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2-002)観劇許可と、3人の食卓

「放課後に観劇?」


「はい。」


 木のスプーンで温かいスープを口に運びながら頷く私に、目の前に座って優雅にパンをちぎっていたヒュパムさんは手を止めた。


 学校で誘われた観劇に放課後に行ってもいいですか? とただ聞いただけなのだが、いいわよ、と言ってくれると思っていたヒュパムさんがちょっと複雑な顔をしているのが引っ掛かった。


「えっと、駄目ですか?」


「絶対に駄目ではないのだけれども……ちなみに何の舞台を見るのか聞いてもいいかしら?」


 なんだっけな? 実はあんまり興味がないからよく聞いてなかったんだけど。


「たしかこの国の中で一番流行っていて長くやっているやつって聞いたような……。」


 あぁ、と、ヒュパムさんは頷いた。


「それなら『花と鳥の純恋歌』ね。」


「あぁ、なんかそんな題名だったような気がします。」


 うんうんとうなずくと、ますます難しい顔になったヒュパムさん。


「フィランちゃんは、それにはどうしても行きたいのかしら?」


 と、やや真剣な顔で聞いてきて私はちょっとびっくりした。


「あ~、いや……どうしても行きたいのかって聞かれたら正直あんまり興味はないんですけど、ベゴラ……クラスメイトがいま流行の最先端だからどうしても行きたいようでチケット代は出すから一緒に行ってほしいって誘われたんです。」


「その言い方は……まぁフィランちゃんらしいというか。 そうね、確かにもう少し流行は知っていたほうがいい気もするけれど。 ちなみに、フィランちゃんはその演目がどんなお話か知っている?」


 もぐもぐしていたご飯を飲み込んで、ヒュパムさんの問いに首をかしげる。


「いや、全然。 友達からの事前情報の『ものすごく素敵な衣装や小物が出たり、男を落とす玉の輿テクニック? が勉強できる』っていうことくらいしか。 でも、ものすごく人気の舞台なんですよね?」


「確かにそうなんだけど、またずいぶん偏った情報なのね。 それにしても演目がそれなのね。」


 唐揚げ状態のバシリスクを手に取りながら聞くと、まだ渋っているヒュパムさん。


 見聞を広げることはとてもいいことよ、といつもなら言っているのに珍しい。


「観劇は行っちゃ駄目な感じですか? まだ私には早いですかね?」


 まあ、大人の嗜みってイメージだもんなぁと思っていると、首を振ったヒュパムさん。


「いえ、違うのよ。 観劇からは学ぶことが多いし賛成なの。 ただ時期と、やっている劇団が問題なの。 ちなみに誘ってくれたお友達と、一緒に行くお友達の家名、聞いてもいいかしら?」


「ベゴラ・フーシャ嬢とリンチェ・ルクス嬢ですけど?」


「フーシャ家にルクス家……ね。 なるほど。 じゃあ明日、お友達にちゃんと聞いてみなさいな。『ご両親の許可をもらった?』 って。」


「え? いや、ベゴラは親は忙しくて言えないからってことで私たちが付いていくことになったんですけど。」


「では我が家は、一緒に行くお友達が今回の観劇に際し、ちゃんと親御さんの許可をとることを条件にするわ。」


 両手でパンをちぎりながら、にっこりと笑ってそう言ったヒュパムさんにわたしは首を傾げた。


「保護者と一緒に行くってことですか?」


 流石にそれは野暮じゃない? と思いながら聞くと、そうじゃないわと笑うヒュパムさん。


「成人前の貴族のお嬢さんたちと一緒なのでしょう? だから、お友達がご両親から『子供たちだけで行ってもいいよ』と許可をくれたらいってもいいといったのよ。 もちろん、フィランちゃんもよ? 私と、もう一人の保護者の許可が必要よ。」


