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1-110) 一から始めるスローライフ!

 ちゅん


 ちゅんちゅん


 ちゅんちゅんちゅん


 ヂューーーーイ!


 ヂュイヂュイヂヂヂッ!








「……んむぅ、うっさい……」


 可愛いはずであろう小鳥が、何故かハチャメチャに爆音で鳴き喚き、そのせいで目が覚めた私が観念して目を開ければ、部屋は明るくなり始めていた。


「うぇ……もう朝かぁ、……うん、起きる……」


 う~ん、と、お気に入りの可愛いベッドの上、上体を起こすと力いっぱい大きく背伸びをした。


 朝です。


 大変良い朝であります。


 うん、おはよう。


 毎日こうして、お日様と連動する小鳥の鳴き声で目が覚めたら、壁にかけてある作業用のお洋服に着替えて、アルムヘイムに怒られないように髪の毛をきれいにまとめてから、1階の台所の水道で顔を洗う。


『『『『『おはよう! フィラン!』』』』』


「はい、おはよぉ~。」


 裏の扉から薬草を育てている畑に出ると、可愛く幼い5精霊がすでに畑仕事を始めていた。


 前ほど朝が苦手じゃなくなった私は、そのまま元気にみんなと畑仕事を始める。


 水遣り、肥料や土の調整などはみんなにおまかせして、庭仕事用エプロンからポーション瓶に霧吹きをくっつけたものを取りだすと、嫌な予感のする薬草の下でしゃがみ込む。


「いざ! 害虫退散! くらえぇぇぇ!」


 そう叫ぶと、害虫がみっしりグッモーニンしている薬草に、しつこくしつこくシュッシュと霧吹きをして言葉通り害虫退治をしていくのだが、そうすると真似するように庭仕事には向かない精霊たちがあっちこっちで私の名前を呼び出す。


『フィランこっち! こっちもすごいよぉ!』


『こっちにもいるよう!』


「ちょっと待って、ここが終わったら行くから!」


 葉っぱと花にはかけないように丁寧に霧吹きをしていき、それが終わったら今度は重ねてあった収穫用の籠を抱えて薬草摘みを開始する。


『フィラン、この蕾、今1番最高!』


『こっちもいい感じ!』


「声掛けはいいから摘んどいてー! ご褒美あるよぉ。」


『『はぁ~い!』』


 皆と和やかに会話をしつつ、ブチブチと、指の先を緑色に染めながら頑張って収穫を続ける。


 そう、時間を忘れて、無心に、ひたすらにっ!


 だから、家の中から自分呼ぶ声なんて全く聞こえなかった。


「フィランちゃんってばっ! もう、ご飯よっ! 早くなさい!」


 突然首根っこを掴まれ、そう耳元で叫ばれてやっとこ気づいたくらいには集中してた。


「ヒュパムさん?! えっ! もうそんな時間!?」


 目の前にいるヒュパムさんに御免なさい、と言うと、しょうがないわね、と笑いながら手を放してヒュパムさんはところどころに放置した籠を回収しながらおうちの方へ向かっていく。


「早く朝ご飯を食べて、アカデミーに行く準備をしないと遅刻するわよ。 これはいつものところに置いておくから、早くしなさい。 うがい手洗いも忘れずにね。」


「はぁ~い。  じゃあみんな、後はいつも通りよろしくね!」


『『『『『はぁ~い、いってらっしゃぁい!』』』』』


 慌てて収穫用の籠を日陰に置いて、後のお願いすると、畑のあちこちで応じてくれる声。


 そんな彼らに手を振りながら、庭仕事用エプロンの土を払って外のフックに引っ掛けて、土を払って家の中に入ると、まずはうがい手洗い。


 で、鮮やかな黄色の花金鳳花が一輪飾られたテーブルに着くと、そのタイミングで私の目の前に温かいハチミツミルク、野菜とベーコンのサンドイッチ、野菜のスープとカット果物サラダが次々と並べられた。


「おいしそぉ~。」


「もちろんよ、愛情たっぷりだもの。 先に食べ始めなさい。」


 にこっと笑ってそう言ったヒュパムさんに頷くと、いただきますのご挨拶。


「いただきまぁす!」


「どうぞ召し上がれ。」


 手をパン! と合わせてから、まずはサンドイッチにかぶりつく。


 ん~、美味しい! どれもこれも最高!


