってくる日です!
いや、正直なところ、ラージュさんが帰ってくるのは本当にどうでもいいの! まだ前回の件でいろいろと教えてもらってないことが多すぎて怒ってるからね?
前世は執念深いと有名な蛇年の女だったからしっかり粘着するよ、私。
いや、それはさておき。
ラージュさんはすごく昔に空来種として空から落っこちて、この隠れ里の人に拾われたところから始まって、農耕スキルで里にもたらした繁栄や、肥沃な土地を奪おうと攻めてくる周辺諸国の馬鹿を退け続けた結果、ルフォート・フォーマの皇帝になっちゃって、その間も、その後も、それから今も現在進行形でこの里を守り続けている人だからカーピスの里の人にとっては、ラージュさんはとっても特別な人なのだそうです(そりゃそうだ)。
だから遠征から帰ってくると『今回も無事におかえりなさいっ!』の盛大な酒盛りが開催される。
この酒盛り、里の皆が競うように大量に作る滅茶苦茶美味しい料理がいっぱい出るし、ラージュさんと一緒に出たアケロス師匠とロギィさんがいつもお土産買ってきてくれるし、それ以上に今回は! あれ以来ぶりに再会できる人が来るのがっ!
私はっ!
それが!
非常にっ!
楽しみなのっ!
ぐっと、大根の様な野菜の葉っぱと根っこの部分の境目のところを両手でむんずっと掴んで腰に力を入れた。
「よっとぉっ!」
ズパンッ!
大根と蕪の中間のようなでっかい薬草の根っこを力いっぱい引っこ抜くと、大物! やったねぇ! と5精霊たちが一緒に大喜びしてくれる。
「今晩は御馳走だからめいっぱい体動かしておかないね~! ヒュパムさんのお料理がないのは残念だけどぉ~、お仕事だからぁ仕方ないぃ~。 兄さまのご飯はあるから大丈夫~!」
夜の酒盛りを思いきり楽しむために、思いっきり畑仕事に精を出す。
薬草豊作嬉しいなの歌(自作)をアレンジしながら歌いながら、収穫物をばんばん籠に入れて次の獲物……もとい薬草に向かう。
「今日の晩御飯は楽しみだっ!」
ぬん! と気合を入れて、一晩放置でとんでもなく増えすぎたドクダミントをザックザックと手あたり次第切り取って籠に入れる。
『フィラン~、でっかいの、乾燥したよぉ~』
「ありがとう。 そしたらこっちも乾燥させてく~ださい。 で、今日の薬草摘みは終わったから、シルフィード、アンダインで一緒にお庭に水を撒いていいよぉ~。」
『はぁい!』
『まかしてぇ~』
「お願いね! では、グノームとエーンートとサラマンドラは野菜の収穫に行くからついてきてぇ~。」
『『『はぁ~い。』』』
ふわふわ~ふよふよ~っと空を漂いながらついてきてくれる3精霊と一緒に、我が家と一緒に移転してきた薬草畑とは別、里の人が薬草畑の隣に用意してくれた野菜用の畑に歩きながら向かう。
「相変わらず、コタロウとミレハはよく寝るねぇ……。」
途中、薬草畑と野菜畑のちょうど間のところに積み上げた藁山を半分につぶした状態で真ん丸になって寝ているコタロウの真ん中で寝ているミレハに笑いながら、緑わさわさの野菜畑に入ると、畑の中にあるコンロー(トウモロコシみたいなやつ)や、ズッキーニに似た野菜、トマトに似た野菜などをどんどん取っていく。
「いや~、みんないい太りっぷりだね、体張ったかいがあったね! 特にこのズッキーニとトマト!」
ちょんちょんと、鋏で野菜を切り取っていくのだが、このズッキーニとトマト、里から少し離れていたところで元気に自生しまくっていたものを見つけてとりあえず一株ずつ持って帰ってきたものだ。
知識の泉でもまだ未登録だったこの野菜、絶対ズッキーニとトマトだと確信した私は、私の最強スキル『無病息災(笑)』と『状態異常無効化』を利用してとりあえずバター焼きにして食べてみた。
毒があっても何しても、ステータス異常にはならないからね!