 にこにこしながら果実酒に口を付けながらそういったヒュパムさんに首をかしげる。


「今までなら『いいわよ~』ってすぐ行ってくれてませんでした?」


「そうだけれども、モノによるのよ? ちなみに、今のお話だと観劇の代金はお友達が出してくれるみたいだけれども、フィランちゃんは観劇の相場って知っている?」


「行ったことがないから全然わからないですけど…… (前世的な感覚だと) えっと、大銀貨1枚から5枚くらいでしょうか?」


「そうね、一階席の前方ならそれくらいね。 でもそのお友達、貴族だったわよね?」


「たぶん……爵位は教えてもらってませんけど。 観劇に貴族とか貴族じゃないとか関係ありますか?」


「あるわよ、もちろん。 身分的に考えれば警備や護衛が必要でしょう? 観劇なんて見ている方は無防備になってしまうから警備は必要よ。 しかも女の子3人だけなんて危ないわ。 そうなると用意されるのは多分、個室席ね。」


「個室席?」


 ってなんだっけ……? と、考えているとフフッと笑ったヒュパムさん。


「フィランちゃんは観劇初めてでしょう? 個室席っていうのはね、簡単に言うと完全個室の超特別室のことよ。 サービスも充実していて軽食が出たりいろいろとあるのよね。 まぁ、そんなことまでしてくれるその特別なチケット代なんだけど、きっと3人で金貨5枚から8枚くらいになるかもしれないわね。」


「え……?」


 じっと私を見る目が笑ってないのが本当に怖いですが、さらっと口に出した金額もマジ怖い。


 頭の中でざっと考えるのだけど、たしか大銀貨一枚で1万くらいくらいでしょ? 金貨はその10倍だったよね?


「15歳が気軽に奢るわよぉって言っていい金額ではないのでは……?」


「そうよね、高額よね。 フィランちゃんのお小遣い3か月分以上だものね。 だから、親御さんの許可を私は言ったのよ。」


 そりゃそうだ! 許可が必要だよ!


「明日、ちゃんと話してみます!」


「そうね、そうしたほうがいいわね。」


 にこにこにっこり、とってもいい笑顔でバシリスクの唐揚げを私のお皿に乗せてくれたヒュパムさん。


 そこに、チリリン、と鈴がなって玄関が開いた音と、それからこちらに向かってくる足音。


 水場への扉が開くと、のぞくのは赤い髪と疲れ切ったお顔。


「ただいま。」


「兄さま、おかえりなさ~い!」


「いらっしゃい、お兄さん。」


 ローブをはぎ取りながら水場に入ってきたのは、兄さまことセンダントディ・イトラことセディ兄さまで、たぶん鞄とかは玄関先に放って来たんだろうなぁと思いながら立ち上がる。


「今日は早かったね、今ご飯の準備するね。 今日はね~バシリスクの唐揚げに卵とコンローのスープなんだよ! 超美味しいの!」


 お皿やカトラリーを出しながらそういうと、スープを暖めだしてくれたヒュパムさんに、ね、と目配せをする。


 そうするとにっこり笑ってくれるヒュパムさん。


 右手にヒュパムさん、左手に兄さま……イケメンパラダイス、供給過多!


 ちょっと真ん中に入っている自分がめちゃくちゃ邪魔なんだけど、それでもこの眺め、最高!


「お兄さんは相変わらず忙しそうね。」


 それを聞いてふふふっと笑う私が渡したお皿にスープを注ぎながら、同じくふふっと笑うヒュパムさん。


「「だってアカデミーの先生だもんね~。 しかも薬草学の!」」


 ハモッた!


 ハモッタハモッタ~と喜ぶ私たちを、渋い顔でちらっと見た兄さま。


 深い溜息、または来ましたよ~。


 心底嫌って顔してる~。


 と、くすくす笑っていると、ぽふ! と、私の頭に手を乗せた兄さま。


「わかっているとは思うけど、兄様だって先生なんか好きでやっているわけではないぞ。 ラージュ達と冒険者にならないならフィランの学校の教師をやれと言われたからだって何度も言ってるじゃないか。 まぁ今日は授業は2コマしかなかったから、試験問題の用意と薬草園の管理をするだけだったしそれほどは疲れていないけど。」