 と、もぐもぐ食べながらふと横を見ると、私たちのテーブルの隣では、こんがりお肉をまぐまぐと食べるミレハと、マグロか? みたいな巨大な魚をバリバリと食べているコタロウ……え? 頭ごと? それ焼いてあるの? いや、ワイルドだぁ~。


「あ、こっちはお弁当よ。 今日はリクエスト通りミートパイにしたわ。 お昼を楽しみにしててね。」


「わぁい! ありがとうございます!」


 本日の朝からばっちり身支度を整えた美しすぎるヒュパムさんは、お弁当を置き、エプロンを外しながら席に着く。


 お弁当も最高に美味しいんだろうな、なんて想像しながらお礼を言うと嬉しそうに笑ってくれた。


 ちなみに、この朝ごはんもヒュパムさん作!


 美味しい!


 美しい!


 最高!


 と、美味しいを堪能していると私に声が掛けられた。


「フィランちゃん、今日はアカデミーは5時限目まででしょう? その後は?」


「特に予定はないです。 ヒュパムさんは今日は?」


「私は支店の商品開発部に顔を出すだけなんだけど……そうね、じゃあ、支店で時間を潰してからアカデミーまでお迎えに行くわ、一緒に帰りましょう?」


「え? 今日は忙しくないんですか? 支店に顔を出すんですよね?」


「書類の確認を頼まれているだけなのよ。 あぁ、名誉会長っていいわねぇ! 部下を叱咤激励するのが仕事だもの。」


 紅茶を片手に、本っ当に! 素敵な笑顔でそう言い切ったヒュパムさん。


 本当はもっとバリバリ仕事している方がいいんだろうけれど、う~ん、トーマさんご愁傷さまです。


 会うたびに痩せていっている元・ヒュパムさんの秘書で、現在コルトサニア商会会長のトーマさんのお顔を思い浮かべて心の中で合掌すると、そのまま楽しくお話をしてご飯を食べ終えた私。


「洗い物はしておくから、学校の準備しなさいな。」


「はぁ~い。」


 自分の分のお皿を流しに置き、お言葉に甘えてそのまま部屋に戻ると、可愛いカナリア色のワンピースタイプの制服に着替える。


 う~ん、可愛いけどめっちゃ派手!


 くるっと鏡の前で自分の姿を確認し、傍に置いていた鞄を持って下に戻ると、昔は『猫の手』店舗、現在オープンリビングとして使っている場所には、すでに後片付けを終えて外出の用意を終えたヒュパムさんが待ってくれていた。


 今日は美しい濃紺のスーツですよ! 地球の! 細身の! 私が「イケメンには細身のスリーピーススーツ! 美しいシャツとネクタイとタイピンも必要!」 と力説して開発していただいた素敵なお洋服!


「わぉ、今日も素敵です~!」


 濃紺にぱっと見は気が付かないほど細い銀糸のピンストライプが最高! ちなみにヒュパムさんだけが着ていて、お店では売っていません。生半可な人にはこの美しさは似合いませんからね、悪しからず!