そしてやっぱりとても美味しかった!
ありがとう、世界!
ありがとう、未発見お野菜!
ただ、私だけの人体実験だと食卓に乗せていいものか悩んじゃうから(食中毒にもならないの)ついでにラージュさんにもしれっと内緒で食べさせてみた(腹いせに)。
何か起こるかな? と思ったけど、普通にうまいうまいと食べていたので、安全だと確認の上、こうして畑で育てているわけです!
里の皆にも好評だし、ヒュパムさんは商会を通じて自社の外食店に少しだけ卸しているけれど、いい感じに料理人さんにもお客様にも人気らしいので、このまま増産できるか考えてるみたいなので、ぜひ名前はトマトとズッキーニにする! 名前違うの面倒くさい!
まぁそれは置いといて、美味しいものはみんなで分かち合いたい! と、こうして収穫中なのです。
「ま、今摘んでいる分は、私と私の天使ちゃんの胃袋に入る分だけどな!」
納品用は昨日のうちに収穫を終えているから、今日取ってるのは我が家の分! と、ご機嫌で野菜を刈り取っていると、私の名前を呼ぶ声に手を止めた。
「頑張っているわね、フィランちゃん」
「ルナークさん! なんていいところにっ!」
声を掛けられて顔を上げると、私のおうちのおとなりの元ルフォート・フォーマ皇妃ルナックさまこと現在は治療院『ぐる~みんぐ』の店主ルナック・マッスルさんが裏口から出てきて私に手を振ってくれた。
あ、そうそう、この野菜畑、ルナークさんの家の裏です。
我が家の家の裏は薬草畑、ルナークさんの家の裏は野菜畑なのです。
「これ! あげます~!」
今が食べ時の完熟野菜を入れた籠をそのままルナークさんに渡すと、あらあらまぁまぁ、と嬉しそうに受け取ってくれる。
「立派なお野菜ねぇ~! でもこんなにたくさんもらってもいいの?」
「いいんです! で、作ってください! くたくたお野菜とベーコンのミルクスープ! 私と! フェリアちゃんの超大好物っ!」
「あらあら、そっちが本命だったのね。」
そう言って笑っている皇妃だったルナークさんはめちゃくちゃ料理上手なので、こうして収穫したものをお返し目的で渡すのがもう習慣になってます。
「そうね、今日はラージュ達も戻ってくるし今から煮込めばちょうどいいわね。 じゃあ、お料理している間、フェリーチタを見ててくれる?」
にっこり笑ってそう言ってきたルナークさんに、私は大きく頷いた。
「よろこんでぇ! すぐ着替えていきますね! みんな~! 畑仕事、キリの良いところでおしまいにします! 後片付けダッシュでやるよぉ!」
『『『『『はぁ~い!』』』』』
5精霊を呼びかけて、収穫した薬草や野菜を定位置に置き、服の泥をシルフィードに飛ばしてもらうと、おうちに戻って手洗いうがいをして服を着替えてからルナーク様のおうちへ急ぐと、治療院側の玄関を通って中に入り、勝手知ったるお隣の家、そのまま二人のいるであろう台所まで直行した。
「フェリアたぁん!」
目の前には、お座りしている天使ちゃん!
私は両手を広げて近づいた。
「フィ! フィ!」
「フィ~ですよぉ!」
お座りして、抱っこ! と腕のばしてくれるフェリーチタちゃんをいきおいのまま抱っこすると、ぐるぐる~っと2、3回その場で回転する。
すると満面の笑顔できゃっきゃと喜んでくれるフェリーチタちゃん! まじ天使! 可愛い!