 ぽんぽんとそのまま2つ撫でてから、はぁ、と深い溜息をつきながらスープをお皿に入れたりする私の横で手洗いうがいをして手布で口元を拭う兄さま。


「でもでも、女の子の生徒からキャーキャー言われるし、楽しくない?」


「それに関しては後でお説教だからね、フィラン。」


「は! 藪蛇だった!」


 冷やかされてるの茶化したら完全に藪蛇だった! 大失敗! と顔をしかめて話を変える。


「でもじゃあ、ラージュ陛下……じゃなくてラージュさんの言うとおり、冒険者になった方が楽だったのでは? 『水晶の檻』でしたっけ? ラージュさんの旅団の名前。」


「そうだな。」


 あ、ちなみに皇帝じゃなくなったからっていう理由で、ラージュさんって呼ばされてるんだけど、最初は「陛下じゃなくなったんだし、同じ空来種なんだから、兄だと思って慕ってほしいからラージュ兄さんと呼んでくれ」って言われた時には断固拒否った。


 これ以上兄さま増やしてたまるかっての。


 わたしの! 兄さまは! セディ兄さまだけ! ヒュパムさんも『さん』に戻したからね!


「さぁさ、ご飯食べちゃいましょう? 冷めちゃうわよぉ。 ご飯は暖かいうちに食べろ! よ!」


「はぁい。」


 ヒュパムさんの声に私も兄さまも、もちろんヒュパムさんも席に座り、食事再開。


 わたしからサラダと唐揚げの乗ったお皿を受け取る兄さまは、テーブルの籠に入ったパンを掴みながら再度溜息をついたところでヒュパムさんはそういえば、と私とセディ兄さまをみた。


「そういえば『水晶の檻』の話、今日、店に来た冒険者が話しているのを聞いていたのだけれど、いろいろ規格外って話題よ。 今回は新しいダンジョンの発見したみたい。 明日詳しい話を聞けると思うけど、そのせいもあって入団希望者も後を絶たないって聞いたわ。」


「明日帰ってくるのか。」


「今日連絡があったそうよ。」


 にこにこと話をしてる二人だが、みんなすごいなぁ、と果実水を飲みながら思う。


「Aランク以上の結構ハードなクエストしか受けないって公表しているのに、入団希望なんているんですね。」


「もちろんよ。 クエスト内容はともかく、団員に憧れて入りたいとか、一攫千金や、冒険者として名をあげたいって人もいるのではないかしら。 現在の団員はかなり少ないけれど、その顔触れを見ればねぇ。」


「はぁ……。」


 そんなもんか~と思いながら聞いている私に、もう、自覚がないんだから、と笑うヒュパムさん。


「団長が元ルフォートフォーマ皇帝陛下で、副団長が同じく元ルフォートフォーマの将軍だったロギィ様に、筆頭宮廷魔術師だったアケロウス様。 それから、嘆きの洞窟の魔物の強襲からみごと生き残り復活を果たしたウィンドール辺境伯家に婿入り予定のマーカス君。 ね、これれだけでも話題になるわよ。」


 ほぅほぅ、そんなもんか。


「そこに兄さまの名前もあるんでしょ?」


「……まぁ一応は。 しかしそれを言うならフィランとヒュパムさんの名前だって連ねられているじゃないか。」


 あきれ顔の兄様に、あら? と笑うヒュパムさん。


「わたしは旅団の支援・運営管理としてしか名を連ねていないわよ? それに……。」


 唐揚げにかぶりついていた私の顔を見て、ヒュパムさんは困ったように笑った。


「フィランちゃんは名を連ねていると言っても、『ソロビー・フィラン』じゃなくて『フィラン・モルガン』だしね。」


 あぁ、と頷く。


「まぁ……いろいろと身を隠すにはとりあえずの名称変更はしょうがないですね。」


「しょうがなくはないだろう? しかも……。」


 その言葉にものすご~く嫌そうな、苦い顔になって、テーブルの下でお肉くれって私に甘えているチビ竜のミレハを見ている兄さまに、困った私はへらへら~っと笑うしかなかった。

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