 なんて思いながらニコニコとヒュパムさんを観察していると、どうやら私も観察されていたようで、ヒュパムさんから、ちょっとこっちにいらっしゃい、と呼ばれちゃった。


「フィランちゃんも最高に可愛いわよ。 でもここのリボンがすこし傾いているわ。 ちゃんと気を付けて。」


「あ、いけない。 ありがとうございます。」


 ささっと直してくれたヒュパムさんにお礼を言いながら、のしのしと二階から後をついて降りて来たコタロウを連れて一緒に玄関を出ると、生け垣のところに赤ちゃんを抱いた黒髪の美女が立っている。


「おはよう、ヒュパムさん、フィランちゃん!」


「おはようございます。」


「おはようございます、ルナーク様! 何か御用ですか?」


「もう、()は駄目よ、早く慣れて頂戴。 そろそろお出かけの時間かと思って、フェリアと見送りに来たのよ。 ね、フェリア。」


「そうでした、ルナークさん。 おはよぉ、フェリアちゃん。」


 ヒュパムさんが大空猫のコタロウに二人乗り用に改良された鞍を装着してくれている間に、黒髪の美女――柔らかな若草色のワンピースを着て、小さな赤ちゃんを抱っこしたルナークさんとお話をする。


「うんもう、今日もすごく可愛いでちゅね、フェリアちゃん。 帰ってきたらまた遊びまちょうね。 王都からたんとお土産買って帰ってきまちゅよ。 実はとぉっても可愛いお洋服屋さんを見つけたんでちゅよ~。」


 ぷにぷにほっぺを触っていると、あらあらと笑いだしたルナーク様。 


「あらあら、たのしみねぇ、フェリア。 お菓子を焼いて待っているわ。 あぁでも、もうお洋服のお土産は当分いらないわよ?」


 そう言われ、えぇぇ! と大袈裟に嘆いてみる。


「だってそれだけが今の私の楽しみなのに……。」


「そうやってみんなからもらっているから、もうフェリアの洋服かごの中に入りきらないのよ。 フィランちゃんが一緒に遊んでくれるだけでいいのよね、フェリア。」


 チュッとルナーク様がほっぺにキスすると、満面の笑みのフェリーチタちゃん。


 あぁん、天使!


「……アカデミー休みたい! フェリアちゃんとずっと一緒にいる!」


「はいはい、フィランちゃん。 バカなこと言ってないで行くわよ。 フェリアちゃん、行ってきますね。」


「うぅ、いってきまーす……。」


「はぁい、いってらっしゃい。 気を付けてね。」


 ルナークさんに抱っこされて眠るフェリーチタちゃんのほっぺをぷにぷにしてから、引きずられるようにコタロウの傍に連れて行かれて、ヒュパムさんとコタロウに乗った。


 もちろん、ミレハもしっかりくっついてきている。


「よし、シルフィード、力を貸して~。」


『はぁ~い! じゃあ王都までしゅっぱーつ!』


『にゃぁおん!』


 ふわん! と風を受けてコタロウが浮かび上がると、一気に空を駆けだした。


 王都までの空の旅は、いつもと一緒でとても快適だった。









 さて、あの日、あの後、神様と別れて王都に戻ってからは、まぁいろいろあった。


 人知れず障壁を超えて魔物が辺境に溢れるという創世以来最大の魔物の強襲(スタンピード)が起こったからだ。


 因果関係は不明だが同時刻、ルフォート・フォーマにある嘆きの洞窟が動き出し、運悪くアカデミーの演習生が巻き込まれた。


 教員や騎士たちによってほぼ全員の生徒はすぐに洞窟外へ誘導され無事であったが、逃げ遅れたSクラス一班のメンバー、マーカス・ヴァレリィ伯爵令息とソロビー・フィラン・コルトサニア伯爵令嬢は襲撃の直撃を受けて重傷。


 洞窟は王都に向かって進行を続けたが、唯一その場にいた聖女であるビオラネッタ・ガトランマサザー公爵令嬢が洞窟の異変に対し、命を賭してそれを鎮め、それを皮切りに魔物の強襲も制圧、魔界の瘴気の壁も浄化したのち、その場で亡くなった。