「あら、ご機嫌ね、フェリア。 じゃあフィランちゃんといい子にしていてね。」
「はい!」
「あい!」
なんて穏やかなやり取りの後は、私の、私による、私とフェリーチタちゃんのためだけの、溺愛タイムですよ、まじ天使、フェリアちゃん最高!
たぶんイセカイテンセイか空来種かどっちかはわからないけど、確実に転生人が持ち込んだであろう、某お人形遊びや、様々な知育玩具を駆使しながらひたすらにフェリーチタちゃんを喜ばせるために遊ぶ。
わたしは今、天使様に遊んでいただいているのです! と変なテンションでひたすらに遊んでいると、フェリーチタちゃんは一時間したあたりで、うとうとし始めた。
「もうおねむかぁ。 寂しいけどしょうがない、赤ちゃんは寝るのも大事なお仕事ですからね。 じゃあ抱っこしようね。」
うとうとしているフェリーチタちゃんを抱っこしてゆらゆら体を揺らしながら背中をトントンとしていると、彼女はすぐに眠りについてしまった。
ふわふわサラサラの朝日のように鮮やかな髪に、瞼の奥に消えてしまった夜明けの青い瞳。
ふと、ビオラネッタ様を思い出した。
――フィラン様。
花が綻ぶあの笑顔が、脳裏に浮かぶ。
じわっと目頭が熱くなって、ぎゅ~っときつくならない程度にフェリーチタちゃんを抱きしめる。
「……今、幸せですか……?」
すよすよと整った寝息を立てる赤ちゃんに、私はつい、つぶやいた。
「きっと幸せよ。」
「ルナークさん。」
「あらあら、すっかり寝ちゃったわね。 フェリアはフィランちゃんと仲良しねぇ。」
にっこり笑いながら、すっかり寝てしまったフェリーチタちゃんを私から受け取ったルナック様は、そのままベビーベッドに彼女を横にして少しむずがゆがった彼女の背中をとんとん、として寝かしつけてから優しく笑った。
「こうやって里の人みんなに愛されて、毎日誰かに自分の名前を呼んでもらって、可愛いって言われて、抱っこしてもらっているんですもの。」
ほっぺをつんつんしていたルナーク様の指をぎゅっと手を握り、眠ったままふにゃっと笑ったフェリーチタちゃんの笑顔に、じわじわっと涙があふれてくるのを拭った。
「そうですね。 うん、幸せ!」
「えぇ、そうじゃなきゃだめなのよ。」
うふふっと笑ったルナークさんは、それはそうと、と天井近くに掛かっている大きな時計を指さした。
「そろそろお馬鹿たちが帰ってくる時間よ。 宴の用意は里の大人たちがやっているから、フィランちゃんは上でお出迎えしてあげて頂戴。」
時計を見れば、確かにあの人たちが帰ってくるよと事前に連絡をしていた時間。
「そうですね、いってきます! コタロウ、乗せて~。 ミレハ、いくよ!」
私はそのまま裏口から外に出ると、いまだお昼寝場所で寝ていたコタロウとミレハに声をかける。
「あはは、でっかいあくび。」
すぐに目を上げて大きな背伸びをしたコタロウに鞍もつけずに飛び乗ると、ミレハも抱っこして、私達は上空に上がる。
西の方で、太陽が沈んでいくのがわかる。
「寒いから早く帰ってきてくれないかなぁ。」
上着を持ってくるのを忘れたことに公開しながら、コタロウにのって隠れ里『カーピス』の上空で旋回を繰り返すこと5分くらい。
ぴくっと、私と一緒にコタロウに乗っていたミレハが動いた。
「ミレハ?」
ミレハが見ている先を見ると、太陽とは反対の方角に光る影を見つけた。
「おおぉぉーーーーい! フィラン、ただいまぁ!」
「おかえりなさいぃぃ!」
雲一つない青い空の向こうから、空中を疾走してくる4頭の合成獣にまたがっている4人に向かって私は力いっぱい手を振った。