 彼女は中央教会にて聖人として未来永劫祀られることとなり、御実家と婚約者の家はひどく嘆き落ち込んでいたらしい。


 と、言うのが表立って発表された公式の「あらすじ」だ。


 事実はもっと胸糞悪い。


 ビオラネッタ様の実家は、彼女の死と共に入るものが入らなくなったくせに浪費は辞められず、しかも作ってしまった大赤字を補って余るくらいの殉教聖女慰労金の支払いが教会からあったにも関わらず家計はとんでもないくらい火の車となり、近く爵位を返上するかもしれない、と、商人の顔のヒュパムさんがすごくいい顔してた。


 ちなみに婚約者の方は別件で降爵されたらしい。 女関係? でやらかしたとか何とか。


 本当は何があったんですか? って思ったけど、ビオラネッタ様の件に関しては教会も関わっているし、お貴族様的な関連が大きいので、詳細は聞いていいことはないと判断し、それ以上詳しくは聞かなかった。


 ま、ざま~みろとは思ったけどね。


 で。


 そんな大騒動の中、さらに騒動を呼んだのは嘆きの洞窟の管理をしていたルフォート・フォーマの皇帝ラージュ・オクロービレ・ルフォート。

 

 彼は上記の公式発表と同時に『この責任をすべて負い皇帝を退位する』と声明を発表し、本当に皇帝の座を退いたのだ。


 某東の国以外の全ての周辺諸国が彼の退位について、魔物の強襲は天災であり、皇帝が非を負う責任はない、と全力で止めたそうだが、それを素直に聞く人でもなく……というか、ぶっちゃけると、そういうことにして心底飽き飽きしていた皇帝業を全部ぶん投げたらしい。


 以前から長く在位し過ぎたし、あとは新しい世代に預けるぜ! と全部放り出そうとしてたのをこれ幸いと実行したのだ。(神様との約束も守ったしね。 どんな約束か知らんけど。)


 と、いうわけで帝国ルフォート・フォーマは新しく皇帝が立った。


 宰相補佐をしていた例の幼馴染8人の内の1人で、今回の事件の際は城と辺境を守る役割をしていた白狼の獣人で、とても頭のいい人だと聞いた。


 そんなこんなで城を出たラージュ陛下改めラージュ・オクロービレは、初心忘れるべからず! と、国内にあった自分の育った大切な隠れ里をそこの住人ごとこっそりと内密に他国へ移動させ、そこを拠点としてロギイ様とアケロス師匠をひき連れて『魔物の強襲や魔人・魔物関連の事件を専門とする研究旅団・水晶の檻』を立ち上げ、現在は冒険者として世界を飛び回っている。


 皇妃だったルナーク様はラージュ陛下の退位と共に自分も退位、ついでに書類上だけの結婚だったというやつも正式に離縁したそうで、ラージュ陛下の新拠点である隠れ里に治療院を開いて、そこでのびのびとビオラネッタ様……じゃないや、フェリーチタちゃんの育児にいそしんでいる。


 ちなみにマイエンジェルのフェリーチタちゃんは、新・隠れ里で里の人全員にめちゃくちゃ愛されながらすくすく成長中だ。


 そしてもう一人、なに考えてるんだって人がいる。


 現在、わたしとコタロウににっこにこでタンデムしてるヒュパムさん。


 騒動終結後、ルフォート・フォーマの王宮に集まった時、ずいぶん憑き物の落ちたような小ざっぱりした顔しているなぁと思ったら、これからは私も本当に好きに生きるわ! とさっさと伯爵位を返上し、コルトサニア商会もトーマさんに譲ってしまった。


 体裁的には体には重傷を、心にも傷を負った養妹(わたし)を守るためらしいけどね。


 飽きちゃってたし、まぁ後はよろしくね! って笑顔一つで全部押し付けられた時のトーマさんの顔は絶対に忘れない。


 ヒュパムさんは商会にも貴族籍にも何の未練もなく、これを機に完全に手を引く気だったみたいだけど、それは駄目です、と全職員に拝み倒されて、名誉会長として週に3回は顔を出すというところで落ち着いた。 ただトーマさんは会うたびに胃に穴が開きそう、と青い顔をしているから、前世の知識を総動員して『イツウナ・オール』という胃薬を作って毎月差し入れしている。


 可哀想、本当に可哀想……。


 で、ここからは私の話。


 私はあの演習で身も心も重傷を負ったということでお店も学校も辞め、実家へ戻ったことになった。 いや、めっちゃぴんぴんしてましたけどね。聖女・ビオラネッタが亡くなり、マーカス様も重傷な以上、わたしがぴんぴんしてたらまずいだろうってそうなった。


 で、そんな私の治療のためにヒュパムさんが爵位を返上したので、正直社交界どころか承認をしている関連から一般市民にもなんだか尾ひれ背びれがついて噂が広まってしまったのだ。


 そんな噂のたつ町で、あそこに帰って今まで通り住めるかと言えば、私には無理、絶対に無理。


 かといって、魔物の強襲の生き残りだから社会は放っておかないし、名前を変えて潜伏も考えたけど、一年半も使った名前、そう簡単に変えたくないし、何より外見が変わらないのだからばれるに決まっている。


 じゃあどうするか……と大人が悩んでいたようですが、その間後宮に軟禁されていた身としては、今この状況すらムカつくんだよ! なんで軟禁されてんだよ! と、静養と言う名で軟禁されていた後宮からさっさと脱走し、コタロウとミレハを連れて別の国で静かに暮らす計画を立てた。


 そしてある日の深夜、実行に移したわけだが……後宮を脱走した瞬間に兄さま、ヒュパムさん、師匠たちにあっという間に捕まった。


 大人たちには行動が全部ばれていたらしい。


 誰だよ、影!? 何で庶民に影なんかつけてるんだよ! そもそもこっちは被害者だ! ってさんざんぶち切れまくったんだけど、実際はそんなものではなく、ラージュ殿下からもらっていた()()()()が、前世でいうところのGPS機能付き盗聴器だったとか。


 くそかっ! ありえない、マジであり得ない。絶対に許さない。


 この真相を聞いた瞬間、私はようやく外れた指輪に魔力の塊を練りこんで、ラージュ殿下の顔面に力いっぱい叩きつけてやった。 ちょっと鼻血出てたな、ざまぁみろ。


 その後、『世間知らず危機感ゼロのフィランが他国で一人で暮らすのには全員反対だったから、どうしようか考えている途中だった』と聞かされたので、妥協して、私の意見もしっかり主張して、大人の意見をすり合わせたうえで以下の約束を決めた。


 1 他国のアカデミーをちゃんと卒業する。(いけなくしたのはお前達だけどな!)


 2 もう少し世界の常識を身に着ける。(失礼な)


 3 未成年の間はヒュパムさんと一緒に暮らす(全員で公平なじゃんけんの上決まりました。 兄さまがむせび泣いてた)


 4 アカデミーの卒業と、成人となった時点での独り立ちを前提として、みんなで再度話し合いをする!


 5 ホウレンソウは絶対に忘れない(忘れたら上記約束は破棄する)


 という条件で、ラージュの隠れ里、ルナークさんの隣で暮らすことになったわけである。


 あ~、めんどくさい。未成年って言っても、中身はアラフォーなのにね……まぁ周りの人の方がそれでも年上だからしょうがない。



 そんなこんなで、お引っ越しも終え、新しい生活に慣れ始め、別の国のアカデミーに編入して2週間たった頃、マーカス様もアカデミーに復学したと聞かされた。


 ものすごくリハビリや心のケアも大変だったようだけど、穏やかに学校生活をしているという事だ。


 こうやって、あの事件に巻き込まれた私たちは、ゆっくりと、形は違えど日々は日常を取り戻していった。





 と、いうわけで、私の新生活である。


「フィラン、おはよう。」


「おはよう~。」


「薬学の宿題やってきた? 見せてくれる?」


「いいけど、カフェでおごってね。」


「う……プリン、プリンにしてね!」


「それ、一番お安いやつじゃん……好きだけど。」


 しおしお……と可愛い猫の耳をぺたんと倒しながらも、お願いしてくる獣人・大山猫族の女の子のリンチェは、私から宿題の紙束を受け取ると「ありがとう! 神様、フィラン様!」と叫んで席に着いて写し始めた。


 うん、この世界の神様、碌なやつじゃないから拝まない方がいいよ! と思いながら、そんなリンチェを見守りつつ教室内を見る。


 こちらも成績順で分けられた室内だが、前ほど格式張ってない穏やかなクラスの雰囲気。


 窓の外にはたくさんの木々と花が輝き、空気も最高、木と木の間に広がった洗濯物もまぶしい。


 見える景色も、国が違うと全然違うんだなぁ、って感慨深い。


 ここは一体どこかというと、南の大国イジェルラです。


 花樹人の王様の立つ緑豊かなお国柄は、薬師の私には最高の環境です。ありがとうございます!


 毎日コタロウに乗って通っているけれど、今のところ特に困ったこともなく、私の『猫の手』で扱っていた商品はコルトサニア商会にポーション以外は全部卸しています。


 大工の棟梁とか、ギルドのお兄さんたちが、私がいないことを寂しがりながらも買いに来てくれてるって聞きました。とても嬉しい。


 ルフォート・フォーマでの私のお城だった『薬屋・猫の手』はもうなくなって、今はお隣のお菓子屋さんがその土地も使ってお店を大きくしたそうだ。 それは寂しいけれど、今度は卒業と同時にこのイジェルラで独り立ちして開業するべく、現在鋭意勉強中です。


「そろそろ授業だぞ、みんな席につけ。」


 なんて、ちょっとしんみりしていたら本鈴も鳴っていたようで、ガラッと教室の扉が開いて入ってきた赤髪の担任が、教卓で点呼を取り始める。


「リンチェ・ルクス。」


「はーい! はいっ、イトラ先生! いま、彼女はいますか!」


「質問は受け付けていない。  ベゴラ・フーシャ。」


「は……「えぇ。 先生、つめたい~!」


 リンチェ渾身の質問がけんもほろろに流されて、ほかの女生徒も一緒にブーブー言っているのを、私は吹きだしそうになるのを我慢してみている。


「フィラン・モルガン。」


「はい、はーい。 じゃあイトラ先生、今日の晩御飯は何ですか?」


 ちらり、緑色の瞳が私を見た。


「今日はコンローのシチューとオーク肉のソテーにサラダだ。 ……関係ない質問をするな、次!」


「えぇ! なんでフィランちゃんの質問だけには答えるんですか!? 依怙贔屓~!」


 リンチェや他の生徒たちの声に、うるさい! と怒っている赤髪の先生は点呼をとるとサッサと教室から出てった。


 あとで、こんなところで晩御飯のメニューを聞くんじゃない、と、兄さまに怒られるんだろうなぁと思いながら、私は机の中から教科書を取り出した。




 甘くてやわらかい風が窓から入ってくる。



 今日は半日だから、フェリアちゃんに会いに行く前に、家に帰ったら、相変わらずお留守番ばかりさせて寂しい思いをさせているミレハとコタロウを連れて彼のところに散歩に行こうかと考えた。


 ミレハそっくりの彼は、たぶんミレハに似てうんと寂しがりだろうから、今日は何のお花をもっていこうかなぁ……なんて、森の奥、淡く白い石のはまった墓標の下に眠る人に少しだけ思いを馳せた。

ルフォート・フオーマ編、終了です。

でも新天地に来ちゃったので第二部このまま開始します

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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